01-05 海は敵か味方か - 豆から豆へ、袋は満ちる
海水を真水とミネラルに分離できた。これで好きな時にたっぷりと、飲み水と塩がとれる。二度と渇きに恐怖することはない。窮地からのV回復。高揚感がすさまじい。そして不安から年甲斐もなくテンションがあがる。
俺の脳はアドレナリンどばどば状態。血圧はきっと200を越えてる。若返ってよかった。元の体なら急死していた。
水は友だち。あふれるばかりの大海原は我が友だ。いや。
「海よ、きさまは俺の|僕<しもべ>だ!」
そのとき、予兆なしの大波が発生する。
ざっぱーん!!!
「あぶぶぶ……」
調子に乗りすぎた。転覆というのはおこがましい粗末な板が、ひっくり返った。海の怒りを買ったかもしれない。すさまじいうねりに飲み込まれ、あっというまに、命の綱である板を見失った。
やばい。俺にはまだ板が必要なのだ。もどってこい。海さま。二度とあなたには逆らいません。だから、板を返してください。
祈りが通じたのだろうか。板をみつけることができた。発見まで相当な時を要した。まったく別の板である気もしないでもないが。
「し、死ぬかと思った」
とにかく板にすがりつくことができた。
これほど短い期間のうちに、何度も死の淵にたった人間はいないのではなかろうか。海の怒りに触れたのか。そうではないのか。天狗になるのは控えろという教訓だ。海は偉大なり。俺、僕でいいです。俺は運がいい。
雨雲が急速に広がっていく。朝なのに真っ黒。猛烈な豪雨が、体も髪も洗い流す。強風で、小さかったうねりが大きくなる。板が上下する、渦潮なんてのも発生し、農業水路の木の葉よりも危険な状態に陥っていた。嵐である。天気図であれば低気圧の中心ところか。
「くそーなんでこうなる。なにか悪いことしたか?」
危機的状況。またもや死の淵に立ったといっても過言ではない。もう沈没は御免だ。だが俺はあまり不安を覚えてない。大丈夫。俺には海がついてる。強力無比な上司が守ってくれるであろう。
うねりがひどくなる。振り落とされないように、必死につかまってるが。板そのものがひっくり返るのは時間の問題。こんな板なんて、海原では木っ端のうちにもはいらない。経験に裏打ちされ、いとも簡単に返される未来がうっすらみえてきた。海よ……。あなたは俺を救う気がないのか。てめぇ海やろう!
まてまて落ち着け。体が子供になったらしいといって、心まで子供にもどってどうする。俺は冷静な経営者であった。誰にも言われたことはないが、優秀で立派な経営者だ。
学のない俺には、大学で学ぶような営業哲学など持ち合わせない。代わりにあるのが、泥臭く積み上げた経験だ。危機に陥りそうなときは、二つの選択肢がある。
1 嵐が通り過ぎるのじっと待つ。
2 がむしゃらに思いついたことを実行する。
1は手を打たない。これは好転することはないが嵐に巻き込まれない。リスク回避に役立つ。ただし待っている間に状況が悪くなることもある。リーマンショックなどが典型だ。
2はとにかく動くこと。状況を先読みする、というよりも「カン」に任せて突っ走る。株の損切りなどがそれだ。下落するまえに売り切る。信用に関わる問題ならば、風評が浮上する前に関係各社に根回ししたり、頭を下げる。
一長一短。どちらも正解であり不正解である。つまりその場で、事体に合わせてどっちか決めるのだ。いまはまさに嵐。考えるヒマがあったら、できることを試す。いわば3番目の選択だ。
「恐怖は無視だ。感情を横に置いて、理性マシンにならねば」
板は小さい。畳なら2枚分。「立って1畳、寝て半畳」という。寝るだけなら十分だが、海上でその理屈は意味なし。小さいからヤバい。ならば、ヤバくないサイズにすればいい。「大船に乗ったつもりで」というではないか。
揺すられる底を規模を大きくしてやれば安定するのではないか。畳2枚でなく、とっても大きな広さを。
俺は水を操れる。水球ができた。内容物を分離することもできた。グラスの底に顔があってもいいなら、水で板がつくってもいいだろう。成功すれば、屁理屈もだって理屈になる。
まずは海水から水球をこしらえるよう。作り得る最大級サイズをイメージすると、直径1mくらいのグミの弾力の海水の球ができた。これが今の俺のせいいっぱい。直径1mだと質量は、約524Kgになる。体積だと、約 0.524m^3になる。
十分だ。これをぎゅっと、扁平にする。イメージは蕎麦を打ち。やったことはないが、蕎麦屋オヤジの実演はみたことがある。麺棒はないが、平均に潰して広げていく。
厚さ10センチまでになった。板よりも少し大きめだ。直径はだいたい2.5mくらいだろうか。荒れる海上に置きと、ラブホテルの円形マットにみえた。比重が軽いのか、きちんと沈まず浮いてくれてる。いい感じのグミができた。でもまだ足りない。
板と変わらない大きさではあまり意味がない。
1枚で足りない。ならば、ならば増やしたならどうか。直径1mが俺の限界でも、数はつくれるかもしれない。やってみる。今度は直接、厚さ2.5mの水の円盤をイメージする。球体を過程を省いたのだ。すると同じ形のものができあがった。
一度作ったものは再現が可能のようだ。良いことを学んだ。2個いや2枚か。繋ぐと縦長の5m。安定は増したようだがまだ不安だ。さらに同じもの2つ作る。合計4つだ。こいつらを繋ぐと、ざっと10m四方のグミが完成した。
これを海面に沈め移動させ、板の真下で浮上させた。
「よし安定した。ふっふっふっ。俺は、魔法の天才かもしれないな」
塩分濃度の低い海水のマット。いつでも真水できて、喉が渇けば好きな時に飲める。砂糖をまぜて甘くして売ったら、人気が出そうだな。商品名は「海洋浅層水甘露」。意味が分からん。
グミの船。小さな波な程度なら蓋になる。波が大きいなら上に乗りあげる。木っ端からレベルアップ。手作り筏くらいになったのではなかろうか。これなら、転覆は免れそうだ。
「あとは。そうだな雨を防ぐ傘が欲しい」
降り続く豪雨でずぶ濡れだ。雨は生ぬるいとはいえ、パンツ1枚履いてない裸で、これは危険かもしれない。傘っぽいものを造ろうとしたができない。またしても。ダルくなってきた。体温低下を防ぎたいのに……ん?
「間に、挟まるというのは?」
薄れゆく意識の中、もう一枚を作り出し、体にかぶせる。グミの布団。
これは、なかなか……。




