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星火の導く夜明け前の世界で  作者: 竜造寺。
1章 劫火赫灼の竜
33/37

1-19 幕間/亀裂

 

「どしたの、ナリィちゃん」と声を掛けたのはセスタだった。「やっぱり元気ないね。具合悪い?」

「あ、いえ、そういうわけではないのですが……」


 連絡が途絶えていたライカンスロープ討伐隊の第一陣、そしてクロガネが帰還してから一夜明けた翌日の昼。

 ナリィはパーティーメンバーであるセスタ、ククリと共に昼食を摂っていた。

 街の酒場が騒がしくなるのは決まって陽が落ちてから。酒場といえど、昼から騒がしいわけではない。そうした比較的静かな時間帯には、案外女性客が多い。


 そうして食事のために酒場に来たのはいいものの、ナリィの様子はどうにも芳しくなかった。

 セスタの言葉に煮え切らない返事を返すナリィは珍しい。ククリは食事を摂っていた手を止め、ナリィをじっと見つめた。


「悩みごと? うちらでよければ聞くけど」

「うん……ありがとう、ククリちゃん。でも、ほんとに大丈夫。ご、ごめんね、心配かけちゃって」

「んー、ナリィがそう言うなら無理には聞かないけど」


 そうして食事を再開する二人を横目に、ナリィはだがどうしても食事が喉を通らなかった。


 ライカンスロープの襲撃、そして赤竜との連戦。

 防衛戦かつ、夜間ということもあり圧倒的に不利な状況下でありながら、クロガネの貢献によってかなり有利に戦闘が出来たと言える。


 そんな戦いの中で、ナリィは一体どれだけ貢献できたのだろうか。


 クロガネと初めて顔を合わせた時の第一印象は、「さして強くもなさそう」……だった。更には、禁忌装具を使っているのではないかとまで疑ってしまった。

 ところがどうだ。蓋を開けてみれば、赤竜とやり合って生き残ったというのがあながち間違っていないということを、行動で示して見せた。

 言葉では言い返さなかったクロガネが、だ。


 更には、赤竜との戦闘からロクに休息も取らず、音信不通だった討伐隊を発見するという功績。戦闘後、冒険者協会へと戻っても姿の見えないクロガネがいつの間にやら旧都跡にいると聞いた時は度肝を抜かれた。


 クロガネは気が付かなかったようだが、タングリア旧都跡へと向かった救出隊に、ナリィも同行していた。

 遠目にクロガネを見て、声を掛けようか逡巡した。

 結果から言えば、話しかけることは出来なかった。何て声を掛ければいいのか、分からなかったのだ。


 その時のナリィは、自分の情けなさ、ちっぽけさに、押しつぶされそうな気持ちだった。


「はぁ」と、ナリィの無自覚なため息。心を落ち着けようとナリィはコップへと手を伸ばすが、誤って手の甲で弾いてしまった。「あっ……」


 ばしゃん、とテーブルの上に大きな水たまりができた。


「あっ、ご、ごめ……っ」

「……ナリィ」


 その時だった。

 その声にびくりとナリィは肩を震わせた。ククリの声のトーンが普段よりも低く、威圧的だったからだ。


「え、あ……その」


 すぐに分かった。ナリィは自らの言動を間違えてしまったのだと。


「……言おうか迷ったけど、やっぱ言うね。ナリィ」ククリの声は、ぞっとするほど冷たい。「シユウより、あのクロガネとかいう奴のことばっかり気にしてるよね」

「……」


 そんなことないよ、と言おうとした。

 だが、動いたのは唇だけで、言葉にはならなかった。


「嘘。マジで言ってるの?」と言ったのはセスタだ。「私たち、シユウのために頑張るって決めてパーティ組んでるんだよね?」


 勿論だよ、と言おうとした。

 けれどやはり、言葉にはならなかった。


 心臓が痛いほどに強く鳴る。息苦しい。肺を満たすのは酸素ではなく、緊張と恐怖。それらは肺胞から血中に入り、全身を駆け巡る。


「……なんで何も言わないの……図星なの?」

「違うならそういえばいいじゃん。何か言ってよ、ねぇ」


「そっ……そんなこと──……」そこから先は、やはり言葉にならなかった。


 ナリィが、自分に心底がっかりしたからだ。

 そんなことない、クロガネなんてどうでもいい、シユウのためにこれからも頑張る。そう言えば、この場は丸く収まる。それは確かだ。そう言えばいいだけだ。そう言えばいいだけ。そう言えば……いいだけ。

 けれどそれをナリィが言う理由は、ただ二人から“嫌われたくない”からだ。


 本当は。

 クロガネみたいに戦えるようになりたいと、思っている。


 そして、目の前にいる二人はまるで、初めてクロガネと会った日の私たちみたいだ、と、思った。


「…………ごめん」


 ナリィは俯き、視線を合わせることも出来ず、消え入りそうな声でそう言うのが精一杯だった。

 言葉、声音、そしてナリィの仕草。その全てがククリの癪に障った。


「……さいあく」とククリが言った直後、おもむろに手元にあったコップの水をナリィに被せた。そこには一切の躊躇がなかった。


 冷水は容赦なく、ナリィの身体から熱を奪っていく。

 熱と一緒に、信頼感まで消えていく。


 ……そこそこの期間を同じパーティで行動したというのに、ナリィの言動は全てが不正解だった。かといって、セスタとククリが正解とも言い難い。

 仲間としての意識が薄かった、ということが露呈した瞬間だった。

 この帰結はある意味必然だった。シユウのためと一個人に向けられた羨望は、必ずしも良い方向になるとは限らない。


 パーティ内での相互の信頼が成り立たねば、脆く、崩れるのもあっという間だ。


 およそ、六秒。

 怒りのピークが過ぎ去って初めて、ククリとセスタはハッと辺りを見回した。

 そこで初めて、酒場の空気が一瞬にして冷え付いていることに気が付く。その表情には若干の焦りが伺えた。


 そりゃそうだと、ナリィは思った。水を被ったナリィの頭は、やけにすっきりしていた。ようやく冷静になって、だがそれだけだ。解決の糸口が見えたわけではない。

 というか、これはもう修復不可だろう。ナリィの脳裏を、諦めの二文字が支配し始めていた。


「……ふん」


 怒りと苛立ちが六割。周囲の視線による焦りと少しの罪悪感。といったところだろうか。

 ククリが懐から取り出した小銀貨を数枚ほど机に投げ捨てると、そのまま何も言わずに席を立ち上がった。セスタもそれに倣っていたが、小銀貨を投げ捨てはしなかった。

 そのまま二人が店を出るまで、遂にナリィは一言も発することが出来ず、視線を上げることさえ出来なかった。


 机の水たまりに浸かった小銀貨は、二人との決別だ。

 それを眺めながら、ナリィは下唇を強く噛み締め、涙を堪えた。


「……う、うう…………」


 なんて弱い人間なのだろうと思った。

 悔しくて、苦しくて、たまらない。


 気を紛らわせるように、冷めてしまった食事をようやく口に運んだ。

 味は分からなかった。



 ◇



「ナリィちゃんがあんなだとは思わなかったなぁ」セスタはどこか申し訳なさそうにそう言った。「でも、やりすぎじゃない?」

「なに、セスタもクロガネとかいう奴気になってるの?」

「そうは言ってないよ。ただ、相談しても良かったのかな、とは思って」


 む、とククリは眉をひそめた。その様子を見るに、突発的な怒りに身を任せてしまったであろうことは想像に難くなかった。


 店を出て通りを歩く二人の歩調は普段よりやや速く、表情も険しい。傍から見て話しかけ難い雰囲気であるのは間違いなかった。


「……でも、だとしても納得いかない。だって、これまでずっとシユウのために頑張ってきたんだよ」

「まぁ……そうだね。私もあの態度はあんまり気に入らない……けど、懸念点があるとすれば」

「すれば?」

「パーティの魔法士と連携取れずに怪我するのはやだな〰〰」

「あー……」


 二人は冒険者だ。

 だからこそ、パーティ内の不和がどのような結果をもたらすかは知っている。

 喧嘩して不仲なまま討伐依頼に向かい、戻らなかったパーティ。

 パーティ内で横行したいじめにより、戦闘中に背中へ矢を放たれ、置き去りにされた男。

 対抗する力を少なからず持っている冒険者にとって、そうした不和は本来背負うはずではなかった大きなデメリットを抱えることにもなる。


「……うぅん」とククリは頭を掻きながら言う。「それは確かに困る」


 あくまで二人の判断基準はシユウのためになるかどうかというところであり、結果的にそれが二人を思い留まらせた。

 不和による連携ミス、そこから繋がる未来はどれも暗いものばかりだ。

 それをシユウが望むわけもない。


 そうして二人が考えを改めようとした、まさにその時だった。


「ああ。そこはもっと仲違いしていただかないと」

「え?」


 突然、背後からしわがれた声。その声だけで少なくとも老人の男性であることはすぐに分かった。

 咄嗟に振り返ると、視線の先にいるのは何の変哲もなさそうな老爺。だが二人は直感ながらもその姿に警戒心を高めた。


 何かが変だった。

 だがその何かは形容できない。


「少々、記憶を消させてもらうよ」

「は? 何言っ──」





















「ナリィちゃんがあんなだとは思わなかったなぁ」セスタはどこか申し訳なさそうに言った。「でも、やりすぎじゃない?」

「なに、セスタもクロガネとかいう奴気になってるの?」

「え? まさか。それだけはありえないんだけど」


 む、とセスタは眉をひそめた。クロガネが気になっている、と思われるのがよっぽど嫌なのだというのはその表情を見れば一目瞭然だ。


 店を出て通りを歩く二人の歩調は普段よりやや速く、表情も険しい。傍から見て話しかけ難い雰囲気であるのは間違いなかった。


 二人はそのまま口数少なく歩いていく。

 ナリィへの不信感を募らせながら。



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