1-23 変わるもの、変わらないもの-③
「すみません、その、本当に、申し訳なく……思っています……本当です……」
受付嬢はそれでもおやつを頬張るのをやめなかった。
「分かった。大丈夫。大丈夫ですから。ゆっくり食べてください」
「本当に……申し訳ありません……」
おやつを頬張りながら、受付嬢は言い訳ですが……と前置きして話した。
普段の真面目さをキープするために必ずこうして一息つく時間を決めていたのですが、本日はクロガネさんが目覚められたタイミングに合わせたというのと、ナリィさんに譲ったことで完全に予定から逸れてしまい……。
かなり早口だった。
「コホン。お見苦しいところを見せてしまい、並びに時間を取らせてしまい、大変失礼致しました」
「食べかすついてますよ」
「……」
受付嬢は下唇を噛み締めて話した。
「いくらですか……」
「何が?」
「口止め料……」
「言わないですが!? そんな言いふらすようなことするような人に見えますか!?」
「今の私にとって、クロガネさんは大変警戒しなければならない人物なのです。ええ。今なら何でもして差し上げます。あ。良い人特典ということで薬草採取の依頼の報酬を金貨三枚に設定します」
「職権乱用じゃねーか!?」
「失礼な。私の貯蓄から切り崩しますとも」
「死に物狂い!?」
結果的に、明日は受付嬢が休暇ということで一緒に買い物に行くことに決まった。
半ば無理やりだった。
クロガネにもよく分からない。
「あ。そういえば名乗っておりませんでした。私は受付嬢のレイラといいます。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「……どうも」
……閑話休題。
「ええと、昇級試験についてでしたね」と言って説明を再開した受付嬢は──いや、レイラは、ものの見事に一瞬で仕事モードに切り替わった。
昇級試験。その名の通り、個人等級とパーティランクを昇級するための試験だ。
現等級より一つ上の依頼の完了や冒険者協会職員の面接、上位等級の個人もしくはパーティとの模擬戦などを行って判断するという。
「これに関しては一貫した内容というわけではなく、実際に昇級試験に臨む際に詳しく説明がありますので、現時点での説明は省かせていただきます」
「了解です」
「続いては、冒険者としての身分を証明するタグについて」
レイラは自身の胸元からそれを取り出した。見た目はほとんどドッグタグだ。首元からチェーンでつながっているのは、二枚のプレート。
「こちらは冒険者協会職員用のタグとなりますが、基本的には同じものです。特殊魔法鉱石で作られており、それまでの経歴が随時更新され続けます」
レイラは右手に嵌められた指輪をタグにかざすと、空中に何やら文字が浮かび上がった。
だが、ほとんどは真っ黒く塗りつぶされている。
「改ざんは不可能と思ってください。また、こうして特定の魔道具にかざすとその者の情報を閲覧できます。また、その開示範囲は個人で決められますので、その際は受付まで申しつけください。未開示とすれば私のように塗りつぶされて識別できなくなります。なお、協会職員に限っては未開示とは出来ませんので、ご了承ください」
そうして、レイラは隣にあった包みを開封すると、そこからタグを取り出した。
「こちらがクロガネ様のタグとなります。なお、紛失した場合は過去の経歴が無くなったということになりますので、紛失などはされませんようお気を付けください」
「おおお、了解です……」
失くすなと言われるとドキドキしてしまう。
「まぁ、タグが所有者の魔力を完全に認識すれば、ある程度失くした場所が分かり探しやすくなったりとしますので、取り敢えず一週間以内に失くさなければ大丈夫です」
「安心する」
「だからと言って油断してはいけませんからね」
「勿論です」
レイラが息を吐いた。説明は終りに近いようだ。
「そして本来であれば冒険者登録時の試験というものがあり、それにて個人等級を判定するのですが、クロガネ様は登録前の実戦経験と、エフレイン支部長の承諾を頂いておりますので、試験と面接を省略してB等級と認められています」
「なるほ……B等級?」
「はい」
「ほんとに言ってる?」
「当初はA等級予定でしたが、エフレイン支部長がそれだと間違いなく拒否られるからという理由でB等級となっております」
うぐ、とクロガネは言葉を詰まらせた。
エフレインとはそこそこ話したとは思うが、完全に見抜かれている。
確かにA等級であったなら即決で断っただろうが、B等級なら……と確かに思ってしまった。
A等級とB等級の差など全く分からないが、何となく雰囲気的に嫌だ、というだけの感覚的な拒絶だが、エフレインは本当にそこまで看破していそうな雰囲気がある。
断ったところで押し切られそうな気もしたクロガネは、何も言わずにB等級を了承したのだった。
「それではこれにて説明は以上となりますが、ご不明点などありましたでしょうか?」
「あ」とクロガネは単純に抱いていた疑問を聞いた。「その、個人等級とかパーティランクを決めたのは異世界人だって聞いたんですが、本当ですか?」
「はい、その認識で間違っておりません。詳細に説明するのであれば、今から約百五十年ほど前にこの世界に降り立った異世界人レンという男性によって現在の冒険者協会の礎となる組織『冒険者ギルド』が立ち上げられたとされています。等級やランクに関しては当時から今まで変更されていません」
「ははぁ……なるほど。ありがとうございます」
「いえ。他にはありませんか?」
「はい、大丈夫です」
「承知しました。ではこれにて冒険者登録は完了とします。それでは最後に報酬についてですが」
レイラはどすん、と重そうな麻袋をテーブルに置いた。
「大金貨二枚、金貨九枚、大銀貨五枚、銀貨一枚、小銀貨三枚となります」
「んんんん?」
計算すると、日本円換算で二百九十五万八千円。
やばいバイトか何かか? と思ったが命を懸けているので妥当のような、そうでもないような……よく分からない。
何か言いたいような気がしたが、何も思いつかなかった。
「あ、りがとう、ございます……?」
「受領ありがとうございます。冒険者協会では、タグの提示によって銀行との共有口座を作成可能となりますが、いかがいたしますか? 作成費用はかからず、当冒険者協会及び各銀行にてタグを提示頂ければ財産の引き出しや振り込みを行うことができます」
「あ……はい、お願いします……」
よく分からないまま受け取り、よく分からないまま口座を作って、よく分からないまま口座に振り込まれようとしている。だが説明に疲れた頭ではもう考えるのもどこか億劫だった。
というかもしかするとエフレインにはそこまで見透かされているのかもしれない。
「あ、それと」
と、最後にレイラはクロガネに近付いて小さな声で話した。
「明日はどちら集合にしますか? ……あ、この街に詳しくないのでしたね。そうしましたら、宿までお迎えに伺います」
「あ……と、助かります。ソラマメ亭の予定……」
「承知しました」ふわりと微笑んで、レイラはクロガネを覗き込んだ。「楽しみですね……?」
「口止め料のくせに」
「む……」
唇を尖がらせて不満を表現したようだが、否定はしなかった。
◇
応接室での冒険者登録を終え、冒険者協会のロビーに出てきて、本当にすぐだった。
見覚えのある顔の男は、あからさまにクロガネの背中を追いかけるように歩いてくる。
ヴォルガだ。迷惑男。
今回は一人ではない。ヴォルガと似たり寄ったりな雰囲気の男たちが計四名ほど。
ロビーを歩きながらクロガネに視線を送るのはヴォルガたちだけではない。ほとんどの冒険者はクロガネを様々な感情がこもった眼で見てくる。
とすれば、冒険者たちがヴォルガのあからさまな行動に気が付いていない訳はない。
だが、何かをしたわけでもない人を疑わしいからと呼び止める人もいないのだろう。
ヴォルガのような男はそういうことに対して過剰に反応するきらいがあるのもそれを助長しているはずだ。
クロガネは気が付かないふりをして、冒険者協会から外に出た。
そのまま、本来の宿とは別方向に移動する。
何となく、お世話になっているソラマメ亭を知られるべきではないと思ったからだ。
十分ほど歩いて、それでもヴォルガたちはニヤニヤと嘲笑うような表情を崩さず、クロガネの後方約五メートルの位置を維持し続ける。
「めんどくせーなぁ……」
クロガネの意識が僅かに逸れたその一瞬を、だがヴォルガたちは見逃さなかった。
腐っても冒険者。獲物の隙を狙うのは朝飯前だったということだ。
だが彼らはクロガネに襲い掛かるよりも早く、何者かに首根っこを掴まれ、持ち上げられてしまう。
「あ!? なんだテメ……」
といった男の顔が瞬く間に青ざめていく。
「面白そうなことをしているじゃないか、小僧ども」




