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第五十三話 可憐のお宅訪問その二

 食後、三人での会話も落ち着いた頃。時刻は九時少し前。


「そうだ。優君、私についてきなさい。可憐の小さい頃の写真を見せてあげるよ」


 来た。昭一郎さんが二人で話そうと言い出すことはもちろん予想していた。


 先ほどよりももう少し具体的な話をするのだろう。


「ええ、ぜひ」


 俺が答えると昭一郎さんは席を立った。


「可憐は先にお風呂でも入ってくるといい」


「そうさせていただきますわ」


 可憐も分かっているのだろう。俺たちににこりと微笑んで、再びティーカップに口をつけただけだった。


 昭一郎さんに続いてダイニングに来るまでに通った廊下を戻る。


 玄関の方まで来ると二階へと続く階段があった。


「食事の方は満足してもらえたかい」


「ええ。もちろんです。お腹いっぱいです」


「はは、それは良かった」


 階段に差し掛かると同時にその先の明かりがぱっとともる。


 上りきって二階廊下へ。同様に、二人を先回りするかのように進む先へとどんどん明かりがともっ

ていく。蛍光灯ではなく優しいオレンジ色の電灯だ。


 しかしその点灯の自動化とは対照的に、二階の廊下には西洋騎士の甲冑や大きな絵画などがあり、いかにも「クラシック」という感じの内装である。お化けが出るなどと噂されていると丁度良いだろうか。


 花澤邸は古き良き西洋建築というのが俺の印象ではあったがその実、機能面ではかなりハイテクなのだろうか。昭一郎さんの書斎へと到着するまでそんなことを想像していた。


 書斎は可憐の部屋とほぼ同じくらいの広さで、入って左側の壁が全面本棚になっている。中央に低い机とソファ、その後ろ側に茶色いデスクがある。


 昭一郎さんは一度デスクのほうまで行き、引き出しから二冊ほどのアルバムを取り出した。


「かけたまえ」


 言われた通りソファに座る。昭一郎さんは俺と向かい側、すなわち全面本棚の壁を背に向けて座った。


 パラパラとアルバムをめくって見せたい写真が見つかったのか、俺の向きに合わせてアルバムを差し出してくれた。


「これは可憐が五歳のとき。ちょうど小学校入学前か」


 昭一郎さんはその写真を指さした。


 中央に可憐。夏ごろに撮ったのだろう、ワンピースに麦わら帽子をかぶっている。その笑顔は今と全く変わらない屈託のない笑顔。今の可憐を背丈だけ低くしたような感じと言っても過言ではない。というのも、今の可憐が非常に童顔だからだ。


 その右側に昭一郎さん。彼も実際に過ぎ去った時間から計算しても、今の容貌はだいぶ若いと言えるだろう。


 ということは可憐の左側に居るのが可憐の母親なのだろう。しゃがんで可憐と手を繋いでいる。確かに、今の可憐と似ている。顔のパーツで言えば鼻か。いや、それよりも顔の輪郭やシルエットが似ていると言った方が正しい。


 可憐が五歳の時ということは彼女が亡くなる一年前ということになる。写真を見た限りでは調子が悪そうには見えないが。病気などということではなかったのだろうか。


「どうかしたかい?」


 感想も言わずじーっと見ていたのが不思議だったのだろう。昭一郎さんが尋ねてくる。


「っあ。とても幸せそうな家族だなぁと」


 とっさに出てきた言葉がそれだ。もう少しまともなことを言えればよかったのだが。


 取り繕うように言葉を続けた。


「彼女が、可憐のお母さん?」


「ああ」


 昭一郎さんの声が小さくなった。「幸せそう」というのはまさしくそうだったのだろう。少し無神経すぎたか。


「実は可憐から聞いているんです。彼女のことは」


「そうだったのか」


 そう一言言うと、昭一郎さんはアルバムのページを一枚めくった。今度は可憐と可憐のお母さんが二人で写っている写真だ。


「これが最後に取った写真だ」


 昭一郎さんが指差したのは、先ほどと変わらず、一家の幸せな生活を切り取ったような写真だった。


 昭一郎さんはしばらく黙っていた。いろいろと思い出していたのだろう。


「飛行機が落ちたんだよ」


 しぶしぶ、といった感じで昭一郎さんは話し始めた。まるで迷路を抜け出してたどり着いた先が墓場だったかのような表情をしていた。


 十年前、ドイツのベルリンから出発しニューヨークに向けて出発した飛行機が墜落し、乗客の百五十人全員が死亡した事故。


 可憐のお母さんはその事故に巻き込まれてしまった。


 話し終えた昭一郎さんの表情は先ほどの食事のときからは想像できないような顔になっていた。


 最後に昭一郎さんが指差した写真を境に、それ以降彼女の映る写真は一枚も無かった。


「すまないね。こんな話を聞かされても何も言えないだろうに」


「いえ……」


 そう言って、多少は取り繕ったのか微笑を浮かべる。


「今日君をここに呼んだのはこんな話をするためじゃないんだ」


 そう言いながら開いていたアルバムを閉じた。


「もう君も大体分かっているだろうけど……可憐と、君の、将来のことについてだ。正直に聞く。可

憐との今後の事、どう考えている」


 打って変わって真剣な目になる。俺も背筋を正す。


「はい。今、可憐さんとの交際は真剣なつもりです。ですが、結婚と言われると少し想像できないというか、気後れしてしまうんです。僕の感覚では一人で稼げるようになってから、可憐さんを幸せに

できる自信を持てるまでそのようなことを軽々しく口にできないというのが本音です」


「そうか……。君の言うことは最もだな。確かに、私も君くらいの年の頃はそうだったと思う。では、質問を変えよう。君の言う『可憐を幸せにできる自信』というものがあるとすれば、どうだい」


「もちろん。その時は盛大にプロポーズをするつもりです」


 その時は、できる限りの力を尽くすだろう。


「ははははは。言ってくれるじゃないか。まぁいい。私の考えを伝えておくとね。先ほどもチラッと言ったが、会社のこともある。君のことは能力的に大いに評価しているし、人としても気に入っている。今のところはね」


 また、はははと笑う。表情が良く変わるのは可憐と同じだと気づいた。


「もちろん会社の後継は絶対に可憐の結婚相手でなければならないというつもりはないし、結婚したからには絶対に後を継いでもらうという気もない。経営の素質があって信頼できる者なら別の人間に任せるつもりだ。だが、可憐の選んだ相手がそうであるのが一番いいだろう?」


「はい」


 素直に頷く。昭一郎さんの言うことは最もだ。


「私の見立てではしっかりと今後も勉強を積めば君は能力的には問題ないと思っている。君が可憐との婚約をするというのなら、こちらもそれなりの心構えはあるということを知っていて欲しい」


 無邪気に笑ったりはしているが、その実、瞳にはしっかりと俺を見定める眼力が備わっていた。無意識に全身が固まったような気持ちになる。


「君の大学の学費を負担するつもりだ、ということだ」


 言われて、はっとする。まだ進学するかどうかも考えていなかったからだ。母さんにはなかなかそんな話を切り出せないでいる。


「君の家のことは可憐からも聞いている。だから君にとっても悪い話ではないと思うのだよ」


 ビジネス相手に交渉するようなセリフであったが、俺の耳には自分でしっかりと考えなさいと言っているように聞こえた。


「まあ、今すぐ婚約しろと言ってるわけじゃない。私としても婚約が君の足枷になるようならそのようなことを押し付けたくはない。だからゆっくり考えてほしい。高校卒業までを期限としよう」


「分かりました。じっくりと考えます。ですけど、俺は可憐が一番幸せになってほしいんです。だからそれも含めて考えます」


「そうだな。可憐の幸せが一番だ」


 昭一郎さんは優しく微笑んだ。話は済んだと言わんばかりに席を立とうとするが。


「あの。僕からも一つお願いがあるんです」


 それを引き留める。意を決して軽く息を吸い込んだ。


 先ほど事故の話をした時はピアノという単語は昭一郎さんの口からは一度も出なかった。


 今日俺がしに来たこと。それは。


「何かね」


 昭一郎さんがソファに腰かけなおしたのを見てから息を吐き出した。


「学園祭で可憐がピアノを弾きます。見に行ってあげて欲しいんです」


 昭一郎さんはしばしの間言葉を失っていた。


「…………」


 突拍子もなく話が変わり過ぎたことに驚いたのか、ピアノという単語が突然出てきたことに驚いたのか区別できなかったが、その吃驚は一時的なものだったようですぐに鳴りを潜めた。


「可憐が俺にピアノの話をするとき、楽しそうにしてるんです。今でも演奏は好きだと言っていました」


 けれどあなたが妻の死を思い出してしまうから可憐は隠れて演奏の練習をしている、とまでは言うべきではないと判断した。そこまで言わなくても分かるだろう。


 先ほど言ったように「可憐の幸せ」を願うのなら、あなた自身も幸せになるべきだ。


 あなたが可憐を大切に思うのと同じように可憐もあなたを大切に思っているのだから。


「可憐が………………そうか」


 昭一郎さんの目は現世と冥界の間でさまよう妖のようにゆらゆら揺れていた。


今日も読んでくださりありがとうございました。

「おもしろい!」「つづきがよみたい!」と思ってくださった方はぜひブクマをよろしくお願いします。


その他、感想や評価もお待ちしております!!


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