第十六話 ゆうくんのバカ
日曜日。可憐が提案してくれた俺の回復お祝いという名目で俺とさやかは再び花澤家の豪邸にお邪魔するべく、今日は徒歩で向かっている。
「いや~~ それにしてもゆうくん、体調戻ってよかったね」
「おかげさまでな」
さやかはあれ以来すっかり可憐と仲が深まったようで頻繁に連絡を取り合っているそうだ。
「でも倒れたって聞いたときはほんとにびっくりしちゃったよ。スマホ落としちゃったし。ほらここ、傷ついてるでしょ?」
さやかは自分のスマホを俺に見せてくる。
指さす個所を見てみると言った通り少し傷がついていた。
「大袈裟なんだって。さやかは昔から心配性すぎるんだよ」
小学校の時は結構血の気の多いガキだったから、かすり傷のようなちょっとした怪我が多かった。今思えばそれも男の勲章なんだけど、さやかはそのたんびにぎゃあぎゃあ泣いていた。
「それはゆうくんが向こう見ずすぎるのがいけないんだよ! 大体子供のころから自分のキャパ考えずに喧嘩とかしちゃってさ!!」
「それ言うのは反則だって……」
頭に思い浮かべていたことをしっかり言い当てられてしまい、顔が真っ赤になる。
「だからもう私に心配かけないで!」
「分かった分かった」
目を逸らして歩調を早めるが、さやかは追いついてきて抗議してくる。
「全然分かってないじゃん!」
「さやかさぁ、駅前にできた新しいケーキ屋知ってるか?」
「え? 何? 奢ってくれるの?」
こういう時のさやかはめんどくさいけど、俺は長年の成果によってその対処法を見つけている。
「今日は可憐の家で食べるんだから、また今度な」
「はーい」
さやかは一般的に言うアホの子なのだ。
そんなこんなで可憐の家に着いた。
「なんで、こんなところに居るんだよ」
「わたくしが休日にどこに居ようと勝手でしょ?」
案内された庭では、七瀬が腕を組んで座っていた。
「東山様、先日は行かないって言ってましたが、やっぱり優様の回復をお祝いしたいようだったので招待しました」
可憐が説明してくれるけど、七瀬は首を縦に振らない。
「き、気が変わったのです」
「ま、いいけどよ」
まあ、人数は多い方が楽しいか。
今から帰れって言うのも失礼だろうし。
「えっと……」
「さやかさんは彼女とは初対面でしたね。こちら東山七瀬様。私と優様のお友達です」
「友達ではない」「友達ではありませんわ」
七瀬と謎のシンクロをしてしまい、俺は居心地が悪くなってしまって目を逸らした。
不思議なものを見るかのような顔をしているがさやかは自己紹介をする。
「大橋さやかです。ゆうくんの幼馴染です」
「ゆうくん?!!!」
七瀬が「そこに反応するか?」っていうところで反応して俺に文句を言ってくる。
「あなたのまわりにはなぜそのような図々しい女性ばかりいるのでしょうか……」
「図々しいってなんだよ」
変な物言いが理解できずに聞き返したけどそれは可憐の声でうやむやになる。
「さて、全員揃ったことですし、皆さん席に着きましょう」
予想外の珍客のせいで気を取られていたが、可憐の声に目の前の光景がはっきりとした。
しっかりと調整された木々が立ち並び、太陽の光を浴びた色とりどりの花たちがこちらを向いている。
さながら映画で見るような西洋風の庭園に、白いテーブルと椅子がいくつか置いてある。
大体慣れてきたから口に出すレベルまではいかないけど、心の中でめちゃくちゃ驚いていた。
ひとつの丸いテーブルに七瀬と向かい合う形で座った。俺の隣に可憐とさやかが腰かけた。
しばらくするとメイドの人がケーキと紅茶を運んできてくれた。
「わ~! おいしそー!!」
さやかが子供の様にはしゃいでスマホでケーキの撮影を始めた。甘いものには目が無いさやかである。
「花澤家のシェフが腕を振るって作りましたから。絶品ですのよ」
ニコッと微笑んで可憐はそのケーキを褒める。
メイドの人が四人それぞれに紅茶を注いでくれる。
さやかは今度はそれに目を奪われてしまい、ティーセットの撮影に移っている。
「さあ、みなさん。召し上がれ」
可憐の合図で、俺たち四人のアフタヌーンティーが始まった。
「いただきます」
俺も甘いものは嫌いじゃないからケーキの先の方にフォークを入れて一口。
「うめぇ……」
「満足いただけて私、安心です。さ、どんどん召し上がってくださいね」
可憐がそう言ってくれて俺は絶品ケーキを次々に口へと運んでいく。
多分、俺が花澤家に生まれていたらメタボリック一直線だっただろう。
さやかも「おいしー!!」と小学生並みの感想しか言ってないけど、楽しんでいるようだ。
「……まあまあね」
けれど一人だけ、空気の読めない人がいた。
「お口に合いませんでしたか?」
可憐が尋ねると七瀬はこんなことを言う。
「わたくしの家の専属パティシエが作ったほうが上ですわね」
「専属パティシエ……」
聞きなれない単語にさやかは戦慄している。
脚を組みなおした七瀬はティーカップをもって一口飲むとまた余計なことを言う。
「わたくし、ダージリンの方が好みなのですが」
「せっかく招待してもらったんだから、それくらい我慢しろよ」
せっかくのアフタヌーンティーという貴重な時間を七瀬の文句で奪われたくなかった。
「事実を言っているだけですのよ。お気になさらず」
「お前なぁ!」
「あー!! ちょっと! 喧嘩はやめようよ!」
さやかに止められて、俺の言葉も場の雰囲気を悪くしていることに気付いた。
「わ、悪い」
「……」
初めの方にそういうことはあったのだが、その後一転しては大きなことは無くまったりとした時間が流れた。
「はい。優様。あーん」
「あーん」
「ちょっと!!」
可憐に今日は俺のための日だからと言われて半ば無理やり甘えさせられていたところ、七瀬がそれを止めてきた。
「なんだよ」
「な、なんでもありません」
目線を逸らされ、また脚を組みながら紅茶を飲み始める七瀬。
俺はケーキおかわり自由とかいう天国みたいな状況を存分に堪能して、もう三ピース目のケーキに着手している。
「ゆうくん、口にクリームついてるよ」
自分で拭く前にさやかに口元をぬぐわれてしまう。
流石に少し恥ずかしかったけど、ケーキと紅茶がうますぎてもうなんかそんなことはどうでもよくなっていた。
「ちょ! あなた! さっきからだらしないですのよ!!!」
「別にいつもと変わらねーよ」
「もう! なんでそんな緩んだ顔してるのよ!!」
「いや、こんなケーキ食べたらほっぺたもとろけるもんだろ」
「とにかく! もっとしゃきっとしなさいよ!!」
「うるさいなぁ」
太陽は徐々に落ちてきて、血中の糖度が上がってきて瞼も徐々に落ちてくる。
俺は五つ目のケーキの途中で満足してしまい残りを七瀬にあげることにした。
「七瀬もケーキもっと食べれば? 一個しか食ってないだろ」
言いながら半分食べたケーキが乗った皿を七瀬に差し出す。
「はぁ?! 何言ってるのよ!! あなたの食べ残しなんてごめんよ!! それにケーキ二つも食べたら太るわよ!!」
「はぁ? 全然細くてスタイル良いんだからケーキ二つくらい平気だろ?」
「はぁあああ?!!!!!! あなた何言ってるか分かっているのかしら??????」
なぜだか分からないが顔を真っ赤にして怒っている七瀬。
目はもうぐるぐる回っていてこれ以上会話にならなさそうだ。
「さやかさん、ちょっと」
可憐がさやかの耳に手を当てて何か伝えている。
それが終わるとさやかは俺に質問してくる。
「ゆうくんと東山さんってすごく仲いいんだね」
「え?」
「さっきからずっと二人で話してるし」
「別に二人で話してたわけじゃないけど……」
聞いてくるさやかの眉はなぜかいつもよりキリっとしている。
「可憐ちゃんとも話してあげたら?」
「いや、まあ。うん、そうだな」
自分の中で可憐と話してないという感覚は無かったのだが、曖昧な返事をしてしまう。
「可憐ちゃんも」
「ええ」
それから終わるまでは楽しいアフタヌーンティーが続き、午後五時くらいに解散となった。
さやかとは家が隣同士なので帰りも一緒である。
「ゆうくん、彼女持ちって自覚ある?」
さやからしくないはっきりとした語調で尋ねてくる。
「なんだよ急に?」
「可憐ちゃんの前で他の女の子褒めるのは良くないよ」
「他の女の子を褒める? なんだそれ」
内容に心当たりはないけれど、さやかが腰に手を当てているということは説教モードということだ。
「気づいてないの? 今日、ゆうくん東山さんの事細くてスタイル良いって」
「それは別に褒めてたわけじゃないけど」
見た目の事実を言ったまで、という感覚だった。けどどうやらそれは良くなかったらしい。
「いや、あんなの褒めてる以外の何物でもないよ!」
「ご、ごめん」
「可憐ちゃんが同級生の男の子をかっこいいっ言ってたら、どんな気持ちになる?」
さやかに言われてそれを想像してみると、もやもやして少し不安になった。
「しかも可憐ちゃん、グラマーなタイプなんだから」
確かに可憐は頭から足まで平らな七瀬とは対照的に出るとこは出ている。
可憐が俺とは違う男の特徴を褒めているところを想像してみるとさっきの数倍はもやもやした。
「分かった。気を付けるよ」
「可憐ちゃん泣かせたら許さないよ!」
さやかはバチンと俺の背中を叩いてくる。
それはいつも説教モードの終わりを意味している。
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