第27話「蛇紋岩の谷」
一夜明けた翌朝
私は、澄んだ空気の感触と暖かな朝日で目を覚ました。
船旅は思っていたよりずっと疲れる。
私は部屋に案内され、身体を拭いた後、すぐに眠ってしまった。
(昨日の晩御飯、食べ損ねちゃったな。これが、一生の不覚と言うやつか)
眠ってしまった事を後悔しても晩御飯は戻って来ることはない。
(ひどい世の中だ)
私はゆっくりと伸びをしてから、部屋の中を見回す。
昨日はよく見ていなかったけど、柱や家具は、細かな鳥や花が彫り込まれた装飾された木造の部屋だった。
(結構豪華、なのかも)
窓の外へ目を向けると空は雲一つない。
私は窓辺に近付いて外を見た。
「やっぱりすごい景色」
昨日の霧の海は無くなっており、広大な森と川、そして柱のような岩山が無数に点在している景色が目に入ってくる。
屋敷の調理場の方から、美味しそうないい匂いがしてくる。
「朝ごはんかな?」
お肉の焼けるいい匂いがする。
ふと、山の間の渓谷の様な場所に何か動くものが見えた気がした。
「なんかいる?」
遠すぎてよく見えないが、大きな鳥のような生き物が、沢山集まっているように見えた。
「なんだろう。羽の無い鳥?」
目を凝らして見ようと窓に手をかけると、部屋の外から声がかかった。
「おはようございます。お開けしてよろしいでしょうか?」
私は声をかけようとして、自分が肌着だったことに気が付いた。
「あ」
着替えてから部屋の外に声をかける。
「ど、どうぞ」
「失礼致します」
独特な形の使用人服を着た、細身の虎獣人が深く頭を下げている。
(服も島ごとに違うんだ)
「朝餉の準備ができました。食の間へご案内いたします」
「食の間?食堂ってことかな?」
「左様でございます。此方へ――」
使用人服の獣人は、ゆったりとした動作で歩き出す。
「食堂かぁ。ねぇお姉さん、昨日の晩ごはんは何だったの?」
私は昨日の晩ごはんが気になった。
「夕餉でございますか?角煮や煮込み料理だったかと――」
(なんてことだ、絶対美味しそうじゃん)
私は膝から崩れ落ちるようにうなだれた。使用人のお姉さんを少し困らせてしまった。
◇
食堂に到着すると、ハジャルとシャオロンはすでに椅子に座っていた。
「おはよ」
シャオロンは、腕を組んでふんぞり返っている。
「やっと来たのか!料理が冷めてしまうところだったぞ」
ハジャルは、その様子を見てクスリと笑っている。
「自分だってさっきまで寝惚けてたくせに、よく言うよ」
シャオロンはジロリとハジャルを見て威嚇している。
「貴様とは朝餉の後に決闘だ。覚悟しろよ」
うんざりした顔をするハジャル。
「またかよ」
「おお!これはまた豪華な朝食ですねぇ」
メルクリウスは入室してくるなり料理の豪華さに感嘆の声を出す。
「メイメイは?」
「まだ寝てるんじゃないか?二人とも朝弱いし」
席について待っていると眠そうなタオとメイメイが来た。
「おはよメイメイ」
「ん〜」
メイメイは、あくび声で返事をしながら目をこすっている。
タオは目を細め、何度もまばたきしている。
(二人とも眠そう)
二人が席に着いたのを見て、私は骨付き肉を手に取って食べようとするが、メルクリウスに止められる。
「オパリアさん、チンタオでは目上の者から食べ始める習慣があり、今居る中で一番位の高いハイロン氏が来ないと食べられないのですよ」
私は骨付き肉を口に付ける寸前で止めて、メルクリウスに聞き返す。
「え?私たちもだめなの?」
メルクリウスは触手の髪を指のように自身の口元へ寄せながら話している。
「私たちはゲストですから従う必要はありません。ですが、招かれた側ですから。礼儀として相手のルールに合わせるのも一つですよぉ」
「そっか、そうだよね」
私は今すぐにでも齧りつきたい気持ちを抑えて、我慢することにした。
(オーリも礼儀は覚えておけって言ってたし)
だけど、ハイロンが来ない。
「いつも朝早くから起きてるのに」
船ではいつも私より早く起きていた。朝の日課のストレッチをしに看板へ行くと、ハイロンはいつも海を眺めていた。
「昨日は飲み明かしたようですからねぇ」
メルクリウスはゆっくりと伸びをして椅子に座り直した。
◇
暫くして、ふらふらとした足取りのハイロンが歩いてきた。どう見ても顔色が悪い。
「うぅ、頭が痛いのぉ。二日酔いじゃ」
お酒を飲みすぎて二日酔いらしい。
(お酒って飲みすぎるとこんなになるんだ)
「待たせてすまんのぉ。少しだけいただくわい」
席についたハイロンは、スープを少しずつ飲み始める。
タオとメイメイはスープを手に取り、同じように飲み始めた。
(同じ物しか食べられないのか)
私も同じようにスープを手に取って少し口をつける。
きのこと塩の風味のさっぱりとしたスープだった。
私の目線に気付いて、ハイロンは皆に目を向ける。
「あ~、そうじゃったな。すまんのぉ。好きに食べてよいぞ」
ハイロンの声で、少しホッとした様子のメイメイは即座に骨付き肉に齧りつく。
タオは気にせずにスープだけを少しずつ飲んでいる。
シャオロンも大きな肉入り饅頭に手を伸ばし、口いっぱいに大きく頬張った。
その様子を見てハジャルは、盛り付けられた肉や野菜を自分の皿に少しよそっている。
「おい貴様。これをかけると上手いぞ?」
ハジャルはシャオロンから手渡された、真っ赤な色のソースをかけてから食べ始めた。
「素揚げの野菜や肉、ランガルでは無い料理で――辛!!?」
一口食べたハジャルはピタリと動きを留め、その顔色は一瞬でまだら色に変わっていった。
顔から大粒の滝のような汗を流し始めた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛!口が痛い!」
水のグラスを手に取って悶絶するハジャルを見て、腹を抱えて大笑いするシャオロン。
「はははっ!引っかかったな貴様ぁ。それは凄く辛いソースだ!」
赤いソースはすごく辛いらしい。
みんなが食べ始めたのをみてから、私も皿に置いていた骨付き肉を手に取って齧る。
塩と香草をかけて焼いただけのかなりワイルドな味だった。
(お肉だ、ただただお肉だ)
メルクリウスは、グラスに注いだ水だけ飲んでいた。
(どれくらい辛いんだろう?)
私は赤いソースを少しだけ舐めてみた。
「!?」
(辛い――これ嫌いだ)
◇
食後、私はメルクリウスにロープの結び方を聞いてみた。
「ロープの結び方ですか。私も、使用人任せだったので分かりませんねぇ。釣り糸なら幾つか知っているんですけどねぇ」
メルクリウスは釣り糸の結び方はわかるがロープはよくわからないらしい。
「船員に聞いたほうがよいと思いますよぉ?」
その時、食堂の扉が開かれ獣人兵士の一人が入ってきた。
「失礼致します!見張り台からの報告に参りました!」
兵士はタオに報告へやってきたらしい。
話を聞いていると、どうやら見張り台から魔物の姿が見えたらしい。
「見たことのない鳥の魔物か、大きさや数は?」
タオは顎に手を当てながら報告を聞いている。
「魔物は単体だった。とのことですが、かなりの大きさだった様子で、念の為周辺の警戒も指示しております」
(羽毛のない白い鳥?朝見たやつかな)
特徴を聞いて私は、朝見た生き物を思い出した。
「失礼致します!」
報告の兵士が立ち去ったあと、タオに朝見た、谷に集まっていた生き物のことを伝えた。
「谷に集まっていただと?」
タオは何か腑に落ちないような表情をしている。
「具体的な数や大きさはわかるか?」
「大きさは遠すぎてわからなかったけど。多分、大人より大きいと思う。数は、わかんない。数え切れないくらい沢山いた」
タオは椅子から立ち上がり、窓辺へ歩き出した。
「オパリア、どのあたりだった?」
私は朝、生き物の群れを見た場所へ指を向けた。
「あの山と山の間の川沿いだったよ」
指差した場所は、今は深い霧の海に飲まれて見えなくなっていた。
「ここからでは見えんな。見張りに警戒するように言っておく」
それだけ言ってタオは食堂から出ていった。
私は霧の中の谷を見つめ、胸の中に、何かモヤモヤとした気配を感じていた。
◇
食堂を出た後。
暇だった私は、山士族兵士の訓練所がある山に来ていた。
四方を壁に囲まれた、石畳の広間のような場所で兵士達が訓練している。
「訓練に興味があるのか?見るだけならいいぞ」
クク老師はげっそりとした顔で頭に氷嚢を乗せたまま、兵士達の訓練を指導している。
「クク老師?も二日酔いなの?」
「そうだな。二日酔いだ。全く、あのジジイが飲み比べなんて言うから――あぁ、頭の中で鐘がなる」
ブツブツと文句を言い始める。クク老師も二日酔いらしい。
兵士達に目を向けると、一糸乱れぬ動作で、先端に布を巻いた棒を振っている。
「あれって槍の代わり?」
「そうだ、訓練で抜き身なんぞ使わん」
クク老師は槍を私に見せてくれた。炎のような湾曲した穂先がついた槍。
突きと斬る事を目的とした形だった。
(ホランの使ってた槍とは違うんだ)
「ホランも槍だったけど、見た目が全然違う」
私の言葉にクク老師は興味を示した様子で片方の眉を上げた。
「ほう?どんな槍だ?」
「なんかこう、斧とか鎌みたいのがくっついたやつでこの槍の倍くらい柄が長かった」
「斧槍か。わざわざ柄を伸ばしているとは、かなりの怪力だな」
「うん。凄く重かった。それを軽々振り回してた」
私は、オブシディアの屋敷で別れた三人組のことを思い出していた。
(三人とも、無事なのかな。それとも――)
「どうしたオパリア、何か考え事か?」
タオも訓練所に来て鍛錬をしていたらしい。
(話しかけられるまで気が付かなかった)
私はカリム達三人のことを少し話した。
「その三人、どこかで聞いたことがあるような――まあ気のせいか?それなりに腕の立つ相手と鍛錬をしていたようだな」
タオは壁にかかっていた木剣を私へ手渡してきた。
「お前の剣術、少し気になっていることがあってな。ちょっと手合わせしてくれないか?」
棒を手に、どっしりと腰を落とし構えるタオ。
(タオは槍を使うんだっけ)
私は木剣をしっかりと体の前に持ち、足を前後に開き、切っ先を相手に向ける。
オーリに習った中段の構えをした。
「お願いします」
タオは私の構えを見て少し驚いている。
「ほう?」
クク老師は、何か昔を思い出すように目を細めていた。
「懐かしいな。まだ使い手がいたか」
クク老師の言葉の意味は、私にはよくわからなかった。
【第28話へ続く】




