第二十二話 転校生は許嫁
「……」
その男の問いかけには答えない七瀬。
「え? 知り合い?」
俺は七瀬に確認するが彼女は沈黙を守る。
「なんだか今日はご機嫌斜めみたいだね。プリンセス」
「プリンセス??????????!!!!!!!!」
教室中の生徒たちがどよめく。俺もそれほどではないがびっくりしている。いやびっくりしているというよりも少し引いている。
だが、教室中の黄色い声たちはこの男の風貌と雰囲気にあてられていて俺が感じている「引き」は感じていないらしい。
男子たちも俺と同じリアクションをしていた。
「……話しかけられてるみたいだけど、無視していいのか?」
念のため七瀬に確認を取るが、彼女は他人事の様に涼しい顔で言い放った。
「ええ。私とは関係が無い人ですから」
「関係が無いって?! ふん。ツンデレさんも困ったものだよ」
男は親指と人差し指の間をおでこに当てて大袈裟に嘆いている。
「ななs、東山のこと知ってるみたいだけど? どういう関係なんだ?」
俺は可憐のお願いをとっさに思い出して言い直す。
七瀬はそれに対して怪訝な顔をした。
そんなこともお構いなしにさわやか転校生は不敵に笑いだした。
「どういう関係って…… そりゃ、彼女は僕の許嫁だよ」
「許嫁?????????!!!!!!!!!!!」
今度は若干押され気味だった男子諸君が野太い声を上げた。
「へー、許嫁か。そうなんだ……………………って。えええぇぇえ?!」
さも当たり前かのように言う男と単純に仰天するクラスメイト、どちらが正しいのかを判断するのに時間がかかってしまった。
どうやら人は本当に驚いたとき固まってしまうらしい。
「そうさ、僕は彼女の、七瀬ちゃんの許嫁なんだ」
それを聞いて今度は七瀬の方が俯いて親指と人差し指の間を額に当てていた。
「そういう君は彼女とどういう関係なんだい?」
その口調はなぜか俺にだけあたりが強かった。
あたりが強いということとはあまり関係が無いと思うのだが、俺はその質問に少し答えあぐねる。
ついこの間までは「七瀬」と下の名前で呼んでいたが、それが親密さを表しているわけでもない。
まぁ、名字で呼ぶと違和感を感じるからある程度は定着してしまっていたのかもしれないけど。
かといって、全くの他人というわけでもない。
俺はこいつとの関係性をなんて表せばいいか分からなかった。
こいつの事、「七瀬」と呼ぶ機会ももう無いだろうし。
「どんな関係って…… ただのクラスメイトだよ」
結局、ひねり出したのがそんな言葉だった。
その言葉に七瀬の身体がぴくっと反応した。
「ただのクラスメイトならやすやすと七瀬ちゃんに近づくのはやめてもらおうかなぁ」
「はぁ? ただ席が近いだけだろうがよぉ」
俺は男の分かりやすい挑発に乗せられてしまう。特に七瀬に特別な感情なんてないはずなのに。
というかこの男が単純に突っかかってきたからだ。
「じゃあこれからは後ろを向いて彼女と話さないでくれるかなぁ? 彼女は僕の婚約者なんだからさぁ」
「はぁ? 別にクラスメイトと会話するくらい普通だろうが?!」
「彼女がこんなみすぼらしい男と話すような女性ではないってことだけは言えるけどね?」
「てめぇ。それどういう意味だ?」
どんどん口喧嘩はヒートアップしていく。転校生の言い方にはいちいち棘があって気に食わねえ。
その捲し立て合いは勢いを増し、俺もだんだんと熱くなる。
しかしそれは次の瞬間、教室に一音で二発の打撃音が響いたことにより無残にもその熱は一気に冷却していくことになる。
顔を真っ赤にした七瀬は両拳で俺と転校生の顔面を寸分のタイミングをずらさずにぶん殴ったのだった。
「いってええ! 何すんだよ!!」
「いったいけど、ツンデレさんだもんね!☆ 殴られても幸せ!!」
転校生はもう一発殴られていた。
同時にホームルームが始まるチャイムが鳴った。
授業が終わってから転校生に声をかけられる。
「さっきはごめんね。僕もちょっと言い過ぎてしまったよ。七瀬ちゃんを取られたくなかったからつい」
そう言いながら転校生は手を差し出してくる。
その物言いには先ほどの悪意は感じなくて俺は握手に応じることにした。
「じゃあ、改めて。神藤儀隆だ。これからよろしくね」
神藤の手を取り俺も自己紹介をする。
「佐渡優だ。よろしく」
「ああ。よろしく」
神藤は笑顔のままだったが俺の手には徐々に力が加わっていく。こいつ……
俺も負けじと対抗して握り返す。
顔には出ていなかっただけでばっちり悪意があったようだった。
「こちらこそ。よろしくなぁ!!」
数十秒お互いの手を握り合った後、神藤は七瀬の方へと走っていった。
「ムカつく奴」
神藤か、あいつも七瀬や可憐と同じくらいの金持ちなんだろうな。
ま、あいつらが婚約してようがなかろうが俺には関係ない。
「いってぇ」
俺は自分の手を抑えながら帰った。
翌朝の通学路。
「昨日、うちのクラスに転校生が来てさ」
「珍しいね。こんな時期に」
「話題になっていましたわね」
クラスが違うと言えどやはり転校生の話題というのはすぐに広がるようだ。
「それがすごいイケメンでさ。教室の女子たちがキャーキャーと」
俺は昨日あったことを二人に話す。
「そんなこと気にする必要なんてないですわ。優様は私にとって一番かっこいいのですから」
ほんと真顔で恥ずかしいこと言うなぁ。可憐は……
さやかも顔押さえてるじゃん。
「いや、そいつがさ東山の許嫁だって言い出して」
「東山さん?」
「ゆうくん」
さやかが目で訴えてきたから、ちゃんと二人に分かるように話す。
「大きな会社の令嬢ってのは共通してるから、可憐にも許嫁っているのかなって不安になってさ」
「そ、そういうことでしたのね? 安心してください! うちは代々恋愛結婚ですのよ。だからこのままいけば私と優様で……」
「そこまではまだ考えてないって」
笑ってごまかす。
「そうですわね。まだ早いですわよね。うふふ」
可憐も子供の様な笑顔を見せる。
「にしても、許嫁ってホントにいるんだねー? 私、漫画でしか見たことないよー」
「ほんとそうだよな」
さやかの発言に俺も同意する。
「財閥の方々はお見合い結婚や許婚がメジャーではありますわね」
「そうなんだ!! じゃあ可憐ちゃんの家は珍しい部類なんだね」
「そうかもしれないですわね」
まあ、俺含めて三人とも結婚なんてまだ考えられる年齢ではないと思う。
母さんは俺が小さい頃に離婚しているから、結婚自体のイメージもあまり浮かぶものでは無かった。
俺も気を使って母さんにはそういう質問はしてこなかったし、今後もするつもりはない。
ただ、さやかの家を見ている感想としてはとても幸せな家族だなと思うことはたまにある。
可憐のお父さんと話した感じからしても、それはおそらく可憐の家も。
そこにお金持ちとか財閥とかそういうのはあまり関係ないのだろう。
だとしたらあいつはどうなんだろう。
三人で登校しているとふとそんな考えが頭の片隅に浮かんだ。
「じゃあ!」
手を振っていくさやかを可憐と二人で見送る。
その日の登校は二人とそんな話をしてなんとなく「いつもどおり」と感じる朝であった。
けれど、そのつかの間の「いつもどおり」は早々に破綻することになる。
その日、一時間目の授業が終わってトイレに行こうとした瞬間だった。
教室を出た途端、首元に凄まじい力が掛けられて強制お辞儀みたいな形になってしまう。
その力の正体を確かめようとネクタイの先へと目をたどっていくと、掴んでいたのは東山七瀬の手だった。
「ちょ、いきなり何すんだよ! 離せっ!!」
「静かにしなさい!」
「っ! どこ連れてくんだよ!!」
ネクタイを掴まれたまま強制的に連れてこられた場所は俺が少し前まで利用していた場所だった。
この場所は車通学がメジャーなこの星聖学園で一人だけ自転車通学をすると言った俺にあてがわれた専用の自転車置き場。もともと学園側は自転車通学なんてのは想定しておらず、この空きスペースに止めておいてくれと言われたのだ。
今は可憐と徒歩で通学しているためそこには俺の自転車は止められていない。
こいつと初めて会ったのもこの場所だったっけ。
「なんなんだよ! いきなり!!」
「話がありますの」
「話?」
東山七瀬の目からは真面目な話なんだなということだけは分かった。
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