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茜音いろ  作者: 今安ロキ
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第15話 涼音いろ

「水田舞莉」

名を捨て、目的を果たすためだけに過ごし、自らを「ちっぽけな水たまりのよう」と卑下してきた日々を振り返る。

途方もない苦労の末に勝ち取った未来に満足し、水鏡涼音は束の間の休息に身を委ねた。

第15話 涼音いろ


 私は生きている。

 生を実感している。

「(案外と大丈夫なものなんだな)」

 泣きじゃくりながら自身に声を掛ける茜音に視線を向けつつ、涼音はぼんやりとする思考を巡らせる。

 全身に激痛が走り、四肢をまるで動かせる気がしない。

 それでも、不思議と「自分はこのまま死ぬことはない」と実感できていた。

「大丈、夫。心配しな、くても、死なな、いと思う、から」

 振り絞って辛うじて出た声は信じられない程にか細く、弱々しい。

 その声量にリアクションはとれないが、自身が驚くほどだった。

「涼音……!涼音、しっかり!」

 どうやら気丈に振る舞っているだけと受け取られたようで、茜音が激しく身体を揺すってくる。

「(かえって痛い…)」

 抗議の一つも入れたいところだが、身体が動かないだけでなく声もまともに出ないのだから、どうしようもない。

 勇翔の方に何とか顔を向けるが、視線を交差させた途端に目を背け、大粒の涙を流している。

「(いや、だから……いっそこの際だから、そういう雰囲気にしてやろうか)」

 かつて見た刑事ドラマの映画版のラストシーンを思い出し、いたずらを思い浮かべる程度には余裕がある。

 事実、意識が遠のいている自覚はある。

 自身は100%目覚めると信じているが、実際はそうでないかもしれない。

「(今見えている光景は、初めて”水鏡”の術式を使って見た未来にそっくりだな)」

 涼音はゆっくり瞼を閉じ、身体の力を抜く。

「(あぁ、そうか……)」

 周囲の喧騒など気にならない程に意識はあっさりと遠のく中、涼音はこれまでの軌跡に思いを馳せた。



 姉が死んだ。

 自らの行為を引き金とし、村の誰からも慕われ、太陽のような存在だった姉は永遠に失われた。

 姉だけではない。

 村を統べる当代”焔室”として長くその座にあることを期待され、自信を姉のようにしたってくれる茜音の母である焔室真昼も、サポート組織としての”火室”を統べ、勇翔や陽咲の母である火室陽子も、私―水鏡涼音―のせいで死んだ。

 幼子のやることだから、子どもだから仕方がない。

 人も少なく、狭い村だ。

 敢えて明言を避けていたとしても、突き刺さる視線は責めの色に濃く染まり、感受性の豊かな幼子の心にはかえってダイレクトに響いた。

「自分は姉のように、海のような大きな存在ではない。さしずめ、ちっぽけな水溜まり」

 振り払うように、逃れるように。

 第一線を張るには難がある両親の負担を和らげるためもあり、涼音は修練にあけくれた。

 姉よりも早く、姉よりも強く。

 その一心で取り組み続けた成果もあり、涼音は若年にして”水鏡”の血を引く高位の術者でも習得が難しいとされる、未来視の術式を会得する。

「(これは、大人になった茜音と勇翔?なんで泣いているんだろう)」

 来る日も来る日も、自らの行く末を、紅葉村の大切な人たちの未来を確認し、都度記録していく。

「どうしてこうなるのかは分からいけど、知らない人たち……たぶん、陰陽局の人たちかな。私はその人に加えて、茜音や勇翔と一緒に”鵺”と戦っている」

「なんで野球?をやっているんだろう……あ、勇翔…..だよね?勇翔は移り住んだ土地で元気にしているんだ」

「吹奏楽部に入ったり、新聞部にいたり、写真部にいたり、これって正しく”水鏡”の術を扱えているのかな」

 ショート動画を見るように得られた知識を繋ぎ合わせ、涼音は一つの結論に辿り着く。

「そうか、私はこの土地を離れて、この未来を成立させるために行動するのか」

 両親を通じ、陰陽局で紅葉村の事情に明るい人物に繋いでもらう。

 この日のことすら”視ていた”涼音は、当然のごとく現れた姿にも身じろがない。

「――君に会う日が来るとはね」

 五味健人。

 茜音の実父にして、焔室真昼の夫である。

 感情を押し殺しているが、目の前に愛妻の死の直接的な要因となった人物に呼び出されたとあってか、かつて時間を共にした頃と比べても圧倒的なまでに威圧感を放っている。

「――手短にいきましょう。お互いの感情が壊れてしまう前に」

「そうだな」

 小学生とはまるで思えない口調で、涼音は自身の未来視した内容を理路整然と述べる。

 次の丙午の年に、紅葉村で”鵺”による大規模災害の恐れがある。

 紅葉村の”焔室茜音”を中心とし、村を離れた火室の血脈に連なるものと陰陽局がこれに対処すること。

 対処の結果は不明だが、紅葉村の歴史の変曲点になることは間違いないこと。

 茜音が陰陽局の協力打診を断ること。

 勇翔と陽咲の記憶封印を解除し、戦力化できること。

 陰陽局はその時を迎えるにあたり、戦力や装備の増強と、紅葉村の血脈を保護する動きを加速させること。

「子どもの言うことを信用するとでも?」

「”水鏡”の力はご存知かと。少なくとも、このような言動ができる時点で分かっていらっしゃるのでは?およそ”子ども”が発する言葉ではなかったでしょう」

「そうだな。それで、何を求める」

「行動の保障と保護をお願いします。私は私が”視た”未来を実現する。紅葉村を変えるため、私の責任を果たすために」

「(――っ!)」

 五味は涼音の発した”責任”という言葉に、涼音の覚悟を感じとる。

「分かった、手配しよう」

「ありがとうございます。私の動向が知れると、紅葉村やその出身者にあらぬ疑念をもたれるかもしれません。名前も変えて行動します」

「そこまでするか?」

「やるからには徹底的に、です。そうですね――」

 涼音はしばし考える仕草を見せて、納得かつ満足げな表情で名を告げる。

「水田舞莉(みずたまり)にします。私にぴったりだ」

 五味は彼女の告げた名から改めて覚悟を察し、心の奥底にしまった私怨を霧散させる。

 こうして、涼音は己が名と生まれ故郷を捨て、勝ち取るべき未来にすべてを捧げるべく暗躍し始めた。



 私は生きていた。

 次に意識が回復した時、涼音の視界に飛び込んできたのは見知らぬ天井。

 瞼を閉じる直前までは「このまま死ぬことはない」と感じてこそいたが、視界がぼやけ意識が遠のく最中には当初の自信など霧散し、いざ目覚めたことに内心でホッとした自分がいることに、思わず苦笑してしまう。

「どこだ?」

 少なくとも涼音の直近の記憶では屋外にいたことは間違いなく、寝心地の良いベッドから陰陽局が設置した救護所でないことは明らかだった。

「何だか、長い夢を見ていたような気がする」

 独白する声量は思ったよりもハッキリ発声できたようで、身体の回復は順調なようだ。

 涼音は徐々に覚醒する意識で、紅葉村を離れて以降の”水田舞莉”としての生活を思い返す。

 紅葉村を離れて以降は戸籍を偽装し、山梨県下の中学校で学生生活を送った。

 村を離れた目的からすると無駄にも思えるステップだが、ささやかな幸せを生み出すうえで月見里天音と山中千果という1学年上の2人の先輩と知己を得る上で、必要不可欠な時間だった。

 高校時代は近くから”火室”の血脈―勇翔と陽咲―を監視、保護する役目を担った。

 本来は勇翔との過度な接触を避けるべきかとも思ったが、かつての”妹”や”弟”の活動支援、ひいてはその後にゼロから信頼関係を構築するよりも有効だろうとの判断から、先輩後輩としての一歩踏み込んだ関係構築に努めた。

「あらかじめ、ある程度は自分の行動とその結果が分かっていたとはいえ、本当に想定通りの結果が得られるかは分からなかったから、なかなかスリリングだったな」

 全くの未経験の競技への挑戦、裏工作をしても解決できるか分からない問題だらけ。

 振り返ってみても、これは自身の運か、はたまた野球部のチームメイトである楓山珠音が持つ壁を乗り越える力によるものなのかは分からない。

 結果として丙午の年に生じた”鵺”による災害発生を防止し、完全に仕留めることはできなかったものの”鵺”の大幅な弱体化に成功し、紅葉村の長く呪われた歴史に楔を打つことに成功したと言える。

「やるべきことはやった、役目は果たせたはず」

 枕もとの電子時計を見る限り、丸1日は眠っていたようだ。

 自身の回復力にいくらか感心するが、流石に身体は動かない。

「少しは誰かに褒めて欲しい所なんだがな」

 自らに課した役目を終え、水鏡涼音の名を取り戻した今。

 涼音は独白と同時に、改めて自身が孤独な戦いを終え、気心知れた人々との関係性を求めたことに苦笑する。

「――重いぞ」

 涼音は何とか動かせた右腕で、自身の身体を枕にして眠る茜音の頭を撫でる。

 彼女と肩を並べて共に戦えなくなったことには寂しさを覚えたが、役目を終えた満足感がそれを紛らわせてくれた。

「姉さん、私、頑張ったよ」

「(そうだね、お疲れ様。これまで頑張った分、ゆっくりと休みな)」

 涼音が小さく独白すると、不意に自身の頭が優しく撫でられたような感覚を得る。

 同時に安らぎを覚えた涼音は迫る眠気に身を委ね、再び瞼を閉じた。

Pixiv様にも投稿させていただいております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=28928338

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