その2
「美緖ちゃん、ありがとうなのだ」
走り出した美紅はそっと美緖にお礼を言った。
ぶっ飛んだところがあっても戦いの状況は完全に把握していた。
そして、あれは覚悟の上での行動だった。
「いいのよ。
美紅が動いてくれなきゃ、私、やられていたから」
美緖は美紅の気持ちを察して優しくそう答えた。
「えっへへなのだ」
美紅も美緖の気持ちを察して、照れたように笑っていた。
「でも、人の上に落ちてくるのはないんじゃないの?
あれで全ては台無しじゃない」
今度の美緖は先程とは打って変わって抗議の声を上げた。
「あれは美緖ちゃんが自分で下敷きになったのだ。
あたしは悪くないのだ」
美紅は美緖の抗議に迷惑そうに答えた。
「なんですって!」
美緖の声には怒気が含まれていた。
「あははは、美緖ちゃん、怒ったのだ」
美紅はからかうようにそう答えた。
怒気が含まれていたが、怒っていない事は明白だった。
どちらかというと、締まりがなく、情けない気持ちと言った方が正しいのだろう。
どうやら2人はいつも通りに戻ったようだった。
2人はこんな感じでTK34を追撃した。
しかし、TK34は心臓に刀を突き刺したまま意外なほど頑強だった。
先程、TK34を追っていた道と同じく、北北東へ進んでおり、三叉、十字路を過ぎて、一本道へ入っていた。
そして、その一本道も通り過ぎ、Y字路に近い、T字路を通過して、北東方向に進んだ。
少し遅れて美紅と美緖がそのT字路を通過したが、このままだと追いかけっこはまだ続きそうに思えた。
だが、次のひしゃげたY字路に差し掛かろうとしたところで、TK34の足が急に止まった。
どうやら、美佳と美希が先回りに成功したようだった。
TK34は体の向きを変えながら前後を確認していた。
美緖達はTK34を完全に包囲していた。
先に仕掛けたのは美佳と美希だった。
時間差を付けたコンビネーションでTK34に襲い掛かった。
TK34は手傷を負っているせいか、動きは鈍かったが、二人の攻撃を受け止めて、反撃に出ようとした。
そこに、一歩遅れて到着した美紅が背後から攻撃を仕掛けてきた。
反撃に転じようとしたTK34は今度は美紅の相手をしなくてはならなかった。
しかし、これも受け止めると、美紅に対して反撃に転じようとした。
だが、そのタイミングで、TK34の反撃に備えていた美佳と美希が再び攻撃を仕掛けてきた。
その為、TK34はまたしても防戦しなくてはならなかった。
美緖達が戦いを有利に進めていると言って良かった。
美緖を除く、3人は互いに協力しながら見事なコンビネーションでTK34を追い詰めていた。
ただTK34の防御も分厚く、中々ダメージを与える事が出来ないでいた。
ここに、美緖が加われば、戦況は今まで以上に有利に傾くはずだが、刀を持っていない美緖は参加しようとするたびに、美紅に手で制されていた。
いつもとは逆の立場になっていた美緖は戸惑いと不満な気持ちを抱きながら、美紅の指示に従う他なかった。
刺さっている刀をじっと見詰め、あれさえ取り戻せればみんなと戦えると思っていた。
戦っている姉妹達を前に美緖は何とか冷静さを保とうと葛藤していた。
今はとにかく観察して隙を伺う事に集中し始めた。
「みんな、気を付けて!」
観察し続けた美緖がTK34の変化を感じ取って叫んだ。
「えっ?」
真後ろから注意を喚起された美紅はびっくりすると共に身構えた。
そして、TK34の爪が美紅を襲った。
先程までの音と違う甲高い音が辺りに響いた。
予め備えていた美紅は予想以上に力強い一撃を必死に刀で受け止めて耐えた。
「どうなっているのだ?」
美紅は刀で受け止めて必死に歯を食いしばっていた。
「回復したのよ!」
美緖はTK34が突然変わった訳を説明した。
それを聞いた他の3人は驚愕の表情を浮かべた。
常識的に考えて、急所に刀が刺さっているのにこんな短時間で回復するとは思えなからだ。
だが、それがランクAの妖人であった。
美佳と美希は美紅に爪を捻じ込もうとして動きが止まったTK34に攻撃を仕掛けた。
しかし、TK34は素早く2人の攻撃に対応した。
明らかに速度が上がっていた。
美佳と美希は薙ぎ払われるような感覚を感じながら後ろに下がらざるを得なかった。
美紅もその隙にTK34と距離を取った。
戦況は一転した。
不利を悟った美緖は一歩前に出ようとしたが、またもや美紅に手で制された。
そして、それが合図かのように、美紅がTK34に攻撃を仕掛け、美佳と美希がすぐにそれに続いた。
3人の攻撃は今まで以上に速さと強度が増した。
しかし、それはTK34も同じだった。
3人の攻撃を尽く退けると、攻勢を強めていった。
それでも3人は何とか持ち堪えていたが、次第に防戦一方になりつつあった。
美緖はそれを美紅の後ろで見続ける他なかった。
視線はいつの間にか刺さっている自分の刀に再び集中していた。
「美緖ちゃん、前に出ないで欲しいのだ!」
美紅は珍しく悲鳴にも似た声で叫んでいた。
美緖はいつの間にか美紅の制止を無視して前に出ていた。
いつもとは違う声を上げている美紅がちょっと意外だという変な気分になっていた。
そこにTK34の爪が振り下ろされてきた。
美緖はそれをいつもより大袈裟に後ろに下がって避けざるを得なかった。
反撃の手段がないからだ。
「危ないのだ!」
「何やっているのですか!このスカポンタン!」
「ダメですよぉ、美緖ちゃん」
美緖の行動に他の3人は焦って大声を上げていた。
そして、焦りながらもTK34に攻勢を仕掛けた。
その様子を見た美緖の方はあれ?と言った感じになった。
今の自分の行動でTK34のバランスが著しく悪くなった事を感じた。
チャンスとばかり、最も防備が弱い美緖を狙ったために他の3人へと対処が疎かになり、3人の攻勢を受けてしまっていた。
第三者的に見ている美緖は攻略のチャンスが掴めるのではないかと感じてきていた。
だが、こちらの攻勢は長くは続かず、TK34は態勢を整えると、再び逆に攻勢を強めてきた。
状況が変わったのを見て、今度はこのままではジリ貧だと美緖は感じた。
そして、その後の結末も予想が付いた。
その事が美緖を決心させた。
美緖は先程と違って、今度は意識的にゆっくりと前に出た。
「みんな、全力でそいつを抑えて!」
美緖はそう言うと、戦っている美紅の横をスッと通り過ぎた。
「何やっているのだ!」
「このアンポンタン!」
「馬鹿なのですかぁ!」
他の3人からは一斉に罵声を浴びた。
勿論、あの美佳からもだ。
TK34はチャンスとばかり無防備に見えた美緖に攻撃を仕掛けた。
無論、美緖はTK34の攻撃を注視していたので、それを後退しながら何とかかわしていった。
他の3人はそれを見て、慌ててTK34を攻撃した。
TK34は一時的に防戦一方になったが、すぐに態勢を整えた。
美緖は間髪入れず、再び前に出た。
「美緖ちゃん!」
「美緖!」
「美緖ちゃん……」
他の3人はその後、何て言っていいか分からなくなっていた。
丸腰の美緖にTK34の攻撃が集中する前に何とかそれを食い止めようと、無我夢中で攻勢を強める他なかった。
そのお陰で、TK34は一時的に防戦に回されていた。
ただ、これを続ければ、TK34を仕留める事が出来るかも知れないと他の3人が感じ始めていた。
そう思い始めたので、美緖が前に出続ける事を注意する事がなくなってきた。
美緖が前に出るようになって、何度目だろうか?
今度こそと思い、美緖に攻撃が行かないように3人が防御が甘くなったTK34に攻勢を仕掛けようとした。
だが、その瞬間、3人は吹き飛ばされて、壁に叩き付けられていた。
いつまでも同じ手が通用する訳がなく、カウンターを喰らった形だった。
叩き付けられて、意識が飛びそうになりながらも美緖がやられると3人全員が思った。
自分の心配より美緖の心配をしていた。
やはり、マイペース3人娘とは言え、自分より他の姉妹の心配を最優先していた。
だが、目の前の光景は3人が思っていたものとは違っていた。
あれ?美緖ちゃん、なんでそこにいるのだ?と美紅は美緖がいる位置を錯覚しているように感じた。
美緖はTK34の心臓に突き刺さっている自分の刀の柄をしっかりと握っていた。
時間が止まっているような雰囲気が周囲に漂った。
美緖は渾身の力を込めて、刀を抉りながら突き刺した。
TK34は何が起きたのか分からないまま全身を痙攣させながら絶叫していた。
そして、痙攣が治まると共にどっさと崩れ落ちた。
美緖は刀を抜く力はもうなく、やや遅れて膝からガクンと崩れ落ちて、ぺたんと座り込んでしまった。
と同時に、全身に痛みが駆け巡るような感覚を覚えた。
こんな痛みは初めてだった。
今まで、アドレナリン全開だったのが、切れたためだった。
「美緖ちゃん、酷いのだ……」
美紅は美緖を非難するように言っていたが、笑っていた。
ただ、美紅は壁に寄り掛かりながら動けないでいた。
こちらも体のあちらこちらが痛くて堪らなかった。
「本当ですぉ、こんな事はぁ、もうこれっきりにしてほしいのですぅ」
美佳は息を切らせてはいたが、いつものホワホワ口調だった。
美佳も壁に寄り掛かっており、動けないでいた。
体がバラバラになりそうな痛みを感じていた。
「予め狙っていたのですか?」
美希はその性格らしく冷静に美緖に事の顛末を確認していた。
こちらも壁に寄り掛かったまま、全身の痛みに耐えていた。
「え?だから、抑えていてって言ったじゃないの」
美緖はびっくりしたようにそう答えた。
今更何を言っているのかといった感じだった。
その答えを聞いた他の3人は一斉に溜息をついた。
「え?どういう事?」
初めての3人の反応に美緖は驚いた。
こう言う反応をされるのは美紅だけだと思っていたからだ。
「みんな、無事?」
微妙な雰囲気の中、桜達が駆け付けてきた。
そして、やや遅れて、逆の美佳と美希側からは初音達が駆け付けてきた。
「どうやら無事のようですよ、お姉様」
初音は4人を確認すると桜にそう言った。
「そのようね。
それに私達が来る前にやっつけてしまったようね」
桜はTK34の姿を確認すると、感心するより呆れたように言った。
「全くですね。
私達は必要ないと言った感じですかね」
初音も感心する気持ちはサラサラなく、呆れていた。
そのやり取りを聞いた美緖は目の前が暗くなる感じがした。
もしかして、こんな無茶をする必要がなかったのでは?援軍が来る事は分かっていたのだからと思った。
そして、それに気付いた美緖は恐る恐る美佳、美希、美紅の顔色を伺った。
3人は美緖を睨むように見ていた。
3人もそれに気が付いたようだった。
美緖は大戦果を上げたのに、自分の浅はかさに穴があったら入りたい気持ちになっていた。
「101Aより旅団Hへ。
117Aと無事合流した。
117AがTK34を倒した」
桜が旅団本部と連絡を取った。
すると、無線機の向こうから大歓声とお祭り騒ぎの声が聞こえてきた。
ランクAの妖人を仕留めたのは人類史上初めの事だったからだ。
「連絡がなかったのは、精根尽き果てて居たためだと思われる。
みんな、無事……」
桜はそこで4人の状態をちゃんと確認していない事に気が付いた。
無線機から聞こえた来た声はそこで途切れていた。
みんなが聞き耳を立てていた。
「ええっと、みんな、無事?」
桜は遅らせばながら美緖達4人に確認を取った。
4人は声を上げられなくなっていたので、大丈夫だという合図を手で送った。
「失礼した。
117Aの隊員は全員、無事」
桜がそう報告すると、先程以上の歓声が無線機からこだましていた。
「101A、104A、117Aはこれより撤収する、以上」
桜は尚も通信を続けた。
「旅団H、了解」
本部からそう返信があり、通信が終わった。
この戦い後、確認に1ヶ月以上掛かったが、TK34を倒した事により、南東京旅団担当地区の12区から完全に妖人が消えたのだった。
戦いはまだまだ続くが、取りあえず、まあ、一息と言った所だった。




