13 面会の準備 1/2
マリアサイドに戻ります。
兄ミゲルの研究室に行った翌々日は、わたし達リキュール伯爵家一同(総勢三名!)が国王陛下に謁見する予定の日である。
もちろん、その準備はただ事では済まなかった。
前日は、ミゲルの研究室や夜のピクニックで全力を尽くした体力空っぽスナイパーと共に、一日、伯爵家王都別邸でゴロゴロしながら過ごしていたのだ。
みんなで朝寝坊をして、ゆったりとしたブランチを摂り、昨日の思い出を語ったり、楽しく三人でお昼寝をしたり、寝覚めに戯れあったり、お菓子を食べて本を読みながらまったりしたり、そのうちにうとうとする銀色眠り姫と一緒にまどろんだりと、大変有意義な時間であった。
様子が変わったのは、夕食あたりからだ。
「今日は早めに寝るのがよろしいでしょう」
目が笑っていない侍女マーサに、わたしはハッとした顔をし、夫は愕然とした顔になり、愛娘は衝撃を受けた顔をしている。
これはアレが来る前兆だ。
侍女達による、大変な時間と労力をかけた、愛と努力の変身魔法……!
「マーサ。リーはね、まだパパとママと一緒に遊びたいの」
「お嬢様。今日はもう、たくさん遊んだでしょう?」
「お昼寝もね、いっぱいしたの。だから、パパもママもリーも、まだ眠くないの」
「そうだ。私達はまだ眠くない」
「リカルド?」
「お嬢様、大丈夫ですよ。いつもより長めにお湯に浸かれば、すぐにふわふわしてきますから」
「マーサ……」
「明日は、ローズリンシャ様にお作りいただいた赤いハーフコートをお召しになるのでしょう?」
ハッと顔を上げた銀色令嬢に、マーサは心得た顔で頷く。
「明日は、その美しいお髪を隠さずに、貴族のご令嬢としてお出かけするのですよね。赤いコートをお召しになって」
「そ、そうなの。リーは、ローズリンシャさんのみゅーずだから!」
「エルヴィラ様とお二人で、女神の役を果たされるのですものね。でしたら、エルヴィラ様に恥じないよう、最高の明日を迎えなければなりませんね」
実は先日ルビエール辺境伯領に行った際、リーディアの再従姉妹である六歳のエルヴィラちゃんに、リーディアお気に入りの新気鋭のデザイナー・ローズリンシャさんを紹介したのだ。
わたし達と入れ替わりで、草原の民にバレないように変装しながらルビエール辺境伯領に向かったローズリンシャさんは、エルヴィラちゃんという金髪碧眼の正統派美幼女に一目惚れしたようで、大変興奮した感謝の電報をわたし達に送ってきた。
電報によると、リーディアとエルヴィラちゃんのダブル女神を顧客に迎えたことで、ローズリンシャさんのデザイン意欲が湯水のごとくあふれ出て、新しいデザイン作成数が破竹の勢いをみせているということらしい。
エルヴィラちゃんの功績を聞いたリーディアは、二人揃ってのお役目に喜ぶと共に、金色女神に恥じないようにふるまわねばと、大変気合をいれていたのだ。
お人形遊びをしながら、「この黄色のお洋服には……ハンタイ色の、紫色のリボンが映えるの……たぶん……」と、覚えたばかりの知識でそれっぽいことを呟く銀色コーディネーターに、わたし達大人は必死に笑いをこらえるばかりである。
そんな彼女は、明日のお出かけに際しても、赤いコートに合わせたコーディネートを侍女サーシャと共に念入りに考えていた。
彼女はローズリンシャさんの女神として、王宮デビューという晴れ舞台で失敗するわけにはいかないのである。
「リーは今日、早く寝る!」
てのひらを返した銀色女神の笑顔に、侍女マーサもにっこりである。
しかしわたしの傍らでは、リカルドがまたしても愕然とした顔をしていた。
なにしろ、眠りたくない共同戦線を張っていた父娘二人のうち、早くも一人は脱落したのだ。
残る一人となった父は、娘の想定外の裏切りに衝撃を受けるばかりである。
「待ってくれ。リーディアが早く寝るのはいい。だが、大人の私達はまだ眠くない」
「旦那様」
「夫婦の時間というのは、昼間だけでは足りないんだ。そう、マリアもまだ眠くないだろうし。眠くないな、マリア」
「えっ!? ええと、それはそうね?」
「パパとママは夜更かしするの?」
「えっ!? いえ、それはその」
「マリア、夜更かししよう」
「リカルド、落ち着いて」
「じゃあリーも夜更かしする」
「リーディア様。ローズリンシャ様とエルヴィラ様が……」
「リーは早く寝る!」
「旦那様、お嬢様が早く寝るというのに、ご両親が夜更かしとは」
「パパも早く寝るの!」
「リーディアすまない。大人には夜更かしが必要なんだ。きっと大人になったらわかるはずだ……」
「え、ええと、わたしは今日は早く寝ようかしら」
「マリアは私が寝かさないから大丈夫だ」
「何が大丈夫なのかしら!?」
「大丈夫よママ。リーがパパとママを寝かせてみせるの」
「それは、ええと……確かに、リーディアの力なら実現できそうね」
「!! そ、そうでしょう、ママ! リーはすごいの!」
「くっ……私の娘が鉄壁すぎる……!」
結局、わたしの「今日はみんな早く寝ましょう」の一言で、全ては収束した。
ただし、夫リカルドは絶望した様子で、顔を手で覆いながらソファに座って打ちひしがれていた。
銀色六歳児にちょっと気を遣われながら、「パパ、元気を出すの」と肩を叩かれているのが、なんというか、本当に悲壮感溢れる光景である。
いやその、理由はなんとなくわかってはいるのだ。
実はわたしは、昼間に寝台の上で微睡みながら家族三人でごろごろしているとき、うとうとするリーディアを間に挟んだまま、寝台の上でリカルドの胸に擦り寄ったり、大きな手に指を絡めてみたりと、散々リカルドにじゃれついてしまったのだ。
リカルドは背が高いので、その手もわたしのものよりとても大きい。
武骨そうに見えて繊細なその様子を、日中、まじまじと見ることは少ないので、嬉しくなってしっかりと観察してしまったのである。
そうすると、だんだん、体が大きいなあとか、こうして身を寄せているのも幸せだなあとか、思考がふわふわしてきて、何も考えずにリカルドにリーディアと一緒にじゃれついていた。
思えばあの辺りから、リカルドは合間合間に、何かと戦う歴戦の戦士のような顔をしていたように思う。
おそらく、生殺しというやつである。
気のせいかなと思っていたけれども、やっぱり気のせいではなかったらしい。
打ちひしがれた彼があまりにも気の毒だったので、わたしはソファに座る彼の横にしなだれかかって、「……明日のお楽しみね?」と耳打ちしてみた。
しかし、彼はさらに苦悶の表情を浮かべてしまった。
ええと、おそらく失態である。







