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星火の導く夜明け前の世界で  作者: 竜造寺。
1章 劫火赫灼の竜
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1-52 お菓子!

 

 ソラマメ亭に来るまではよかった。

 階段を上がって、自室の扉の目の前で、はたとクロガネは立ち止まった。


 右手には二人の好物だというタルト。エフレインがわざわざ二人のお気に入りだという店までの案内と品名まで教えてくれたもの。

 少し多めに買ってきたのは、マナとミナにたくさん食べてほしいという気持ちによるものだ。


 突然、不思議な気分に気が付く。

 この感覚をクロガネは知っている。

 そうだ。これは、ヤタガラスと過ごしたあの日々と同じ感覚だ。


 扉の向こうが、クロガネの帰る場所。

 扉の向こうに、クロガネを待っている人がいる。

 ああ、なんということだろう。急に緊張してきた。

 クロガネは、タルトを持つ右手に力を込めた。


 ヤタガラスと過ごしていた時、彼女のために何かを買って来るとか、そういったことはしてあげられなかった。周囲とは隔絶された状況だったのだから致し方ないと言われればそれまでだが。

 だからこそ、こうして誰かのために何かを買っていくという行為は初めてだ。


 ごくり、と生唾を飲み込む。右手に感じる手汗。

 静かに深呼吸し、意を決してノックしようとした、まさにその時だった。


「好物の香り!」扉は勢いよく開け放たれ、飛び出してきたのは目を輝かせたミナだ。「わはぁ! なんかタルト食べるの久々な気がする! ……って、クロガネくん? あれ!? 何でこのタルト知ってるの!? 読心術!?」


 好物を前にしているせいか、ミナはいつも以上にテンションが高い。


「あ、いや、エフレインさんに教えてもらって」

「なぁるほど? でもありがと!」

「いや、ありがとうはこっちのセリフだよ」

「へ?」

「……二人には助けられてばかりだからね」


 完全に無自覚だったが、クロガネはふわりと微笑んだ。それを真正面で受けてしまったミナは、目をまん丸と開いて固まる。


「わお……破壊力……」

「ん?」

「何でもない! 取り敢えず……お帰り! ほら入った入った!」


 ミナはクロガネの手を勢いよく引いて、部屋の中へと引きずり込んだ。それが半ば強引だったのは、不意打ちを食らってにやけてしまった表情をクロガネに勘付かせないためだった。

 クロガネに見えないように顔を背け、クロガネに聞こえない声量でぼそっと呟く。


「それ、反則ぅ……」


 部屋に入れば、ベッドの上でマナとフィアが何かしているようだった。クロガネに気が付いてフィアは手をぶんぶんと振り、マナもミナと同じく目を輝かせてこちらを見た。

 が。

 それ以前に、その。


 部屋、汚ったな!!


 ゴミが散乱しているわけではないのだが、脱ぎ捨てられた衣服や明らかにメンテナンスでもしている途中と言った様子の武器や道具があちこちに置かれている。

 というか、下着まで脱ぎ散らかされている。


 思わずクロガネは手で顔を覆った。

 仮にも男なんだけど……。と、思わなくもない。


「おかえりークロガネ君」

『元気になったんですね! よかったです!』

「ああ、うん。ありがとう……」


 全然気にする素振りがない。試されているのか、本当に気にしていないのか。

 クロガネはタルトをテーブルの上に置いて、ふぅ、と息を吐いた。


「取り敢えず、迷惑かけまくったお詫びと感謝で、タルト買ってきたよ」

「ありがとー」

「ところでなんだけど……」

「ん?」


 クロガネは言うかどうか少し迷ってから、口を開く。


「部屋、その、片付けしてもらえると……その……目のやり場に困るというか……」

「「………………」」


 部屋を見回して、スゥーッと息を吸い込む二人。真顔だ。すごい真顔だ。すごい真顔で、クロガネの方を見ている。きゅっと一文字に結ばれた口元。何を考えているのかは分からないが、何かを悔やんでいるような表情であることは間違いない。

 ぎぎぎっ、と軋む音でも聞こえてきそうな雰囲気で、マナとミナはクロガネに視線を向けた。


『どうしたんですか?』


 純粋無垢なフィアの声が響く。

 クロガネに訴えかけるような二人の視線を感じながら、言葉を選ぶ。


「……フィア」

『はい?』

「その辺、散歩しない?」

『え? でもタルトは……』

「そうだね……折角ならフィアの食べたいやつも何か買ってこようか」

『!! ホントですか!?』

「うん。二人もそれがいいって言ってるよ」


 マナとミナは真顔のまま、高速で首を縦に振っていた。





 ──約一時間後。


 様々な商品を眺めたり、試食したりしながら選んだチーズケーキを片手に帰宅すると、部屋はすっかり片付いていた。


「「お。おかえり……」」


 いや、片付いているように見えるだけと言った方が的確かもしれない。部屋に備え付けられた収納棚の扉が無理矢理閉められている辺り、かなり致命的に片付けが下手くそなのが分かる。

 油断してると扉が破損して、中身が飛び出してくるんじゃないかと心配になる感じだ。

 あからさまにその扉を見ていると、頬を膨らませたミナが近付いてきて、無言でクロガネの両頬に手を添えた。そのまま、物理的に視線を逸らされる。

 見るな、何も言うな、と言わんばかりの表情で。


『ただいまです! わぁ、お部屋がきれいになってます』

「ゔっ」


 何気ないフィアの素直な言葉が二人の胸を容赦なく貫く。ミナに関しては若干耐え切れなかったのか胸に手を当てて、ううっ、と呻いている。

 今にも膝をつきそうな表情だ。

 純粋無垢とは尊くもあり、恐ろしくもあるのだとクロガネはしみじみ思った。


「綺麗な部屋だと気分もいいね。フィア」

『はい! そう思います!』

「「ん゛ん゛っ!!」」


 それを機に反省して片付けしますように、と願いを込めて無慈悲な追撃を放ったのち、テーブルにチーズケーキを置く。


「それじゃ、食べましょうか」


 ずっとしょんぼりしていたマナとミナも、タルトを一口食べてからは元気を取り戻したようだった。

 二人の好物であるというのは、その表情を見れば疑いようもない。こんなにきらきらと輝く笑顔は初めてな気がする。


「「ん〰〰〰〰!」」二人で全く同じリアクション。それを見て、思わずクロガネとフィアは顔を向き合わせて笑った。


 ミナはどこか恥ずかしそうに口元を隠し、対してマナは我が道を征くといった様子で気にせず食べ続ける。だらしなく蕩けた表情。タルトを買ってきた側からすると、こんなにも幸せそうに食べているのを見て嫌な気がするわけもない。

 いっぱい食べる君が好き。まさにそんな感じ。

 クロガネが自分のタルトに手も付けず二人の食べる姿を眺めていると、流石に恥ずかしかったのかマナに横腹を小突かれた。


「見すぎ」

「……ごめんね。美味しそうに食べるのが可愛くてつい」


 途端、勢いよくマナがむせた。


『あ!』とフィアは顔を上げる。『これ知ってます! 女たらしというやつですね!』

「どこでそんな言葉を……」


 そんなことを話している間にチーズケーキを食べ終えたフィアは、物欲しそうな視線をミナに向けた。

 対してミナは慣れた雰囲気でタルトを一口分、フィアの口元へと持っていく。


 クロガネは三人がどのように毎日を過ごしていたのか分からないが、その片鱗を見た気がした。


 そうしてようやく、クロガネはタルトを口に運ぶ。


「うん。美味しい……」


 思わずにやけてしまうほど、美味しかった。

 タルトが絶品であるのは間違いないが、マナとミナ、そしてフィアと共に食べることができたからこそより一層────






 くろがねぇ。これは、俺からの警告だ。

 大人しくこの街から出ていけ。ここは、俺の遊び場だぁ。


 老爺の顔。

 セスタとククリの姿。






 ────何故、今、思い出したのか。

 終わったはずなのに。


 クロガネは、タルトを口に運ぶ手を止めた。


「……クロガネ?」心配そうにクロガネを覗き込むマナの声で、ハッと我に返る。「……まだ本調子じゃない?」

「は、は……ごめん、そうかも」


 極力平静を装いながら、クロガネはタルトを食べる。

 あまり、味がしなかった。


「…………」


 明日にはこの街を出る。フィアと共に、赤竜と会うために。

 その前に、まだやらねばならないことがある。そう言われている気がした。


「ちょっと、用事思い出した」

「……ナリィちゃんのところ?」


 分かってるよ、と言わんばかりのマナの表情に、クロガネは思わず驚いた視線を向けた。そうして少し考えて、思い出す。

 そうだ。マナはナリィのことを知っている。まさしくセスタとククリが亡くなったその前日に、クロガネと共に外周警備の依頼へと出ていたのだから。


「ごめん、急にこんなこと」

「いいの。気にしてない。明日には街を出る予定……でしょ?」

「うん」

「そしたら、今日の内に行かないと」

「……ごめ、あ、いや……ありがと」


 マナは優しく微笑んで、クロガネを後押しした。


「陽風の宿屋。クロガネは知っているでしょ?」


 クロガネは頷き、立ち上がると、そのまま小走りに部屋を出て行った。


 それを見送ったフィアは、マナの方を向いて首を傾げる。


『マナさん、ナリィさんってどなたですか?』

「んーとね。今、すっごく落ち込んでる子」

『……クロガネさんと話せば、元気になれるんですか?』

「多分ね。ナリィちゃんに寄り添えるの、今はクロガネ君だけだと思うから」


 マナは席を立つと、フィアの頭を優しく撫でた。


「それじゃ、明日の準備しちゃおっか」

『……はい!』


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