第九話 りす
七瀬と一緒に軽トラに轢かれかけたその日の夜。
母さんが作り置きしてくれていた夕飯を食べて一息ついていると、家の電話がプルルと鳴った。
俺は携帯電話を持ってないから、家への電話はたいてい俺への用事であることが多い。
受話器を取って耳にあてる。
「はいもしもし」
「私、花澤雅之と申します。夜分に失礼いたします。佐渡様のお宅でしょうか?」
男性の低くて渋い声だったので、俺は緊張してしまう。
「そうですけど……」
「では佐渡優様は御在宅でしょうか?」
「僕が佐渡優です」
「君が優君か!!!」
その声は一転し、トーンが一段階高くなる。
「あの~……」
「ああ、悪い悪い。この前一度会ったことあったよね? 可憐の父です」
「ええ゛!!!」
それを聞いてあまりに驚きすぎて受話器を落としそうになる。
花澤商事の社長さんが直々に俺に電話してくるって相当な事件だぞ……
いや、この間も連絡貰ったわ。
再び受話器を耳に当て恐る恐る聞いてみた。
「す、すいません。少し驚いてしまって。僕に何か用ですか?」
「驚かせてしまってすまないね。実は可憐のことで相談があるのだけど」
「可憐のことですか?」
「ああ。来週から中間試験が始まると聞いてね。君も知っていると思うが可憐は勉強が苦手でね。可憐に勉強を教えてやってくれないか?」
ガチのやらかしをしたかと思ってびくびくしていたけど、受話器から聞こえてくるのはそんな話題。
「それならお安い御用ですよ。今でもたまに宿題手伝ったりしてますから」
「本当かい? ぜひ君にお願いしたいのだが」
「もちろんそれは問題ないですが、なんで俺なんですか?」
花澤家の財力なら一流の家庭教師ぐらい何人も付きそうなものだが……
「実は今まで家庭教師を何人か雇っていたのだけど、全く成果が出なくてね。少しやり方を変えてみようと思ったのだよ。聞くと佐渡君は首席で入学したそうじゃないか。可憐とも仲がいいようだしちょうどいいと思ってね」
「なるほど…… けれど、ご期待に添えないかもしれませんけど……」
可憐の親父さんも言っている通り可憐の頭は結構アレだ。宿題を見るくらいでもそれは伝わってくる。
「私も、そんな短期間でグンと成績が伸びるとは思ってないよ。だから赤点を取らないようにしてもらえれば十分だ。彼らはそれすらできなかったからねえ。達成できればそれなりの報酬も渡させてもらうから」
「いえいえ! そんな報酬なんて! でもやるだけやってみます!!」
「じゃあ、よろしく頼むよ。ぜひまた家にいらっしゃい。いつでも歓迎するよ」
「こちらこそ、恐縮です。よろしくお願いします」
「可憐をよろしくね」
「頑張ります!!」
そう言って電話は切れた。失礼じゃなかっただろうか。
まあ、特にペナルティがあるわけでもなかったから引き受けた。というか引き受けない選択肢なんかなかった。
可憐との時間が増えるのだから願ったり叶ったりだ。
一息つくと、また電話が鳴った。
「うわ! びっくりした」
慌てて電話を取る。
「はいもしもし」
「ゆうくん、たすけてえ゛~~」
「さやかか、どうしたんだ?」
「来週のテストヤバいの!!」
「ったく。ちゃんと授業聞いてたか?」
さやかは可憐ほどではないけど、逆に勉強が得意というほどでもない。
県で上から二番目の公立高校に割とぎりぎりで合格している。
「いや、それがさぁ! 結構授業スピード速くてさぁ!!」
毎朝話してるからこうやってさやかから電話がかかってくるのは珍しい。
だから結構苦戦しているのかもしれない。
「とにかくピンチなの!! ゆうくん助けて!! 中学の時みたいに二人で勉強しよ!!」
中学の時はテスト前になると、俺かさやかの家どちらかでテスト勉強していた。
受験モードになるとお互いそれぞれで勉強するようになったからその感覚は少し久しぶりだ。
「ああーもう。分かったから」
幼馴染のよしみだ。さやかの頼みを無下にすることはできない。
「じゃあ、また連絡するから~」
「おう、勝手に家来てもいいぞ」
「分かった~。じゃあおやすみ」
「おう、おやすみ」
そう言って電話を切った。
「ふう」
七瀬との対決のこともあるから結構気合を入れなければならない。
「まあ、一点も落とさずに完全勝利してやるがな」
そう言って俺は勉強机に向かった。
翌日の朝、俺は校門前で待機していた。
可憐と一緒に登校するためだ。
校門から校舎までは歩いて結構時間がかかるから、こういう時間も有効活用する。
しばらく待っていると見覚えのある白いリムジンがやってきた。
停車するや否や運転手の人が出てきて後方の扉を開ける。
扉から出てきたのは予想通り可憐だ。
「おはよう、可憐」
「おはようございます。優様」
にっこりと笑う可憐を見るとほっこりする。
朝の挨拶をして二人で登校し始める。
愛用のママチャリを押しながら俺は口を開いた。
「昨日可憐のお父さんから連絡が来てさ、可憐の勉強見てくれないかって」
「私も昨日お父様から聞きましたわ。早速今日から私の部屋にてお願いしたいのです」
「そのことなんだけど、ちょっと可憐に一つ頼んでいいか?」
「優様の頼み事となれば何なりと!!」
「俺の友達にも勉強見てくれって頼まれててさ、だからどうせなら可憐と一緒に見ようかなって」
二人の勉強を軽視するわけではないけど、自分の勉強もおろそかにするわけにはいかない。これは時間の効率化というやつだ。
「まぁ、そうでしたのね。私はかまわないですよ? 優様のお友達なら私もぜひお友達になりたいと思いますし」
可憐は俺の申し入れを何一つ嫌な顔せずに受け入れてくれた。
「そっか、良かった。じゃあ放課後また会って話すから、よろしく」
放課後、可憐をクラスまで迎えに行った。
さやかにどうやって伝えようか。
今朝、今日から勉強見てって頼まれたからおそらく予定は空いてるはずなんだけど。
「どうかしました?」
悩んでいると可憐が話しかけてくれる。
「今朝言ってた友達にどうやって伝えようかなって。可憐のことはまだ話してないんだよ」
「そうでしたのね? では私のスマートフォンをお使いになりますか?」
「その手があったか!」
可憐にスマホを貸してもらい、さやかの携帯に電話をかける。
「さやかか?」
「……ゆうくん?」
「ああ、ごめん。スマホ貸してもらって電話したんだけど」
「びっくりした。知らない番号だったから~」
「さやか今から時間あるか?」
「今からゆうくんの家で勉強しようと思ってたとこだけど」
「そのことなんだけどさ、さやかの他にもう一人一緒に勉強見ることになってその子の家にお邪魔することになったんだけど、さやかの話をしたら一緒にいいよってことだったから、どうだ?」
少しだけ間が空いたがさやかはOKのようだ。
「分かった! どうすればいい?」
「えーと、○○駅まで来れるか?」
俺は可憐の家から一番近い駅の名前を伝えた。
「うん、大丈夫だけど」
「じゃあ、そこ集合で。俺もすぐ行くから」
「はーい」
通話を切って可憐にスマホを返した。
そのまま二人で歩き出す。
今まで携帯無しで生きてきたけど初めて不便だなと感じた瞬間かもしれない。
「お車出しましたのに」
「いいよ、そこまでしてもらうのも悪いから」
可憐はそう言ってくれたがそこまで甘えるのもよくないだろう。
それに、いきなり高級リムジンで迎えられたらさやかはびっくりするだろうし。
ま、可憐の家に着けば驚くことになるのは間違いないけど。
「そうですか」
「ありがとうな」
可憐の気遣いに感謝して頭を撫でた。
それを受けた可憐は小動物の様に目がとろんとなっていた。
あれ? 自分の手を見て気づく。
可憐のスキンシップがうつってきたかもしれない。気を付けなければ……
「ご、ごめん」
「もっとしてほしいです」
ねだるように頭を突き出す可憐。
「恥ずかしいからやめとく」
可憐の頭から手を離すともったいないといわんばかりにほっぺを膨らませる。
「優様のお友達って女性の方だったのですね。私、少し妬けますわ」
「さやかはそんなんじゃないって。幼馴染ってだけ」
「優様が言うのなら信じますけれど」
自転車を取りに行くから待っててといったのだが付いてくる。
迎えの車に乗るまで可憐はリスの様にほっぺを膨らませていた。
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