第21話 夕陽に照らされた彼女の横顔に見惚れた
王城へ戻ったその日。前回と同じように翌日は久しぶりの休日を貰えることが伝えられた。きっと皆は楽しく城下町を周るのだろう。けれど僕にはそんな余裕はない課こそ、いつものようにガレスさんへ鍛錬をお願いしようとガレスさんの方へ駆け寄る。
「ガレスさん……」
そう声をかけた、その瞬間だった。
「白石君ちょっといい?」
澄んだ、どこか天使のような声が訓練場に響き渡る。そんな声色の人は一人しか知らなくて、振り返った先には案の定、西宮さんが立っていた。
彼女は少し緊張した様子で両手を胸の前で組み、指先をもじもじと動かしている。何度か視線を泳がせたあと、小さく頷き、まっすぐ僕を見つめた。
「もしよかったらなんだけど……」
一度言葉を区切り、少しだけ照れたように微笑む。
「明日、午前でも午後でもいいから、一緒に王国を回らない?」
その言葉に、思わず目を見開いた。まさか、西宮さんの方から誘ってくれるなんて思ってもいなかった。ものすっごく嬉しい気持ちもある。けれどガレスさんに強くなると誓った手前、返事をすることができなかった。
どうしたらいいのか分からなくて俯いていると、ガレスさんからふっと笑みが零れる音がした。見上げた先には満面の笑みを浮かべる彼がいて、
「行ってこい、坊主」
「でも、訓練が……」
「ちょうど午後十二時以降は休憩にする予定だった。それ以降なら問題ない」
「……いいんですか?」
「ああ」
ガレスさんは腕を組み、大きく頷く。
「お前はレベルアップしたばかりだ。急激に身体能力が上がれば、身体はすぐにはついてこない。だから午前中は軽く身体を慣らして、午後はしっかり休め。それも立派な訓練だ」
その言葉に、思わず背筋が伸びる。
「ただし、明日の朝はいつもより早めに集合だ」
「はい!」
力いっぱい返事をすると、ガレスさんは満足そうに笑った。僕は改めて西宮さんへ向き直る。
「じゃあ……西宮さん。よろしくお願いします」
「うん。こちらこそ」
その笑顔は、まるで花が咲いたように柔らかかった。軽く手を振って、西宮さんはそのまま去っていく。。歩くというより、ほとんど駆け足の状態で。
その後ろ姿に見とれながら、
(明日か……)
なんてついつい、彼女と街を探索できることに笑みが零れてしまう。みんなと一緒なのは緊張する。それでも西宮さんが傍にいるだけで自然と楽しくなる未来しか見えなかった。
そんな僕の姿をニヤニヤと楽し気にガレスさんは見つめて、口を開く。
「嬉しそうだな、坊主?」
ムッとした表情をしようとするも、口元が緩むのが抑えられなくて、僕は観念したように照れながら告げる。
「……そりゃ、嬉しいですよ。憧れの、それも好きな人と一緒に出かけられるんですから」
「ほう」
ガレスさんがニヤリと獰猛な笑みを浮かべる。
「じゃあ今日は、このあとめちゃくちゃ頑張れるよな?」
「もちろん。どんな訓練でも耐えてみせます!」
……そう威勢よく僕は口にするのだった。その後の訓練で思わずは来そうに……いや実際に吐きながら早朝の訓練、それと西宮さん達とのお出かけに浮かれながら、眠りに着くのだった。
***
翌日。訓練は予定どおり十二時には終わりを告げた。全身汗だくのままではさすがにまずいと感じ、僕は急いで水浴び場へ向かい、汗と汚れを洗い流す。用意した新しい服へ着替え、軽く身だしなみを整えた。
(……少しはマシになったかな?)
自分様子を確認しながら、大丈夫なはず。そう言い聞かせて待ち合わせ場所に向かう。待ち合わせ自体は13時なため、少し早くつくだろう。そう思っていたのだが、城門付近にはすでに彼女の姿があった。
「ご、ごめん! 待たせた!」
「ううん。今来たところだよ」
その言葉に僕はほっと胸をなで下ろし周囲を見回す。確かに言われてみれば僕達以外の人はまだついていないようだった。午前中は一緒じゃなかったのだろうか?そう疑問に思って僕は尋ねる。
「そういえば、他のみんなはいつ来るの?」
その言葉に、西宮さんはきょとんと首をかしげた。
「二人だけだけど……」
目を丸くして訊ねていた彼女は、少し不安そうに僕を見つめる。
「もしかして、嫌だった?」
その瞬間、僕は勢いよく首を横に振った。
「う、ううん。むしろ、嬉しいよ」
慌てた拍子に、本音が口をついて出てしまう。反射的に、しまったと思い顔が熱くなる。そんな僕を見て、西宮さんは軽蔑することもなく、嬉しそうに微笑んだ。
「そっか。なら、よかった」
大輪が咲いたような、温かな笑みに胸がいっぱいになっているなか。彼女はごく自然に僕の手を取った。
「ほら、行こ?」
急に駆け出す彼女に引かれて僕も走り出す。そのことに驚きつつ、それ以上に女性特有の柔らかく、そして温かい手の感触にドキドキと胸が高鳴っていた。
女の子と手をつないだ記憶なんて、小学生の林間学校で、フォークダンスをしたくらいしかない。それも曖昧なもので。けれど、この手の温もりだけは、一生忘れない気がした。
そんなことを本気で思ってしまう自分が、少しだけ恥ずかしかった。それでも、その手を離したいとは少しも思わない。西宮さんに手を引かれながら、僕は王都の街へと駆け出した。
「ここね、この前来たんだけど、すっごくかわいかったの」
どうかな、と少し不安そうに僕の顔をうかがう西宮さん。
「……すごい」
思わず声が漏れた。店内には職人が手掛けた工芸品が並び、一つひとつが驚くほど精巧だった。
「見て。この紐の編み方。全部、編み目が均等だ。それにここの装飾もかなり凝ってるよ!」
僕は思わず体が前のめりになりながら、様々な細工へ目を向ける。
「こっちもすごいな……。細かいところまで丁寧に作られてる」
気づけば、独り言のように感想を口にしていた。キラキラした宝石のように美しい装飾に目がいき、ふと冷静になる。西宮さんがいるってことを忘れていたと。
背中に冷たい汗が流れる感覚がするなか、恐る恐る隣を見ると、西宮さんが嬉しそうに笑っている。
「ね、すごいでしょ?」
一人舞い上がっていた僕を責めることなく肯定してくれる。その温かな笑顔の方が、工芸品なんかよりずっと目を奪われた。きっと、この笑顔の方が何倍も印象に残るって。
「次はあそこの甘味処!おいしいんだよ」
一通りウィンドウショッピングを終えた僕達は、次の場所にかけていく。最初の通り彼女に手を引かれて。なんでかな、彼女と一緒にいるだけで胸が満たされるのは。どこか温かくて、世界が色づいて見える。
色彩がいつも以上に色鮮やかに見えて、建物の先々まで鮮明に見える。一瞬一瞬がどれも楽しくて、僕も自然と緊張することなく返せていた。
「それは楽しみだな」
そんな風に彼女に案内されながら、王都を歩き回る。甘味を食べたり、露店を眺めたり、店先で足を止めたり。どこへ行っても楽しくて、時間は驚くほどあっという間に過ぎていった。
訓練以上に充実したその時間は、陽が落ちてオレンジ色に色づき出す光景で終わりが近くなってきているのが分かる。
「最後は、ここ」
そう言って案内されたのは、街を一望できる高台だった。ちょうど夕日が沈み始める時間。赤く染まった空の下、王都の街並みが金色の光をまとって輝いている。
屋根も石畳も、遠くに連なる山々も。すべてが夕日に照らされ、穏やかな色へと染まっていた。鳥が空を横切り、心地よい風が頬をなでる。その風に乗って肩の力がすっと抜けていく。
「……綺麗だな」
自然と、そんな言葉がこぼれた。
「ね。綺麗だよね」
西宮さんが嬉しそうに笑う。僕は景色から視線を移し、その横顔を見つめた。夕日に照らされたその笑顔は、この景色に負けないくらい綺麗だった。
(こんな景色を、隣で一緒に見られるなんて。こんなご褒美があっていいんだろうか?)
自分の人生、幼少期以降はずっと暗い世界で生きてきていたような気がする。何でもできるなんて万能感は小学生の頃にはもうなくなっていて。ただ、淡々とした日々を過ごしていた。
けれど、この異世界にきて少しずつ変わってきて。そう思えたきっかけ間違いなく目の前の彼女だった。
逆光のなか、微笑んでくれるこの光景を僕はきっと、生涯忘れることがないだろう。
「……ありがとう、西宮さん。僕と出逢ってくれて」
誰にも聞こえないくらい小さな声で、僕はそう呟くのだった。




