神の慈悲は地上に届くこともなく
「な‥‥何を言ってるんですか‥‥?」
村人たちが、僅かに引いた。
「まさか、そんな‥‥司祭様が本物の『魔女』だと‥‥?」
とても信じられない、という顔をしている。
ああ、そうだろうとも。
『私』が『この身体』を選んだのも、まさにそれこそが理由だからだ。
ジュゼッペとして死の床にあった『私』は考えた。
「如何にすれば疑われずに済むだろうか」と。
そうして、悩んだ末に辿り着いたのが。
『司祭』に乗り移ることだった。
司祭であれば。司祭の身ならば最も疑われずに済むであろう。それほどに『司祭』という人種は多くの敬意を集めている。『それ』を、『私』は誰よりも実感しているのだ。
それに、司祭とはもう5年もの付き合いがあって、彼の事はある程度知っている。以前のような『ヘマ』を起こす危険性は、それだけ低いと言えるのだ。
そして『私』を慕って心配してくれたエイラに、『私』は頼んだ。
「司祭様を呼んで欲しい。死にゆく此の身に、神の祝福をお願いしたいのだ」と‥‥
そう、偶然でも何でもない。『私』が司祭を呼び寄せたのだ。
結果として、エイラと同席した2人の娘には悪いことをしたと思っている。
そのせいで、3人には怖い思いをさせてしまった。
だが‥‥っ!
もう、『私』の心は固まったのだ。
心配はいらない。
『私』が、あなた達を守ってみせる!そう、必ず‥‥だ!
「しょ‥‥正気ですかっ!司祭様!」
「正気?ああ、正気だとも!彼女たちは無関係なんだ!」
はぁ‥‥はぁ‥‥
息が大きく上がる。
「ほ‥‥本当なのか‥‥か?本当に司祭様が‥‥?」
村人たちが狼狽し、互いに顔を見合わせている。
「いや、待て!」
誰かが声を上げる。
「さっき、エイラが自分を『魔女だ』と告白しただろうがっ!エイラが先だったんだ!司祭様は‥‥エイラを庇う気なんだ!」
「ちっ‥‥違うぞ‥‥!」
慌てて『私』が否定する。
「まさか‥‥エイラが『操っている』のか‥‥?或いはすでに『魔女』がエイラから司祭様に『乗り移っている』とか‥‥」
「いや‥‥それは無い!魔女が『出ていった身体』はそのまま死んじまうんだ!だが、エイラはまだ生きている!だったら‥‥『魔女』はまだ、エイラに残ったままに違いねぇ!」
何という事だ‥‥
このままではエイラの身が危ない‥!
一瞬、気を抜いたその瞬間。
「御免なすって!」
突然、『司祭』に、誰かが飛び掛かってきた。
「うわっ!」
もんどりを打って、『私』は地面に叩きつけられた。
2、3人の男達が『私』の上に伸し掛かる。
「抑えたぞ!早く、早く『魔女』を討てぇ!」
雨が、次第にその強さを増していく。
ザァ‥‥と雨音が土を叩く音がする。
「いけぇぇぇ!」
雄叫びが聞こえる。
「きゃぁぁぁ!お母さぁぁぁん!」
エリザベートの絶叫が聞こえてくる。
「お願いっ!お願い、この娘たちだけは!この娘たちの命だけはっ‥‥!」
悲痛な叫び声を掻き消すように、ズブリ‥‥と何かを刺すような音がした。
『あの音』には聞き覚えがある‥‥
そう、『槍』が身体に突き刺さる音だ。
ああ、そうだ‥‥『それ』も思い出した。
そうなんだよ、『槍』は痛いんだ。とても痛いんだ!
とても痛くて、怖くて、熱くて、そして何より辛いんだ。悲しいんだ。
殺されるほどに憎まれる事が、どれほどに悲しい事か『私』は知ってるんだよ!
嗚呼、神よ。
どうしてなのだ?何故、あなたはエイラをお救いいただけないのか?!
またしても‥‥またしても『私』は無関係な人間を見殺しにしてしまうだなんて‥‥!
せめて‥‥っ!この身体さえ、この身体さえ動いてくれたなら!
だが、『私』の上に乗っている男たちの力は強く、容易に退かせる事は出来そうになかった。
いや‥‥待て。
『あれ』が出来るのなら。
まだだ‥‥まだ終わった訳ではないっ!