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第五十一話 足立さんの相談

 翌日、何食わぬ顔で出てきた東山だった。とりあえずは大丈夫のようだ。


 放課後の練習も卒なくこなし、普段と何ら変わりない様子であると俺からは見えた。


 と、このように東山のことばかり観察していたのだが人のことばかり心配していられないのが現状だ。


 というのも、俺自身可憐宅訪問が明日に迫っているからだ。


 結局、よそにお呼ばれするときに恥ずかしくないまともな装いを見繕ってくれないかという俺の頼みは東山は聞き入れてくれなかった。まぁ、当然だろう。


 猫引き取りの件に関しては、あの後東山の抗議によりもう少し待つことになった。

というかそもそも東山に引き取らせることが本来の目的で、俺はあいつを引き取る気など毛頭ない。

俺の家で猫が飼えるはずがないのだから。


 経済的に余裕がないのもそうだが、アパートがペット禁止なのだ。


 だがしかし、それは色々周りのバタバタが片付いてからでいいだろう。


 ――いかんいかん。また東山のことを考えてしまった。


「どうしたんだ? 東山さんのことばっかり見て」


 本日の演劇練習はすでに終了していた。


「っ! べ、別に見てねーよ。てかお前こそ、そんなに見てたら足立さんの顔に穴が開くぞ」


「っ。気づいてたのかよ」


 狩野はさも居心地悪そうに顔をしかめる。


「いい加減、いちいち俺を経由せずに直接足立さんのところに行って話しかければいいじゃないか」


「なるほどね~。流石成績トップの佐渡君。優秀な観察眼をお持ちで」


「動揺しないんだな」


「バレてるんじゃ、動揺したらかっこ悪いだけだろ」


 狩野が得意げな顔になる。俺より背が低いのにわざわざ肩に腕を乗っけてくる。


「お前がかっこいいところなんか一度たりとも見たことは無いがな」


「減らず口な奴だな。昨日の恨みはまだ忘れてないんだからな」


 案外、根に持つタイプなのか。


「それは自業自得というやつだ。正当防衛だ。慎んで受け入れてくれ」


「いーや。納得いかねぇな。過剰防衛にもほどがある。俺が足立さんと結ばれるか、お前の金玉を蹴り飛ばすかどっちかしねぇと気が収まらねぇよ」


 それじゃあ、俺の股間もこいつの二の舞になるじゃないか。まぁそれは冗談として。


「なんだい。何の話だい。二人でこそこそして。甘酸っぱい恋バナでもしてるのかい。僕も混ぜてくれよ」


 はぁ。ため息が出る。神藤が入ってきたからだ。


「ああ、お前の言う通り、狩野宰君の叶わぬ恋について話していたんだよ」


「ええ!狩野君も恋をしているのかい。誰に?!」


 俺のセリフに対して狩野は舌打ちした一方で、神藤の食いつきが良くて当事者でない俺もなかなかウザいと思った。


「足立さんだよ」


 俺に言われるのが心底嫌だったのか、狩野は少し食い気味に言ってみせた。


「そうか……。僕も恋をしていてね。あそこにいる東山七瀬ちゃんなんだけどね――」


「いや、知ってるから」


 俺と狩野、同時に苦笑。


 狩野は神藤から再度足立さんに視線を向ける。


「足立さんならともかくてめえに金玉を蹴られるのは許せん。たった今から後ろに気をつけるこった」


 急な性癖開示は辞めてくれないだろうか。


「ああ、昨日のことか」


 神藤は思い出したのか、素に戻る。


「僕も佐渡君に蹴られるのは御免だけど、七瀬ちゃんなら許してあげるというか、むしろご褒美というか……」


 だから、急な性癖暴露は辞めてくれないだろうか。


「ヨ、ヨシも、なのか!」


「ああ、分かるとも。これは男のロマンだろう。愛する人に痛めつけられることほど幸せな事はないよ」


「さすが、分かっている。神藤の御曹司なだけあるぞ」


「ああ、もちろんとも。よかったら協力しないか。お互いの愛する人に蹴ってもらうために」


「い、いいんですか。神藤様……」


 ……。もうコメントはよそう。


 こんなことで騒いでいるところを女子に見つかったら残りの学園生活が水泡に帰す。


 なんとか肩を組む二人からフェードアウトして他人を装う。仲間だと思われたくないからな。


 さて、帰るかと荷物をまとめている時だった。


 今度は足立さんに肩をとんとんと突かれた。


「あの。この後少し時間ある?」


「え? ああ、大丈夫だけど、どうしたの?」


「うん。脚本のことでちょっと相談」


「分かった。待ってるよ」


 狩野の視線が殺意を帯びたのが分かるが、百パーセントそういうことではないので安心してほしい。

 


 足立さんの相談というのは、作中に出てくる悪党たちの夢の内容を高校生っぽく共感できる内容にできないかという相談だった。


 悪党の集まるレストランへと連れていかれたラプンツェルが、彼らの夢の話を聞き、自らの「夜空に輝く灯篭を見る」という夢を語るシーンだ。このシーンも元は軽快な音楽と小気味よいアニメーションが特徴的なミュージカルとなっていたが、足立さんの脚本だとセリフということになる。


 このシーンの脚本はまだ未完成で稽古ができていない状態だ。大まかなところは大体完成しているのだが詳細な部分の脚本がまだ完成していないのだという。


 そういう細かいところで一笑いとれないかというこだわりが足立さんにはあるようだ。


「でもなんで俺に?」


「みんなにも聞くよ。ま、しいて言うなら……佐渡君の家がお金持ちじゃないからかな。まぁ他にも理由はあるけど」


「俺、今貧乏イジリされてるのか?」


「してないしてない。そういうことじゃないから」


 慌てる足立さんを見ると疑いは晴れた。


「夢ねぇ……」


 俺は息を吐きながら腕を組む。難しい話題だ。


「この学校に通ってる人のほとんどって、親の敷いたレールを進んでいくでしょ? 自分の将来に夢とか希望とか持っている人ってあんまり多くないのかなって思ってさ」


 言葉通りに解釈すれば多少語弊があるかもしれないが、足立さんの言うことは最もだ。


 生徒の中に中学、高校、大学、就職先に至るまで親に決定されている人は決して少なくないと思う。


 そういう理由で俺に聞いたのかと納得がいく。


「ちなみに足立さんって夢あるの?」


「それって、口説いてる?」


 足立さんが眼鏡をくいっと上げて、にやけ顔を作る。


「茶化さないでくれよ。そっちが聞いてきたんだからさ」


 ついこの間までとは全く印象が変わったな、足立さん。人は見かけによらずというやつだ。


「うーん。私も自分で言っといてあれだけど、レールから逸れるのが怖い人間なんだよね」


 ざっくりと言えば足立さんの家もお金持ちだ。


「残念に思うかもしれないけど、俺も『野球選手になりたい』とか『パイロットになりたい』みたいな分かりやすい夢は持っていないからな」


「そういうのじゃなくても、直近の夢って言うかさ。……例えば『あいつには負けたくない』とか『馬鹿にされたくない』とか『好きな子と両想いになりたい』とかさ」


「そういうのって誰でも思ってると思うけどね」


 該当する顔が思い浮かぶ。


「具体的なエピソードがあったりするの?」


 訊かれて、うーんと唸る。


「ここだけの話、東山はすました顔してるけど成績で俺に負け続けてるのがすごく悔しいらしい」


「ほう。他には?」


 足立さんは俺の話ではないことは気にならないらしい。


「東山は実は猫好きだが隠している」


「面白いじゃん。使わせてもらおう」


「おい!ここだけの話って言っただろ」


「そいうのがコメディになるんだよ。分かってないなぁ……。佐渡君はどうなの」


 俺の異議申し立てもやむなく、足立さんの圧に押される。


「俺の夢か? うーん」


 やっぱり気になるのか。


 さっきの三倍くらいの時間を費やす。


「俺は……母さんがシングルマザーで苦労かけてるから、まぁ将来的には恩返しはしたいと思ってる」


 俺が答えると足立さんは眼鏡のレンズを通してじとっとした目線を向けてきた。


「……優等生回答つまんね。他には?」


 なぜだか今の一瞬で足立さんにすごくがっかりされた気がするのだけど気のせいだろうか。気を取り直そう。


「狩野の奴は……」


「狩野君がどうかしたの?」


「いやいや、なんでもない」


 あぶないあぶない。ってか足立さん気づいてないっぽいな……。


「……そ。じゃあもう一つだけ聞いていい?」


 頷くと、メモから顔を挙げた足立さんがこちらを見た。


「東山さんとラプンツェルって似ていると思う?」


 自然に東山の姿を目で探したのだが、すでに教室にはいなかった。




本日も読んでくださりありがとうございました。

「おもしろい!」「続きが読みたい!」と思ってくださった方はぜひブクマの方よろしくお願いします。

またその他感想や評価もお待ちしております。


今回はあまり話が進まずでしたが、次回からは花澤邸訪問です。

よろしくお願いしたします。


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