第4話:『地味スキル』の誇り――観測と伝説が告げるもの
煙を上げるガーゴイル・メカニカルの残骸の前で、ジャックと名乗った元海兵隊の男は、ニカッと白い歯を見せて笑いながら自分たちのスキルを語り始めた。
「俺のスキルは【日曜大工(DIY)】。世間じゃ『棚を直すくらいのゴミ能力』扱いされて、ギルドの評価も最下層だがね。元海兵隊で培ったミリタリー知識と組み合わせりゃ、ダンジョンに転がってる鉄屑や壊れた古代兵器の廃材から、即席の重機関銃や凶悪な自動罠を数分で組み上げられるってわけよ!」
ドスンと地面に置いたのは、ダンジョンの歯車やパイプを複雑に組み合わせて作られた、禍々しい造形の重機関銃だった。
彼の合図を受けて、隣に立つ無骨な部下——元海兵隊の衛生兵である男が、気恥ずかしそうに手を振る。
「俺のスキルは【消毒液の塗布】っす! 世間じゃせいぜい子供の擦り傷を直す程度の雑用能力っすけど……元衛生兵の知識で敵の急所や傷口にピンポイントで塗り込めば、概念レベルでの絶対激痛バフを与えて敵の思考を完全に麻痺させられるんすよ!」
治すんじゃなくて痛いほうかい! と笑うことひとしきり、だが「あんたもフライパンじゃないっすか」と突っ込まれてみると、蓮としても深く頷かざるを得なかった。
「なるほど……スキルは組み合わせ次第。知識と経験を活かせれば」
世間一般では「はずれ」と揶揄される地味な能力であっても、使う人間の工夫と志次第でここまでの破壊力と実用性を発揮する。目の前に立つ『鉄腕おじさん組』の面々は、まさにそれを体現するプロフェッショナルたちだった。
「ふん、世間の連中はド派手な爆発魔法や聖なる剣技ばかりを持て囃すがな。過酷な現場で生き残るのは、こういう地味だが現場に即した泥臭いやつなんだよ、いつだって」
ジャックはそう言って胸を張ると、不意に表情を真剣なものへと引き締め、低く太い声で語り始めた。
「……便利だけどよ、気味悪いと思わねえか?」
「僕も考えてみたけど、全く……『便利になったからいいや』って……」
「蓮、あなたの能力はそれを許さない。状況に流されるだけじゃ使い潰される」
エレナの言葉にジャックが静かに首を振る。
「俺たちみたいな使い捨ての『兵隊』とは違うってかい? いや、なるほど兄ちゃんの能力は規格外だな」
ダンジョンのさらに奥深き闇……地底の底を見据えるようにジャックは視線を落としていた。
気の良いおじさんの気配は影を潜め、獰猛な戦士の眼光が覗く。
「確証はない。だが、ダンジョン最深部……アビス・トレインチの最下層に何かあるらしい。どうも脈動っていうのか、そういったもんが観測されてるらしいんだ。それと、わけわからんもんがドバドバ漏れ出してんだとよ。魔力って仮に名付けられたが、どうも異能にはこれが影響してるらしい」
「いいの? ステイツの軍人がそんなこと外部に漏らして」
「捨てられた身だ、義理はない……体に合わない命令は無視する主義でね。それに、嫌な予感がする。取り返しのつかないことになりゃしないかって、な……ここはヒーローの出番だろ? 力を併せて悪を撃つ」
エレナの冷たい視線に肩をすくめている。
オーケー、正直になるさと苦笑いを浮かべた。
「『魚人様ご一行がハワイ旅行』なんてのはゴメンなんだよ。それがステイツへの忠誠、義理立てってヤツさ。俺たちがフリーだろうがエージェントだろうが、そこは変わらない。あんたらだって故郷はあるだろ?」
目を逸らすマルカにジャックが唇をゆがめる。
「俺たちを信じられない、当然だよな。構わないさ、分からんでもない」
とにかく情報は共有したい、どうせ仮説だ。
言葉から感傷を消して、ジャックは再び口を開いた。
「その脈動だがな、生物にしてはデカすぎる。心臓の鼓動にしては重すぎるし、地鳴りにしては脈動の周期が等間隔すぎるんだ。まるで……底知れないほど巨大な何かが、地底の奥深くでじっと息を潜めて目を覚まそうとしてるみてぇにな」
「巨大な何かが……目覚めようとしている……?」
蓮がアルミホイル付きのフライパンを持ち直しながら呟くと、ジャックは太い腕組みをして深く頷いた。
「ああ。その漏れ出してるエネルギー——世間じゃ『魔力』なんて呼ばれてありがたがられてる代物が、俺たちみたいな人間を勝手に変質させて『異能者』にしちまってる。それだけじゃない、このダンジョンの中の生態系や構造そのものまで狂わせてやがるんだ。上の層じゃただの巨大モンスター程度で済んでるが……もっと下の階層では、何かおぞましい『歪み』が発生してるって噂だぜ」
「深層、か……」
エレナがタブレットの画面に暗号化された深層マップを表示させ、メガネの奥の瞳を険しく光らせる。
「メガ・アビス社をはじめとする大手企業や各国の特務機関も、その最深部から噴き出す莫大なエネルギー資源を独占しようと必死になっている。けれど……それが単なるエネルギー資源ではなかったとしたら……?」
「クソみたいな欲望で深層を掘り返した結果、ハワイや東京に深海の怪物が雪崩れ込んできたら笑えねぇだろ?」
ジャックはそう吐き捨てると、先ほどまでのピリッとした軍人の気配をすっと消し、再びガハハと豪快な高笑いを浮かべて蓮の肩を強く叩いた。
「まあ、現時点じゃ俺たちの勘と、軍のポンコツ観測器が捉えた眉唾の仮説に過ぎねぇ! だがな兄ちゃん、どんな巨大なエネルギーだろうが、理不尽な怪異だろうが……俺たちみたいな『地味スキル持ち』の現場が、泥臭く足元から固めて撃ち落としてやれば良いわけよ」
「たしかに! 目の前のできることから片付けていくのが一番だ」
蓮は爽やかに微笑み、トートバッグの100均グッズたちを確かめるように軽く持ち上げた。
100円の除湿剤、100円のコロコロ、100円のアルミホイル。一見すれば滑稽で地味な日常品だが、それらは間違いなく、この狂ったダンジョンの領域を「ただの日常」へと力強く引き戻す確かな力となっていた。
「よっしゃ! 話はまとまったな! 兄ちゃんたちのその無敵の100均装備と、俺たちのDIY重火器が組めば、この第21層のボスなんてただの金属ゴミだ!」
ジャックはそう言って、丸太のように太く無骨な右手を蓮に向かって豪快に差し出した。
「改めてよろしくな、兄ちゃん! 一緒にこの層の巨大機械ボスをサクッと掃除して、安全な散歩道に変えてやろうぜ!」
「ああ! よろしく、ジャック!」
蓮は力強くその手を握り返し、固い握手を交わした。
「蓮様、わたくしもスチームドリルの準備は万全ですわ! いつでも機械ボスを叩き壊せますの!」
「はあ……まったく、元海兵隊のゴリラたちと100均男が組むなんて、頭が痛くなってきた……。でも、頼りにさせてもらうわよ」
マルカがドリルを威勢よく吹かし、エレナが溜め息をつきながらも口元を綻ばせる。
二人にも手を振って見せたジャックたちは重機関銃を肩に担ぎ直し、「前方の安全を確保しておくぜ!」と豪快に笑いながら通路の奥へ向かっていった。
その力強い背中を、マルカは作業用ゴーグルを跳ね上げ、可憐な笑顔で見送っていた。
だが、彼らの足音が遠ざかると、彼女はふと表情を静かなものへと変え、誰もいない通路の奥を見つめながらぽつりと呟いた。
「『始祖』……」
「え? マルカちゃん、何か言ったの?」
エレナがタブレットから目を離し、不思議そうに問いかける。マルカはゆっくりと振り返ると、自らの胸にそっと手を当てて語り始めた。
「私たち地底の民……ドワーフ族に古くから伝わる言い伝えがありますの。『この地下深くに、古代の始祖が封印されている』と」
「ドワーフの言い伝え……?」
蓮が首をかしげると、マルカは深く頷き、足元の硬い鉄板を踏みしめた。
「ええ。事実、私たちは先祖代々、この地底から響く脈動と息遣いを感じ取ることができましたの。あまりにも大きく身近なせいで、『母なる大地』の鼓動だと言う者さえおりましたけれど……今思えば、その恐ろしい言い伝えのほうが正しかったのかもしれませんわね」
「先祖代々感じていた……? じゃあ、ジャックたちが言っていた『デカすぎる脈動』っていうのは……」
エレナの言葉に、マルカは少し翳りのある瞳で静かに答えた。
「はい。ここ数年、ドワーフの古老でさえ経験したことがないほどに、その脈動が強く、激しくなっておりますの。そしてその影響で……皆様の言葉をお借りするなら、『魔力』と呼ばれる未知の波動が地上へ漏れ出し始めておりますわ」
可憐な少女の口から語られた、地底の民ならではの生々しい証言。
ジャックたちの直感や軍の観測データは、単なる気のせいなどではなかったのだ。
「なるほど……だからダンジョンの中も、地上も、色々とおかしくなってきている」
蓮は少し真面目な顔で頷くと、肩のトートバッグを軽く持ち直した。
「ま、でもさ。目の前の危ないものをほっとくわけにもいかないし。まずはジャックたちと合流して、この階層を綺麗にお掃除いたしましょう……ということで」
「ふふ、そうですわね、蓮様! どんなおぞましい気配が潜んでいようと、蓮様の100均グッズがあれば安心ですわ!」
マルカの顔にいつもの明るい笑顔が戻る。
背中のスチームドリルが「シュコーッ!」と威勢よく蒸気を吐き出した。




