源山
白百合と別れてから、軽く足を引きずりながら急な斜面を進んでいたが、丁度良い木陰を見付けてその木の根に腰を下ろした。大きく息を吐きながら幹にもたれ、片膝を立てて足を擦る。
晩のうちになんとかふさがっていた傷口から再び溢れ出していた血に気付き、また溜め息をついた。いくら術を使って普通に歩ける程度まで傷を回復させられたにせよ、長くを歩き続けた上にしばらく急な斜面を休まずに登って来たのは、やはり傷を負った足には負担が過ぎたようだ。足に限らず他の傷も悲鳴を上げているのがわかる。
「これでもましになったんですけどね…」
眠っている間に付けてくれたらしい瓜坊兄弟の薬は良く効いた。術とは違い、驚異的な回復力がある訳では無いが、僅かに良くなっている。 しかし、それでもやはりこれらの傷は煩わしいものだ。此方に来てからもう丸一日が経ったが、結局今の収穫はというと、この山を突き止めたものの山の民には全く会えず、ただ煩わしい傷を抱えただけなのだ。
「こんなことでは月夜様に会わせる顔がないな」
ふっと自嘲気味に笑うと、拒む四肢を叱咤してのろのろと立ち上がる。歩くのは慣れればなんとかなるのだが、しゃがむとき、立つときはどうにも傷が辛い。
幹に手をついたままで辺りを見渡す。もう山の中腹を過ぎた辺りまで来たが、彼らの気配は感じても姿を見ることは出来ていない。私の正体を探るように近付いて来るのは何度も感じたのだが、向こうから放たれる剥き出しの敵意に無意識に距離をとってしまい、後で此方から距離をつめようとすると今度は逃げられてしまう。それはきっと彼らが自分を避けているからだろう。昨日鶴殿には訪ねることを伝えたが、彼だって私の今の姿を皆に伝えきれる訳ではない。山の民達にしてみれば自分はただの人間なのだ。
彼らに自分が人間ではないことをわかってもらわなくてはならない。この一房の青い髪は人間にしては異質だろうが、人間ではないと断定するには不充分なのかも知れない。
「それなら…」
髪をまとめたあの細工を施した竹を一度外し、手で軽く髪を梳く。それから今度は顔の前に残した左の髪も残さずに束ね上げた。露になった左目を周りから見えるようしっかり開いて、軽く顔をしかめる。左目は昨日自ら切ったきり酷く痛むために少ししか開いていなかったのだ。しかし、髪が一房青いうえに目が片方だけ青い人間など、流石にいるはずがないだろう。
「よし」
気合いを入れ直し、また歩き始めた。
話のキリの都合で長くなったり短くなったりして申し訳ありません…。