07 2日目の朝
・・・・・・チュン・・・・・・チュン、チュン。
東の地平線から1日の始まりの赤黄色の太陽が登ってきた。それに導かれるように小鳥達のさえずりが町に響いていく。 町は黒く染まった色から日の光を浴びてそれぞれの建物の色に色づいて猫撫で亭にも日の光が近づいていき、その一室の窓に光が入りその部屋の中も明るくなっていった。
その10畳ほどの正方形の広さをもつ部屋の窓の近くに面した角に置かれたベッドの上に二つの膨らみがあった。 そのうちの一つの膨らみがもぞもぞと小刻みに動く。
「・・・・・・う~ん。・・・・・・朝、か。」
膨らみの中から顔を覗かせ、窓の外を眩しそうに見たのは眠そうな目をこすりながら見上げたクレアだった。 ところどころ髪が跳ねて寝ぼけ眼の顔は普段は凛々しい受付嬢の姿ではなく、親しみを覚えやすい可愛いさを覗かせていた。
う~ん、っとベッドから起き上がりながら背伸びをして眠気を覚ます。そのひょうしにかぶっていた掛け毛布が体からずり落ち、ずり落ちた毛布のしたからはクレアとは別に膨らんでいたもう1人が現れた。
ふわふわした髪が寝癖で髪の先がカールして、その髪の登頂部には触り心地の良さそうな猫耳がピコピコと動いていた。 毛布が外れたことで寒気がきたのか、尻尾と体を丸めて「っむにゃ、むにゃ。」と寝ついているエリナである。
その可愛らしいエリナに、っクス、と笑い、寒くないように毛布をかぶしてあげてクレアはベッドから出る。ところどころ跳ねた髪を手櫛で簡単に整え、まだ残っている眠気を覚ます為、部屋を静かに出て日の光を浴びに敷地の中にある井戸がある中庭のほうに向かう。
「今日も綺麗な空ね。良いことありそう。」
中庭に出ると早朝のまだ薄い日の光を浴びた光景と雲ひとつない快晴の空が広がり、晴れやかな気分になってくる。 クレアは眠気を覚ますため軽く体をほぐしながら顔を洗うため井戸の方へ向かい、井戸から組み上げた水で顔を洗う。
「・・・・・・??。」
顔を洗いタオルで水気をとっている最中でクレアは近くで何か、ビュっ、ビュっ、と風を切るような音が聞こえてくることに気づく。その音は目の前の井戸の向こう側の建物の角の先の死角から聞こえてくる。クレアは音が気になり、そこに歩いていき建物の影からこっそりと覗いてみる。
そこにはデカイ大剣を持って激しい斬撃を繰り出しているリンの姿があった。
「・・・・・・ふぅ!・・・・・・はぁ!」
掛け声に合わせ、リンの背丈を超える大剣が空気を震わせ、激しく舞う。
両手に持った大剣を水平に腰に構え、息を吸い込み鋭い踏み込みと同時に、ゴウッ、と突きを放つ。 さらに突きを放ったあと、その勢いは殺さずに突きによる反動により足は滑り、体が前に引っ張られそうになるが、逆にその勢いのまま地面を蹴りつけ前方に大きく跳ぶ。
突きの反動により勢いよく跳ぶ中、その反動で空中で体全体を回転、大剣も突きの状態からリンの動きに引き付けられ激しく空中で円を描き、そして着地と同時に激しく回転した大上段からの縦切り。 そして、そこからさらに縦切りの振り切った大剣の刃を下斜めに勢いを殺さないまま流し、同時にリンも子供の柔軟性を生かして体全体を軸はズラさず横へコマのように回転させ、大剣を横薙ぎへと変化させ、ズバン!、と横切りへと振り切る。
大剣を振るう度に遠心力による回転は加速し、身もけもよだつ斬撃へと変化していき、斬撃による空気の振動が風となり〝ゴゥっ″と辺りに吹きすさぶ。
。
普通は大剣を扱う者は膂力に頼り突き、切りとくり出し大剣の重みはハンパではない為、振り切った跡はどうしても一瞬動きが止まる。その一瞬が戦闘では致命的な一瞬になる事が多く、その為扱いの難しい大剣を使用する者は数が少ない。
しかし、リンの大剣の扱いは明らかにそれらとは異なっていた。
リンの動きは大剣の重みを最大限に頼り、常にその勢いを利用して力の円を描き、全く止まる事なく斬撃を繰り返している。縦に流れたら縦から後ろへ流し、横に流れたら前に流す。そして止まることのない力の円は遠心力によりどんどん鋭さを増す。
一見単純な理屈に思えるが、これは筋肉をねじる行為になるため、子供のような柔軟性と大人に匹敵する筋力がないと大剣による重みと振り切った速度、回転の遠心力、3つもの負荷が加わり普通の人なら筋肉がねじ切れてしまう危険な行為である。
しかし、リンはその柔軟性を利用した大剣の乱舞を可能としており、さらに体も小さく大剣の内側に隠れてしまう為、嵐のような回転乱舞の中心のリンには迂闊に近づけないであろう。
そのリンの嵐のような動きはまさに〝剛剣″と呼ぶに相応しい荒々しい剣舞であった。 そしてリンはいつ終わるかともしれない剣の訓練に神経を注ぐ。
その今まで見たことのない剣舞に魅せられるクレア。
さらに口数が少なく無表情なリンが、心の底に響くような鋭く重い声とギラギラした瞳で訓練する真剣な表情に目が離せなくなり、クレアの胸の中には本人が意識していない小さな暖かな火が灯っていた。
◆◆◆
「・・・・・・ふぅ。」
リンは剣の素振りを終え、荒くなった息を吐いた。リンの剣技は常に体全体を激しく使う剣技の為、訓練中だとしても体中は実戦と同じ非常に高い熱をもった状態となっている。
息を整えて、次第に体の熱もおさまってくると初めから気づいていた人へと視線を向ける。
「おはよう。リン君。 訓練お疲れさま。」
視線の先には、30mほど先に寝巻きの薄手の麻のローブを身につけたクレアが優しい瞳で微笑み手にタオルを持ってこちらを見つめていた。 クレアの背後から日の光が注いでおり麻の表面の光沢に僅かに反射して少し眩しい光景に見え、リンは目をわずかに細めた。
「はい。汗かいたでしょ。これ使って。」
「・・・・・・うん。ありがとう。」
クレアが手に持ったタオルを受け取りタオルで汗を拭う。タオルは少し湿っていたが、息を整えている間に乾きはじめていた汗を拭うには十分で顔の汗を拭うと、ほんのりと甘い匂いがした。
・・・・・その匂いは優しく微笑む〝あの人″を思い出させた。
クレアはリンが顔にタオルをあてたところで、ドキっと動きが止まり、自分が顔を洗ったあとのことを思い出すと急に恥ずかしくなり慌てはじめた。
「ごめん! 私が使ったあとのタオルなんて嫌だよね! ちょっと待ってて新しいのを持ってくるから。」
「・・・・・・ううん、このタオルでいい。 優しい匂いがするから。」
と汗を拭いながらタオルのすきまから目を覗かせ、嫌がるそぶりもなくクレアを見るリン。
優しい匂いがすると言われた嬉しさと、自分の顔を洗ったタオルがリンの顔にあてられているという羞恥さの2重の意味でクレアの頬は紅く染まった。
「そ、そうだ! このあと部屋で着替えたら朝ごはん一緒に食べに行きましょう。っね!。」
「うん、分かった。」
クレアは顔の熱さをごまかすように早口にまくし立て、リンからタオルを受け取り、リンから顔を隠すようにパタパタと建物へと入っていった。そのクレアの後ろ姿を訓練のギラギラした眼ではなく、穏やかな眼でリンは見つめていた。
訓練のあとは高ぶった気持ちが当分の間ピリピリと継続するのだが、タオルのクレアの優しい甘い匂いでいつもと違い穏やかな気持ちになっており、その落ち着いたリンの髪を朝のひんやりした風が撫でていた。
お互いに部屋に戻りいつもの普段着に着替えた2人は一緒に食堂へ入った。早朝ということもあり、2人以外の客はおらず、厨房から近いカウンターの席で腰をおろす。
厨房の方からは昨日は客席のフロアには姿を見せなかった、170cmの40代であろう大柄の女性が姿を現した。 女性の顔はにっかりと日に焼けた顔で2人に笑いかけた。 ここの女将でありコックも担当しているナルザである。
「おはよう、久しぶりじゃないさね、クレア。 エリナから話を聞いているよ。その子がリンだね。」
「はい、ちょっと人見知りな子でもあるのだけれど、宜しくお願いしますね。女将さん。」
「・・・・・・・。」、ぺこり。
「ああ、こちらこそ。ここの主人のナルザだよ。みんなからは女将さんと呼ばれているから好きな方で呼ぶさね。」
と無愛想に返すリンにも気にした様子もなく、大きな声で笑いかけながら返す女将さん。 昨日のダンと呼ばれた無精髭のおっさんといい、この街の大人は豪快な人物が多いらしい。
「ちょっと待ってな、今からうまい朝食を作ってあげるから。・・・・・・ところで、エリナはどうしたんだい? 客が来ているのにフロアに姿を見せないなんて。」
「・・・・・あ~、そのエリナは私と一緒に寝ていたのだけれど、余りに気持ちよさそうにしていたのでそっと寝かしたままにしているの。」
と、申し訳そうに目を横に流しながら言うクレア。
「なんだって! あのバカ猫め。格安の住み込みのうえにバイト代まで出してやっているのに客より先に起きないで待たせるなんて!
・・・・・・ふ、ふ、ふ。いい身分じゃないさね。久しぶりにお仕置きといくさね。」
と女将は唇の端をつりあげ目をランランにして、片手にフライパンをもちズンズンと2階に上がっていった。
「・・・・・・あの~、寝かしていた私も悪いのでお手やわらかに・・・・・・。」
「・・・・・・。」
と一応エリナへの謝罪の意味も込めての言葉を女将さんに言うクレア。そのやり取りをどうでも良さそうに眺めるリン。
その後、リンはぼんやりと窓の外を眺めて時折、小鳥達が飛んでいくのを目で追い、そのリンの様子を優しく見つめるクレア。食堂には2人だけを残して静かで緩やかな空間に包まれた。
10分ほど経った頃だろうか、2階のほうから。〝パコーン″とこぎれいな音がなり、その直後に、〝ぎにゃ~~~。″と、なんともお約束な言葉が響き渡った。