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星火の導く夜明け前の世界で  作者: 竜造寺。
序幕 平等に無情なこの世界で
1/17

0-01 落日

 

 クロガネの視線は動かせない。

 視線だけじゃない。そもそも身体の感覚がない。


 そんなクロガネの動かない視界の中で、その女性は泣いていた。

 この世のものとは思えない美貌。それもそのはず。女性の頭上には四重の光輪が浮かび、そして女性の涙は宝石のように煌めく。それら全てが、女性は人間ではないということを表している。


 ごめんなさい、とその女性は言った。

 その後に、ありがとう、とも続けた。





 暗転。











 ────星が見えた。

 漆黒の世界を彩る無数の星々。


 クロガネはその世界を、漂う。


 上も下もなく、右も左もなく、前も後ろもない。

 天もなければ地もない。

 自分が動いているのか、世界が動いているのかさえ、分からない。


 終わりの見えない無限遠の彼方を眺める。


 ぴか、と一際輝く星に気が付いた。

 光の尾を引いて、宙を流れる星。


 遥か彼方を流れていたはずのそれは、あっという間にクロガネに接近し、手を伸ばせば届くほどの距離を静かに通り過ぎた。


 途端に、ぐい、と身体を引っ張られるような感覚。


 落ちているようであり、昇っているようでもある。

 それに身を任せて、目を閉じ────










 明転。





「──う」


 目を覚ますと、そこは一目見て分かるほどに森の中だった。


「……、うん……?」


 空を覆い尽くすような木の葉、その隙間から漏れた光が、今は日中であることを教える。


 クロガネが身体を起こすと、粉塵や落葉が宙を舞った。

 まるでとても長い期間ここで眠っていたかのような状態だった。立ち上がろうとすると、当然ながら下半身に積もった塵がぶわり、と拡がった。


 森の中に風はなく、一度舞い上がった粉塵はゆったりと漂う。

 咳き込みながらその場を離れたのち、クロガネは服を手で払った。

 当然、粉塵が舞う。だが、やはり尋常ではない。その量は、数時間程度森の中に寝転がっていた程度の付着量ではないのは確かだ。


 初っ端から想定外な出来事に直面し、思わずクロガネは頭を抱えた。

 どうにか落ち着こうとそれまでの経緯を思い出そうとして、結果から言えば更に混乱する羽目になった。


「え、いやいや……」


 思い出せないのだ。

 まるっきり。


 思い出せるのは、自分の名前や、常識的な知識。だが、クロガネがここで眠っていた経緯に関わるであろう過去の記憶は何一つ思い浮かびもしない。


 あまりに心地の悪い感覚だった。


 ふと、背後に誰かがいるような恐怖に襲われた。

 何の変哲もない森の中ではあるが、そこに自分が眠っていた──或いは、“倒れていた”──理由が定かではないというなら話は変わってくる。


 もしも自分の意思でここに来た訳ではないというなら。

 ──殺される。

 その四文字が、ふわりとクロガネの思考の真ん中に舞い降りた。


 急にいても立ってもいられなくなり、クロガネは走り出した。ここから逃げないと。そんな漠然とした感覚が正しいのかそうでないのかを判別する冷静さは、既に持ち合わせてはいない。

 

 だが、そんなクロガネを嘲笑うかのように、ある一定のラインから先には進めなかった。

 走っていたクロガネは、見えない壁に顔面から衝突し、よろけて尻餅をついた。鼻血が垂れる。だがクロガネはそれを拭うこともせず、呆然と虚空を眺めた。


 クロガネの思考は混乱のピークだった。

 コップの縁、表面張力でギリギリ形を保っている水は、僅かな拍子で溢れる。

 クロガネにとって、それが今だった──と言うだけの話だ。


 頭は途端に真っ白になり、思考そのものが完全に途切れる。


 クロガネはピクリとも動かず、尻餅をついたその姿勢のまま、一体どれだけの時間が経過したのか。

 一瞬だったようにも、何時間も経ったかのようにも感じられたその時間に終わりを告げたのは、凛と透き通る女性の声だった。


「──ああ、ここに居たんだね……探したよ、もう」


 ハッとして振り返ったクロガネの視線の先には、真っ白な髪の女性がいた。


「五年ぶり……いや、初めましてだね。私のことは、ヤタガラスとでも呼んで」

「……」

「あ、あれ? クロガネくんだよね?」

「…………」

「え!? な、なんで泣いて……、ええ!?」


 クロガネは、自分が思っている以上に自分自身が弱いことを悟った。

 それ故か、一度溢れ出した涙は留まることを知らない。


「ああ、そっ、か……記憶……そうだよね、怖かったよね、ごめんね……」


 ヤタガラスは優しくクロガネを包み込んだ。

 クロガネは彼女のことを知らない。だが、それでも不思議なほどその胸元は心地よく、自分でもみっともないと思ってしまうほど、長く、長く、泣いた。


「ごめんね……クロガネくん」



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