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お風呂で死んだ元社長は中世の海でスローライフしたい  作者: きたぼん


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01-07 密航お嬢 - 賢者の子は空腹になる前に料理する




 風がかわるたび。風上に|間切る<タッキング>たびに、指示がとび。船の傾きが左舷、右舷と変化する。ごつんとぶつかる頭が痛い。腕で守っていても、腕ごとぶつかる。あざが増える。


「イタっ」


 口をふさぐ。


「ん? なんか言ったか」

「なんも。風だろ」


 帆を張りなおすときは、男たちは操作に追われる。そのタイミングで凝った体を延ばしたり、皮の水筒から水を飲んだ。汗が出る。喉が乾く。なのに、下腹が張って漏れそうだ。


 空気穴をのぞくと夕暮れだった。たださえタンニンで赤茶けた帆布が、いっそう赤っぽい。いつまで走るんだろ。どこかに停泊しないのか。全員が寝れば私も休める。なにより、ぶつけなくなる。


 カン カン カン カン カン カン カン カン


 鐘が8回鳴った。ってことは夕方の4時。そりゃ空も紅くなるはずだ。八点鐘は交代の合図でもある。停泊も近そうだ。


「船長。旗艦のガラクタ号から信号!」

「読め」

「『減帆し夜間走行に移行せよ』です」

「トップ縮帆。風が落ち着いたな。今夜はすこし楽ができるんじゃないか。ええ?」


 ええ?


 聞いてないよ。停泊は? 錨おろさないで走るの。夜なんだから休んでよ。もう漏れるってのに。


 私は十分に暗くなるのを待って。音を出さずに、樽を出た。


 何百段階かもうわからない尿意も、さすがに終わりがみえた。初めて知ったわ。人は限界を越えられる。そろりそろり。四つん這いで進む。めざすのは左舷の淵。船乗りみたくジブの先端がいいんだけど、夜でも目立ちすぎる。


 幸いにして風は、向きも強さも一定。船乗りたちは、自分の手持ち場で、ぼけーっとする。居眠りの人もいる。さすが船乗り。寝ながら船を漕いでる。


 下をみないように、甲板を越えて舷側にしがみつく。中央が低くなってるキャラベル船。外板を跳ねる潮が足に飛び跳ねた。ひゃっと、小さく悲鳴をこぼしそうになる。冷たい。熱く火照った体に気持ちいいい。


(音をたてないように……)


 ここには誰もいない。一応あたりを伺って人気を確認する。すでに|淑女<レディ>にあるまじき格好だけど、かまっていられない。片手で、男物のズボンとパンツを一気におろす。人に見せられない格好が深まった。


(………………ふぅ)


 こういうときに思う。男の体は都合よくできてる。


 船縁につかまりながら私を空を見上げる。新月だ。月灯りのない完全な夜。連なる空の星が水平線の続いてる。空の明かりと海の漆黒をくっきり別けてて幻想的。町の庭から眺めるのとは、まったく違う。同じ夜空なのに。


「きれいだわね」

「良い夜ですな。お嬢」

「そうね。密航してよかったわ……って? !!!」


 さりげなくかけられた声に相槌を返した。返してから気づいた。船員だって。いつのまにいたのか。この人はよく知ってる。商会で話をしたことがある。珍しい美味しい焼き菓子を頂いたことも。


「アリアナ様。聞かせてもらいましょうか。商会長の孫娘がなんでこんなとにいるのか」

「せ、船長、あ……!」


 逃げなくては。そのまえに、パンツとズボンを。いやその前にます船縁から、甲板にはいらないと。私いま、とっても恥ずかしい格好だ。あたふたと、いろんなことを一気にやろうとして、淑女の尊厳を守ることを優先。ズボンをひきあげた。


「手手、……あわわ」


 当たり前だが。つかんでいた手が船縁にはない。風に煽られるまでもなく、ズボンをせり上げた形の私の体が、船から離れていく。ゆっくりに思えるけど、それは気のせいで、実際はとても速い。いわゆる「走馬灯」というやつだ。


「つかめっ」

「はい……え……」


 船長が伸ばした手。私からも延ばしたが、指先が掠っただけ。握れない。外板にかけてた足が滑った。頭が下になって、足のほうが上。さかさまだ。はじける波が近づいていくる。もうだめ。目をつぶった。


「お嬢!!!」


 もう、長い髪が海に浸かったところで、足首をつかまれた。落下が止まる。ゆっくりと、引き上げられていった。


 甲板に船乗りが5人。後ろ手で尻もちをついて、暗くても焦った顔なのがわかる。何をしたのか。わからないけど。走馬灯は終わった。私は助かったようだ。


「身だしなみより命だろアリアナ嬢!」


 怒る船長。その通り命は大事だ。でも淑女の尊厳も負けずに大事。裸で船をぶらついてたなんて噂がたったら、死ぬよりつらい。言い返そうとしたが、船員がバカでかい声で訊いた。


「船長。だれだその子は、船長の知り合いか」

「アリアナだ。アリアナ・サロリオン」

「サロリオンってことは。サロリオン商会の関係者」

「会長の孫娘だよ」

「まご むすめ? 娘……あんだって?!! お嬢様じゃねぇか! なんでいるんだ」


 みんながいっせいに、私のほうをみた。子供といってもいい若いのから、引退間際の壮年まで、たった5人なのに全年代が集ってる。


「おれが知りたいぜ。アリアナ嬢。あんたを死なせたら生きて帰っても縛り首だ。おれたち全員、殺す気か」

「いいじゃない。みんな無事だったのだから」

「そういう問題じゃない」

「そういう問題よ、海の男でしょ? 細かいこと気にしないの」


 船長は頭はいいけど単細胞みたい。思考が口まで登らないタイプ。まわりにはそういう男が多いから、言い負かすなんてわけない。悪いけど。


「こまか……お嬢よ……命あっての……ぐべ」


 渋い船乗りのひとりが、船長の首根っこをつかんだ。なにがおこった。


「船長もだ! 夜の海に飛び出すなんて肝が冷えた。気が狂ったと思ったぜ!」

「あ? あーーーすまん。イオニアス」

「すまんじゃねぇぞ。俺たちが次々飛びついてなきゃ、お嬢かかえて召されたところだ」


 そうか。この5人て、私をつかんで飛び出した船長を、捕まえてくれてたのか。最初に一人が、その人を次の人が。順々に。本当にヤバかったんだ。命拾いをしたとは、このことだ。


「まあ、助かったぜ」

「恩に着ろよ。海神さまの審判をうけるにゃ、あんたまだ、悪行が足りねぇ」

「いいやがった。おめえらもだ。お詫びに夜半の一杯はいつもの倍だ。やってくれぃ」


 船長の口が通常になった。やはり男同士のほうが話しやすそう。


「そうこなくちゃな」


 船長の一言でイオニアスたちが破顔。デカンターをもって酒樽を囲んだ。私と船長を助けたこの人たち、逆に引き釣りこまれて死ぬ危険があった。なのにもう、忘れたように笑いあってる。


「酒は船乗りの命だが。あきれる」


 船長も苦笑いする。甲板にあった帽子を被り立ち上がると、私の隠れていた二重底の樽を覗き込んだ。


「マルメロの実を詰めその下に空洞か。よくこんなもの思いついたもんだ」

「すごいでしょ。特別製なの」


 アイデアは良かった。長い時間、中で耐えることを想定してないのが失敗。薄い板で造ったら空間が少し広がる。新品板だと臭さ対策にある。おしっこ漏れの対策もしないと。帰ったら従兄に言って改良してさせよう。


「ほめてませんよお嬢様。船尾の船長室へどうぞ。話をきかせてもらいましょうか」

「ええ」


 船長の小言か。愉快な会談じゃなそうだけど。この船長なら、こっちの都合を通せそう。

 肝心なのは、船はどこまできてるか。どれくらい港から離れたろう。十分に離れていないと、位置によっては、降ろされてしまう。


「あー船長、俺に任せてもらっていいか。あんた、その小娘の相手は苦手そうだ」


 そういって割り込んだのは副長のイオニアス。なんでしゃしゃり出てくる。


「イオニアスか。いいのか」


 よくない!


「ああ。ガキの頃から知ってるからな」

「助かる。俺はあいつらと一杯やるわ」


 船長は、片手をあげて、行ってしまった。私を置いて。


「では行こうか、アリアナお嬢よ」

「うぅ」


 くいっとあごをしゃくるイオニアス。これは愉快な会談になりそうだ。


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