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調律師  作者: 小高まあな
第三章 夢魔は悪夢を見るか?
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1−3−3

「あ、沙耶。いいところに帰ってきたー」

 事務所のドアをあけると、何故かそこでは、ばば抜きが繰り広げられていた。

「お茶淹れてー」

「いや、お茶淹れてー、じゃなくて」

 ドアに寄りかかり、額に手を当ててため息をつくポーズをとる。

「なんでばば抜きなんかしてるの? っていうか、トランプとかなんであるの?」

「トランプは円姉の四次元机の中から」

 清澄が答える。円の机からはたびたび、お菓子類や香水の瓶が出てくるがトランプまで入っているとは思わなかった。

「なんでかっていうと龍一君との親睦のために」

「仕事しなさいよ」

 まったく、あたしは仕事して戻ってきたのに、なんて呟きながらもしぶしぶ沙耶は流しへ向かう。確かに沙耶達の仕事はそんなに毎日たくさんあるものではないけれども。

「何でもいいんでしょ?」

 やかんを火にかけながら尋ねる。

「うん、任せるー」

 円の間延びした声が聞こえてきた。

「やった、あがり!」

 ばば抜き一つで何故そんなにむきになれるのか、沙耶にはさっぱりわからないが、龍一の嬉しそうな声も聞こえてくる。楽しそうで何よりですこと。

 足音の後、龍一が顔をのぞかせた。一瞬、かたまってしまう。

「あのー、手伝いましょうか?」

 恐る恐るといった調子で彼が尋ねて来た。

「うわー」

「運命の二択よ!」

 向こうの方で、本当に何故か、とても楽しそうな清澄と円の声もする。

 じっと龍一の顔をみる。向こうも、今回は視線を逸らしたりしなかった。

 突き放そうと、決めたのに、

「お願いします」

 そう答えていた。


「結局、トランプしかしてないように思えるけど?」

 もうそろそろ帰りましょう、と散々トランプをした後に円が言い、こうして今、事務所の外に立っている。

「自分だって途中から楽しんでいたくせに」

 がちゃり、事務所のカギを閉めながら円が笑う。

「たまにはいいでしょ、こういうのも」

 カギがかかったことを確認し、円は沙耶に向かって微笑んで見せた。

「……ずるい人」

 きっと、全て計算だったのだろう。沙耶が帰ってくる時間にトランプをしていたことも、半ば強引にいれたことも。こうなることを計算していたのだろう。

「そんなに計算ばっかりしているわけじゃないわよ?」

「どうかしらね」

 カギを鞄にしまう。

「こういうのもたまにはいいでしょ?」

 もう一度尋ねられる。しぶしぶ頷くと、本当に嬉しそうな顔で笑った。たまにこうやって、何の裏もなく笑うからどんなにずるいと思っても、彼女を憎めない。

 ヒールを鳴らして円が階段を下りていく。その後ろからついていく。

 先に階段を下りていた清澄と龍一の二人が、何やら楽しそうに話しこんでいた。

 たった一日でこれだけうちとけるなんて、榊原龍一という人間の持って生まれた性質もあるのだろうけど、円の差し金である部分が大きいと思う。

 沙耶はこっそりとため息をついた。

 突き放す? もう、無理じゃない?

「おつかれさま」

 階段を降りきると、円が片手をあげた。彼女はここから車で帰る。

「おつかれー」

 清澄も手を振ってきた。

「清澄、電車じゃないの?」

「迎えにきてくれるらしいから」

「ああ、カノジョちゃんがね。このひも!」

「ひもって!」

 円と清澄の会話を聞いて沙耶は内心で苦笑する。ということは駅まで二人ということですか? なんていう疑問を顔に浮かべたりはしない。まったく、もしここまで計算だったら凄いだろう。

「お疲れ様です。……って何もしてないけど」

 龍一が苦笑した。

「お疲れ様」

 なんとなく見ているのに耐えられなくなって、一方的にそう告げると、沙耶は駅に向かって歩き出した。

「沙耶」

 あきれたような円の声が後ろから飛んできたけれども振り返らなかった。

 ぱたぱた、と足音がして斜め後ろに龍一がつく。それを横目で確認すると少しスピードを落として隣に並んだ。

 沈黙。


 円に言われるままに、後を追ったはいいけれども、別段話題もない龍一は困って視線をきょろきょろと動かす。

「家、どこ?」

 突然、端的に聞かれた言葉に、慌てて自宅の最寄駅を告げる。

「ああ、じゃぁ反対方向だ」

 そう言って沙耶も自分の自宅があるところを告げた。

「電車も違うんだ。あたし一番線だけど……」

「四番線です」

 言葉を引き取ると、彼女は頷いた。

「学校、遠くない?」

「それほどでも……、ないかな?」

「あたしは近くに住んでたからなぁ、あの時は。近いからっていう理由で選んだから。電車に乗って通うなんて尊敬するわ」

 どこかその言葉には棘があるようだった。昼間、清澄に聞いた話を思い出して龍一は少し渋い顔をした。

「学校、変な噂とかになってない?」

「あ、いいえ、全然。なんか、こっくりさんやってた子たちも十円玉が飛んだとかそういう事実を認めたがらなかったみたいですし」

「そうね、臭いものには蓋をしたわけね。でも」

 沙耶は言葉を区切り、隣の龍一を見て

「それはよかった」

 そう言って微笑んだ。あの時と同じ、綺麗な笑顔で。

 ああ、まただ。まったく、いつも不意打ちだから。どきどき言っている心臓を、軽く叩いた。

「体の方も大丈夫?」

「はい。なんか、母はまだ、なんだかんだ言っても心配しきってるんですけど」

「でしょうね、泣いて、縋っていたわ。医者に」

 前を向いて淡々と告げる。龍一は何も答えない。

「お母様、大事にしてあげなさい。とてもとても心配そうで。貴方は幸せ者ね」

 淡々と告げる沙耶の横顔が一瞬歪んで見えて、慌てて視線をそらした。見てはいけないものを見てしまった気がした。


「それじゃぁね」

 駅の改札をはいったところで沙耶は言った。

「あ、はい」

「明日もくるの?」

「はい、一応」

 そう、と沙耶は呟くと何かを思案するようにちらりと床に視線をやり、

「それじゃぁ、また明日。龍一君」

 そう告げると歩き出した。

「っ。また、明日!」

 名前を呼ばれたことに驚きと喜びを感じ、龍一は叫んだ。

 他の人の視線も集まる中、沙耶は振り返ると片手を振った。それを見届けると、彼女と反対方向へ歩き出す。

 ふと、龍一は歩き出した足を止めて振り向くと、沙耶の姿を目で追った。夕方の駅は人が多くて、すぐに彼女の姿は見えなくなった。

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