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「おはようございます」
「おはよ」
ゆっくりとドアを開けた龍一に円は、煙とともに笑いかけた。
「今、私しかいないのよ。学校帰り?」
「ええ、まぁ」
学ラン姿の龍一は肩をすくめて見せる。
「今日、終業式だったんで。明日から春休みです」
「あら、じゃあ、春休み中は午前中からお願いできる?」
「はい」
ばんっ!
大きな音とともにドアが開いて、近くにいた龍一は慌ててそこから離れた。
「あら、お帰り」
ドアを開けた人物に円は微笑みかける。
「あ、こんにちは」
龍一も一度頭を下げた。
けれども、入ってきた人物、直純はそんな二人を一瞥しただけで、自分のデスクに座った。
その後ろで渋い顔をしてみせる龍一に、円は苦笑して見せた。
書類をまとめている直純は龍一なんてまるでいないかのように扱う。なるほど、恋敵なのはよくわかったが、ここまで露骨に避けることはないだろう、子どもじゃないんだから。そう思って龍一は、軽く鼻で笑って見せた。
円がまるでチュシャ猫のように楽しそうに笑い、直純は眉をつりあげた。露骨な挑発に露骨にひっかかる彼をみて、ますます龍一は不愉快になり、
ばたん、
ドアが開いた。
「あら、早いじゃない」
ある意味争いの火種とも言える沙耶が入ってきた。
「直帰じゃなかったの?」
「もぉ、なんでそういうイジワル言うかなぁ、円姉は。出て行って十分で仕事終えて帰ってくるわけないでしょ。書類忘れたの。っていうか、だから室内禁煙だってば、円姉!」
はいはい、と円は煙草を灰皿に押し付けた。沙耶は円が煙草を吸うことを酷く嫌う。
沙耶は、円が煙草を消したことを横目で確認しながら、ばたばたと自分のデスクを漁る。
「清澄は?」
「下で待たせてる。もう、清澄ってばかんかん。あたしはてっきり清澄が持ってると思ったのに。っていうか、助手なんだから書類ぐらい持ってきてよね本当」
ぶつぶつ呟く。
龍一はそれを聞きながら、ホワイトボードを見た。沙耶と清澄の欄に「№100321」と書かれている。
いつの間にか同じように体を捻ってホワイトボードを見ていた円がよしっと呟いた。立ち上がって彼女はマーカーを手にとる。何をするのかと思ってみていると、龍一の欄にこう書いた。同上。
「同上って、円さん」
思わず、呆れて龍一は呟いた。
「沙耶、龍一君も連れて行って」
「はいっ?」
書類をあったあったと胸に抱えて喜んでいた沙耶は思いっきり眉をひそめた。
「なんで?」
「一度ぐらい現場を見せてあげた方がいいでしょう? この件は別に危険なところないし」
「だからって……、だって彼は見えないんでしょ?」
「別に平気でしょう。彼の面倒は清澄に見させておけばいい」
そう言って円は楽しそうに笑う。
「円」
黙ってみていた直純が呟いた。
「さすがにそれはないだろう」
「何故?」
「足手まといだろ?」
なぁ? と沙耶に同意を求めてみせる。沙耶はちらりと龍一を見て
「別に、あたしはそこまで言っていないけど……」
ぼそりと呟いた。意見を否定されたことに、直純は少なからずショックをうけたような顔をした。
「いや、円さん。別に俺もそんな迷惑になるようなことは……」
「あら、沙耶は別に迷惑だとは思ってないんでしょ?」
「それはそう、だけど」
思案するように沙耶は呟き、結局肩をすくめて見せた。
「じゃぁいいわよ。行きましょう。確かに、貴方には自分がどうやって助かったのか知った方がいいかもしれない。これからもここに来るつもりならば」
言葉の最後に妙な棘を残し、沙耶は言い放つ。そのまま書類を抱えてドアを開けた。
「来るんでしょ?」
ドアから一歩外に出たところで、振り返り龍一に尋ねる。龍一が頷くのを見ると、沙耶はそのまま出て行った。慌てて龍一がその後を追う。
足音を聞き、円はかすかに笑った。
「お前は俺のことがそんなに嫌いか?」
隣で直純が憎憎しげに呟いた。
「いえ、別に? 大事な大事な従弟のことを嫌いになるわけないじゃない、寧ろ好きよ?」
しれっと円は言い返す。
「ただ、そうね。直と沙耶だったら沙耶の方が大事かもね、っていうだけ。それは直だって同じでしょう?」




