31話 そして俺たちは、この世界で生きていく
何となく見覚えのある景色が目の前に広がっていた。
あの日、所々崩れ落ちていた壁は綺麗に修復されていて、その壁の向こう側にはビル達が互いに天を掴むかのような勢いで立ち並んでいる。
荒野の道の脇に車を停めて、レイジは大きく息を吐いた。
やっと、ここまで戻って来られた。
正直言って、滅茶苦茶な旅路だったと思う。
あの日、登録認証した魂樹と呼ばれる機器は、便利なアプリが満載のスマートフォンだった。その辺の知識が、いつも通り降ってきた時に何となく納得した。
たぶん俺の頭に知識を降らせる何者かは、このスマートフォンがある世界の意識なんだろうな、って。
そのスマートフォンの中にマップアプリがあって、自分の位置。それから目的地として思い描いていた場所が、直線距離で一万三千キロ離れていることが分かった。
もうね、頭が真っ白になったよ。
俺、ドラゴンにどんだけ遠くまで運ばれたのだろう……と。
まず最初に立ちはだかったのが、海だった。
マップアプリでは、道がない場合は目的地までまっすぐ線が延びている。その場合、どれだけ迂回してもまっすぐ目的地を指し続けてくれる。
それを利用した。
魔法を使って海面を凍らせながら、全速力で走り続けた。
いや自分でも馬鹿やったと思う。
でもその時は、魔法が普通に使えるようになったことが、とっても嬉しかったんだよ。それまで生活魔法使っただけで、猛烈な威力の魔法が発動していたのに、普通の種火とか水流、微風が使えたんだもの。
逆に感覚が覚えているから、猛烈な威力の魔法も使える。
さらに嬉しいことに、使っても魔力が回復する体になっていたんだ。
当然ながら海域によっては魔獣のテリトリーに被っていて、普通に海の大型魔獣に襲われたりしたよ。ただそこは、空いている片手で魔法をぶっ放せば、それほど脅威にはならなかった。
時折、発見した島に寄って食事と休憩、襲ってくる魔獣を殲滅しながら、一週間ほどで見慣れた海岸まで戻ってきた。
まず驚いたのが、ガンドゥン帝国が滅亡していたことか。たまたま上陸した場所が、ガンドゥン帝国の跡地だった。
かつて栄華を極めていた帝国は見る影もなく、瓦礫と化した土地の跡が眼前に広がっていた。
所々人の気配がするのは、まだここで生活している人が居るからか……いずれにしても、国としての体を為していなかった。
ここはある意味レイジが生まれる原因になった、あの女帝が治めていた国であり、アンジェリーナと出会った場所でもある。
もう恨みはないけれど、何だかとても悲しい気持ちになった。
その瓦礫の都市から、それなりに程度がいい車を発掘して、アンジェリーナが楽しそうに説明してくれた車の構造を思い出しながら、少しずつ修復していく。
運がいいことに、そこは近くに廃車がたくさん埋もれている場所があって、半月ほどかかったけれど何とか動く車が出来た。
いや……聞きかじっただけじゃ、やっぱり修理は難しいんだなって。正直途中からは、破れかぶれの気持ちで修理していた。
動くようになったのは奇跡だと思う。
そこからはスマートフォンのナビに道が表示されていた。
最初に目指したのは、シンジュクの街。かつてレイジが滅ぼしてしまった街だ。
ここは見事に復興していた。
記憶の通り、高いビルが建ち並び、多くの人で賑わっていた。
冒険者ギルドは、探索者ギルドに名前が変わっていた。と言っても業務内容は変わっていなかったので、新規登録して貰って素材の買い取りもして貰う。
そして驚いたことに、探索者ギルドのギルド証はレイジの持っているスマートフォン、魂樹にアプリという形で追加された。楽になったものだ。
買い取り素材に海洋産の珍しい素材を出したところ、鑑定に数日かかると言われて久しぶりのシンジュクの街をじっくりと観光した。
街は、前以上に栄えていた。
やっぱり人間は、逆境に立たされても負けないんだなって、心の底から思ったね。
それにはレイジも持っているスマートフォン、魂樹の影響が大きいようだ。
人間も魔力を得て、魔法が使えるようになった。
それだけで人間の生活が豊かになって、さらに都市が発展しているようだ。
かつてのガンドゥン帝国が渇望し、目指していた未来が目の前に展開されていた。その帝国が衰退しているのだから、皮肉なものだ。
ある程度の物資を調達した後、シンジュクの街西門からレイジが産まれたあの都市へ、ゆっくりと車を走らせた……。
「オオエド皇国へようこそ。こちらの端末に魂樹の提示をお願いします。無い場合は脇の兵務所で魂樹の新規取得、及び滞在申請を行ってください。
我が国では、出国の際に出国税をいただく形になっています」
レイジは門兵が持っていたタブレット端末に、自分のスマートフォンをかざした。門兵が頷いていたので、問題なく処理できたらしい。
知らないうちに、ハイテクになったものだな……。
「探索者の方であれば、素材の納入により納める税金によって、出国税が免除されます。
まずは、国内各所にあるダンジョンに潜り、そちらで素材を収集することをお勧めいたします。
それでは、オオエド皇国へようこそ!」
こうして俺は、自分の産まれた場所まで戻ってくることが出来た。
皇国に入って驚いたことが、普通に魔族が人間の社会で生活していたことか。
シンジュクの街では当たり前だった光景も、それ以外でも普通に見られる日が来るとは思わなかった。
それだけ、人間が魔力を持てたことが大きかったのかも知れない。
レイジはそのまま、郊外に向けて車を走らせた。
道路は昔走ったそのままだったけれど、前よりも広い範囲が都市化していて、否応なしに時間の流れを感じた。
道を往く乗り物は、馬車と車が半々ぐらいだった。
これからはきっと車が多くなっていくだろう。走っている車は中古の錆びている物や、組み合わせて再生されたものがほとんどだったけれど、間違いなくこれからは生産されていくと思う。
駐車場に入って、車を駐めた。
ハチョージ公園と書かれた柱の間を抜けて、整備された綺麗な公園に入った。
中では人々が思い思いに過ごしていた。
人間の他にも、エルフがいて、ドワーフもいる。午後の日差しは暖かく、お昼に広げた敷物のまま、日光浴を楽しんでいる家族もいた。
噴水が水を噴き上げて、水しぶきに小さな虹ができた。
その周りを子供達が楽しそうに走り回っていた。
その日常の風景が、レイジには眩しかった。この時代に産まれていたら、どれだけ幸せだっただろうか。
木々が茂る小道を抜けて、やがて円形の大きな建物が建つ場所に出た。
「ハチョージ公園魔道歴史博物館……?」
あの巨大な穴が、いつの間にか博物館に変わっていた。
銅貨十枚を支払って博物館の中に入場した。
受付嬢は黒髪のエルフだった。耳が長かったから、長耳族系のエルフなのかも知れない。笑顔が素敵で、恥ずかしくて思わず目をそらしていた。
エルフは美形が多いから、仕方なかったと思う。
展示されていたのは、かつてのガンドゥン帝国で実験されていた、禁忌とされる数々の実験の結果だった。
人体実験から始まって、魔道兵器、魔素消滅爆弾――ありとあらゆる負の遺産が、厳重な管理の下に保管展示されていた。
下層に下りると、あの日レイジが脱出した時のまま、ガラス管が割れて実験機器が散乱したままの状態が保存されていた。パネルには、最悪の人体実験の様子が克明に記述されていた。
実験の生存者はゼロ。
さすがに今更名乗り出る気は起きなかったけれど、確かにあの日、自分以外に生き残りはいなかった。
魔族を迫害し、人体実験にしていた様子も生々しく図解で展示されていた。
絵で説明されているからか、余計にリアリティが感じられた。
二度と、この悪い歴史は繰り返さない。そんな気概が感じられた。
時代が変わったんだな……心の底から感じた。
芝生に寝転んで、空を流れる雲を眺めていた。
博物館ができていたことで、何となく過去の自分の弔いが済んだ気がした。
もう、自分の胸に石は露出していない。
魂樹を見たら、種族のところには『マナヒューマン(蘇)』と書かれていた。
一応、蘇り属性はそのままらしい。何だかそれを見た時に、懐かしい気持ちになった。と同時に、人間じゃなくなって何だかほっとした。
レイジの隣に誰かが寝転んだ。
横目で見ると、あの受付にいた黒髪エルフの女性だった。
「ね、なんで気づいてくれないのかな?」
横に顔を向けると、レイジの方を向いて頬を膨らませていた。
エルフに知り合いなんていない。唯一知っているアンジェリーナは、一万年以上前にレイジの目の前で亡くなった。
それにしたって、金髪碧眼で華奢な体つきをしていた。耳だって削いでいて、人間と同じように丸くなっていたはず。こんな、黒髪黒目のエルフは知り合いにはいない。
「あー、ひどいんだレイジ君。もしかしてわたしの顔、忘れちゃったの?」
「……えっ? えっ?」
「アンジェリーナだよ。どうして気が付いてくれないのかな?」
完全に呆気にとられていた。
なんで、俺の名前を知っているのか……?
黒髪エルフは起き上がると、足をそろえて座ったままレイジを優しい目で見下ろしてきた。
「たぶん、レイジ君のくれた魔力のおかげかな。気が付いたら蘇ってて、時間も五千年くらい経過していた。
レイジ君が蘇る場所は知っていたから、廃都になったアディレイドまで行ってあそこのダンジョンコアに託したんだよ。手紙と爆弾、それから目覚まし時計もちゃんと受け取ってくれたんだね。
本当はあそこで待っていたかったんだけど、あの時見た未来視には、わたしの姿がなかったから、ここでずっと待っていたんだよ」
黒髪エルフ――アンジェリーナの話は、とうていレイジに理解できるような話じゃなかった。
レイジはゆっくりと、ぎこちない動作で起き上がって、アンジェリーナの向かいに座った。
「でもアンジェは、金髪で碧眼だったはず……」
「あー、たぶん変なエルフになっちゃったからかな。耳が元に戻ったのには、さすがにびっくりしたけど」
そう言って見せてくれたアンジェリーナのスマートフォンには、種族の部分に『マナエルフ(蘇)』と表示されていた。
顔を上げると、アンジェリーナは笑いながら泣いていた。
「おかえり、レイジ君」
「……ただいま、アンジェリーナ」
レイジはそっとアンジェリーナを抱き寄せた。
正直、滅茶苦茶な世界だと思う。
それでも、もう二度と誰かに復讐しなくてもいい。
それだけが、たまらなく嬉しかった。




