そのヨンジュウゴ 恭子ちゃん
(あ痛たた……みんな?大丈夫かい?)
(いや〜姐さん、あんまり大丈夫でもないけど……)
(動くだけならどうにか、じゃが……)
口裂け女が念話で点呼。返事が返ってきたのはくねくねとターボばばぁの二人。先に倒されたトンカラトンと、てけてけにダブル八尺様(なぜ二人に増えたのかは口裂け女には謎だったが)は電撃をくらっていまだにダウン中。
ここは這ってでも仲間の救助をと、動き出そうとした口裂け女だったが。
(待って皆さん、動かないで。そのままもう少し伏せていて下さい)
その脳裏に声なき声が飛び込む。
(……早苗?)
(今少しで巫女殿の回復が終わる、さすれば――私の術で皆さんを脱出させられます――あのカラクリ宇宙人と妙な怪物共、彼奴等がいる限り下手に動いてもまた――隙を見て一気に逃げましょう……!)
なるほど、ダブル八尺様(なぜ二人に増え以下略)がダウン中の今、脱出するなら早苗の力を借りるのがベストだ。怪異たちは槌の早苗の指示に従う。
……もっとも、口裂け女たちは知らない。ここにメリーさんがいたら、昴ヶ丘八尺様に意識があったら、早苗のその作戦には異議を唱えただろう。
実は早苗のスマホにインストールされた神隠しの術には、八尺様のオリジナルとは違う大きな欠点がある、早苗もそれはわかっている。
だが早苗は覚悟を決めた、槌の輔もその覚悟に従う。
(私がみんなを助ける――そして某が巫女殿を守るのみ!)
「ニャハァ?なるほどねぇ……んじゃここはあたしの出番かね」
今は半化け状態のさつき。ウルフカットの髪の中からにょっきり伸びた猫耳をひくひくと動かしながら、怪異たちと槌の早苗の念話に聞き耳を立てる。そして半分振り返りながら背後の仁美に。
「えと、そっちのお前さ、名前は後で聞くからお前呼びでいいな?お前は珠雄と一緒にそこのカップに隠れてな。妖力でフタしといてやるよ。
……珠雄!潮時だ、コソコソすンのはもう止めな。万事上手くいったら、土蜘蛛様にはあたしからよぉくとりなしてやるから。
いいね、バラすよ?」
(わかりました、確かに僕も覚悟決めなくちゃ)
クスっと苦笑いのため息で了解する珠雄、聞いてさつきは動き出す。怪異たちの倒れている敵の眼前に向かって、これ見よがしに大げさに、浴衣の裾を大きく捌き、役者気取りで六法踏み踏み!
「ニャハハハハ!あいやしばらく、しばらくしばらく、しばらぁぁぁぁぁぁく!!」
(ヤスデ……貴女これからどうするつもりなの……?)
進化してしまったグロゲロたち、現れてしまったアークマザー。
だが、この場には肝心のターゲットがいない。
――人が大勢集まる場所で、グロゲロたちを放って騒動を起こす。
事態収拾に現れた土蜘蛛と巌十郎はそこで鉢合わせになる、あるいは無理矢理鉢合わせにさせる。
やがて二人が相争って弱ったところで、グロゲロを進化させ……
その力を使って、二人を同時に抹殺する!――
これこそが八ッ神恐子の、今や総崩れになってしまった、本来の計画。グロゲロは宿敵をおびき寄せる撒き餌であり、同時に最後の切り札になるはずだったのだ。
しかし。銀色に輝く怪物たちは、今この場に無意味に空しく、ただ蠢くばかり……
そしてこの際。自分の計画が台無しになってしまったことよりも。
(無茶はダメよヤスデ……!)
今、八ッ神恐子は頭上にひしと感じる、ヤスデが振り撒くその恐るべき殺気を。そして後悔している。
思い付きで強引に初めてしまったこの最終作戦で、成り行きとはいえ自分は余りにもヤスデの気持ちをないがしろにしてしまった。
何がヤスデをキレさせたのか?間違いない。
彼女が憎み忌み嫌い目の敵にしているお邪魔娘1号と自分が、必要以上にじゃれあって。その姿をヤスデに見せつけてしまったから。
(ヤスデ駄目よ、特にスーパーコーデだけは……!)
そう、作戦はすっかり瓦解した、最早どうでもいい。今考えるべきはただ、怒りに震える今のヤスデをどうなだめたらいいのか、だ。恐子は固唾を呑んで思案を巡らし、様子を伺う……
だがその時、その視界に、飛び込んできたのは。
「しばらぁぁぁぁぁぁぁく!!」
「……あれは!まさか?さっちゃん??」
「ん?何アレ?」
さつきの大げさな歌舞伎登場アクションは、もちろんヤスデの注意も惹きつけた。
「ま、何でもいっか……邪魔っけ。プチ!」「フラ!」
躊躇なく放たれた電撃、だがそれをさつきは。
「おっと、ニャッハァ!!」
頭上に張った妖力の傘で、またもや鮮やかに受け流す。
「あたしゃ普段から基本、野良暮らし。雷のあしらいには慣れてンのさ♪
オイ!そこの飛んでる小娘!お前はちょっと黙っとけ!
あたしは恭子に話があンだよ……恭子ォォォ!!」
「さっちゃん……さっちゃんどうして?どうしてさっちゃんがここに?」
「あいつに教えてもらったんだよ……ちょっと顔出しな!」
おっとお呼びだ、と珠雄は一旦カップの中からそのまま立ちあがろうとした。が、すぐに見えない天井に丸めた背中がつかえる。さつきが被せておいてくれた電撃防御の見えない傘は、物理的にも通過不能らしい。ただし被せてあるのはどうやら上方向のみ、カップの乗り込み口、側面のU字の切り込み部分なら開いている。
珠雄は猫に変わってそこからサッと滑り出て、カップの外で再び人間に変化。パタパタとさつきの側に駆け寄って。
「僕ですよ僕、わかりますか?お隣の……」
「え?珠雄くんなの?何で君が?」
恐子の問いに、珠雄はいつものあのクシャッと困り顔に頭を掻き掻き、シニカルに。
「ごめんなさい蛇ノ目さん。あなたがこの町であんまり無茶なことするから、僕困っちゃって。どうにかしてあなたを止めないとって。
だから僕、あなたのことを調べに出雲まで行ったんです。それでさつきさんに会って……もちろんス・ミ・さ・ん、にも」
その人の名を、珠雄はひときわ力をこめて呼ぶ。
「……おっ母ちゃんに?」
「ねぇ蛇ノ目さん」明らかに変わった相手の声の調子を、珠雄は聞き逃さない。彼もまた、言葉に熱を込め始める。
「いいえ、八上恭子さん。八岐大蛇の復活なんて、そんな恐ろしいことは!もうやめて下さい。
あの人に会って僕、よくわかったんです……いいえ、その前からだって僕は!僕のママの素敵な友達の『蛇ノ目さん』を知ってた、初めからわかってた、そしてスミさんが、僕に確信を与えて下さった。
……あなたはホントは、とってもいい人なんだって。ただあなたは自分の夢に真っ直ぐ過ぎて、それで……
でもこんなこと、もう続けちゃいけません!あなたがこんなことしてるって、スミさんや僕のママが知ったら、どんなにがっかりするか、傷つくか……それにあなた自身だってきっと……
それに恭子さん、僕にとっても!あなたは素敵なお隣さんですよ、大切な『トモダチ』だ!だから言うんです、もうこんなことやめて下さい!
僕は……これ以上、あなたに傷ついて欲しくない!!」
「珠雄くん……」
「よく言った……よく言ってくれたね珠雄!お前、思ってたよりずっと男らしいじゃないか!気に入った、惚れたよ♪
ああ恭子、どうやらあたしの言いたかったこたぁ、今珠雄がみんな言ってくれた。うんうん、珠雄の言う通りだ。
なぁ恭子ちゃんや?もうこんな似合わないこたぁおよしよ……ね?」
「珠雄くん……身衣子さん……さっちゃん、おっ母ちゃん……!」
母・スミに成り代わったようなさつきの声に姿に、そして珠雄の呼びかけに。恭子の心は揺らぐ。
もとより。八岐大蛇の復活が果たされた時、この人の世がどうなってしまうのか、そこまでは彼女にもわからない。
「知ったことか!」、「全ては理想の世界のために!」、そう思っていた。そして心の目を塞いでいたのだ、八ッ神恐子と名乗った時から、その扮装の青いサングラスで……
だが今、胸中に浮かぶ暖かい面影の数々が、忘れていた畏れの心を呼び起こし……
「ふぅん?」
しかし、そこに割って入ったのは、氷のように冷え切ったヤスデの声。
「恐子ぉ?いいよ別に、あんたが一人で降りたってさ。勝手にしなよ。元々あたしたちは、親分子分でも仲間でもなかったんだ。お互い利用しあっって、Win-Winでって。あんたがそう言ったんだ。
だから裏切ったのかとかも言わないよ。あんたが一人で負けでいいっていうなら、それでいい……
あたしは!これからもあたしの好きにするだけだから!!」
(ダメだわ……ダメよさっちゃん……)
恐子は悟る。そうだ、もはや自分だけで降りるわけにはいかないのだ、自分にはある……ヤスデに対する責任が……
(よいぞ巫女殿、今だ!)
「行きます!!」
どうやら、珠雄とさつきの言葉も、八ッ神恐子を完全に説得するところまではいかなかったようだ。だがそれで十分。その間に二人は稼いでくれた……
早苗の体を回復させるのに十分な時間を!
槌の輔の合図に、早苗はたちまち応えて立ち上がり、
「畏み畏み、かんかんのうのきうれんす、アノクタラ・サンミャク・サンボダイ、我古来闘者悪魔不動!
……早苗流・流し拐いの術!!」
どこかで聞いたことのあるようなないような、適当即席のミックス呪文とともに。早苗が巻き起こしたのは、黒い怪異の闇の奔流。それは廃工場の戦いで八尺様が自分達を拐っていったのと、同じ術の再現だった。
そして。
「出来たぁ!」
(やや巫女殿?まさか?)
「はい、ぶっつけ本番です!!」
(ななな、何と?)
早苗はあの時八尺様のその術を、拐われながら見ていた。多分自分でも、おそらくやれば出来ると思っていた。そして今なら、強力な槌の輔の霊力も借りられる。だが今までの早苗なら、このギリギリの状況でそんな確信の持てない手段の行使は躊躇しただろう……
(でも私、仁美からさんざん教わりました。時には火事場のクソ度胸も必要なんだって!そうです、今こそそれを使う時!)
(タハハ……巫女殿、そなたがまさか……)
そんな無謀を、と。唖然とする槌の輔。
だがこの博打はまずは当たった。早苗の呼び起こした闇の雲の流れは地面を勢いよく這い進み、まず地に伏せている怪異たちが順にその場から消え、そして流れは八ッ神恐子を説得していた珠雄とさつきに届く。
「プチ!」「フラ!」
そしてそれを阻止しようと放たれた新たな電撃を。
「ニャハァ!」
間一髪!さつきが早苗の頭上に飛ばした見えない妖力のフリスビーが防ぎ弾く。
「あたしは残るよ!雷から守ってやる、珠雄は拐え!」
「はい、猫又さん!」
かくして黒い流れはさつきを迂回して、珠雄だけがその場を去り。
……だがしかし、ノッコは?
実は彼女は電撃でカニ円盤から振り落とされて、早苗からみて前方のかなり遠くに落下していたのだ。そう、それはカニ円盤とヤスデの下をくぐったさらに先。
……遠い!
「届いてぇ!早く!!」
急がなければならない。
怪少女ヤスデが狙っているのは間違いなくノッコ。なんとしても救わなくてはならない、しかしその上もう一つ。
実は仁美が、まだカップに残ったままだ!
カップはその時、早苗からさほど遠くはない後方にあった。だがしかし、後方というその位置がまずかった。彼女を先に救出してしまったら、闇を流す距離は往復ではかなり長くなる。そしてグズグズすれば、当然ヤスデが途中で妨害してくるだろう。それではノッコまで救出出来なくなるかもしれない。ゆえに早苗は、距離としてはごく近い位置にいた仁美を、そうと知った上でやむなく後回しにせざるを得なかったのだ。確かにさつきのお陰で、電撃は一度は回避出来たが。
――急がなければ、ならない!
「お願い、あともうちょっとぉぉぉぉ!!」
闇の雲を術で必死に押し流す早苗。もう少しでノッコに届く、あと数十センチ、そして十数センチ……だが!
「プチ!デカブツに撃って!」「フラァ!!」
なぜかその時、ヤスデがプチに次に狙わせたのはあのアークマザーだ。するとたちまち!
「ルルルルルゥ〜」
どこに発声器官があるのか、それとも全身で発するのか?銀色の巨大な怪物が奇妙な声でいななく。その声に、サークルを作ってマザーを取り巻いていた小さなグロゲロたちが、一斉にざわざわと動き出して!
(((超グロゲロもアークマザーも、基本的には誰にもコントロールは出来ない……でも攻撃されたら、やりかえす……その場にいる『力ある者』を探知して、無差別に!)))
ヤスデ、八ッ神恐子、そして狭いカップの中から見ていた仁美の胸中は、ピタリと一致する。だが次に吐いた叫びは三者三様。
「――そうだったよね、恐子ぉ!」
「逃げてさっちゃん!」
「早苗、ツッチー、危ない!!」
電撃から間髪入れず、一体の超グロゲロが天高く大ジャンプ!プチに飛びついた。一度反撃となると、それは恐るべきスピードと運動性を持っていたのだ。だがそれをロボットはあっさりと振り払い叩き落とす。ある種の怪異ではあるがロボットとして造られたフラットウッズには、どうやら「神経ショック」は効かないらしい。
一方プチに掴まって一緒に飛行しているヤスデには、グロゲロはまるで無関心。ヤスデの体内に溜め込まれた妖力は膨大だが、彼女はそれを外に出す術を自分では持たず、すなわち漏れない、感知もされない。
そして当然。そのやや下方の空中で、八ッ神恐子のカニ円盤も数体のグロゲロにたかられている。だがこれも元はフラットウッズだ、中のパイロットは安全。
全ては計算どおり。フラットウッズさえあれば自分とヤスデは守れる、そう算段した上で恐子はグロゲロを作戦に投入したのだから。
……そう、この場で安全なのは、自分たちだけ!
「ニャゴゴゴゴ、離せこの……ニャギャァァァァ!!」
さつきの素早さと猫の体さばきをもってしても、超グロゲロのタックルから逃れることはできなかった。捕われたちまち、苦悶の叫びを上げる。
「キャァァァ!――むむおのれぇ……むぐぐ……」
早苗の体にキリキリと染み込もうとする、怪物の謎の魔力。槌の輔は必死で防ぐ。神の眷属たる彼の優れた霊力、だがそれをして、防ぐのが精一杯。銀色の怪物を振り解くことは出来ない。そして無念、神隠しの術も破られ、闇のモヤは虚しく霧散する。
「ニャゴゴ……そっちのお前とツチノコ……あたしはいいから!お前たちだけでも神隠しで早く逃げろ、その位ならどうにか……!」
苦しみながらも、二人に脱出を促すさつき。だが。
「ムムム……さつき殿それは出来ぬ……この巫女殿の神隠しは、自分を消し運ぶことは出来ぬのだ!」
「ニャンだって?!」
そう。最初から、早苗は自分を犠牲にして皆を助けるつもりだったのだ。ノッコや仁美や怪異たちさえ助けられれば、祖父は止めてくれる、先生も助かるだろう、と。そうすれば今度はみんなが逆に助けに来てくれる、と。そして槌の輔はそれを了とし覚悟したのだ、救いが来るまでは自分が早苗を守る、と。
だが二人のその作戦は完遂出来なかった。ノッコと仁美の救出は成らず、そして果たして、自分たちは超グロゲロのこの恐るべき攻撃にいつまで耐えられるのか……
「キャハハハハ、大成功♪ホント使えるじゃんピカピカくんたち!」
「やめてヤスデ、さっちゃんを離して!」
すっかり弱気が顔に見えてきた恐子に反して、ヤスデの返答はますます固く冷えきって。
「恐子ぉ?何言ってンの?あんたが教えてくれたんじゃん、あいつらは『そーいう細かい指図は聞く耳持ってない』『捕まえた敵が気絶するまで絶対離れない』って!
そうだね……だったらドラ猫女、お前さぁ、早く気絶しちゃいなよ!そしたら楽になるからさ♪キャハハハハァ!
……さてと、で、アイツは?」
宙の上から、悠然と背後の地面を見下ろすヤスデ。
いまだ地上に大の字になったままのノッコを、しかしグロゲロは襲わない。
「……ふぅん?あいつら、最初から気絶してるヤツは無視するんだね。ま、いいや。それでオッケイ……
いいよアイツはさ、後であたしが自分でやるんだから!!」
(やっぱり……)
今や八ッ神恐子は血が凍る思い。軽く見ていた、ヤスデの中に千年燻っていた、父の仇たちへのその怨念を。もう自分にはヤスデを止めることは出来そうにない、恐怖と後悔に震える肩を自分でがばと押さえた、その時。
「あいやしばらく、しばらくしばらく、しばらぁぁぁぁぁぁく!!」
またもや、イマジナリー花道を駆け込んでくる者が一人。
そう、それは仁美。
(続)




