第四十話 キッカケ・首ったけ
家が隣同士。気づいたときからずっと一緒。
どういうふうに今の関係になったのかさやかは記憶があやふやだ。
好きになったのもいつからとか、何かきっかけがあるわけじゃない。気づいたときからなのだ。
仲の良いカナコたちとは家の方向が違うが、この帰り道がさやかにとって一日で一番楽しみな時間だった。
校門の前でカナコたちと別れて帰るふりをして、すぐに戻って優を待つ。
優は学校が終わると男子たちと校庭で遊んでくる。
毎日それが終わるまで退屈だ。男子の様子を眺めながら校門から近い位置にある鉄棒で退屈しのぎ。
おかげで空中逆上がりができるようになった。クラスの女子でできるのはさやかだけだ。
三十分かからない程度待つと、男子たちは鬼ごっこを辞めてランドセルを背負いなおす。
それを見てさやかも地面に置いていたランドセルを背負った。
ドッジボール、当て鬼、キックベース、ケイドロ、と回って今はオーソドックスなただの鬼ごっこが流行っているらしい。
ボールを使うものよりケイドロや鬼ごっこの方がいいとさやかは思っている。男子たちがすぐにばてるからだ。キックベースなんかは長引くと一時間にもなる。
「今日は早かったね」
優に話しかける。
「あーいうシンプルなのが一番疲れるんだよ。明日はさやかも一緒にやるか?」
「いいよ。私は見てるだけで」
「そうだよ、さやかちゃんも一緒にやろうよ」
二人に割って入ってきたのは亮介だ。
亮介は地元のサッカーチームのエースで、つい先週の試合でもハットトリックの大活躍だったらしい。優とは違いまぎれもなく人気者だ。
一方の優はと言えば目立つタイプではない。亮介は明るくてよくしゃべるのに対して優は運動は得意なもののどちらかと言えばがり勉タイプ。さやかからすればそこがクールでかっこいいのだけど。
「じゃあ、カナコたちも誘ってみる」
「そうだな。みんなでやった方が楽しいよ!」
亮介が言えば鶴の一声だろうなとさやかは思った。
「じゃあ。また明日」
「うん。ばいばい」
「またな」
亮介やそのほかの男子たちもカナコたちと同じ方向へと帰っていく。門を出て東の方へ帰るのがカナコや亮介たち。西の方へ帰るのはさやかと優の二人だけだ。
さやかにとっては二人きりになれるこの時間が幸せだ。
しかし当の優はさやかの気持なんか一ミリも気づいちゃいない。
もしかしたら優には他に好きな子がいるのかもしれない。もちろんいたらすっごく悲しいのだけど。
「ゆうくんって好きな女の子とか、いる?」
勇気を振り絞って聞いてみる。
「え? さやかだけど」
びっくりする。本当に少しジャンプしていたと思う。
けれどあまりにもあっさり言うものだからさやかは不思議に思った。意味を分かっていないのかも。
「好きって意味ちゃんと分かってる?」
「好きって……。もう一度考えてみたけどさやかしかいないなー」
たぶん、分かってなさそうだ。おそらく自分と仲がいい女の子という解釈をしているのだとさやかは呆れた。
自分でもませているつもりはないけれど、小学二年生の男子なんてそんなものかと納得した。
けれど優に他に仲のいい女の子がいないと分かればさやかは一安心だった。
じゃあ、とさやかは思いついた。
「じゃあ私と結婚してくれる?」
「結婚?」
ほんとに分かってなさそうだった。でもそれでもいいとさやかは思った。
自然に言ったつもりだったけど、歪な笑顔になっていたと思う。
「男の子が好きな女の子とするんだよ。大人になったらできるの」
「さやかは俺と結婚したいの?」
石ころを蹴りながらそんなセリフを言ってくる。思わず立ち止まってしまう。
自分から言ったのに、体中が火照った。
振り向いた優の純朴な様がさやかの企みを駆り立てるようだった。
「決めるのは男の子側なんだよ。結婚してくださいって男の子から女の子に言うの」
それなのにさやかは緊張して震えたような声で、しかも顔もこわばっていた。
ふーんと理解したのかしてないのか分からないような返事をする。ほんとに女心が分かってないなと残念に思う。大人になってもこれじゃあ困る。
「……じゃあ! 俺がさやかと結婚してやる。約束な」
先ほどの数倍、心臓が跳ねた。
少しだけ思案すると突然にししと優が笑ったのだ。すぐに前に向き直ってどんどん先へと行ってしまう。
約束守ってくれるかな……
さやかは軽い気持ちを少し後悔した。
「みんな、好きな人いるの?」
休み時間、女子四人が教室のカーテンにくるまってする話は決まってそういう話だ。
「ええ~、そんなの言えるわけないじゃん」
「そうだよ、カナコから言いなよ」
「言い出しっぺ」
内心そういう話を楽しみにしている癖に、自分のことを話すのは誰もが恥ずかしいのだ。それはさやかも同じ。
「ユウカは亮介くんでしょ?」
自分に降りかかった役を他のメンバーに押し付けるのはクラスでもひときわ目立つカナコ。彼女が四人のリーダー的な人物だ。
「わ、悪くは無いけどさ」
ユウカは恥ずかしそうに俯いて否定する。かえってバレバレなのだとさやかは常々感じている。
「みなちゃんだって、なにかと亮介くんに話しかけてるよね」
続けてユウカ。最後に持っていた人がボール片づけないといけない男子のドッジボールみたいだ。
「それはカナコがついてきてって言うから付き添ってるだけだよ」
結局そのボールは言い出しっぺのカナコへと戻ってくる。
ユウカとみなみは幼馴染で、五年生に上がってクラス替えのあと、席が近かったカナコとさやかが二人に加わった。
さやか以外の三人とも同じ男の子のことが気になっているようだ。
「ちょ! そうじゃないって。亮介とは去年も同じクラスだっただけ」
「亮介だって。呼び捨てで呼ぶんだ」
あまり話に混じらないのもと思ってさやかが言った。悪戯な笑顔を作る。
「そういうさやかはどうなのよ」
でもそれが仇となってしまった。
「わ、私は別にいないかな」
自分の意中の人をみんなに知られるわけにはいかなかった。言ってしまえばすぐに噂になるからだ。優がそういうのは好きじゃないとさやかは知っている。
「ほんとさやかってポーカーフェイスだよね~」
「ずるいずるい」
「ひどいよ~~!!」
一方、亮介の方は誰が見ても人気者なのでそんな男の子のことを気になっているのはクラスの女子にとっては変なことではないのだ。噂になる心配など無い。
カナコたちと一緒に居ると亮介と接する機会は多い。彼がモテるのはさやかも納得している。
「あはは。いないんだからしょうがないじゃん」
さやかは苦笑でそれらに応答した。無論それは嘘。
いくらポーカーフェイスと言われようが顔に出ていないか不安になる。優といるときは自分でも頬が緩むのを自覚している。
「けど、一番可能性あるのはカナコだよね、ぶっちゃけ」
ユウカが言う。さやかから見てもたぶん亮介と一番仲がいい女の子はカナコだと思う。
「林間学校で告りなよ!」
「そうだよ。カナコなら大丈夫だよ」
「きっと両想いじゃないかな」
二人に便乗してさやかもカナコをおだてる。
「そ、そうかな~」
恥ずかしそうに身をよじるが、満更でもなさそうだった。
ちょうど良いタイミングでチャイムが鳴ってさやかたちはカーテンから出た。
自分にはそんな自信はまだないなと思った。
九月末、さやかたち○○小五年生たちは県内の山間部にやって来ていた。五泊六日の林間合宿のためだ。林間合宿は六年生の修学旅行よりも期間が長く小学生時代の最大イベントと言っても過言ではない。
今晩はご飯を食べた後、小川まで少し歩いてから蛍を観察することになっている。蛍なんか見たことないからさやかは楽しみにしている。
夕飯はあまりおいしくなかった。というか全体を通してご飯の評判は悪い。基本的に林間学校は楽しいことづくめなのだが食事だけはあまり楽しくないのだ。
だから蛍観察にはより一層期待が高まった。
優と一緒に見られればロマンチックだななんて想像が頭を駆け巡った。
基本的にクラス単位で動くからそういう感じではないのだろう。
けれどそういう雰囲気の中で少し離れて二人きりになれないかなと淡い期待を抱くのだった。
「カナコは誘われ待ちでしょ?」
「もう自分から行っちゃいなよ」
「う、うん……」
考えていることはみな同じ。ユウカとみなみはカナコの恋が成就することを応援している。
「私たちがタイミング作るからさ」
「ね? さやか!」
「え?! うん。もちろんだよ。任せておいて!」
自分は結婚すると約束しているからそんなに急ぐ必要は無い。大人になってからもう一度見に来ればいい。だから今日はカナコのサポートをしようと判断した。
そんな益体も無いことを考えながら歩いていると。
「わぁ!」
「すっご……」
「きれい……」
小川に向かっている途中までは全く見えなかったのに、突然視界に無数の黄色い光点が現れたのだ。光点の大きさはそれぞれ違っていて、明滅のタイミングもバラバラ。
けれどその無秩序さに情緒が感じられた。
普段うるさい男子たちも口数が減っていたように思う。
昼間に比べてかなり下がった気温とゆるやかに流れる小川の音が心地よかった。
しばらく散歩しながら観察する。
カナコたちはついでに亮介の姿を探す。しかしさやかだけは片手間にちらちらと優の姿を探していたのだった。
すると突然さやかの手が掴まれた。
そのままカナコたちから見えない位置まで強引に引っ張られてしまう。
その正体は亮介だった。
「その……さやかちゃん、カナコたちとずっと一緒にいるから…… ごめん」
亮介のもじもじした様子を見るとすぐにさやかはどういう状況か理解した。
「あの!」
告白させてしまう前に逃げようと思った。
「俺……さやかちゃんのこと……」
「きゃ!」
亮介の背後に長い紐のようなものが見えた。けれど紐なんて太さじゃない。
「どしたの?!!」
「あれ!!」
さやかの指さした先に、とぐろを巻いたヘビが頭だけを立たせてこちらを睨んでいた。
ヘビの姿を認めると亮介はさやかよりも後ずさりしてしまった。おびえて声が出ない様だ。
盾にされるさやか。
ずんずんとこちらに頭を伸ばしてくる。
足がすくんだ。
足元にある石ころを投げてみる。
しかしさやかの行為は帰ってヘビを怒らせてしまったようで、しゃーと威嚇をしてきた。
ヘビの頭とさやかの距離はもう三十センチほど。
次の瞬間、ヘビは加速してさやかめがけて噛みついてきた。
目を瞑る。
しかし噛みつかれた痛みはなかった。
ゆっくりと目を開けてみる。
目の前には優の背中。
素手でヘビと格闘していたのだ。
「ゆうくん! 危ないよぉ!!」
「大丈夫。こいつはアオダイショウ。毒はないよ。ほら」
頭を掴んでさやかの方へ向けてくる。毒がないととはいっても後ずさりしてしまう。やっぱり噛まれるは怖い。
「頭の形が丸っこいだろ? それに目がくりくりだから。こいつは大丈夫」
そう言いながら優は蛇を草むらの方へと逃がした。
ふうと胸をなでおろすさやか。
それを確認した亮介もさやかの背後から出てきた。
「おい亮介! なんでさやかを守ってやらなかったんだ!」
「……だって……」
優に指摘されて俯く亮介。
「そんなんでさややかに告白なんて百万年早い! さややかは俺と結婚するんだ!! お前なんかに渡さない」
さやかは優の宣言に胸を矢で貫かれたようだった。
その言葉を聞くと亮介はその場から逃げ出していった。
眩暈がした。力が抜けて腰が抜けた。
「さやか?」
「平気。安心して気が抜けただけ」
手を掴んできた優の手はとても大きく感じた。優の顔から目が離せなくなった。
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