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第二十話 仲直り

「ねぇ、今まで誰と何してたの?」


 いつもと同じように帰宅するこの時間の俺の家には誰もいなくて真っ暗で、ドアを閉められた瞬間からさやかの姿は見えなかった。


 その暗闇の中で呟くような声すらも響いているように大きく聞こえた。


「大したことじゃねーよ」


 とりあえず話があるならと居間の方へ移動しようとすると手首を掴まれた。


「大したことだよ!!」


 しかしさやかは異常に怒っているようだった。その声の質からそれくらいは分かる。


「可憐ちゃん!! 泣いてたんだよ?!」


「え?」


 可憐に対して罪悪感を感じていたとことに加え、その事実を面と向かって伝えられると言葉を失ってしまった。


「今日、東山七瀬と一緒にいたんでしょ?」


「それは……」


 さやかに言い当てられて絶句している俺はさらに口をつぐんでしまう。


 さやかはさらに捲し立てる。


「可憐ちゃんの誘いを断っておいて、なんで他の女の子と一緒にいるの!!!」


 室内に滞留していたじめっとした空気は全く動くことなく、さやかのけたたましい声だけがその場を制圧した。


「可憐ちゃん、私に泣きながら電話してきたんだよ?! ゆうくんに嫌われたかもって!」


 俺が弁解を試みようにもさやかは息継ぎをせずに次々に言葉を浴びせてくる。


「私言ったよね?! 可憐ちゃん、泣かせたら許さないって!」


 そこまで言ってさやかの言葉は途切れた。


「さやか、それには理由があるんだって」


「なんでその理由を可憐ちゃんに言ってあげないの?!」


「……」


 その言葉にまた俺は唖然として喉が閉まる。


 確かに、さやかの言う通りだった。


「ごめん」


 事情があるなら素直に説明すればよかったと思う。


「私に謝っても意味ないよ」


「そうだな……」


 数秒間沈黙した後さやかが口を開いた。


「ねえ? ゆうくんはさ、可憐ちゃんのこと好きなんだよね?」


「……ああ、好きだよ」


「じゃあ、そう言ってあげて」


 何とかさやかに事情を説明し、さやかも理解をしてくれた。


 居間に移動して部屋の電気をつけた。同時に窓は開けずにエアコンのスイッチを入れた。


「じゃあ、東山さんとは何もないんだよね?」


「ああ、あいつのことは何とも思ってない」


「じゃあ、はい」


 さやかはスマートフォンを俺に差し出した。


「もう遅いから話すのは明日にして今日はメッセージを送ってあげて」


「……なんて送ればいい……?」


 俺はスマホを渡されて固まってしまった。


 自分でも情けないと思う。さっきまであんなに怒っていたさやかに甘えてしまったことに。


「はぁ…… ゆうくん彼氏としての自覚ある?!」


 さやかは謝罪すること、詳しい話は明日すること、可憐のことが好きであることという三点を抑えて書けばいいと教えてくれた。


 さやかにそう言われて慣れない手つきで可憐へのメッセージを作成する。


 メッセージアプリにしては少し長いような文面を完成させてさやかに見せる。


 さやかはため息をつきながら添削をしてくれてメッセージは完成した。


「ゆうくんさ」


 その声でスマートフォンに目を向けていた俺に自分を向くように促す。


「ん?」


「私と約束してくれる? 可憐ちゃんとちゃんと付き合うって」


 さやかはそれまでの呆れたような声音とは打って変わって、消え入りそうなはかなげな声でそう呟いた。


「分かった」


 俺は慎重に頷く。


 約束か……


 可憐とも約束をしていることをその言葉に思い出さされた。


「じゃあ! もう大丈夫だね!」


 するとさやかは俺の背中をばっちんとはたき、満面の笑みを見せた。


 その表情の変化に俺は戸惑ってしまう。


「さやかはなんでこんなことまでしてくれるんだ」


 怒っているのなら俺となんて話したくないはずだし、可憐へ送るメッセージの添削までするような義理は無いはずだ。


 中学の時、さやかのカバンにゴキブリのおもちゃを仕込んだときはブチギレて一週間ほど口を聞いてくれなかったことがあった。


 さっきのはその時と同じくらいの声の大きさとトーンだった。


「それは…… ゆうくんは知らなくていいかな」


 でもその本質はただ怒っているというだけのものでは無いようだとこの時の俺は感じていた。


 わずかな笑みを浮かべるとさやかは玄関に向かった。


「さやか!」


「なに?」


 さやかはサンダルを履きながら振り返った。


「いや、なんでもない」


 さやかがあそこまで激怒した理由を聞こうと思ったがやめた。


 なんとなく、さやかが聞いてほしくないって言っているような気がしたから。


 翌朝、可憐に示しがつかないということで今日はこれまでとは逆に俺が可憐の家の前で待ったらどうだとさやかに提案された。


「優様……」


 門から出てきた可憐はやはりいつもより元気が無いようだった。


「可憐、ごめん!」


 俺は深く頭を下げて可憐を不安にさせてしまったことを謝った。


 そして、七瀬の野良猫の世話を手伝っていたこと、その猫の具合が悪くなって動物病院に連れて行ったこと、七瀬がテンパっていて猫を放っておくわけにはいかなかったことを説明した。


 一通り説明し終わった後、可憐はにこっと微笑んだ。


「やっぱり、優様は優様ですのね」


「え?」


「そのお名前の通り、優様は優しい方です」


 安心した表情を見せ、可憐は俺が好きな表情に戻ってくれた。


 上品だけど子供っぽさのある笑顔に。


「私を助けていただいた時もそうですし。優様は困っている人を見かけたら助けられずにはいられない。そういうところが私が優様を好きになった理由です」


「……そっか」


「もう一つだけ、伺ってもいいですか?」


「なんだ?」


「東山様のことはなぜ下の名前でお呼びになられているのですか?」


 改まった声音で聞かれたから身構えていたけれど聞かれた内容に拍子抜けしてしまった。なぜそんなことを聞くのだろうかと疑問に思ったが素直に答えることにした。


「なんかあいつがそう呼べって。お前って呼ばれるのが嫌らしい」


「では下の名前で呼ぶ必要というのは無いのですか?」


「まあ、確かにそう言われればそうだな」


「優様!」


 突然可憐はそれまでより一段階大きな声で俺を呼び掛けた。


「私も、不安になったり優様の事情も知らず迷惑をかけてしまい申し訳ありませんでした」


「可憐は悪くないよ。ちゃんと説明しなかった俺が悪いんだし」


「いえ、私にも非があります」


「可憐が謝る必要なんかないよ」


「ふふ。やっぱり優様なのですね」


 可憐はくすっと笑ってから、俺の腕に飛びついてきた。


 もう真夏といえばそんな時期なのに、可憐の肌はすべすべだった。


「では、一つだけわがままを言ってもよいですか?」


「よし、なんでもいいぞ」


 この際可憐との信頼関係を回復するためにはなんだってすると思って二つ返事でうなずいた。


「下の名前で呼ぶの、私だけにしていただけませんか?」


「ええ?!」


「もちろん、さやかさんは例外で」


 悪戯っ子のような表情をして可憐はそのまま学校に向かって歩き出した。


 たまに見せるその表情がこれほどにないほど俺の心を射止めて。


 その顔を見ればじわりと幸せがこみあげてくる。


 そして久々といえば久々に二人での登校となった。


 初めて放課後にデートをした総合公園のプロムナードを通過する。このプロムナードは近隣の学生の通学路として利用されている。


 もっとも、車通学がほとんどを占める星聖学園の生徒は全く利用する機会は無いのだろうが。


 俺たち二人と同じ制服を着ている学生は周りにはいなかった。


 あいつと猫の世話をする機会ももうないのだろう。


 しばらくは動物病院で世話をしてもらえるそうなので俺がそこまで気に病む必要はないのかもしれない。


「あれ? お兄ちゃん今日は別の女の人?」


 振り向くと赤いランドセルを背負った少女がいた。


「あ! あの時の!!」


「優様?! 別の女の人ってどういうことですか?」


 可憐の表情はさっきまでと同様にニコニコしていたのだが、その声は聞いたことが無いものであり、マグマが噴火する寸前のような、あるいは薬缶が沸騰する寸前のように震えていた。


「お兄ちゃんモテるんだね。羨まし~」


 その小学校低学年くらいの少女は火に油を注ぐかの如く俺を指さす。


「優様!!!!!!!!!!」


「違うってえええ~~~~!!!!」


 激昂した可憐の誤解を解くのに苦労したのは言うまでもない。


今日も読んでくださりありがとうございました!!

「おもしろい!」「続きが読みたい!」と思ってくださった方はぜひブクマよろしくお願いします。


そのほか評価や感想もお待ちしております!!

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