そのヨンジュウキュウ 八岐大蛇んズ
「停車準備ィ……全隊止まれ!イチ、ニ!」
ダンダン!と。仁美の号令で口裂け女もさつきもピタリと足音を合わせて止まる、すっかり息があっている。
「昴ヶ丘・丘の上公園」。今一向はその入り口前にやってきた。
ちんまり小さなその公園はしかしその名のとおり、高台にあって昴ヶ丘の町を一望出来る。多くの人々のお気に入りの憩いの場所であり、そして時は今夏休みだ。混雑があっても何もおかしくないはずなのだが。
「やー、変だね早苗?なんだか誰もいないよ?」
公園の入り口から覗いてみた限り、そこには人影はなく静まりかえっている。
……いや早苗は思っていた、気づいていた。人影ならここに来る道中ですでに、皆無。でなければ仁美たち三人の異様な電車ゴッコは、絶対に人に見咎められていたはずではないか。
早苗は少しためらいがちに口籠もりながら。
「お師匠の術の力よ。あのね仁美?その……特別霊感の強くない人でも、今この公園に近づくと……『なぁんか嫌な感じ』がするはずなの。『不安に駆られて帰りたくなる』みたいな。
無関係の人が寄りつかないように……猫又さんが言ってた『毒ガス』には、そういう効果もあって……」
「え、そーなの?あたし全然……あ、そっか……」
「タマグライ」である自分には、どうやらその効果も無効なのだろう。ゾクリと背筋に寒気。仁美にとって薄気味悪いのは、むしろ自分のその得体の知れない能力の方だ。そしてまたしても気持ちが沈みかけたが、はたと気づく。
(だったらニコは……!)
霊能力的には、妖怪よりも普通の人間にずっと近いというニコ。ならば彼女は、きっとその不安不快の術の影響を受けていたはずなのだ。いや、今も。
(でもニコは、ノッコのためにその怖いのを我慢して、先生の家まで……)
負けてらんない。仁美という少女は朗らか和やかだが、別面熱いファイターだ。たちまち迷いをその場にゴロッと置き捨てサッと後ろを振り返り、テキパキと。
「ヨシ。口裂けさん、さっちゃん、ここからは電車隊形はやめよう。巌じいに気づかれないように、隠密行動に切り替えます!
二人とも、もっとあたしにピッタリくっついて。そんで、三人で固まってそろそろ進む。どう?」
「わかった。じゃ、二人で横に並んで仁美の背中にくっつこう。あたしは右、猫さんは左」
「ニャハ、ガッテン♪」
位置につくなり口裂け女の肩に腕を乗せるさつき。口裂け女も無言で組み返す。そして空いている片手を二人同時に仁美の肩へ。
「完成、トライアングル・フォーメーション!んじゃ行こう。
……早苗、こっちは準備オーケーよ」
すぐ立ち直った親友の顔に、安堵のため息を軽く吐く早苗。
「そうね仁美、それじゃここからは私たちが先導するわ。お師匠の力の濃さを測りながら進むから。着いてきて」
前に立つ槌の早苗、頷く三人。そして一行は公園の入り口の自転車止めゲートを越えて、目の前には上り坂の小径、目指すは頂上の展望台だ。しずしずと進んでいく。
巌十郎の術から、悪影響は受けない槌の早苗。だがもちろんわかる、感じる。上る程に威力が強まる、霊力の暴風。
ああ土屋先生は、メリーさんは、このまっただ中で果たして?
「ぬわ〜〜〜、目が回るぅ〜〜……天井が全部俺っちよりくねくねだぁ〜〜……」
「キィィィィ!脚が、脚が攣る!」
「「ぽぽぽぽ、ぽぽ〜う……」」
土屋邸の居間は、今や野戦病院さながらの有様。早苗の術でここに飛ばされて来た怪異達だったが、口裂け女の言った通り全員、出現即KO状態だった。
巌十郎の術はタチの悪いことに、それぞれの最も優れた器官あるいは能力を狙い撃ちしてくるらしい。精神操作を得意とするくねくねが正常な感覚を、瞬足のターボばばぁがその脚を、八尺様たちはふわふわ感を、それぞれ「毒ガス」に封じられている。口裂け女が辛うじて行動出来たのは、リーダーとしての責任感とど根性もあったのだろうが、どうやら彼女がオールマイティ型で症状が全身に分散されたため。なおそういうメンバーはあともう一人いたのだが、その彼は今、坂の途中でぶっ倒れている。
「キュイ、キキキィ……」
「はい、お水どうぞ。むせないようにね?」
腕ごと指が麻痺して動かせないてけてけを抱き起こし、ニコは水を飲ませる。それが終わると、すぐ横のターボばばぁの脚を摩り始めた。
「大丈夫ですか?」
ばばぁの今の脚の痙攣は巌十郎の術の作用のため。マッサージに効果があるとはニコも思ってはいないが。
「ああ、そやってもらえるとね、少ぉし楽になる気がするよ。お嬢ちゃん、ありがとなぁ……」
彼女の存在は、間違いなく怪異達に安心を与えている。いや、そうして世話の真似事をしていれば、ニコ自身も気が紛れる。薄まるのだ、彼女を途切れなく襲う不安感が。いそいそと皆に声をかけ、様子を見て回る。
「弍ノ口さん、ゴメン」
次に並んでいたのは珠雄。人間大のまま半化け、猫の顔をハッキリ晒している。ヒゲを切なそうに押さえているのは、どうやらそこが彼の弱点なのだろう。
「いいんですよ。さっきまであんなに頑張ってみんなを運んでくれたじゃないですか。ゆっくりしてて」
「や、そうじゃなくてさ……さっき電車で……」
「左波島くん、それはね?あとで聞かせてもらいます。いいの、今は。
……だったら今だけちょっと、みんなのこといいですか?お寝間のお養母さんを診て来ます」
病人だらけのこととて、ニコは足音を立てないようにすり足気味でそっと居間を出て行く。
(強いな。僕、みくびってたよ)
世に人に、どうやら化け方というのは、本当に様々あるらしい。勉強になるね、と珠雄がいつものようにちょっとシニカルにニヤけると、その表情筋の動きで。
「アイタタタ、ヒゲが痛い……まいったなコレ」
でも彼も思う、負けてはいられない。のっそりと上半身を寝ていた毛布から起こして。
「さぁ皆さん、頑張って下さい、あともう少し!さっきの口裂けさんの念話、聞こえてましたよね。もうすぐ早苗さんや口裂けさんたちがなんとかしてくれますから!」
元気づけるつもりで、うっかりそう声を張り上げたが。
「じゃっっっかましいわい!お前なんぞに言われなくても、わかっちょるわそんな事!
……ああやっぱり看病は、あのお嬢ちゃんの方がいいのぉ……」
ターボばばぁの一喝に、他の一同もうんうんと。珠雄は顔をクシャッとしそうになって、多分ヒゲが痛むからそれは慌ててやめた。
「やれやれ、ひとまずこれでよし……済まないね悦子さん、君にこんな事を手伝わせるのは申し訳ないんだが」
「いえいえ。これもこのお家に嫁いだ嫁の務めですよ、あなた」
意識を失った八ッ神恐子を、俊介は社殿に運び込み、毛布とロープで簀巻きに。それを俊介の妻、すなわち早苗の母である悦子が手伝っていた。
たとえどれほどの悪人でも、紳士の夫には女性を縛り上げるなどためらいがあるに違いない。同じ女である自分が手伝えば、夫の疾しさも少しは薄まるだろう、と。
「この御社の中なら結界がありますから。この方が目を覚まされても、もう悪さは出来ないでしょうけど。でも、やけになって暴れ出したりしたら困りますものね」
そして、法律的にもギリギリアウト寄りのその夫の行為の正当性を、さらっと弁護。
女の子は父に似るもの、と言われる。だが早苗はどちらかと言えば悦子似、俊介はそう思っている。思慮の細かさはあるいは自分と半々か、とは思うが、自分は何かと内にこもるタイプ。その思慮を他者への積極的な思いやりに変えていくところが、早苗が妻から受け継いだ美徳だ。
そして何より。悦子には微弱ながら明らかな霊能力がある。
彼女の実家は、占い師兼祓い屋の家系。特に強力な悪霊祓いの依頼があった際に、父巌十郎が時折力を貸していた、とある人物の娘だった。
無論、全てはその力が目当て、などという封建的な話ではない。互いの父の交際に付き添う形でたまたま知り合った二人は、似たもの同士として自然に惹かれあい、結ばれたのである。
だがしかし、では巌十郎にそういう下心が全く無かったのかと言うと……
その点において、父に完全な潔白を要求するのはむしろ酷だろう、俊介はそう思っている。父には鴻神流退魔術を次世代に引き継ぐ大事な使命があるのだから。そして悦子はそういった鴻神家の機微をよく理解納得した上で、俊介に嫁いで来た。
「早苗の力ですか?もちろんあなた譲りですよ」
折に触れては、悦子はいつも夫にそう言う。そして。
「わたしの実家の術なんて、鴻神の御家の術と比べたら、とてもとても……お話になんてなりませんから。
蛇神様の御力は、あなたの中にも確かにあるんです。ただ眠っているだけ。早苗はね、ちゃんとそれを受け継いだんですよ。
そうですね、もしわたし譲りの力が早苗のためになっているとしたら……『目覚めの呼び水』になったくらいじゃないかしら」
そう言って夫を立てる、この古風でよく出来た妻君に、フェミニストの俊介はむしろ頭が上がらない。鴻神悦子とは、そういう女性だった。
「それにしてもあなた?この方もこうして気を失っていらっしゃるんですし。そろそろ術をお解きになってもよろしいんじゃないですか?」
「……え?」
だがその悦子が、妙な事を言い出したのだ。
「いや、僕はとっくに……どういう意味だい?」
「あら?じゃあ今ここにこんなに強い霊気が漂っているのは?」
「何だって?」
夫婦が怪訝な顔を見合わせた、その時。
「鴻神俊介どの、此度のお手並み誠にお見事でございました。奥方どのにもお手数をお掛け致しましたね。ありがとうございます」
恐子を縛り上げる作業で二人がちょうど一緒に背にしていた、拝殿の奥の御神鏡の面に、映し出されたその姿。
白い衣の少女だ。
「ですが、今。別の場所で大変由々しき事が起こっています。蛇神さまがそのことをいたくご懸念になられ、対処のためこうしてわたくしが、神界から遣いで参った次第です。
わたくしの名は桜子、法名を寂桜と申す者……あれ皆さま、あまりお驚きになられませんように?」
ああ、まさかの大奇瑞!伝説の桜姫、顕現とは?
いやこれを「驚くな」とは、どうあがいても無理というものだ。揃って蒼ざめた顔になった夫妻は、はじかれたように鏡に向き直りその場にはったと平伏。
すると、今度はその伏せた頭の上をかすめるように、なにやら妙な別の声がする。
「「「「「「「「ウェ~~~~~~~~~イ♪みんなぁ?ウネウネしてるぅ?」」」」」」」」
多くの声がピタリと重なって聞こえる。まるで小編成の男声合唱隊のよう。
「「……??」」
顔を伏せたまま、お互い怪訝な流し目を交わし合う夫妻。何者?と。
すると桜姫の声が涼やかに。
「大蛇様?少々はしゃぎすぎでございますよ?」
「「「「「「「「だってぇ桜ちゃん、ワシら、現世、超久しぶりなんだも~ん!
ほらそこのお二人さんと、もう一人!いいから顔上げてこっちこっち見て見てホラホラ♪……このワシらがぁ!」」」」」」」」
何かこう、どうにもろくでもない予感しかしない。夫妻が平伏の体制を崩さぬまま、どちらかと言えばあげたくない視線を、おずおずと首だけ上げて前を見ると。
御神鏡に蛇の首が八本、ニョロニョロと生えて!
「「「「「「「「そうです、人呼んでこのワシらが!ウイ・アー・八岐大蛇んズ!」」」」」」」」
「大蛇様?『人呼んで』のすぐ後に『ウイアー』はおかしいと思います。あと、なるべく現世にはみ出ないようにお願い致しますね。天地の理が乱れますので」
「「「「「「「「……はぁい」」」」」」」」
桜姫の冷静で手馴れた棒読み口調のツッコミと注意に、すごすごとあとずさりして鏡の中に収まる蛇の首たち。
ええ?まさか今のが?アゼンとする鴻神夫妻の、その傍で。
「そ、そそそそそ、そんなぁ!い、い、いいいいいい、今のがぁぁぁぁぁ??」
簀巻きにされた体でビッタンバッタン、水揚げされた海老のように跳ねてるのは、目を覚ましてた八ッ神恐子。
「「「「「「「「そうです、ワシらが!」」」」」」」」
「大蛇様お下りを。あと、文末禁則処理で文面がたいへん見苦しくなります。ここからはカギ括弧は一組で」
「……はぁい」
「……そんなの、嘘よォォォォォォォォ〜〜〜〜!!」
女妖術師の声の裏返りまくったその悲鳴に、鴻神夫妻はそぞろ同情を禁じ得ない。
口では嘘だと叫んでいても。信者の恐子は、眷属としての霊感によって否応なくわからせられてしまったのだろう。どうやら今のヘナチョコ多頭蛇霊こそ、彼女が自らの主神と崇めていた存在、すなわち。
……かの超古代の大邪神(?)・八岐大蛇その蛇なのだ、と……
(続)




