第1話「深淵の琥珀」
「亡き少女の身体を借りて」と同じ世界観の作品です。
なんで第1話からこんなに重くなっちまったんだ?
ゆっくりと目を開けた先は、腐敗臭と鉄の匂いがする場所だった。
石造りの壁。湿った空気。血で描かれた魔法陣の中心に、自分がいた。
目の前に、少女が横たわっている。
(牢屋――それに子供、か?)
黒い髪。黒い瞳——虚ろな目で、自分ををみつめている。少女の身体には無数の切傷や痣があった。
(呼吸が浅いな。かなり衰弱している)
隣の部屋の格子の向こうから、腐敗した匂いが鼻の奥に纏わりつく。
白骨化した亡骸が、複数。
「ずいぶん荒れた場所――」
男は部屋の感想を言いかけ——そこで、止まった。
(なんだこの違和感は?)
妙に目線が低い。身体の感覚にも違和感を覚える。
男は周りを見回す。部屋の隅にはカビの生えたパンと虫の湧いた干し肉が無造作に落ちている。
「子供に食べさせるものではないな」
男は自分の身体へ目を向けた。
黒い毛の前足と小さな爪。
全身、黒い毛だらけの身体。
長い尻尾が、床に垂れていた。
鏡がないので顔はわからない。しかし少なくとも——人間ではなかった。
「なんなんだ、この姿は」
◇
少女が、男を見つめている。
虚ろな漆黒の瞳の中に、自分の姿が映っていた。
黒猫のような姿をした何か。
「呼んだのはお前か」
少女は横たわったまま、頷いた。
「何が目的だ」
「……パパとママ」
掠れた声だった。
「殺された」
男――黒猫は隣の部屋の方角を見た。
「隣の部屋の亡骸、か?」
少女は頷く。
「目的は復讐か?しかし、この床の魔法陣は何だ?」
少女は無言で、傍にあった魔導書を開いた。
爪の剥がれかけた震える手で、差し出す。黒猫は少女から奪い取るように、魔導書を読んだ。
「禁忌魔法か。——こんな子供が発動させたのか?必要な魔力をどこから集めた?」
黒猫はページをめくり魔導書を読み進める。
「なるほど。『魔物召喚』と言う名前か。血と肉を贄に発動する、兵器としての魔法。――俺は魔物として呼び出されたんだな」
少女は何も答えず、呼吸が荒くなる。
「話ができなければ何もわからないな」
◇
黒猫は自分の前足に意識を向け魔力を集める。淡い光を纏うと、少女に向けた前足から光が帯のように伸びる。
淡い光の帯が、少女に触れる直前。弾けるように消えていく。
「弾かれた?なんだこの反発感は――」
黒猫は少女へ再び治癒魔法の光を放つ。だが、弾けるようにかき消され、治癒の効果は見られない。
「魔法抵抗体質か?それとも俺の魔法が弱いのか?——どちらにしろ厄介だな」
少女の目が、さらに虚ろに、焦点が合わなくなっていく。
「チッ」
小さな舌打ちと共に黒猫は治癒魔法を止め、赤く強い光を纏わせた前足を背後の錆びた鉄格子へ向ける。
前足から放たれた丸い光が破裂し、鉄格子を吹き飛ばす。鈍い音とともに大きな隙間が開いた。
「なるほどな、俺の魔力が弱いわけではないのか。この子供の特異体質が原因か。――ここから連れ出すしかないか」
黒猫は自身の前足を見つめ、ため息をつくと少女へ向き直る。
「――どうやって運べば?」
黒猫は首を傾げて少し考えた後、少女の服を咥えた。
(異様に軽いな)
黒猫は、少女を引きずろうとして止まる。
(コレならこの身体でも背負えるか?)
少女の身体の下に潜り込み、背負う形で抱え上げた。
(軽すぎるな――食料がアレでは無理もないか)
鉄格子の隙間を通り抜け。薄暗い通路を歩いていく。他の牢屋に目を向けるが、動くものは一つもない。
(それなりの人数がいたようだな)
通路を歩いていくと突き当たりに上に向かう階段を見つける。
(他に出入り口らしき物はないな。窓も無い――ここは地下か?)
黒猫は少女を落とさないように慎重に螺旋階段を一段ずつ上がっていく。
「誰かを背負って歩くなんて、子供の時以来だ。それにしても長い階段だな」
階段の上がった先に、扉が見えてきた。鉄で作られた大きな扉だった。
「やっと出口か」
扉を前足で押して開こうとするが、びくともしない。引いても開く気配はない。
「鍵がかかっているな。厳重なことだ」
黒猫は、前足から光の矢を扉へ向け放つ。鉄の扉は矢が当たった場所が水飴の様に赤く溶ける。直後、跡形もなく吹き飛ばされた。
少女を背負った黒猫は、吹き飛んだ扉の残骸を抜ける。長い廊下だった。明るい日差しが窓から通路を照らしている。
(やはり地下だったか。しかし、人の気配が無いな。大きな音を立てても誰も来ない)
石造りの廊下だった。壁の一部は剥がれ落ち、天井に幾つも蜘蛛の巣が張っている。割れた窓から入った枯れ葉が床に積もっていた。
「かなり荒れているな。誰も管理していないのか?」
少女を背負ったまま、大地は屋敷の中を探索する。通路、部屋、壁、いたるところに黒いシミと焼け焦げた煤が広がっている。
「争った跡と――焼けた跡。争いで滅びた貴族の屋敷、といったところか」
朽ちて床に落ちたタペストリーや壊れた調度品を見つめながら黒猫は呟く。
「この紋章、王国の貴族資料の中にあったな」
それなりに大きな屋敷だった。しかし、確認したほとんどの部屋が焼け落ち、埃と煤に覆われていた。
「子供を寝かせられる部屋が無いな」
一番奥の部屋へ向かう黒猫。一際細かな装飾が施された扉を開け中を覗き込む。
「ここは屋敷の主の寝室か」
ここも埃が積もっている。だが、他の部屋に比べて焼けた跡が少ない。大きなベットも傷んではいないようだった。
「この部屋なら寝かせられるな。だが、少し掃除するか」
黒猫は魔力を集め意識を集中させる。黒猫の周囲に、淡い光を帯びた風が巻き起こる。
部屋の埃と煤が、一斉に窓の外へ吹き飛んでいく。
黒猫は少女をベッドへ寝かせると顔色をうかがう。
「完全に栄養失調だな。それに全身に打撲跡と裂創」
少女はぼんやりと天井を見たまま、動かない。呼吸は、少し落ち着いていた。
◇
「少しここで寝ていろ。使えるものを探してくる」
黒猫は少女に語りかけると部屋から出ていった。少女はぼんやりと窓の外へ目を向ける。木漏れ日が差し込む窓辺から見える景色、焼け落ちて枯れた大きな木と荒れ果てた庭園を、少女は虚ろな瞳で見つめていた。
扉の開く音に少女は目を向ける――黒猫は配膳カートを押しながら戻ってきた。
「ろくな物がないな。これだけ荒れていれば当然と言えば当然か」
黒猫はベットの傍らに水瓶と干からびたパンと干し肉を載せた配膳カートを持ってきた。
「水を飲め。保存食は――そのままでは無理だな。加工するから少し待て」
黒猫は器用に前足で水瓶からグラスに水を注ぎ、少女に飲ませる。
「調理場に塩すらないとはな」
干からびたパンと干し肉を入れた器に水を注ぎ、前足から光を放ち器の中を熱する。あっという間に湯気が上がり干し肉の香りが部屋の中に立ち込め始める。
――!
部屋の中に雷鳴のような音が響く。黒猫の耳がピクリと動く。
「干し肉がまだ硬い。もう少し待てと胃袋に言っておけ」
黒猫は木のスプーンで器の中をかき回しながら少女へ告げる。
「うん」
少女は、黒猫の姿をしばらく眺めていた。
「何を見ている?まだ硬いからお前には無理だぞ?」
「――あなたは、悪魔なの?」
少女は黒猫に尋ねる。黒猫は怒りはせずに
「さあな。何故そんな事を聞く?」
「――あの魔法は、悪魔を呼ぶって言われてたから」
黒猫は目を閉じて少し考える仕草をした。
「前に悪魔と呼ばれたことがあったな。口うるさい奴らだったが。まあ、それなりに使える奴だったな。――もう会うことはないだろう」
少女の目には、その表情が少しだけ寂しそうに見えた。
「お友達だったの?」
「友ではないな。互いに利用――違うな。俺が立場を利用していた、というのが正しいか」
黒猫は何処か遠くを見つめながら答えた。
「――できたぞ。口を開けろ」
黒猫は、木のスプーンでパン粥を掬い少女の口元へ運ぶ。少女が口を開けると、温かいふやけたパンの欠片が口に放り込まれる。少女はゆっくりと噛みしめて嚥下する。
「こんなこと。妹が風邪を引いた時以来だな」
黒猫はポツリと呟きながら。少女の口から零れたパンの欠片を比較的綺麗な布で拭き取った。
少女はうつむき、微かに震えている。
「味付けは期待するな。ただの干し肉しかなかったからな」
「――しい」
少女は掠れた声で呟く。小さな唇が震えている。
「なんだ?」
「おいしい――」
少女の目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「――そうか」
「パパ――ママ――」
少女は声を殺して泣いていた。黒猫は何も言わず。少女の頭を撫で続けた。
◇
燭台に火を灯しながら、黒猫は少女へ問いかける。
「お前の名前と、何があったのかを教えろ」
少女が黒猫を見つめている。窓の外は日が落ち、星空がきらめき始めていた。部屋の中を燭台の明かりだけが照らしていた。
黒曜石のように黒い瞳が、黒猫の金色の瞳を見ている。
しばらく、沈黙が続いた後、少女は口を開いた。
「――リア」
少女の口から出た言葉を聞いた瞬間、黒猫の目が見開かれる。黒猫は軽く咳払いをした後、もう一度名前を尋ねる。
「なんだと?――よく聞こえなかった。もう一度、名前を教えてくれ」
少女は掠れた声で、だがしっかりとした口調で自身の名を名乗る。
「私は――オパリア・カルダ・オブシディア」
黒猫は目を閉じ考えた後、少女へ尋ねる。
「一つ聞きたい。オパリアという名前は、よくある名前なのか?」
少女――オパリアは首を傾げ、少し考えてから黒猫の問いに答えた。
「――わからない。でも知ってる人にオパリアという名前はないわ」
「そうか――。まあ、いい名前なんじゃないか?」
黒猫は再び目を閉じる。それから——かすかに、唇の端が動いた。
「あなたの名前は?」
「俺は、だ――」
黒猫は口を開きかけ止まる。虚空を見つめ何かを考えている様子で、少し間を置いて。
「昔の名前に未練はないな――秘密だ。好きに呼べ」
少女は天井を見つめて考えるが、瞼がゆっくりと重くなっていく。
「少し寝ろ。何があったか含めて後で聞く」
黒猫はベットから降りて扉へ向かう。
「あなたは寝ないの?」
「調べることがある。それに、お前の傷の手当ての道具も探さなければならないからな」
黒猫は器用に前足で扉を開け部屋を出ると、扉を静かに閉めた。少女はしばらく扉を見つめていたが、いつの間にか眠ってしまった。
◇
少女を部屋に残して、黒猫は地下牢へと続く螺旋階段を下っていた。
「オブシディアといったか――あの時はエルフィア領の近隣の情報収集しかしていなかったな」
薄暗い螺旋階段を歩きながら思案する黒猫。一段降りる毎に、鼻を突くカビと腐敗した匂いが強くなっていく。
(ここがランガル王国なのは間違いない。だが、エルフィア領と隣接する地域では無いということ以外、詳しい場所も今が王国歴何年なのかも、分からないな)
黒猫は、再び鉄格子の牢屋が並ぶ廊下に降り立った。
(屋敷内の書庫は劣化が酷くて調べられなかった。他に調べられる物はここしかないな)
「行き着いた先で、子供の世話と死体漁りとは」
黒猫は並んだ鉄格子の中を一つ一つ注意深く観察する。
「使用人、隣は執事か?服装からして貴族出身のようだが、知りたい情報は持って無いな」
次の牢屋を覗き込む。
「こいつは――庭師か?屋敷の人間が全員投獄されているようだな」
兵士、子供、老人どれも既に物言わぬ骸と化していた。
(貴族の屋敷に地下牢がある事自体は問題ではない、が――収容人数が多過ぎる、まるで監獄だ。ヴァルテール家でも地下牢はあったが、三部屋だったな。)
「屋敷に関わる使用人はともかく、貴族に関連の薄そうな庭師や子供も収容されているとは――貴族同士の争いではないな」
黒猫は母親と思われる骸に抱かれた、小さな骸を見つめながら、頭の奥に沸々と渦巻く何かを感じていた。
「やはり奥の亡骸がこの屋敷の主か」
一番奥の一つ前、男女の白骨化した亡骸が横たわる牢屋へ目を向ける。
「ヴァルテールと同級か、王家に縁ある貴族だったようだな」
格子の隙間から部屋の中へ入り、女性と思われる亡骸が身につけている首飾りを調べる。首飾りには王家の紋章が刻まれていた。
隣に横たわる男性の骸は、肋骨が見えるほど大きく切られた跡がある。骸の手は何かを握りしめている。
黒猫が男性の骸の手に触れた瞬間、骸の目が見開かれる。
◇
骸の濁った瞳が黒猫へ向く。
『貴方は――オパリアが呼び出したのですね』
骸から響く男性の声。
「そのようだな。お前は何だ?」
黒猫は落ち着いた様子で骸へ話しかける。
『オブシディア家当主メルディアの夫。ブラムスと申します』
ブラムスと名乗る骸は動かず、ただ黒猫を見ている。
「死体を動かす術――というわけではないんだな」
『正確には特定の場所に記録を保存する。そういう術です』
ブラムスは握りしめていた手を開いた。紋章が刻まれたブローチだった。
「この屋敷で何が起こった?あの娘は何者だ?どうやって禁忌魔法を発動させた?」
黒猫はまくし立てるように質問を重ねる。
『すみません。すべてにお答えできる程、この術は長く続きません。ただ――あの子を、守ってほしい』
黒猫は小さな舌打ちをした。
「勝手なものだな。頼まれる義理はない」
「だが――名前のよしみだ。自力で歩けるまでは見てやる。だから安心して死ね」
黒猫は顔を背けながら小声で答える。
『頼みます――オパリアを』
骸の目がゆっくりと閉じられる。何も言わないただの骸へ戻っていた。
「フン。頼まれる謂れはない、子供の世話はもう慣れた」
◇
その時、黒猫の耳が微かな音を拾い上げる。
「足音?――誰かが階段を駆け下りて来ているな」
黒猫は螺旋階段近くに戻り、暗闇に身を潜めて様子を伺う。
「扉が破壊されているなんて――」
「まさか逃げ出したのでは!?」
複数の足音、声が聞こえてくる。
(オパリアを幽閉していた当人達か――)
黒猫は目の前の人影を観察する。
(あの足運び、ランガル王国の兵士ではないな。それに、魔術師もいるのか)
「食料は最低限しかあたえていない!それに衰弱毒だって――」
「効きづらいとはいえ、今も精神支配をかけています」
先頭を歩く太った男へ向けて二人の人影が説明している。
(なるほど。あの衰弱は毒と精神魔法の影響か。さて――ここまでする相手なら、情けは必要ないな)
黒猫は、人影の背後へ向け。前足に纏わせた魔力を矢に変えて放つ。
「ぎゃ!」
背後から矢に貫かれた魔術師風の一人が身体に大きな穴を空けて倒れる。
「なんだ!?」
「一体どこから」
残った二人は剣を抜き構えながら周囲を見回すが、薄暗い通路の中で目の前にいる黒猫の姿に、全く気付いていない。
「先頭にいた一人から話を聞ければ十分だな」
黒猫は剣を構えた男の肩に軽やかに飛び乗り、首筋に爪を這わした。
「え?ねごおおおお――」
首筋を深く裂かれた男は血を噴き出しながら崩れ落ちる。
「なんだ!?一体何がおきている!?」
一人残された太った男は、剣を振り回しながら一刻も早く逃げ出そうと螺旋階段へ走り出すが、途中で何かに躓いて倒れる。
男は自分の目の前に落ちていた物を掴んで確認する。
「なんだコレは――靴?」
目を凝らしてよく見ると、分厚い革製のブーツだった。
「なんで、俺の靴が、――ああああああああ」
自分の足へ目を向けた男は絶叫する。
膝から下がなくなっていた。
「聞きたいことがある」
暗闇の中から声が響く。
「だ、誰だ!?俺を誰だと思っている!?こんな事をしてどうなるか分かっているのか?」
太った男はうつ伏せのまま暗闇へ向けて叫ぶ。
「知らん。お前がどこの誰かは興味がない。俺の質問にだけ答えろ」
男は目の前の黒猫に気が付く。
黒猫は薄暗い闇のなかで黄金の瞳だけが仄かに輝いていた。
「なんだお前は?一体――」
男の表情が凍りつく。
◇
オパリアはどこからか聞こえてきた微かな悲鳴に跳ね上がるように目を覚ます。
燭台の灯りは消え、部屋の中は月明かりで薄暗い。
「どこにいるの?」
オパリアは黒猫を呼ぶが返事はない。
部屋の隅から染み出した黒い影が蠢きながら部屋を、オパリアを包み込む。
「誰か!」
オパリアは必死に叫ぶが誰も答えない。
ふと、暗闇の中に立つ人影に気が付く。
オブシディア家の礼服を着た白骨。
顔の崩れた使用人。
皮を剥がされた庭師。
腹を裂かれた執事。
兵士、子供、老人。
オパリアを取り囲むように佇んでいる。
「いや、いやぁ!」
取り囲む骸達の無数の手が、オパリアを掴む。必死にもがくが振り払うことができない。赤い炎が部屋を焼き、骸達の手がオパリアを暗黒の水へ引きずり込んでいく。
「いや!誰か!パパ!ママ!」
突然、暗闇にヒビがはいる。
骸達の手が止まる。
暗闇が砕け、小さな隙間から”何か”が入り込んできた。
それは黄金の瞳を仄かに輝かせた、黒猫の姿をしていた。黒猫はオパリアへ話しかける。
「おい。起きろオパリア」
黄金の光を受けた骸達が崩れていく。暗闇が霧のように晴れていく。赤い炎が消えていく。
◇
オパリアが目を開けると。寝室のベッドの上だった。息が荒い。全身が汗で濡れている。
オパリアは荒い息のまま部屋の中を見回す。燭台の明かりが部屋の中を照らしている。
「寝汗が酷いな。着替えと傷薬を持ってきた。汗を拭いたら着替えろ、服の大きさは我慢しろ」
傍らに座る黒猫は乾いた黒いシミのついた衣服と分厚い革靴をオパリアへ渡す。
「どこにいたの?」
黒猫からはうっすらと鉄の匂いがしていた。
「ずっとここにいた」
黒猫はあくびをしながら答える。明らかに嘘だった。
「誰の服?こんな服、ここにはない筈――」
オパリアは明らかにサイズの違う服について尋ねた。
「お前が知る必要はない。着替えが済んだら食事にするぞ。その後は、傷がある程度治ったらここを離れる」
それだけ言うと黒猫は水と干し肉、野菜や豆を器に入れて魔法で温め始めるが、何かを思い出したように動きを止める。
「――存外、罪悪感はないな。達成感の類もなし、か」
それだけ呟くと、黒猫は温めた器の中を木のスプーンでゆっくりとかき回し始めた。
【第2話へ続く】




