第23話 ティーチャードクター⑦
午後1時。秀は百合に電話をかけていた。
あの後、秀は様々なことを考えていた。百合のこと、璃海のこと。そして、あの事件のことも。なかなか考えがまとまらなかったが、このままあの2人と喧嘩したままというのも嫌なので、とりあえず百合に電話することにしたのだ。
10コールほどの後、百合は電話に出た。
「もしもし」
「百合か?」
「はい」
「……昨日は悪かった。俺が言い過ぎた。」
「私もあのときはつい感情的になってしまいました。すみません。」
百合はなぜか敬語を使った。そのことに違和感を覚えつつも、秀は続けた。
「それで、少し考えてみたんだがな。勉強、教えてやってもいいぞ。」
「え?」
「昨日言ってただろ。やっぱり、お前に勉強を教えてやろうと思ってな。」
「いえ、結構です。」
予想外の答えに秀は戸惑った。
「え、でも昨日はああ言ってたじゃないか。」
「考えが変わりました。人の夢を頭ごなしに否定するような人は嫌いです。」
「だから、それはごめんって…」
「あなたからは絶対に教わりません!!」
そこで電話が切れてしまった。百合の敬語を使った口調は、秀に対し「お前は敵だ」と宣言するようであった。
ゴールデンウィークが明け、再び学校が始まる。遅刻ギリギリでやってきた百合に、秀は話しかける。
「よう、今日は遅かったな。」
しかし、百合はぷいっと顔を背け、無視する。二人の間に気まずい空気が流れる。秀は百合と隣の席であることを恨んだ。
授業中や休み時間にも話しかけたが、やはり無視されてしまった。秀は途方に暮れる。
「あんなこと言わなきゃよかったかな……。」
帰り道、秀は一人で帰る百合の姿を見つけた。
「おい、上野!」
しかし、百合はまた秀のことを無視して歩き続ける。
「上野って!」
秀が百合の肩を掴む。
「なんですかさっきから!もう私には関わらないでください。」
「前からその敬語なんなんだよ。」
電話のときから始まった百合の敬語には、慇懃無礼といったような変な感覚があった。
「知らない人には敬語を使って話すのは常識ですよ。」
「つまり、俺とはもう無関係だと言いたいのか?」
秀は募る怒りを抑えながら言った。
「はっきり言えばそういうことです。ではさようなら。」
そう言うと、百合はまた歩き出してしまった。秀は、このままでいるのは何か違う気がし、気づいたら叫んでいた。
「勉強は!」
ぴくり、と百合が反応する。
「このままの成績だと、お前は教師になることはおろか、まともな大学に行くこともできねえぞ!」
百合が立ち止まる。
「教師になりたくば俺の教えを受けろ!」
すると、百合が振り返って言う。
「なんなんですか偉そうに!そもそもあなたはそんなに勉強ができるんですか。」
「俺は学年2位だぞ。」
秀は中3の時から常に定期テストでトップ3に入るほどだった。高校の入試も総合得点は全体2位だった。
「今度の中間試験。難易度は高いぞ。赤点をとりたくないなら俺に教わるしかないな。」
「どうしてあなたはそんなに私に勉強を教えたがるのですか。」
「お前が心配なんだよ。教師になりたいんだろ?このままの成績じゃなれねえじゃねえか。」
「嘘をつくのはやめてください。出会って1ヶ月ちょっとの人をそんなに心配するわけがありません。」
そう言うと、百合は速足で帰ってしまった。
「クソっ」
秀はため息をついた。百合の言う通り、確かに秀には、百合に勉強を教えなければならない別の理由があった。




