接触
俺に出来た新しい家族ノエル。当然ながら転生者ではない妹は普通の赤子らしい行動をした。
腹が空けば泣く、喉が渇けば泣く、気持ち悪ければ泣く、気分が悪ければ泣く、眠くなってもグズって泣く、寝ても直ぐ起きて泣く、母が居ないと泣く、父が居ても俺が居ても泣く、夜中だろうと明け方であろうと張り裂けるような声で泣く、なんとなくで泣く、、
…要するに何が言いたいかというと寝不足過ぎてぶっ倒れそうだということだ。
ちなみに可愛い妹は構ってちゃんのような性格をしているらしく母を四六時中離さない。
一番目の俺のあまりの子育ての楽さに安堵した両親は俺をエルネスタの所へ置いて四六時中まぐわい合った。…結果産まれてきた二人目は当然大変で両親は萎れ、窶れている。
そんな状況で俺を構えるはずなどなく、昨日も一昨日も一人丘で魔法の鍛錬を積んでいた。
過去の復習ばかりして効率は大分上昇したが新たな魔法を教える人も居ないので停滞していて歯がゆいがそればっかりは仕方がない。
夜中に眠れないので丘に寝っ転がって夕方になることもあれば、エルネスタの所へ遊びに行くこともある。
…ああ、弱冠2歳児の俺だが妹が出来た瞬間に「お兄ちゃんでしょ」と色々と我慢させられる事も増え、それに加えて自由行動も出来るようになった。
だからもうアイフェンドルフまでは一人で行ける。
エルネスタは今4歳。クセのある燃えるような赤髪は結んで肩らへんになるまでに伸びた。
魔法練習も遂に始め、得意不得意も分かってきた。その髪の色と同じ火魔法が得意…なのだが4歳児に火なんて使わせたらマズイのではないかとオロオロしながら観ている。
幸い俺は父の使っていた 氷剣を出せる程水魔法が上達しているので大事には至らないだろう。いや、至らないようにしてみせる。
…冬に冷水で顔を洗っていた一年前とは違うのだ。俺だって成長してる。
そんな中、父は俺の時の余りでは足りないと(オムツとか)またレーヴェンヒェルムに買い出しに行くことになった。
疲れ切った母の手伝いをしたいが身長歩幅諸々で、例え前世の記憶を持っていてもどうしたって邪魔になってしまう。
その辺の事情で一緒に行くことになり…今に至る。
「ふぁ〜………遠い」
「まあな、馬車があればいいんだが…」
…普段住んでいるおかげで忘れていた。
アイヒェンドルフの村はもはや馬車すら通っていない所。舗装のなってない土の道を何時間と歩いてやっと着く、最早何故そこに住んだし状態の文字通り最果ての村なのだ。
この距離は普通の2歳児に歩ける距離ではない。
そして丘を駆け回り魔法の練習に日々を費やしていた俺にさえ歩ける距離ではなく、途中から父におぶって貰っている。
「お、見えたぞ!」
レーヴェンヒェルム
辺鄙なド田舎、とはいえアイフェンドルフよりかなり栄えている町。
流氷が更に近いからと懸命に来る物好きはいる町…といったスタンスで少し儲けているが、残念ながら夏近い春に流氷などあるわけもないので観光客など居はしない。
アイフェンドルフ以外に初めて出掛け、興奮していたがいつの間にやら寝てしまっていた。
揺すられ起きるとそこはどうやら店の中。
「ま、まさか、、れ、れれ、レストラン!?」
「なんだ、よく知ってるなヴィン。アイフェンドルフにはこんなの無いから驚いただろう?お前の分はもう頼んであるからもうちょっとの辛抱だ……っと来た来た」
前世で食べたような美味しい物を食べられると聞いて思わず涙しそうになったが俺はまだ2歳児。
出てきた物は確かに美味しそうではあったが…お子様ランチ幼児版という型で少しも満足感がない。
向かいで美味しそうなステーキ定食を頼んでいる奴がいるから尚更だ。
鉄板の上に紙を巻き、客に汁が飛び散らないようにすると店員はタレを満遍なくかけた。香ばしい匂いが漂ってくる。…頼む、交換してくれ!
母さんが大変なので出来るだけ早く帰りたいと、あまり長居をする気はないらしく食べたらまた出発だ。
今度もまた延々と歩く。
馬車など通っていないから苦しいが、とはいえ来る人もちゃんと居るのだろう。レストランもあったし簡易版のスーパーもあった、それに道の舗装はしっかりしている。…いや、土をしっかり均しているとか石ころを退けているとかそういう意味であって現代日本とはまるで比べ物にならないのだが。
美しい滝とオーロラ、星空と流氷が有名で観光業で栄える町
ライヒェンバッハ
流石観光業で栄える町。シーズンオフだからといって人が居ないわけではない。夏には最北端の避暑地として冬には流氷を、一年中満天の星空を楽しめる、それが謳い文句だ。
…そんなのここに住んでいれば見飽きる程見てるけど。
これまでとは違った町並みに気分が高まる。
…だが、
「おお、坊や、どっから来たんだい?」
「……っ」
「おい、こらヴィン、挨拶しなさい」
「…………」
人見知りは治らない。
父が謝っている隙を見計らって俺は情けなく逃げ出していた。
「……?」
勿論逃げ出してそのまま迷うなど愚の骨頂。
父が見える範囲まで道路の脇に寄った時だった。
誰かが確実に俺を見ているような気がした。
これで気の所為ならとんだ恥曝しだと自嘲しながら辺りをそっと見渡す。
突き刺さる視線を第六感で探り当てそちらを向いた瞬間。
「御帰り下さい。…見つかる前に」
「っ?!」
背後から落ち着き払った声がして振り向くとそこには黒装束を纏った女が居た。顔を半分隠していて忍者のようだ。
「あんた…何者?」
警戒を強め人目に付かない小型の氷ナイフを出して後退る。
女は今の所殺気や戦う気を起こしていないが何があるか分からない。
とは言っても本気を出されたら簡単に負けるだろうが。
女はそんな俺を見て微笑を浮かべ静かに呟いた。
「……今は、その時ではありませんので」
そして一瞬にして消えた。
辺りを見回しても気配すら消えたことにゾッとすると共に勝ち目のない戦いをしなくて良かったと安堵する。
『見つかる…前、に?』
『今はその時では…ない?』
女の忠告の意味が分からずその場に立ち尽くす。
俺は誰かに捜索されているのか?一体誰に?
捜されるような事をした覚えもないのだが…邪竜の僕って称号がもう暴露されているのか、そもそも称号の知り方を俺は知らないな。
それ以前に彼女は一体何者なのだろう。
俺のこのアーネリアでの知り合いなど片手で数えられる程という哀しく嬉しい現実があるから絶対に知り合いでないと言い切れる。
あと可能性があるのは…やはり、エーレンの関係者か。
彼女のクセで無ければ俺に敬語を使っていたから邪教信者か…?
兎に角エーレンに確認しない事には事態の把握は出来ないと感じた俺は取り敢えず父の元に戻ったのだった。
「さて、これとこれと……ああ、疲れた」
二日後、もと来た道を戻って割と早めに帰宅した俺たちは目の下にクマを作った母の代わりに新たに大量に買い溜めて来たミルクを飲ませるのだった。
「母さーん、ご飯……あれ?」
次の日。
晴天の空が眩しいと思いつつ二階の母が休んでいるはずの部屋に行くとベッドには誰も居なかった。
「…何だ…?手紙?」
書き立てのようでインクの匂いが鼻に付く手紙が机に置いてあった。
『親愛なる……様へ
………は順調に…………ます
……を……暁には……の…へ
……様が…………事を御祈り申し上げます
……』
大切な部分を読もうとするとふらつく手紙。
頭を悩ませていると背後から母の驚いたような怒ったような声が聞こえてきた。
「…ッあーもうダメじゃないヴィンくん、勝手に読んじゃ〜」
「母さん!…でもこれ読めないよ?送ったら迷惑かけちゃう」
「大丈夫、これはね、送り主以外は読めないようになってる手紙だから」
そういって笑いながら手紙を封筒に仕舞う母。
そんな物があるのかと感心しながら惚けていると下から父の呼ぶ声が聞こえてきた。
「「今行くー!」」
今日も平和だ。