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14 面会の準備 2/2


 そして目が覚めた翌日。


 案の定、目を開けた瞬間から侍女マーサ達が目を爛々とさせて待機していた。

 わかってはいたけれども、ちょっと変な声の悲鳴が出た。


 なにしろ、侍女達の目がいつもの三倍ぐらい輝いているのだ。キラキラしているのではなく、ギラギラとした意欲が乗っていて、わたしの心を圧迫してくる。


「国王陛下の御前ですから、入念に準備しないと」

「それはまあ、そうね」

「ここが見せつける機会です」

「一体何を?」

「奥様の素晴らしさと美しさで敵を倒さねばなりません」

「倒すべき相手だったかしら!?」

「最高の状態で戦いを挑むのです」

「決闘が決定事項!!」


 結局、いつかと同じように、朝から風呂にエステにと色々なものを塗りたくられ揉み込まれ、訳が分からないままサンドイッチを口に放り込まれ、拭かれ乾かされまた塗って巻いて装飾してと、何が起こっているのか理解できないまま、わたしはただただ椅子に座って瞑想していた。


 そうしてできあがったのが、濃い赤色の刺繍が素敵な、ワインレッド色の冬用ジャケットドレスに身を包む、おしゃれで可愛いリキュール伯爵夫人だ。


 今日着ているジャケットドレスは、貴族のご婦人が王宮に参じる際によく着用するもので、襟が詰まった暖かそうなジャケットに、ふんわりと広がるシルエットが女性らしい、シックな色合いのものである。その洗練された作りは、王宮に貴族として参じるに相応しい気品を演出してくれている。

 とはいえ、わたしは若き新妻なので、気品ばかりを演出するわけにはいかない。その辺りに気を遣って、ルージュに愛らしさの出る明るい色を選んでくれているのは、伯爵家の侍女ならではの采配だ。

 派手すぎない耳飾りをつけ、髪をまとめ上げ、ふわふわの白い羽付きの飾り帽子を髪に留めると、愛らしくも知的な貴族の若きご婦人に変身完了である。


「奥様、本当に素敵ですわ!」

「柔らかさの中に気品と賢さが垣間見えます」

「本当にお化粧映えがよくて、腕がなりましたわ」

「艶々のお肌が魅力的ですものね」

「髪のふわふわ感が愛らしさを演出して」

「はちみつ色の瞳が柔らかな印象を」

「長いまつ毛が優雅な」

「優しげな目元が」


「も、もういいわ! 大丈夫よ……!」


 またしても褒め言葉で溺死させようとしてくる伯爵家の侍女達に、わたしは慌ててストップをかけた。

 彼女達は、変身魔法の仕上げに、わたしの心にいつもキレイになれる魔法をかけてくれるのだ。

 本当に素敵な女性達である。


「本当にありがとう。みんながせっかく、こうして綺麗にしてくれたんだもの。頑張ってきます……!」


 わたしが全力の微笑みと共にお礼を言うと、侍女達はたいそう喜んでくれた。

 「これで勝ったも同然ですわね!」「リキュール伯爵夫人の威光を王宮に知らしめましょう」「今の奥様に敵などおりません!」と、次々に、試合のベンチスタッフのような掛け声をかけてくれる。


 わたし、王宮に何をしに行くんだったかしら。

 やはり決闘?


「ママ見てーーーーっ!!」


 わたしが侍女達の様子に動揺していると、銀色女神が部屋に駆け込んできた。

 彼女も、わたしほどではないけれども、今日は少し早起きをして、お出かけの準備をしていたはずだ。


 そう思って振り向くと、開いた扉の端に、この世の可愛さと美しさと愛しさをすべて詰め込んだような最高の美少女六歳がそこに佇んでいた。

 よく寝たおかげでほっぺは艶々、保湿用リップを塗って潤んだ桜色の唇に、サラサラの銀髪をお花型の銀製の髪飾りでハーフアップに結いあげ、フリルを多用した桃色のワンピースドレスで愛らしさを演出した、まさにこの世の宝石である。


 しかし、その表情は驚きに満ちていて、紫色の瞳は大きく見開かれ、小さなお口もパッカーンと開きっぱなしになっている。


「リーディア、素敵よ! とっても可愛いわ!」


 わたしが満面の笑みで思わず彼女に駆け寄ると、銀色女神は「はわわわ」と声を漏らしながら、慌てたそぶりで頬を赤らめた。

 そんな様子も可愛いけれども、一体どうしたのかしら。


「リーディア、どうしたの? ほっぺが赤いわ、お熱がある?」

「ち、ちがうの。ママ、すごいの。リーはびっくりしたの」

「びっくり?」

「――マリア、準備はできたか?」


 声をかけられて振り向くと、そこにはリカルドが立っていた。


 びっくりした。


 すごい。

 サラサラの銀髪に、涼やかな紫色の瞳、高い背丈、刺繍を施された煌びやかな貴族用スーツを着こなすそのスタイル。

 あまりにも美しい。

 一瞬、眩しすぎて、化粧をしたばかりの目を手で擦りそうになってしまった。

 わたしは、国一番の麗人とも評される彼がおめかしをしたときの威力をすっかり忘れていたのだ。

 本当に格好いい。

 わたし達に合わせて選んだ暗めの赤色を基調としたスーツが美しい銀髪に映えて、夢の国の王子様のようである。


「マリア、リーディア、素敵だ。ドレスもとてもよく似合っている」


 彼のあまりの美しさに、わたしが「あわわわ」と声を漏らしながら顔を赤らめていると、リカルドが輝くような笑顔を見せながら、わたし達の方に近寄ってきた。

 ちなみに、わたしの横からは、「はわわわ」という幼い声も聞こえる。


「マリア、リーディア、どうした? 顔が赤いが、熱があるのだろうか」

「ち、ちがうのよ、リカルド。ええと、すごいわ。ちょっと、びっくりしちゃって」

「リーも、びっくりしたの」

「うん?」

「パパとママ、今日はすっごくすっごくオシャレなの。リーはこんなパパとママ、初めて見たの」

「……あら?」

「そうだったか?」


 興奮した様子でこくこくと頷く愛娘に、わたしもリカルドは目を合わせる。


 言われてみたら、今日は今までで一番、お金をかけたドレスアップをしているかもしれない。


 リカルドとの街デートのときは、街で浮かない程度の貴族らしいおめかし具合だったし、女性恐怖症であったリカルドをあまり夜会に出したくなかったので、リキュール伯爵領にいる際は夜会への参加は控えていた。

 ルビエール辺境伯邸宅で開いた女子会では、夜会というより身内のホームパーティのような意味合いが強かったので、コルセットなしの夜用ドレスだった。


 しかし、今日はなんといっても王宮に行くのだ。

 着ているジャケットドレスは、かなりいい布地のものをリカルドに選ばされた。意匠も洗練されたもので、スカートもたっぷりとしたパニエで裾広がりのシルエットを描いている。

 リカルドのスーツも、金糸の刺繍がたっぷり施された、上質な布地のスーツで、手袋の裾やベルトに宝石が埋め込まれているなど、かなり煌めかしい服装だ。


 そう考えると、リーディアが驚くのも無理はないのかも。


 わたしがなるほどと頷くと、リカルドはくすくす笑いながら、お人形のように愛らしい銀色女神を抱き上げた。

 そろそろ行くかとわたしに声をかけ、三人で馬車に向かって歩き出す。


「そうか。リーディアは王宮用の衣装を見るのは初めてだったな」

「うん。あっ、でもね。ローズリンシャさんの、大人用カタログで、少しだけ見たことがあるよ」

「そうか。リーディアは物知りだな」

「うん!」

「そんなリーディアに朗報だ。ママはそのうち、さらに華やかなドレスを着ることになるから。楽しみにしててくれ」

「そうなの!?」

「えっ!?」


 パッと顔を輝かせたリーディアに、わたしはギョッと目を剥く。

 一体なんのこと!?


「……あっ。今度王宮で開かれる夜会用のドレスのことね?」


 わたしの問いかけに、リカルドはふわりと微笑みを返してきた。

 その幸せいっぱいの笑顔に、わたしの心も体も、今にも溶けて崩れ落ちてしまいそうである。

 わたしの夫は、なんて危険なのだろう。

 こんなふうに誘惑されたら、今すぐこの場で抱きつきたくなってしまうではないか。

 今日はドレスが邪魔をして、いつものように気軽に身を寄せたりできないというのに、本当に意地悪な人だ。

 ギルティである。


「さあ、王宮に向かおうか」


 こうして、わたし達一家は大変な試練(準備)を乗り越え、王宮へと馳せ参じたのである。




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