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第62話 誘拐

 ソファーの上で膝を抱えながら、同じ部屋にいる東雲さんを見つめることが好きだった。

 お風呂上りの濡れた髪も、食事のときの彼の箸使いも、書類を眺める真剣な眼差しも。そういった彼の仕草一つ一つを、飽きずにいつまでも眺めていられるような気さえした。

 こうして彼の傍にいるのも、もうすぐ一年が経つ。出会い始めはあれほど嫌悪していたのが嘘のように、東雲さんのことが好きになっていた。


 彼に触れたい。東雲さんの手を握って、肩に寄り添って。好きだと伝えたい。そうして彼と、幸せだねって笑いたい。

 隣に座る東雲さんの手が、ソファーの柔らかな生地に下ろされている。ぎこちなく伸ばした指先が、その細長い指を掠った。それに気が付いた東雲さんは、テレビに向けていた顔を私に向けた。


「どうした?」

「いえ、何でも」


 背中に引っ込めた手を強く握る。東雲さんは不思議そうに私を見た後、ふと思い立ったように私が隠した腕を取る。

 驚く私を放って、彼の大きな手の平が私の拳を包み込む。


「し、東雲さん?」

「手が冷えた」


 冬でもないというのに東雲さんの手はひやりと冷えていた。冷たいその手がするりと一回り小さな手を撫でていく。


「お前は温かいな」


 穏やかな笑顔を浮かべる彼に、暖房代わりはやめてください、と笑って言った。手に汗を掻きませんようにと必死に願う。

 じわりと疼くような感覚が胸に広がる。切なくて泣きたくなる、でもずっとこうしていたい気持ちも同時に浮かぶ。

 眠たげな顔を装って、彼の肩に頭をもたらせる。彼は何も言わず、何もせず、私を拒絶することはなかった。


 顔が赤くなっていることも、手が熱いことも、こんなに心臓がうるさいことも。

 どうか、気付かれませんように。


 思いを伝えたところで彼が私のことを好きになってくれるわけじゃない。だったらせめて、この曖昧な関係のままでいいから傍にいたい。苦しくても、切なくても、幸せだ。

 好きになってくれなくてもいい、ただ傍にいてほしい。この居場所がなくならないでほしい。


 お願いだから、いつまでも、この幸せが続きますように。






「――――起きろ」


 雨が降ったのかと一瞬勘違いをした。顔に降りかかった冷水に、一気に意識が覚醒する。ハッと開け放った両目に映ったのは、白いシーツでも枕でもなく、黒いスーツに包まれた何本もの足だった。

 釣られるように視線を上げていく。そこで、数人の男達が私を見下ろしていることに気が付いた。全員がスーツ姿。スーツ、と言ってもそれはお父さんやお母さんのような会社員が着ているようなものじゃない、もっと高級感のある代物だ。そんな服の上からでも分かる、彼らのがたいの良さ、上着の膨らみ。誰かが投げ捨てたバケツが床を転がって少量の水を零した。

 危ない人達だ、とぼんやりした頭で思った。何だか頭がくらくらして上手く考えられない。ぼんやりしたまま、自分が床に倒れていることに疑問を抱き、立ち上がろうとする。けれど、伸ばした足はつんのめり、ろくに起き上がることもできないまま床に頬を打つ。

 冷たいコンクリートの感触に驚く。濡れた髪から水滴が飛んだ。丸くした目でキョロキョロと辺りを見回してみる。煤けたコンクリートの床、パイプが剥き出しの広い天井、錆だらけの壁、コンテナにかけられた埃まみれのブルーシート。開いた窓から吹き抜けていく風は生臭い潮のにおいを運んできた。海辺の倉庫かどこかだろうか。

 そして何より私の目に留まったのは、両手両足をキツク縛り上げているロープだ。


「気分はどうだ? 猫娘」


 男達の一人が前に出る。ワックスで固めたらしいオールバックが、古びた蛍光灯でしか照らされない薄暗い空間でも艶々と光っている。

 オールバックの男の言葉に、やっと自分の状況を思い出した。思わず両手に力を込めたが、ロープが食い込むだけで、結び目は緩みさえしない。濡れた制服のスカートを足に張り付かせ、少しでも男から距離を取ろうとした。


「あなた達も東雲さん目当てですか」


 声を出すと渇いた喉が痛む。少し掠れた私の言葉に、男はニタリと頬を歪めた。

 ほとんど呆れさえ含んだ溜息を零したくなった。この数週間で、東雲さんはどれだけ人気者になったんだろう。喉元まで込み上げた溜息を零さなかったのは、私の口を恐怖心が固く閉ざしていたからだ。ヤクザ、極道、暴力団……彼らは恐らくはそういった世界の人達だろう。纏う空気が一般人のものじゃない。拘束された上この人数相手、下手なことをすれば何をされるか分からない。

 それでも私は必死にその恐怖心を押し殺して、男を睨み上げた。勝ち目がないからって抵抗を止めたわけじゃない。


「言いませんからね」

「ん?」

「あの人の弱点! 何をされようが、それだけは言いませんから!」


 私を攫ったということはそういうことなのだろう。だったらそれは、私が口を割らない限り意味がない。口を縫い付けてでも私が黙っていればいいことだ。

 残念でした、と侮蔑を込めた笑みを浮かべる。男達が押し黙った。無理にでも聞き出そうと、一発殴られることを覚悟し歯を食いしばる。

 だが、殴られる衝撃よりも先に、堪え切れなかったような笑い声がまず聞こえきた。オールバックの男が肩を揺らして笑っている。それを合図としたように、あちこちから似た嘲笑が聞こえてきた。何が可笑しいのか、と怒りと困惑に唇を噛んで彼らを見上げる。と、男が真面目な表情を戻して口を開いた。


「オオカミの弱点なら既にある」


 すっと顔から血の気が引く。男を凝視するも、その余裕を張り付けた顔色は変わらない。既に弱点がある? 意味が分からなかった。

 東雲さんは強い。だからこそ、弱みでも握らない限り真っ向勝負で勝ち目はない。弱点とまで言えるかは分からないが、一応彼のサポート役である私は、東雲さんのことについて他の殺し屋よりは詳しいと思う。不眠症で夜は上手く眠れないこと、彼の家族の話、嫌いな食べ物や苦手なこと……。勿論東雲さんの幼馴染であり親友である冴園さんには到底敵わないだろうけど、それでも私が知っている東雲さんの情報の中には、彼の命を狙う人達にとって有益となりうるものもあるだろう。

 そんな東雲さんの弱点を既に持っている、ということが信じられなかった。わざわざ私を誘拐した上でそのことを話すってことは、私が気絶している間に持ち物を探られたりしたのだろうか。でも、私は着の身着のままで家を飛び出したから鞄なんて持っていなかった。携帯だってなくなったし……。

 困惑する私に男が身を屈める。ギラついたその目に、私の顔がぼんやりと映った。


「お前だよ」

「…………え?」

「お前自身なんだよ。オオカミの弱点ってのはな」


 ポカンと呆けた顔で男を見る。えっと、と我ながら間抜けな声が口を突いた。


「私がどうして弱点なんですか?」

「おい、他人事みたいな顔してるんじゃねえ。どうして分からないんだ?」


 頭が鈍いな、と呆れたように肩を竦め、男はその顔に冷笑を浮かべた。

 馬鹿にされようがムッとしようが、訳が分からないことに変わりはない。嘲りを静かに受け止め、彼が大仰な身振りで口を開くのを見た。


「あのオオカミがこんな素人をくっ付けるなんて、どう考えてもおかしいだろうが。足手まといにしかならねえようなガキをわざわざ連れ回す理由が知れねえ。となれば、お前がオオカミの弱みを握ってるか、あいつがお前に気に入られたかのどっちかだ」

「私が?」

「心当たりがねえってんなら気に入られたんだろうな。どんな手を使ったんだ? オオカミがお前を連れる理由は何だ?」

「……理由なんて、こっちが知りたい」


 さっきまで東雲さんとしていた会話を思い出し、歯を噛み締める。彼が私を傍に置いていた理由なんてこっちが知りたい。

 苦い顔で横を向くと、コンクリートの冷たさが肌に沁み、濡れた体を震わせた。男が溜息を吐く。額をコツコツ指で叩き、渋い顔をした。


「とにかく。連れてきた以上、役に立ってもらうからな。オオカミに電話しろ」

「できません」

「は?」

「だから、できないって言ったんです」

「……お前、自分の状況分かってるのか?」

「分かってるから言ってるんです。手は縛られてるし、それに携帯、壊されちゃいましたから」


 男が眉根を寄せ、後ろの男達に振り返る。静かに立つ男達、その奥の方にいた一人が、咄嗟に顔を下げた。

 オールバックの男はそれを目敏く見つけ、おい、とドスの効いた声で彼を呼ぶ。顔を強張らせてやって来たのはまだ若い男だった。


「壊したのか?」

「す……すんません! あの、誰かの落とし物だと思って、うるさくて、それでその、つい……」

「つい、か。なるほどなるほど」


 ドブッと鈍い音がして、若者の頬が膨らむ。オールバックの男がその腹部に抉るように打ち込んだ拳を戻すと、若者はお腹を押さえてその場に崩れ落ち、激しく咳き込んだ。

 身を固くして縮こまる私にオールバックの男が振り返る。血管の浮いたその厚い拳に殴られるのは溜まったものじゃないだろうと思った。


「こっちもそれほど気が長いわけじゃない。番号くらいは覚えてるだろう? 声を聞かせてやれよ」


 蹲る若者のポケットから携帯を取り出し、私の前でぶらつかせる。それでも私は首を振って言った。


「無理です。来てくれるわけがない」

「どうして」

「……もう、東雲さんは私のことなんて見限ってるだろうから」


 あんなに酷いことを言った手前、助けを求めることなんてできない。東雲さんだって私のことはとっくに見捨てているだろう。最初から来るわけがないのだ。

 目が段々ぼやけてくる。泣いちゃ駄目だ。全部、自業自得なのだから。そう思って唇を噛んだところで、意思に反してどんどん溢れてきた涙が目尻を伝う。

 男はそんな私に重い溜息を吐いた。面倒だ、と心底馬鹿にしたような声で言って、携帯を開く。


「それでも悲鳴の一つくらい上げりゃ駆けつけてくるんじゃないか? 一発いっとくか。それが嫌なら、番号を言え」

「い、言いません」

「言え」

「……断ります!」


 男が拳を振り上げた。私は強く目を瞑って、その衝撃に堪えようと体を固くする。けれど一向に痛みは襲ってこない。怪訝に思い、恐る恐る目を開いた。

 眼前すれすれで止まった拳。そして、男の手首を掴む、別の手が見えた。

 間違って入って来てしまった人なんじゃないだろうかと思った。柔らかな顔立ちの、歳のいったおじさんだったからだ。道端で通り過ぎるような平凡な顔をしている。少し薄くなった頭を撫でながら微笑むその男。けれどそれが違うのだろうことは、彼を見た周囲の男達が、その顔を引き締めたことから分かった。ピンと緊張に張り詰めた空気の中、その男のニコニコとした笑みだけが不似合いに浮かんでいる。



「蛇島の兄貴」


 驚き、唖然とした声でオールバックの男が言った。蛇島、と呼ばれたその男は、ガラガラとしたダミ声で笑う。

 私の目の前にあった拳から力が抜ける。手を離した蛇島は、懐から煙草を取り出しその一本を口に咥えた。オールバックの男が素早くライターを取り出し、火を付ける。蛇島は目を細めてゆっくりと煙草を吸い、鼻から紫煙を吐く。ちろりと私に向けられた目に、思わず肩を張る。


「随分と手荒だな。で、オオカミはどうなった?」

「それが、一向に口を割りませんで」

「そうか」


 蛇島が屈み込んで私の顎を掴む。持ち上げ、吟味するように私を顔をじっと見下ろした。ダイヤがはめ込まれた太い指輪が骨に当たって痛い。顔を逸らしたら負けだとばかりに私は目を見開いて蛇島を見つめる。

 かさついた彼の指が私の喉をくすぐる。急所を敵に晒しているという状況に、ゴクリと唾を呑んだ。こしょこしょと指はしばらく喉をくすぐる。


「猫みたいには鳴かないのか?」


 からかいの言葉に眉根を寄せる。蛇島の吐き出した紫煙が顔にかかり、重く苦いタールの臭いに涙が浮かんだ。

 手荒な真似はしたくない、と蛇島も似たようなことを言ってから私を見た。鈍く光るその目に、はっと、鼻で笑う。


「私を使わなけりゃ、東雲さんに手も足も出ないくせに」


 手前、と憤りの声が上がった。赤ら顔のオールバックの男が前に出ようとして、蛇島が片手で制する。

 蛇島は怒った様子も見せず、頬を掻きつつ苦笑した。


「お恥ずかしながらその通り。だがこっちとしても、無駄な損害は出したくないんだよ」

「どういうことです?」

「大人数で攻め込めばオオカミだって捕らえられる。けれど、それだとこっちにも相当の痛手がくるだろう。人材を集めるのも結構苦労するんだ。だから損害を出さないために、できるだけ穏便な取り引きがしたいんだよ」

「穏便? これのどこが?」


 縛られた両手を見て溜息を吐く。蛇島のニコニコと浮かんだ笑みは変わらなかった。

 穏便な取り引き。組員を大勢殺されるよりは、私を囮に東雲さんを捕らえた方が確かに犠牲は少ないだろう。……そもそも彼らは東雲さんを生かして捕らえようとしているのだろうか。彼を殺してもいいというのなら、ここまで私に執着せずとも彼一人殺すくらいはできるはず。懸賞金、とは聞いていたけれど、生死を問わずといったものではないのだろうか。生かして捕らえるとして、その目的は? 仲間にするとか? 味方になれば東雲さんは心強い人材となるだろう。戦闘要員としても、狙撃手としてもいい。

 ……どういう目的にせよ、東雲さんを彼らの手に渡すわけにはいかない。据わった目で蛇島を睨み続けていると、意思が伝わったのか、彼はやれやれと肩を竦めた。


「どうしても協力してくれる気はないのか?」

「ありません」

「これっぽっちも?」

「当然です」


 まいったな、と蛇島が頭を掻く。その様子に口元が緩みそうになるのを堪えた。

 このまま悩んでいればいい。私が協力しないことが東雲さんの安全に繋がるのなら、永遠に口を割ったりしてやるものか。


「ご両親は会社勤めだったかな?」


 突然そう言われ、キョトンと目を丸くして彼を見た。蛇島はにこやかな笑みを絶やさないまま続ける。


「秋月直人さんと秋月沙織さんだったか? いいご両親じゃないか。一人娘の君を育てるために、朝から晩まで働き通しで。大事な娘を残すのにあのマンションは実にいい。設備もセキリュティもかなりのものだ。ネズミ一匹通さないかもしれないね。まあ、外に出てしまえば監視カメラも何も関係なくなるのだけれど。例えば、夜遅くに急に公園に遊びに行きたくなって、マンションを飛び出したりね」


 徐々に顔が蒼白になっていく。蛇島の意図を理解し、目を見開いた。


「お父様は会社近くのホテルに泊まっているんだってね。せっかくあんな素敵な家があるというのに、勿体ない。お母様も似たようなものだったか? ……自分も昔は経験があるんだがね、出勤というものはやけに億劫だ。毎朝ホームで電車を待って、満員電車で押し潰されて、くたくたになりながら会社に行く。ホームの人混みは危なくてしょうがない。もしも誰かに押されて線路に転がり落ちてしまっても、押したのが誰かなんて分からないんじゃないだろうか」

「二人に何をする気ですか!」


 声を張り上げて必死に体を起こそうとする。ギチギチと手足が食い込んだロープに悲鳴を上げた。噛み締めた歯の隙間から、荒い息が漏れる。


「何も? ……まあ」蛇島は大きく煙草を吸って、紫煙をくゆらせる。「今のところはだが」


 噛み締めた歯が震える。焦りと絶望に、頭の隅がガンガンと痛んだ。


「そんなの、卑怯だ……」

「人聞きの悪い。方法の一種だと言ってほしいな」


 お父さんとお母さんの顔が脳裏に浮かぶ。何も知らない二人。急に襲われたら、何もできないまま殺されてしまう。私のせいで。

 二人を危険な目に遭わせたくはない。大人しく、彼らの言うことに従った方がいいのか。でもそうしたら東雲さんが……。

 考えをまとめる時間なんてないらしい。煙草の吸殻を棄てた蛇島が、私の両頬を掴む。固い皮の手がひやりと頬を冷やした。


「最後のお願いだ。手を貸してくれないか?」


 蛇島と視線が絡み合う。笑っているようで、全く笑っていない、鋭い目だった。

 私はぐっと目に力を込めて、声を張った。


「嫌です」


 シンとした静寂が痛いほどだった。ゆっくりと呼吸を荒くして体を固くする私を、男達が険しい顔で見下ろしている。その中で蛇島はただ一人、朗らかな笑みのままに腰から何かを取り出した。短刀だ。切りつけられるかと、その刃に硬直する。

 短刀の刃が手首のロープを切り落とす。手首の圧迫感が消え、赤い痣を残してロープが床に落ちる。予想外のことに私は瞬きを繰り返した。逃がす気ではないようで、蛇島は解放された私の左手首を床に押し付ける。手の平からコンクリートの冷たさが伝わってきた。

 彼は短刀をしまい、今度は胸元から小さなペンチを取り出す。何故そんな物を持っているのだろう、と突如出てきた工具に疑問を抱く。けれどその疑問は、ペンチが小指の爪を挟んだ瞬間、恐怖に変わった。

 まさか、と息を呑む。私が制止の声を上げるため口を開きかけたとき。蛇島の腕が、躊躇いなく、そして一息に引っ張られた。


 ベリッと、何かが無理矢理剥がれていく嫌な音が脳髄を貫いた。


 言葉にならない絶叫が喉をつんざいた。全身にバチバチと弾ける激痛に、首を振り乱して叫び続ける。そんな痛みに慣れる暇も与えず、蛇島の振り下ろした靴底が、肉を露出させた小指を踏みにじった。

 叫びながら、右手で彼の足を押しのけようとする。けれど、いくら必死に力を込めたところで、ビクともしない。笑みを浮かべ続ける蛇島の足元から、ぐちゅぐちゅと、吐き気を催す音がする。


「人間ってのは不思議だな。こんなにもでっかい生き物だってのに、小さな爪の一枚くらいで泣き出すんだから」


 ようやく蛇島が足を上げたときには、小指の先は血で真っ赤だった。ビクビクと痙攣して跳ねる小指は、空気が触れただけで酷く痛んだ。傍に転がった白い爪を蛇島が踏み付ける。


「痛いか?」


 当たり前のことを蛇島が訊ねてくる。嗚咽が止まらない。しゃくり上げるたび、痛みが全身を駆け巡る。

 ペンチが今度は薬指の爪にかかる。引き攣った悲鳴を漏らし愕然と蛇島を見上げた。必死に首を振り、許しを請う。小指一枚でこれだというのに、これ以上は耐え切れない。


「ご両親を巻き込みたくはないだろう。だったら、協力しろ」


 蛇島の冷淡な声が心臓を刺す。怯えきった両目を瞑り、涙を流しながら歯を鳴らす。

 話してしまってもいいんじゃないか。きっと彼は私が頷くまで同じことを繰り返す。どうせいずれは協力することになるのなら、いっそ早いうちに吐いてしまった方が楽なんじゃないか。


 ペンチに力がこもる。私は両目を開け、潤んだ視界で蛇島を見た。大きく息を吸い、答える。


「嫌だ!」


 蛇島が僅かに目を見開いた。大声を出すと、激しい痛みがドクドクと脈打つ。それでも私は必死に叫んだ。倉庫中に響き渡る大声で。


「協力なんてしない、絶対にしない! お前らなんかに絶対従うもんか!!」



 もしかしたら私が口を割ろうがどうしようが関係ないのかもしれない。私を捕らえた写真でも送れば同じ効果は得られるだろうから。お父さんとお母さんが危険な目に遭うだけになるのかもしれない。

 それでも彼らに従いたくなかった。ここで頷けば、それは完全に東雲さんを裏切ることになる。それだけはどうしてもできない。

 爪を何枚か剥がされれば、痛みに耐えられず協力してしまかもしれない。でも今は、せめて今この瞬間だけは……東雲さんのために耐えるんだ。


 だって、好きだから。



 私の指からペンチが離れていく。蛇島はうんざりしたように肩を竦め、それを胸元にしまった。

 諦めてくれたのか、などと淡い期待を抱く。だが彼の手が私の胸倉を掴んだ。思わず身を固くした直後、シャツが引き裂かれた。弾け飛んだボタンが宙を舞う。

 唖然と視線を下ろせば、ボタンが千切れて全開になったシャツから、下着が覗いていた。すっと冷たい風が肌を粟立てる。


「頷かせろ」


 蛇島の冷たい声が倉庫に響く。蛇島の様子を窺いつつ立っていた男達が困惑半分興奮半分といった様子で私の方へ近付いてきた。

 茫然としていた私もそこでようやく彼らの目的を理解し、目を見開いた。死にもの狂いで拘束を解こうと暴れる。


「やっ、やだ、嫌あぁ!」

「大人しくしていろ」


 蛇島の取り出した短刀が太ももを切る。痛みに悲鳴を上げる。裂かれたスカートから覗く足に、じわりと赤い線が浮かんだ。

 男達が私を囲む。足のロープが切られ、放り投げられる。けれど足首を掴まれ逃げ出すことはできない。ささくれ立った誰かの手が、シャツの中に突っ込まれ、下着に触れる。思わず振り回した肘が近くにいた一人の眉間を打った。


「騒ぐな!」


 怒りに顔を赤くした男が拳を振るう。側頭部に衝撃が走り、強烈な眩暈がした。気持ち悪さと恐怖に体が震える。散々上げ続けていた悲鳴はもう掠れ、弱々しい嗚咽しか出せなかった。

 ぼんやりと開いた視界の端に、興味なさげに私から距離を取る蛇島の姿が見える。嘲るような冷たい目。それもすぐ、他の男の体に隠れて見えなくなった。スカートに手がかけられる。抵抗もできず、怒りも湧いてこない。ただ絶望感に塗れた恐怖だけが膨れ上がる。


「やだ、やだ……」


 来てほしい、助けてほしい。いや、駄目だ、来ちゃ駄目。お願いだから私のことを嫌って。こんな女は放って、見捨てて、二度と顔も見たくないと思っていて。……怖い。嫌だ、怖い。

 助けて。お願い、助けて。

 東雲さん。




「――――和子!」


 青白い光が倉庫に広がった。勢い良く扉の開け放たれる音に、全員が弾かれたように入口へと顔を向ける。薄暗かった倉庫を満たす月光。藍色の夜空にぽっかりと浮かぶ満月が、扉の向こうに見えた。

 月明かりに照らされるように立つ人影。大きく肩で息をし、汗を滲ませ、こちらを見るその人。茫然と私を見るその目が大きく見開かれた。


 どうして。どうしてここにいるの、どうしてここに来たの。頭の中がぐちゃぐちゃに掻き乱され、問いかけようとしてもできなかった。

 ただ私がしたことは、泣き腫らした目で彼を見て、震える声で言うだけだった。


「助けて……東雲、さん」


 涙でぼやけた視界の中でも、入口に立つその人が、東雲さんが悲痛に顔を歪めたのが見えた。

 ああ、良かった。来てくれた。




 咆哮が轟いた。

 男達の動きを制するように、腰から銃を抜き取るのを許さぬように。ビリビリと空気を激しく震わせるその咆哮は、東雲さんの放った怒号だった。

 肝を冷やすその声はこの場にいた全員を萎縮させた。私とて例外ではなく、全身を貫く恐怖に凍り付く。早鐘のような鼓動を覚えながら、怒り狂った東雲さんの声を聞く。

 それは狼の遠吠えに似ていた。


 東雲さんが駆け出した。入口付近に立っていた数人が彼に拳を振りかざすも、彼は大きくそれを避け、重い拳を叩き付け、蹴り飛ばしていく。素手を使った無難な構え。だからその分、東雲さんの乱暴さに目がいった。

 いつもとは明らかに何かが違う。荒々しく乱暴な動きは今まで見たことがない。あんな、敵以外何も目に入っていないような戦い方、東雲さんはこれまで一度たりともしてこなかった。冷静に状況を分析して考えて行動する彼の姿はどこにもない。

 何人もかかっていくというのにほとんど攻撃が当たらないことに焦ったのだろうか、私の傍にいた男の一人が銃を構え、引き攣った顔で引き金を引く。飛び出した弾丸は東雲さんの肩を抉って血肉を跳び散らした。それでも東雲さんは止まらない。ギロリと強烈な眼力で睨まれ、銃を撃った男が悲鳴を上げた。


「殺すな、足を狙え!」


 オールバックの男が怒鳴りながら銃を撃つ。だが弾丸は、男が引き金を引くのとほとんど同時に床を蹴った東雲さんの足元で跳ねただけだ。東雲さんはそのまま殴り倒した男の襟首を引っ張り、持っていた銃を奪い取る。東雲さんの撃った弾丸がオールバックの男の左胸を貫き、私の近くにいた男の脇腹にも当たる。痛々しい悲鳴を上げて蹲った男は、歯を食いしばって東雲さんへと撃ち返す。その弾は盾になっていた男の顔へと吸い込まれた。

 激しい銃撃戦の中で体を強張らせていた私の腕を誰かが掴んだ。驚く間もなく、近くの柱の陰に引き倒される。蛇島がすぐ隣に立って部下達の戦う様を観察していた。


「はは……おいおい、予想以上だ、凄いな」


 興奮を隠しきれない様子で蛇島が言う。部下が次々に倒れていくことも気にならないように、熱の入った声だった。

 多勢に無勢。そんな言葉はバラバラと崩れ落ちていた。たった一人が大勢の男達を圧倒している。それはまるで、獣が暴れているようだった。

 固い拳が鼻をへこませ、重い蹴りが骨を折る。鋭い爪で肌を裂き、牙のような歯で皮膚を食い千切る。東雲さんの全身が血で汚れていく。もはや返り血なのかそうでないかも分からないほどに全身を赤黒く濡らし、その目をギラギラと獰猛に光らせていた。

 ドクドクと心臓が痛いほどにうるさかった。震える小指から滲んだ血が一滴床に落ちる。放心したように無言で東雲さん達を見つめながら、胸にじわりと何かが浮かぶのを感じていた。



 飛び交っていた罵声はいつの間にか消えていた。倒れ伏す男達と血だまりの中央で、荒い呼吸を繰り返しながら、東雲さんが立っていた。男達は呻き声を上げていたり、ピクリとも動かなかったりと様々だったが、一人も立ち上がれそうな人物はいない。東雲さんの燃えるような目が彼らを見下ろしている。

 蛇島が私の腕を掴む。思わず声を出すと、それにハッとしたように東雲さんがこちらを向く。柱から出てきた私と蛇島を見て、警戒心を露わに睨みを利かせる。


「予想以上だよ」


 蛇島のガラガラとした声が、静まり返った倉庫ではよく通った。

 どうだい、と蛇島が東雲さんに手を差し伸べた。指輪がキラリと光る。


「こちらの仲間にならないか」

「……………………」

「本来は君を他の組に引き渡す予定だったんだが、気が変わった」


 東雲さんは一言も喋らず蛇島を睨み付けていた。溜息を一つ吐き、蛇島が言う。


「素直に受け入れた方が君のためでもあると思うが?」


 ぐっと喉に腕を絡められる。いつの間に取り出したのか、小型のナイフが私の喉を狙っていた。東雲さんが歯を食いしばって一歩前に踏み出そうとするのを、蛇島が目で制す。

 足が震えて今にも倒れてしまいそうだった。痛みと恐怖でとっくに意識がかすみかけているのに、更に。可視化できそうなほど威圧される視線が私の間で結ばれている。首に突き付けられたナイフより、そっちの方が遥かに怖いと思った。

 東雲さんが深く息を吐く。その様子を見た蛇島が、その口元に弧を描いた。


「さあ」


 柔らかな声で蛇島が誘う。東雲さんは警戒するように近付いて、一瞬私へと目を向けた。迷う東雲さんへ、蛇島が静かに手を伸ばした。

 指輪から何かが飛び出した。内部に仕込まれていた小さな刃が、東雲さんの手の甲を鋭く切り裂く。

 私が悲鳴を上げる中、蛇島は私の喉から手を離して東雲さんから飛び退いた。東雲さんの振り抜いた拳が空を切る。すぐさま蛇島に向かい直った東雲さんだったが、その膝がガクリとその場に崩れ落ちた。


「神経性の毒だ。死にはしない」


 立ち上がろうとする東雲さんの膝が震え、床に突いた手も同様だった。揺れる視界が蛇島を睨む。痺れたように動けないでいる東雲さんは、必死に立ち上がろうと床を引っ掻く。それを蛇島が嘲笑するように声を揺らした。


「じっとしていればそのうち毒も消える、一晩はかかるがな。安心して寝てしまうといい」

「…………ネコをどうするんだ」

「どうすると思う」

「答えろ!」


 吠えるような怒声が響く。当の私はその場に立ち尽くして二人の会話を聞いていた。呆けていたわけじゃない、ただ一歩でも動けば獣の牙が私に向いてしまうんじゃないかと、そんな恐怖に竦んでいた。

 よく喋れるな、と蛇島が呟いて銃を抜いた。銃口が私を狙う。銃身を見た途端反応した東雲さんは、床に膝を突いたまま素早く自分の銃を取り出したが、その銃口はグラグラと揺れて定まらない。頬に歪んだ笑みを浮かべ、蛇島が東雲さんを可哀想な目で見る。


「撃ってみろ」


 挑発に東雲さんの奥歯が噛み締められる。ガチガチと歯を噛む音に連動するように銃が揺れる。蛇島がまた笑う。


「撃てるか? 撃てないだろう。下手に引き金を引いてみろ、この子に当たるかもしれないなぁ?」

「……離れろ。離れろ、そいつから離れろ!」

「君はよくやってくれたね」


 蛇島が私に視線を向けて言う。優しげなその言葉に呆けたが、彼の言葉は続いて私の耳朶を打った。


「餌の役目をよく引き受けてくれた。上々だ。経過はどうあれ、オオカミを捕らえることができるよ」

「え……あ…………」

「けれどもう少し傷付けても良かったかもしれないな。はは、助けがもう少し遅ければ楽しかったのに。まだ爪一枚しか剥いでいない」


 競り上がってきた恐怖に肩を引く。唖然とした東雲さんの目が私を眺める。月明かりに照らされ、私の姿はハッキリと彼の目に映っただろう。服も乱れ、傷だらけの体を。

 ガチリという音に蛇島が東雲さんを見る。食いしばられた口端に血を滲ませ、凄絶な怒りを滾らせる鋭い目は私に向けられているわけじゃないのに、背筋が縮み上がる。熱く荒い呼吸音が聞こえてくる。

 蛇島もほんの少しだけ身を引いた。けれどすぐ震える声で笑い、銃の引き金に指をかける。そんな震えた指で撃てるわけがないだろう、と東雲さんを嗤う。


「役に立ったよ、ありがとう」

「やめろ…………やめろ!」


 蛇島の銃口から飛び出す鉛玉は私の頭蓋を突き抜けるだろう。拘束が解けているのにも関わらず動くことのできない私は、ただその瞬間を待つしかできない。

 喉まで込み上がってきた叫びを呑み込み、悲痛な思いで東雲さんを見つめる。

 さよなら、と蛇島の冷たい声が聞こえた。

 直後、鼓膜を突き破りそうな発砲音が響き渡る。




 目の前で血が飛び散る。私は目を丸くして、目の前で腕を震わせる蛇島を見ていた。

 腕に開いた穴から溢れ出した血が、ポタポタとスーツを濡らしていく。力の抜けた彼の手から銃が落ち、床に叩き付けられる。


「がぁ……」


 顔を歪める蛇島は、驚きを浮かべた目を前に向ける。東雲さんの握る銃から硝煙が上がっていた。銃を固定する両手に力を込めたときに付いたのか、爪の形に血が滲んでいる。気合で腕の震えを押さえようとしたのだろう。東雲さんの顔に、ぶわりと汗が滲んでいた。

 銃を取り落した蛇島が咄嗟にそれを拾い上げようとする。だが東雲さんが再度撃った弾丸は適確にその銃を遠くへ飛ばした。舌を打って蛇島は短刀を取り出す。柄を握り、ろくに動けない東雲さんへと突進する。必死に体を捻った東雲さんの腕に深々と刃が突き立てられる。けれど東雲さんは怯むことなく、引き金を引いた。くぐもった発砲音がして、蛇島の背が膨らむ。


 東雲さんがその肩を押しのけるように立ち上がり、蛇島を蹴り飛ばす。彼の腹から滲んだ血がじわじわとスーツを染めていく。よろめきながら立つ東雲さんは、即座に銃口でその頭部を狙い、引き金を引いた。

 ビチャリと水分を含んだ赤白い何かが床に散る。たった一発。それだけなのに、あんなに強気だった蛇島がその口から吐息さえも零さなくなる。ぐったりと横向きに倒れた彼に東雲さんがもう一発弾丸をぶち込んだ。また、ビチャリと血が飛んでいく。

 東雲さんは何度も引き金を引いた。とっくに絶命していることは明らかなのに、何発もの弾丸が死体にめり込む。発砲音が轟く度、至近距離にいる私はビクビクと肩を跳ね上げて、強烈な耳鳴りに耐えていた。

 とうとう弾丸がなくなった。それでも東雲さんは何回も指を引く。引き金を引く音だけがしばらく続いた。


「東雲さん……?」


 様子がおかしい。恐る恐る彼の名を呼びかけても、反応は返って来ない。ふとその目を見て、心臓が恐怖に縮み上がる。今だ憤怒に燃えた目が蛇島の死体を見下ろしていた。

 東雲さんが銃を乱暴に投げ捨てる。そして目一杯に力を込め、蛇島の頭に足を振り下ろした。鈍い音がする。東雲さんは力任せにそれを繰り返す。そのうち蛇島の頭部から、勢いのない血が床に染み出す。


「や……やめて。東雲さん」


 骨の割れる音がした。蛇島の頭部が歪み、東雲さんの靴底が血の糸を引く。


「東雲さん。東雲さん、やめて、東雲さん!」


 踏み下ろすたびに血が増えていく。ぐちゅぐちゅと粘着質な気持ちの悪い音が広がる。


「嫌……嫌、やめて、やめてよ……東雲さん。東雲さん…………」


 嗚咽を零して肩を震わせる。東雲さんに、私の声は届いていなかった。ただただ蛇島の頭が人の形を成さなくなるまで、彼は止まらなかった。



 静寂が訪れる。赤く腫れた目で、深い呼吸をする東雲さんの姿を見つめる。息を吸うと、濃く充満した血のにおいが肺を満たした。

 ようやく東雲さんが振り返る。私の姿を見て、悲しそうに、けれどほっとしたように顔を緩ませた。彼が手を差し伸べながら一歩近付く。反射的に、私は一歩後退った。


「和子?」

「あ…………」


 言うべきだった。酷いことをいってごめんなさいと、助けてくれてありがとうと。言わなきゃいけなかった。それなのに、喉が詰まったように震えて何も言えない。

 東雲さんの手からぽたりと血が滴り落ちた。手も足も顔も服も。東雲さんの全身は血に塗れていた。所々にへばりついた肉片がぬらりと光る。

 全部、周囲に転がる男達の血肉だ。あまりにも呆気なく、東雲さんの力は彼らを殺した。その血を纏わせた手が私へと向けられている。

 ありがとうと言うために、私は引き攣る喉に息を吸った。


「来ないで」


 私の口から出てきたのは、まるで違う言葉だった。違う。違う、違う。私が言いたいのはそんなことじゃない。こんなことを言いたかったんじゃない。

 それなのに、歯の根がガチガチと恐怖に震えていた。拒絶の意思を込めた目で彼を見る。怖い。目の前に立つ彼が、私を救ってくれた彼が、東雲さんが、怖い。


 私の言葉に彼の目が見開かれる。その眉が下がり、ぐっと悲しみを堪えるように顔を曇らせる。

 そんな顔をさせたいんじゃないのに。私の足は、手は、怯えるように彼から距離を取る。


「……分かった」


 少しだけ震えた声に、ハッとして彼の顔を見る。恐怖に強張る体を無理にでも前に動かそうとして、足をもつれさせてその場に転ぶ。すぐに立ち上がろうとしても何故か足から力が抜けて立てなかった。

 視界が暗くなっていく。全身を襲う痛みと眩暈に抗おうとしても、それは無茶なことだった。


「もういいから」


 優しく投げられたその言葉。その声は酷く泣きそうに聞こえたけれど、もう視界は暗く、彼の顔を見ることは叶わなかった。

 東雲さん、と彼の名を最後に呼んだ。手を伸ばそうとした。ここで何もしなければ、本当に彼は私の前から消えてしまうと理解していた。けれど、もはや鉛のように重い体は少しも動かせない。

 返事が聞こえないまま、私は意識を手放した。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] えっ?えっ!?嘘····· 東雲さんせっかく助けてくれたのに和子ちゃん思わず·····また二人がすれ違っちゃう·····
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