第十五話 優様のバカ
週明けの月曜日、いつも通り学校へ行くと俺専用駐輪場で七瀬が待っていた。
スカートから伸びた脚はすらっと長くて、やっぱり見てくれだけはそこら辺の芸能人を超えている。
「遅い!!」
「どうしたんだよ。またこんなところで」
例によってその場所には俺と七瀬の二人しかいない。
「あなたを待っていたんです」
「え? 俺を?」
「例の勝負の件です」
七瀬に残りの三科目のテストを受けさせられた日にその件の取扱に関して疑問を抱いていたのだが、彼女の方から言いたいことがあるようだった。
俺は黙って彼女の話を聞くことにした。
「中間試験の結果、わたくしがすべての科目であなたに及ばなかったのは事実です」
「七瀬にしては素直だな」
「最後まで話を聞きなさい!」
俺が自転車に鍵をかけたのを見て彼女は校舎の方に足を向けた。
それを追いかけて話の続きを聞く。
「一昨日の件と横断歩道での件に関してはまだわたくしの怒りは収まっていません」
「その件に関しては、改めて謝る」
しかし俺の謝罪は無視して彼女は続ける。
「そこで、一つ取引があります」
「取引?」
「わたくしへの無礼を容赦する代わりに、中間試験で勝った方が負けた方になんでも命令できる、その権利を破棄していただく」
特に命令内容を決めていたわけではなかったから、願ったり叶ったりの提案内容だった。
しかし、そんな回りくどいやり方が彼女らしくなかったことに疑問を覚えた。
「それは別にいいけど、なんでわざわざそんなこと言いに来たんだよ」
「あなた、いえ、性犯罪者にそのような権利を与えておくとわたくしの貞操が危ないということに気付いたのです。無断で胸を触ったりキスをしてきたりするような男に身の危険を感じまして。なのでわたくしの怒りを優先するよりはそちらの方がマシだろうと判断しました」
それを聞いて俺は開いた口が塞がらなかった。
「俺がそんなことするはずないだろ!!!!!」
「いいえ。あなたがわたくしのあまりの美しさに誘惑されてしまっているのはもう分かっていますから」
「誘惑なんかされてねーよ!」
「わたくしの美しさを認めていただけているのは悪い気はしませんからね。今回の件は水に流します」
「こっちのセリフだよ!!」
必死に抗議しても七瀬のよく分からない思い込みは解けなかった。
教室の前までたどり着くと、七瀬とは違うベクトルの美少女が待っていた。
彼女は見た目ももちろんなんだけど、中身が超絶美少女なのだ。
「優様!!」
七瀬の声とは対照的な柔らかな声がして俺の耳は浄化される。
「おはようございます」
「おはよう、可憐」
俺はそれまでの表情をかき消すようにさわやかな笑顔で可憐に挨拶する。
「東山、さま?」
俺が七瀬と一緒にいることに可憐は疑問を抱いたようだった。
「ああ、偶然会ってさ」
「偶然?!」
七瀬は俺の言葉に声をひっくり返らせる。
こいつ俺のことを待ち伏せしてたしな。
「か、可憐も今日は早いな。朝弱いんじゃなかったっけ」
それを隠すように俺は可憐に尋ねる。
「優様に早く会いたくって。早起きがんばっているんですよ!」
そう言うと可憐は俺の左腕を掴んで腕を絡ませてきた。
その行動に七瀬は眉をひそめる。
「ちょ! 学園でそのような破廉恥な行為は!!」
七瀬は可憐の腕を俺から引き剥がす。
「何も破廉恥なことはありませんのよ? 私と優様は正式に交際しているのですから」
「ええええええええええええ!!!!」
一瞬の間が確かにあったのだが、直後に七瀬は廊下中に響くような声で驚愕した。
「ぅるせえよ……」
「鼓膜が破れたかと思いましたわ」
ふたりで自分の耳を案じていると、七瀬に刺すような眼差しを向けられた。
「あなた、この女と交際しているって本当なの?」
「まあ、本当だけど」
「……今すぐ別れてください!!」
「なんでだよ! いきなり!!」
「ラブラブな私と優様に嫉妬してしまいましたか??」
可憐が小悪魔的な表情で笑うと、それに反比例して七瀬の表情は怒りを見せる。
「し、嫉妬なんかするわけないでしょ!!」
「まあ、ちょっと落ち着けって。可憐は俺になんか用があったんじゃないのか?」
真っ赤になった七瀬を宥めて、とりあえず可憐の話を聞くことにした。
七瀬は首を背けているが耳だけはこちらを向けている。
「ええ。優様の体調も落ち着いたことですし、ご回復のお祝いパーティーを行いたいと思うのです。さやかさんもごいっしょに」
「お祝いパーティー?!!」
さっきの七瀬みたいに声がひっくり返ってしまう俺。
体調が良くなっただけでパーティーだと?! 初めて可憐の家にお邪魔したときのことを思い出してしまう。
あの時は高級でブルジョアな感じに気圧されてすごい疲れてしまったのだ。
「優様は何か思い違いしているようですね? 先月のような立食パーティーではなくて、仲間内でお菓子でもいただこうというくらいのものです」
可憐の言ったことで俺の心配は無くなって気分は楽になった。
「そ、そういうことか。びっくりしたよ。そういうことならぜひお邪魔しようかな」
「はい! ぜひ! 東山様もいかがですか?」
「へ?」
七瀬は聞いてはいたものの自分の方へと話が向くのを想定していなかったようで、変な声を出す。
すると思い出したかのように可憐の提案を否定する。
「い、行かないわよ!!」
一言だけ残すと七瀬はそそくさと教室に入っていった。
「なぜ、あんなに怒っているのでしょう?」
「ほんとだよな」
それからお互いに都合のいい日を確認し合って、チャイムが鳴った。
「では、また放課後」
「うん。また」
さやかにはすでにメールで伝えてあるみたいでさやかの予定も考慮して日程を確認してくれていた。
可憐は勉強こそ苦手だけど、そういう細かいところに気を回すのは得意なのかもしれない。
放課後、久しぶりに可憐と二人きりになった。
特に行きたいところとか、やりたいことというのは無かったけど、俺の体調のことで心配をかけたことを謝りたかったのだ。
ママチャリを押しながら、正門へと向かう。
「こうして、二人きりになるのは久しぶりですね」
可憐は普段の比じゃないくらいに俺の腕につかまってきて、これでもかっていうくらい甘えたような表情をする。
その表情は見てて癒されるし、そうであって元気も出てくる。そんな笑顔なのだ。
「そうだな」
テストの翌週、つまり先週は可憐と会わなかったがその期間以上に久しぶりだという感覚があった。
「優様は東山様と仲が良いのですね」
「え? 別に全然仲良くないけど?」
可憐が突拍子もなくそんなことを言ってくる。
「先週、授業が終わるたびに仲良さげに話していませんでした? 今朝も一緒にいましたし」
可憐は笑顔のまま聞いてくる。
七瀬は中間試験の答案が返されるたびに俺に見せてきた。可憐はたぶんそれを見ていたのかもしれない。
「休み時間に優様の教室へと伺っていたのですが、話しかけようにも話しかけられなかったのです」
「あれは…… 別に仲良さげに話していたわけじゃないよ」
言葉通りの意味だ。むしろ俺としてもうんざりしていた節があるけど、わざわざ話すようなことじゃなかった。
「そう……ですか」
「七瀬のことは今はいいから」
「ななせ……」
「どうかしたか?」
「いえ。なんでもありません」
可憐はさっきよりも俺に引っ付いてきた。自転車を押しにくいくらいだ。
「どうしたんだよ。いきなり」
「優様を独り占めしたいんです」
「そんなことしなくても逃げないって」
これまで以上に甘えられて恥ずかしくなてしまって俺はそれを苦笑でごまかす。
「あ」
正門の前あたりまで来ると、歩いている七瀬の姿が目に入った。
「どうされました?」
「七瀬ってさ、可憐みたいに車登校じゃないのか?」
「どうしてそんなことを私に聞くのですか?」
「いや、あいつの家も可憐と同じくらい金持ちだろ? だから徒歩で学校出ていくから疑問に思ってさ」
「私に聞かれても、分かりません!」
可憐はなぜか不機嫌声で否定するも、ずっと俺の腕に引っ付いたままだった。
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