6 ディエゴとエルヴィラと???(終)
「……ここでなにをしているんですか」
息を切らしながらそう尋ねたのはディエゴだ。
目の前にいるのは、白い毛皮に赤い色の衣服がまぶしい叔父タシオである。
そのコートの後ろに、ディエゴが会いたかった彼女のふわふわの髪が見え隠れしている。
そこは、タラバンテ族のなわばりの中、村から少し離れた場所に設置された、叔父のレヴァルの会場だった。
簡易的に設置されたそれは、既に解体されてしまっているけれども、あの日の出来事を記念して、六歳のリーディア=リキュールの像が建てられている。
実はこの会場は、レヴァルの申立人であった叔父タシオが、タラバンテ族の観光名所にしてしまったのだ。
そのため、そこそこに人が行き来しており、簡易的な屋台もいくつか常設されている。
付近を歩いている観光客達は、チラチラと叔父タシオとディエゴを見ていた。
どうやら、彼らの衣装はルビエール辺境伯邸を訪問するための訪問着で、その場にいる他の草原の民よりもきらびやかで目立っているため、観光客の目には物珍しく映っているようだ。
「なにをしているんだろうな」
「僕が聞いてるんです」
「お前じゃなくて、こいつに聞いてる。さて、俺達はなんでここに来たんだ?」
こいつと言われてタシオのコートの陰から顔を見せたのは、エルヴィラである。
ディエゴと目が合った後、ふいと顔を逸らして、そのまま再び、コートの陰に隠れてしまった。
「最初から言ってるじゃない。タシオおじさまとデートに来たのよ」
「俺のことをおじさんと呼ぶ娘とはデートはしない」
「タシオ兄さまとデートに来たのよ」
「そういうわけらしいぞ」
「……エルヴィラに話があって、来たんです」
「デート中らしいから、後にしてくれ」
「僕はデートを邪魔しに来たんです」
目を丸くしたタシオは、肩をすくめて自分の背後に視線を送る。
「だとさ。さて、どうする?」
「ディエゴなんか知らない。タシオ兄さま、他の所に行きましょう」
「わかったよ」
「ま、待ってくれ、エルヴィラ! 僕はこの間の話を、取り消すために来たんだ!」
旧レヴァルの会場がシーンと静まり返った。
その場にいる観光客達も、なにが起こったのかとディエゴ達を好奇心いっぱいの目で見ている。
そんな中、ディエゴが呼びかけた肝心の本人は、顔を真っ赤にして、ぼろぼろと大粒の涙をこぼし始めた。
その表情は、怒りに満ちている。
「ディエゴなんか要らない!」
「エルヴィラ」
「ディエゴは、エリーのこと要らないって言ったくせに!」
「そ、そんなこと……」
「婚約者候補を降りるって言った! エリーが居なくても、ディエゴは平気なのよ」
「平気じゃない!」
「エリーはタシオ兄さまの第二夫人になるんだから、ディエゴはもう会いに来ないで!」
固まるディエゴと、涙をこぼし続けるエルヴィラに、間に挟まれたタシオは肩をすくめる。
「まあ、そういうことだ。ディエゴ、悪かったな」
「叔父さんはこんな話を受けるつもりなんですか!?」
「こんな話ってなんなのよ!?」
「ち、違うんだエルヴィラ」
「女から誘われて無下に断るほど、俺は野暮じゃないぞ、ディエゴ」
息を呑むディエゴに、タシオは笑う。
「二十歳差も第二夫人も珍しいが、例がないわけじゃないしな」
「今の奥さんがそんなことを許すなんて……」
「女神と家族になるのは大歓迎って言われているのよ」
既にエルヴィラは、タシオの妻も落としているらしい。
どういうことだ。
ディエゴでは想像もできないような形の友好まで、エルヴィラは築き上げているというのか。
白い顔をしているディエゴに、タシオはくつくつと笑う。
「まあ、お前は機を逃したというわけだ。エルヴィラはお前には過ぎた女だったってことだな」
ほら行くぞと言われて、エルヴィラは少し驚いた後、心なしか嬉しそうにタシオを見る。
それを見て、ディエゴは目の前がぐらりと揺れたような感覚に捕らわれた。
このまま、彼女と叔父が去るのを、見送っていいのか。
エルヴィラは、ディエゴの気持ちを知った上で去ろうとしている。
彼女の気持ちがディエゴにないのであれば、黙って引き下がるのが最善策ではないか。
彼女が望まないのだから、これ以上追いすがることは彼女の迷惑にしかならなくて、そこに正義はなくて。
年の離れた叔父よりも自分のほうがというのはディエゴの中の気持ちでしかない。
そもそも、ディエゴは彼女の婚約者候補を降りるつもりだったのだから、振出しに戻るだけではないのか。
いや、ここでまだ感情をあらわにしてくれる分だけ、エルヴィラはまだディエゴに心を残しているのかもしれない。
彼女の気持ちを確かめるまでであれば、もう少し話をしてみてもいいのではないか。
彼女にまたなにか言われるまでは。
彼女がほだされてくれる可能性があるなら。
彼女がディエゴの申し出に、泣いたから。
彼女が彼女が彼女が——。
『相手の想いを優先することは、正しいことだと思うかい?』
脳裏に響くのは、父の声だ。
『結果、相手を泣かせてしまったわけだ。お前はどうしたいんだい』
「エルヴィラ」
その声は、静まり返った会場に静かに響いて、タシオに手を引かれていたエルヴィラが、半分だけディエゴに振り返ってくれる。
ディエゴになびかないその姿は、出会った時も、今も、いつだってディエゴの心を掴んで離さない。
「僕は君が好きだ」
「!?」
「このまま諦めることはしたくない。——だから、レヴァルを」
彼女の目が大きく見開かれて、ディエゴの好きな水色の瞳が、よく見える。
「——僕は君に、僕の生涯一度きりのレヴァルを捧げることにする」
旧レヴァルの会場が大きく揺れた。
観光客達は度肝を抜かれているし、草原の民も口を大きく開けてこちらを見ている。
レヴァルを捧げられた彼女も唖然として固まっているし、その中で、唯一、レヴァルの対戦相手であるタシオだけが、ハハハと大きく笑った。
「ここでレヴァルを出すか。ディエゴお前、俺に勝てると思っているのか?」
「そのつもりです」
「叔父に向かって、言うじゃないか。だが、お前のそのレヴァルは、こいつの気持ちを無視するものじゃないのか。俺のレヴァルとお前のレヴァル、一体なにが違う」
「違いません。これは僕が一人の男として、僕のために、僕の責任で行うものです」
ディエゴはためらうことなく、ゆっくりと歩みを進める。
そして、怯んでいる様子のエルヴィラの前にたどり着くと、その場で片膝をついた。
「エルヴィラ、聞いてくれる?」
「……」
「僕のレヴァルの内容は、『結婚式の日までに君を口説き落とすこと』にしようと思う」
「!!!」
言葉もないエルヴィラの手を、ディエゴはそっと取る。
すると、彼女は可哀そうなくらい顔を真っ赤に染め上げた。
その可愛らしい様に、ディエゴはつい、頬が緩んでしまう。
そんなディエゴに物申してきたのは、やはり叔父タシオだ。
眉根を寄せ、苛立ちを隠さないその姿は、心根の弱いものであれば震えあがるほど威圧的である。
「ディエゴお前、まだそんなことを言っているのか」
「タシオ叔父さん」
「なぜそうも他人任せにする。お前にタラバンテの男の誇りはないのか!」
「大丈夫です、叔父さん。これは戦略ですよ。ただのレヴァルよりも——このほうが、エルヴィラに刺さる」
「!?」
刺さると言われた本人は、「え? え?」と慌てふためいている。
甥を叱りつけた叔父も、目を丸くして口を閉じた。
「エルヴィラ。僕は君が好きだ。他の男に渡したくないし、君を幸せにする男は僕であってほしい。この気持ちは僕の業で、君の気持ちには関係がないことだ」
「……そ、そうなの? エリーの気持ちは、関係ないの?」
「うん。そして、この気持ちを満足させるために、僕は考えた。——君は、キラキラした王子様との恋に憧れていたよね」
「!」
ハッと口元を抑える彼女に、ディエゴは表面上、優しくほほ笑みかける。
しかし、内心では、獣が舌なめずりをするような、不思議な感覚を覚えていた。
人の業を知った上で、相手を篭絡する。
獲物を得るためにやるべきことが明確になるということは、こんなにも心躍るものなのか。
「君は素敵な女性として、素敵な男性の好意に押されて押されて押されて請われて結婚するのが夢だったはずだ」
「!!」
「強引に迫られて、『ダメなのに抵抗できない……っ』というシチュエーションでの」
「ちょっと待ってほしいのよどうしてそんなふうに思うのよ!?」
「君の好きな大人向け恋愛本のラインナップはすべて僕も読破しているし」
「その情報を漏らしたのは誰なのよ!!!!」
「そういうのが好きな割に、最終的には自分で物事を選びたいと思っているよね」
真っ赤な顔で、パカッと口を開けた可愛い彼女に、ディエゴはニコニコとほほ笑み続ける。
「だから、ちゃんと最後は君に選んでもらうレヴァルにしたんだ」
「なに、なにを、なんで、エリーは……っ」
「長年近くに居るからね。エルヴィラの業は、タシオ叔父さんよりも知っているつもりだよ」
最後の仕上げとばかりに、ディエゴはエルヴィラの耳元でこう囁いた。
「——さて、僕のレヴァルは僕の勝利で終わるんじゃないかと踏んでるんだけど。どうかな?」
~✿~✿~✿~
その後結局、レヴァルは正式には行われなかった。
ディエゴとエルヴィラが、婚約したからだ。
落ち着くところに落ち着いた二人に、周囲の大人達は喜んでくれた。
「『ディエゴなんか知らない、タシオおじさまと結婚する!』って叫んでいたのに、即日落ちるなんてねぇ」
「お母さま!!!」
「ディエゴ君、エルヴィラになにを言ったの?」
エルヴィラの母ナタリーは、不思議そうに首を傾げている。
目の前に、顔を茹でだこみたいにして俯いている自分の娘と、ニコニコ微笑んでいる義理の息子(予定)が居るからだろう。
「なにが刺さったんでしょうね」
チラリと横を見ると、可愛い彼女が睨みつけてきたので、「エルヴィラは可愛いね」と声をかけておいた。
ディエゴの大切な女の子は、涙目で脱兎のごとく、走って自室に逃げて行ってしまった。
~✿~✿~✿~
「それで結局、なにが駄目だったのかわかったのか?」
数日後、ディエゴはタシオにそう問われた。
既に答えを持っているディエゴは、伯父にまっすぐに向き合う。
「あのとき僕はようやく、自分がとても身勝手で無責任だったことに気がついたんです」
婚約者候補を降りることを、エルヴィラに相談しなかった。
ディエゴの中では、婚約者候補を降りることは既に決定事項で、出会いのときの話を引きずり、今のエルヴィラの話を聞こうとしなかった。
行動の軸をエルヴィラにして、自分がどうしたいのかを考えることもしなかった。
その後ようやく自分の気持ちに気が付いたけれども、そのときでさえ、気持ちを伝えさえすればなんとかなるだろうという、エルヴィラからの好意に甘えた矮小なやり方をして。
だから、エルヴィラに言葉が届かなかったのだ。
「二人のことなのに勝手に終わりを決めて、傷つけて。続けるにしても、相手のためだと言いながら、知らず知らずのうちに、二人の関係の責任と舵切りをエルヴィラだけに背負わせようとして……」
叔父の言ったとおりだと、ディエゴは思わず失笑する。
こんな男は——理想を語りながらも、自分の気持ちに責任を持たず、他人軸で生きる男は、間違いなく信用ならない人物だ。
叔父だけではない、父も母も、同じことをディエゴに言ってくれていた。
けれども、それをディエゴに正面から気づかせてくれたのは、やはりエルヴィラだった。
「だから僕は、彼女がどう思うかで動くのではなく、彼女が気持ちよく僕を選んでくれるように、僕の責任で頑張ることにしました」
「それがわかっているなら、まあ大丈夫だろう。周囲を思いやることは悪くないが、人任せに生きる奴は、草原の男として下の下だ」
「……はい」
「仲良くやれよ。お前達の仲は、なんだかんだ、あっちの国もこちらの民も気にしている」
後腐れのない伯父の態度に、ディエゴは頭が上がらない。
結局叔父は、ディエゴを焚き付けるために、ああいう態度に出たということだ。
「いや違うぞ?」
まさかの否定に、ディエゴは目を丸くする。
「あれはいい女だからな。成人後に第二夫人になりたいなら、受け入れるつもりだが」
「タシオ兄さま、遊びに来たのよ〜」
タイミングよく、タシオの天幕に現れたのは、ディエゴの大切な女の子である。
どういうことだ。
勝手知ったる様子で天幕にやってくるその様は、まるで家族か恋人のようではないか。
嘘だか本当だかわからない叔父の言に青い顔をしているディエゴに、タシオは笑い、エルヴィラは首を傾げている。
「一方的にやられっぱなしはよくないってことだ。なあ、エルヴィラ」
「……? そうかもしれないのよ?」
ここぞとばかりにエルヴィラの名前を呼ぶタシオに、ディエゴは恨めしげな視線を向ける。
どうやら叔父は、後腐れないような空気を出しつつも、巻き添えにされたことをしっかり根に持っているらしい。
「俺を当て馬に使ったからには、しっかりしろよ」
「……言われなくても、もう手放したりしません」
「そんな顔をしておいてよく言うよ」
自分がどんな顔をしているのか。
今のディエゴにはわかっているけれども、もう結論を変えるつもりはないのだ。
終わりです、ご愛読ありがとうございました!
コミックス第四巻が8月17日に発売予定です、
よろしくお願いいたします。








