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第16話 変わらない恋の約束

 竜討伐から二週間後。

 竜討伐の報はすでに領内外に広がっている。

 

 フローレンス家の執務室には山のように資料が積まれていた。

 領主であるルチアーノ様のもとには、各地から報告と問い合わせが殺到しているらしい。

 

 あの騒動以来、ルチアーノ様は執務に追われていると聞いていた。


 そんな折、珍しくルチアーノ様から呼び出しがあった。

 

 「ガルド君、騎士になるつもりないか?」

 

 騎士――

 以前、リリアとの身分差を考えたときに考えた話。

 ――そして、諦めた話。

  

 「……なりたいと思ったことはありますが、俺にはどうにも……」

 

 「ふむ、身分によるものか? だが、稀に平民から騎士になれることもある」

 

 「はい……でも、俺はその前提からも外れてます。……後ろ盾も大きな功績もありません」

 

 「差を(くつがえ)すほどの功績……あるではないか、竜の討伐が」

 

 「!?」

 

 そうだ、竜の討伐。

 領地内では功績をあげれないと(くすぶ)っていたが、竜の討伐なら功績になるはずだ。

 

 「竜はアイゼンロートでも討伐出来なかった魔物。歴史でも討伐出来た例は非常に少ない。

 ……もっとも、大群で襲うと竜が逃亡するのが原因なわけだが。……だからこそ、竜討伐に必要なのは軍としての圧倒的な強さではない。個としての強さ、力量差をくつがえす勇気だ。

 それゆえに――竜を討った者は特別なのだ」

 

 たしかにそれなら大きな功績になりえる。

 ……でも。

 

 「でも……俺には信用が、ない」

 

 「なら、私が作ろう」


 はっ、と顔を上げる。

 思わず言葉を失った。


 「私が後ろ盾となる。君の身元を保証しよう」

 

 「なっ!? ……しかし、何かあったら迷惑をかけてしまいます!」

 

 「なんだ、問題を起こすつもりなのかね?」

 

 「いえ、そんなつもりは……」

 

 「ああ、知っているとも。……だからこそ、問題ない」

 

 その確信に、思わず口をつぐんでしまう。


 「……ああ、そうそう、エルンスト様からの縁談の話だが」

 

 どきり、と鼓動が跳ねる。

 

 「今朝がた書面が届いてな。

 要約すると、婚約を結ぶのも、結ばないのもこちらに任せる、とのことだ。リリアを見捨てた非礼を詫びる……というよりは、エルンスト様から申し込んだ手前、義理としてこちらに選択を委ねてくれたと言う訳だ」

 

 沈黙したまま、聞き続ける。

 

 選択を委ねられた。つまり、主導権はルチアーノ様が持っている。

 フローレンス家よりアイゼンロート家の方が爵位が高い。

 

 だから、貴族として繋がりを優先するのなら、ルチアーノ様の答えは当然――

 

 「当然、断るつもりだ」

 

 「っ! なんで!?」

 

 「エルンスト様はリリアを見捨てて撤退した。『竜遭遇時には各々四散するのが常識』? そんな理由が私の娘を見捨てる道理になるわけがないだろう!」


 ――あまりの勢いに開いた口が塞がらない。


 「……だ、大貴族からの縁談ですよね? 断って大丈夫なのですか?」

 

 「問題ないだろう。……というのも、リリアへの興味が失われていることが書面から見て取れた。……別の可能性が浮上し、重要度が下がったということだろう」


 エルンストとの縁談は破棄される。

 胸の奥から安堵の息が漏れてしまいそうだ。


 「……今回の被害は私の招いたこと。ガルド、君がいなければより凄惨(せいさん)なこととなっていただろう。……改めて礼を言いたい。娘を守ってくれて、ありがとう」

 

 ルチアーノ様が深々と頭を下げる。

 

 「頭をお上げください! 俺は当然のことをしたまでです!」

 

 なんとか、頭を上げたルチアーノ様。

 

 「私は――貴族としての理屈ばかり見ていたようだ。リリアの相手は、リリアを心から愛する騎士のような……そんな相手が相応しい」

 

 「っ!……ルチアーノ様、それって……」

 

 ルチアーノ様はただただほほ笑んでいる。

 それでも、その意味は伝わる。


 騎士になるなんて考え、途中で諦めていた。


 だが、ふと、リリアの行動から浮かび上がってくる。

 

 「……でも、おそらく騎士では公爵に並びませんよね?」


 「……その通り。騎士とは準貴族のようなものだ。騎士では公爵令嬢には釣り合わないだろう」

 

 「だが、実はエルンスト様からは2通目の封書が来ていてな」


 まだ何かあるのか、と息を詰めて続きを待った。


 「内容は、『竜殺しの護衛をアイゼンロート家で働かせる気はないか? 竜を複数体(ほふ)れば、功績が積み上がり、一代貴族の道も開かれる』といったものだ」


 「エルンスト……様が……?」


 何とも言えない表情になった。胸の奥がわずかにざわつく。


 「一代貴族は、功績で貴族に取り立てられる、身分が子孫に世襲されないタイプの貴族だ。

 こちらは騎士と異なり、正式な貴族だ」

 

 心臓が早まる。

 進め、進め、と発破をかける。


 「ガルド君、これは君の勝ち取った道だ。

 度重なる修練、リリアを守り続けた信頼感、そして……竜と対峙した時の選択……。

 巡り巡って、君に来た機会だ。

 騎士に、一代貴族になるか?

 アイゼンロート家に仕え、また竜に相対する度胸はあるか?」

 

 「……っ、はい! なります! 

 やらせてください! 竜だって何体だって倒します!」

 

 「ああ、頑張りたまえ」


 ルチアーノ様は穏やかにほほ笑む。

 まるで最初から分かっていたような顔だった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 


 フローレンス家の屋敷の裏庭。

 初めて会った、白い花――シルフィムの花の花壇の植えられた場所にリリアは立っていた。


 「ガルド……」


 大きく風が吹き、白い花が揺れる。

 リリアが髪を抑えるも、柔らかな髪が揺れ、きらきらと輝く。

 その向こうで、白い花も同じように揺れていた。


 「外に出ても大丈夫なのか? 足はまだ痛めたままだろ?」

 

 「歩く程度なら大丈夫」


 馬車の一角に足を挟まれたリリアだったが、軽症で済んでいた。


 「ていうか、私よりガルドの方が大きな怪我してたでしょ」


 「まぁ……でも、慣れてるから平気だ」


 「もう、安静にしないとダメでしょ……」


 「医務室で寝てると身体が鈍る。少しくらいはいいだろう」


 最近のリリアは、少し静かだった。

 

 竜の討伐後、喜ぶか、恐怖に苛まれると思ったが、多くの出来事で憔悴しきっていたリリアは感情を使い果たしたようだった。


 俺から話題を振ることは少ないので、しばらく二人とも黙ったままだった。


 風に揺れる花の音だけが聞こえる。

 

 「リリアはどうするんだ?」


 「当面の間は縁談しない予定。お父様が決めたんだ。私を気遣ってくれたんだと思う。

 ……といっても、いつかは再開しないとだね。暇な間は創薬研究に専念するつもり」


 「竜に襲われた直後だっていうのに、すぐに研究か? もう少し休んだらどうだ」


 「なんていうか、別のことしてた方が気が紛れるの。……最近、色々あって感情が変になりそうだったから、落ちつきたくて」


 そう言って、リリアは少しだけ視線を落とした。

 

 「……お父様から聞いたのだけど、ガルド……ここを辞めるの?」


 ためらうように、リリアが口を開いた。


 「ああ……そして、アイゼンロート家に行く。しばらく戻れなくなると思う」


 「礼儀作法とか苦手なこととかも、いっぱい学ぶ。もちろん、訓練もする。……そして、竜を討伐しにいく」


 「やっぱり、そのつもりなんだね……。相手は竜だよ? このあいだは何とか倒せたけど、次は倒せないかもしれないよ」


 あの時のことを思い出す。


 身体の芯まで響くような竜の咆哮(ほうこう)

 頑強な鎧に、大地を踏み潰す巨躯(きょく)


 思い出しただけで、底冷えするような死の圧。


 「いや、……むしろ、初見なのに討伐できたんだ。次はもっとやれる。それに今度は準備も対策もする。……だから、心配するな」


 「そう言われても心配だよ……」


 「そうか、困ったな……なら」


 リリアから貰った一凛の白い花を取り出す。

 『変わらない恋』の花言葉を持ったシルフィムの花。

 リリアが錬金術で作った不朽の花。


 「この花に誓う。必ず生きて戻ってくる。……そして、今度は俺からシルフィムの花をリリアに贈る」


 「えっ⁉ それって……」


 シルフィムの花を贈られて、プロポーズされる――

 幼い頃のリリアの夢。


 「まだ、一代貴族でも騎士でもない。……だから、言えない。

 ……それに、功績を上げるまで、時間もかかる」

 

 「うん……待ってる。……でも、早めに帰ってきてよね」


 やっと、リリアが少し笑った。

 目は少し涙ぐんでいたが、悲しさは感じられない。


 「ああ、もちろんだ。……必ず戻ってくる。できるだけ早く戻ってくる」


 「いつかまた、この場所で会おう」


 「うん、絶対だよ!」


 春の風に揺れるシルフィムの花は、あの日と変わらず寄り添って咲いていた。

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