第14話 共に生き、歩むために 2
繰り返し挑む先に見出した蜘蛛の糸にすがってでも。
その身のあるべき場所、想いを通じ合わせた者の横に立つために、彼/彼女は止まる術を知らなかった。
第14話 共に生き、歩むために 2
自身が挫けない限り、無限に続く戦い。
自身が挫けることそれ即ち、自身の存在が消え失せる。
「夢の中でなら”起きれば”それで終了だったけど、全く疲れない中でただただ戦いの続けるのはなかなかしんどいね」
誰に聞かせるわけでもなく、茜音自身が現況を再認識するために独白する。
茜音は自我を回復させて以降、眠るどころか休むことなく、自らを完全に取り込もうとする怪異を退け続けていた。
どれくらいの時間が経過したかは分からないが、このまま延々と続けばいつかは折れてしまいそうだ。
「でも、負けない」
敢えて口に出すことで、揺らいだ意志を再度固めなおす。
信じて続ける限り、何か光明が差すかもしれない。
根拠は何もないが、茜音は助けを信じて迫りくる怪異を退け続けた。
「――?」
茜音が違和感を覚えたのは、さらに幾らかの時間が経過したあとだった。
襲い来る怪異の数は変わらないものの、自身に向けられる注意がやや散漫になっているよう感じられた。
それ以降、怪異が襲い掛かる際の波のようなリズムが崩れたり、複数体が出現しても戦闘力がまちまちだったり。
まるで”隙”を敢えて見せつけられているような感覚が続く。
「罠……じゃないか」
もはや違和感が常態化した頃、茜音の耳に聞き馴染みのある声がぼんやりと届く。
『まだか、茜音!』
「勇翔の声?」
知覚して以降、少しずつ明瞭になっていく想い人の声。
「勇翔!」
試しに応えたりもするが、こちらの声が届いている様子はない。
しかし、勇翔の戦う様子を茜音も徐々に認識できるようになってくる。
「みんなが、私を助けようとして頑張ってくれている」
勇翔だけではない。
陽咲も、ようやく再開できた涼音も、陰陽局の面々も。
「――それなら、私が応えないわけにはいかない」
込み上げてくるものを抑えながら、茜音は強い決意のもと、考えられうる限り最大の術式を組み上げる。
幸いにして火気に溢れる環境、火勢術式の発動環境としては申し分ない。
むしろ”鵺”の視点に立てば、自身を取り込もうとするはずが反対に力を奪い取られそうになることは言語道断だ。
得物である段平に”燉”と記し、自らを目指して突き進む怪異の”次のうねり”に向け投擲する。
「火葬」
茜音の言葉とともに術式が発動し、見える限り遠方での業火が、薄暗い空間を明るく照らす。
その光景はまるで、永遠と続く闇夜の終わりを示す日の出にも思えた。
攻撃範囲に入り込んだ勇翔らへの攻撃が、不自然に止まる。
勇翔を明確な標的として突貫してきた分身体が非常ブレーキをかけたかのように動きを止め、陽咲に襲い掛かっていた分身体は霧散する。
「いま何周目だ!?」
「25周目」
動きを止めた分身体を葬り去り、勇翔は現状を確認する。
切羽詰まった状態でも周回数を覚えている涼音の声にも、若干の喜びが混ざっているようだ。
ここまで明確な変化が観察されたことはそれ即ち、これまでの努力は無駄ではなかったことの証明だった。
「どうした!?」
支援部隊を統括する五味から、インカムを通じて状況確認の連絡が入る。
「確かなことは分かりませんが、効果が出てきたようです。分身体の動きが急激に鈍く…」
勇翔は目の前で動かなくなった分身体に止めを刺し、視線を本体に向ける。
「――本体が、苦しんでいるように感じます。あくまで希望的観測ですが、茜音に”届いた”のかもしれません」
「賭けに勝ったか?」
「勝ちつつある、です」
五味の浅慮を咎めるよう、涼音は冷静な口調で述べる。
「勝ち切りましょう」
自身の体力の限界が間もなく訪れることを、勇翔らは正確に把握していた。
「攻めに出ます」
「任せる!」
勇翔は残る力を振り絞り、”陰の鵺”に向けて突貫する。
これまで近付くたびに無数に湧き出ていた分身体が姿を見せず、”陰の鵺”は攻撃に対して無防備な状態だった。
「いくぞ、茜音!」
黒刀を大きく振り抜き、鵺の禍々しい巨躯が引き裂かれる。
「!?」
何かに気が付いた勇翔は、躊躇することなく切り口へ自身の右腕を突っ込んだ。
** *
「間違いない、勇翔たちが頑張っている。私が応え続ければ、絶対に活路はある」
そう信じ、幾度も打ち寄せる怪異を退け続けるほど徐々に数を減らし、弱体化していく傾向に変わりはなく、茜音の疑念は確信へと変わる。
何故だか分からないが、茜音は次の波に変曲点が訪れる確信を持った。
『いくぞ、茜音!』
「分かっているよ、勇翔!」
個々に独立し、互いの存在を認知することはできない。
それでも茜音は、次に自身がどこに術を放てばいいかを正確に把握することができた。
二振りの段平にありったけの力を込めて投擲し、自身もその後ろを追従する。
進路上の何もない所で激しい閃光とともに爆炎が生じたが、茜音は臆することなくその中に飛び込み大きく手を前に突き出すと、自身の手が掴まれる感触が伝わってくる。
「茜音!!」
「勇翔!!」
勢いそのままに引っ張り上げられる感覚とともに、茜音は自身のいるべき世界へと帰着する。
「よかった!」
もう少し気の利いたことの一つも声かけたい所だったが、いざともなれば何ともならないものだ。
「――勇翔!」
茜音もそれは同様であり、ただ想い人の名前を呼ぶことしかできないでいる。
それでも何も感覚も生じない空間に、僅かにも、はたまた無限にも思える時間を過ごした直後だったからか。
引き締まった勇翔の身体に抱き留められた感触は、これまでの人生で体験した何にも勝る幸福感を茜音にもたらした。
端から見ると、目の前で繰り広げられた光景はどのように捉えられたのだろう。
この世に顕現する実体でない”鵺”から勇翔が引きずり出したのは、間違いなく実体を伴った人体だった。
恐らく”鵺”を知覚できない者から見れば、何もない空間から突如として人間が現れるように見えただろう。
「(本当に、茜音なのか?)」
娘の存在を知覚した刹那、五味の脳裏に疑問が浮かぶ。
しかし、茜音の体重を勇翔がしっかりと受け止め、抱きしめる様子を確認し、疑念を直ちに振り払う。
「各人、焔室茜音を救出した。”鵺”が救助対象を再び取り込もうとするかもしれん。急ぎ援護しろ!」
五味からの指示が瞬時に全体へといきわたり、陰陽局の職員総出で勇翔と茜音の援護に動き出す。
それとほぼ同時に、茜音を逃すまいと”鵺”から無数の分身体だけでなく、”陰の鵺”自体が突如として動き出す。
「2人はとにかく下がって!」
「っ!!」
陽咲の声に勇翔と茜音も瞬時に思考を切り替える。
感動の再会を喜ぶ間もなく、勇翔は茜音を抱えつつ体勢を崩したまま大きく後ろに跳躍して距離を取ると、陽咲が残る力を全て振り絞り、襲い掛かる分身体を火炎で焼き払う。
「まだ来るよ!」
陽咲の火炎を突き破って”鵺”の巨体が突貫してくる。
「マズい!」
勇翔はかわすことができないことを察し、茜音を”鵺”から庇う姿勢をとる。
「まだ私がいるよ!」
不意に涼音が間に割り込み、咆哮する”鵺”の口腔内に押し固めた水刃を右腕で突き立てる。
「涼音!」
「先輩!」
涼音は”鵺”の突進をその身で受け止め、鋭い牙2本が身体を貫通している。
「捕まえ――た」
激しい苦痛に見舞われながらも涼音は不敵な笑みを浮かべ、傷口を抉るように奥へ、より深く刃を刺し込んでいく。
「力を――貸して」
『分かった!』
涼音の言葉を受けて我に返った2人が瞬時に右腕に手を添え、”火”の気を送り込む。
ただでさえ”火”の気に曝された圧縮状態の”水”の気に、過剰なまでの”火”の気が追加で流し込まれても水勢が火勢に劣ることなく存在し続け、実体化した”水”は過加熱により体積が急速に膨張する。
「離れて!」
勇翔と茜音が涼音に突き飛ばされた直後、水刃を中心とした水蒸気爆発により”陰の鵺”の胴体が爆ぜる、辺りは高温の湯気で満たされる。
視界が徐々に明らかになると、”鵺”は真っ二つに割れ、どうにか原型を留めた下半身に対し、涼音に牙をむいていた上半身は元の姿をほぼ留めていなかった。
「涼音!」
「私、じゃない、”2人”は早く、残った”鵺”をっ!」
駆け寄ろうとする勇翔と茜音を制し、涼音は地面に力なく横たわったままできる限りの声を張り上げる。
勇翔は無言のまま即座に上半身の方へ向かい、黒刀から繰り出した火炎で”鵺”の残滓も残らないよう焼却する。
「(”火の気”が上手く集まらない)」
茜音も弱った身体で力の制御に苦労しつつ、辛うじて”火蓋”の術式を発動させる。
見事直撃させたが火勢が弱く、完全に焼滅させることはできなかった。
既に焔室の血を引き継ぐ3人は立つのもやっとの状態で、術式を発動させられる状態ではない。
「なんだ!?」
パラパラと不自然に乾いた音を察知し、その場に集まった面々の視線が一カ所に集まる。
黒く焼け焦げた”陰の鵺”の下半身だったものがひび割れ始め、その内部から新たな”鵺”がゆっくりと姿を現した。
「……勘弁してくれ、お前は”鵺”であって”鳳凰”ではないだろう」
五味も流石に弱音を吐く。
眼前に姿を現した”鵺”がかつて見たどの姿よりも弱体化した姿であることは明らかだったが、それでも今この場に対処できる人員はいない。
対峙した時間は僅かだったが、感覚では非常に長い時間が経過したように感じられた。
やがて”鵺”の姿がぼやけて消え、存在を感知できなくなる。
「涼音!」
茜音がたまらず、血相を欠いた様子で涼音のそばへ今度こそ駆け寄り、勇翔と陽咲もそれに続く。
五味はこれ以上の戦闘はないと判断し、行方をくらました”鵺”の探索には目もくれず、負傷者の救護を最優先に指示した。
Pixiv様にも投稿させていただいております。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=28744672




