暖かい場所
空月が倒れた原因は、過度な睡眠不足と疲労が続いたことによる体力の限界だと考えられるらしい。また慣れない環境だというのも心身に負担をかけたのだろうと。その抵抗力が落ちた状態で冷たい雨風に冷やされていたので、もしもっと発見が遅れれば命も危なかったかも知れないと聞く。
しかし、睡眠不足と疲労ならば、一般的には倒れてもいくらか眠れば意識が戻るはずなのだ。こんな状態になる前に。それでも起きれない程というのは、何かが空月の持つ力という力を全て根刮ぎ取ってしまったかのようだと、父上さんは言っていた。
「よし」
少しずつ戻ってきた川から盥に水を汲むと立ち上がる。屋敷に帰って来てからもう数日が経つがまだ空月は目覚めない。ただあの時とは違って今は呼吸も脈もしっかりしている。だから安心は出来るのだが、体を冷やしたせいで高熱が出てしまって今も苦しそうだ。
早くもう少し良くならないだろうか。白百合さんがずっと心配そうで元気がなく、個人的にはそっちのほうが心配で仕方がない。
「水汲んで来ましたよ」
「ありがとう。じゃあそれは…。…空月!」
白百合さんが突然名を呼んだ。
見ると、空月がのろのろと目を開けたところだった。
「俺っ、父上さん呼んで来ます!」
遠くで白百合の声が聞こえる。それから杏の声も。なんだか酷く頭が痛いし、体も濡れていて気持ち悪い。体は中から熱が湧き出ているかのようなのに外側は寒くて何がどうなっているのかわからない。
うるさいな、はぁはぁと息をする音が邪魔をして白百合の声が聞こえないじゃないか。
「空月!私、白百合よ。わかる?」
あぁ、白百合がいる。自然と少し笑顔になる。
「私がわかる?」
勿論わかります。頷かなければいけないのに、首にも、手にも足にも力が入らない。口は開いているが、少し動かしても音らしいものは出そうにない。
「よく聞きなさい、空月」
義父上だ。
「まだ動けないな。そのままで良い。まだ頭もぼうっとしているかも知れんが…」
そう始めると、義父上は、私の眠っている間のことを話してくれた。随分長く眠っていたようだ。それに、たくさん迷惑もかけた。でもまだ動けないので暫くは迷惑をかけ続けることになってしまうのだろう。月夜様のもとへ帰らなければならないのに。
そういえば雨は結局どうなったのだったか。唯一意志通りに動く目で必死に窓を探すが、見える限りではここにあるのは窓の無い壁のようだ。
「ちゃんと雨、降ったよ」
気付いて言ってくれた白百合は、何故だか泣きそうな顔をしていた。
「また無理したんでしょ、空月の馬鹿。どんなに心配したか…」
そこで彼女は泣いてしまって、その後何を言いたかったのかは、わからなかった。凜たちが宥めている。彼女が泣いているのに何も出来ないのはこんなにも悔しいのか。
「白百合も安心したんだろう、人一倍心配していたからなぁ。さあ、今はゆっくり休みなさい」
義父上が布団をかけ直して私の頭を撫でた。貴方もそれをするんですね。出発する前、主にして頂いたのを思い出す。早く戻りたいと思う気持ちはあるが、此処にいるのも暖かくて心地良い…。どうやらやる気の無いらしい瞼はまたすぐに落ちていった。




