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茜音いろ  作者: 今安ロキ
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第14話 共に生き、歩むために 1

例え成功への道筋が根拠を伴わないどころか、妄想として捉えられるほど精神論的な愚策だったとしても。

勇翔らは導き出した最善のシナリオに沿い、強大な敵に幾度も反復して挑み続ける。

救い出すべき相手―茜音―に、自分たちの想いが届くと信じて。

第14話 共に生き、歩むために 1


 禍々しい。

 陰陽局の結界班が辛うじて捕捉した”陰の鵺”の印象を端的に表現することに、適したワードだろう。

 つい先ほどまで感じていた身体の痛みも、アドレナリンが出ているのか消え去ったかのように感じられた。

「回復術式を受けたとはいえ、効果は限定的だ。無理すると今度こそ、ケガでは済まないからな」

「確かに、死んだら元も子もない。だけど、茜音を助け出せるなら、いくらケガをしたって構わないさ」

 五味の忠告に、勇翔は大きく息を吐きだしてから、決意を改めて口にする。

 限られた時間、かつ満身創痍の状態ながら、動ける人員で即席チームを編成し、それぞれに単純化した役割を持たせるなど、陰陽局のメンバーは最大限のバックアップ体制を整えていた。

 できる限りのお膳立てを受けた以上、生半可な覚悟で臨む訳にはいかない。

「気負いすぎるなよ」

「――はい」

 見透かしたかのような五味の励ましは、勇翔の焦りの感情をいくらか楽にさせた。

 各々が装備するトランシーバー、そこから延びるイヤホンより、分散配置した各チームより”準備完了”の報告が挙げられる。

「水鏡、火室妹はどうだ?」

「水鏡、OK」

「火室もです。いつでも始めてください」

 五味、勇翔とは別の場所に待機する”主力”の2人も準備は整っているらしい。

「最終確認だ」

 五味は短時間ながら策定された計画を説明する。

 第一段階として陽咲が”陰の鵺”に近付きつつ、長距離射撃に特化した陽動チームより”陰の鵺”に対して直接攻撃を連続し、注意を囮役の陽咲に引き付ける。

 囮に役に対して”鵺”の分身体、あるいはそれに相当するものが生じれば、第二段階として本体より引き離し、かつ涼音の攻撃術式で分断する。

 第三段階として分断した個体を勇翔と陽咲で消耗、討伐する。

 単純化すればこの3ステップをひたすら繰り返すだけだが、当然ながら第一段階でそもそも想定通りの反応が観測されなければ、計画は根底から覆される。

 あるいはそもそも打つ手も何もない状態に逆戻りとなる。

 仮に想定通りに事が運んだとして、そもそも疲弊した状態から消耗戦に突入する以上、分が悪いと言っていい。

「最後に気休め程度だが、いいことを教えてやろう」

 五味が砕けた口調で、緊張を解しにかかる。

「俺は賭け事にめっぽう弱くてな。実のところ、ここ1年以上は運にも兎に角見放され続けている。その分、十二分に溜め込めていると言っていいだろう」

 インカムから失笑にも近い笑い声が、自然に漏れ出してくる。

 どうやら、五味の作戦のうち第0段階は成功したようだ。

「各員の健闘を祈る」

 五味は小さく息を吐きだし、端的に最初の指示を送る。

「作戦開始」

 合図を受けると同時に、待機場所から陽咲が姿を現し、陽動チームから援護射撃が一斉に繰り出される。

 周囲に鳴り響いた轟音が、紅葉村の長い歴史を変革するための号砲となった。



 結論から言えば、五味率いる陰陽局は初発の賭けに見事勝利した。

 攻撃を加えられた”陰の鵺”は陽咲を明確に認識し、邪魔者を排除すべく分身体を生じさせ、囮役の陽咲に襲い掛かる。

「甘い甘い」

 陽咲は攻撃を適度にいなしつつ、予め設定していたポイントまで誘い込む。

「ここまで上手くいくのも、なんだか拍子抜けだね」

「何にもならないよりかはマシでしょう」

 そこに涼音の攻撃術式が分身体を遅い、動きの鈍ったところを勇翔が止めを刺す。

 焔室より受け継いだ能力のコントロールが上手で身体能力に優れる陽咲、陰陽五行における相性の良い水鏡の術式、そして細かなコントロールは苦手だが瞬間最大のパワーなら圧倒的な勇翔。

 それぞれの特性を活かした布陣と五味の溜め込んだ”運”により、勇翔たちは土俵に上がることを許された。

「まだ”1ターン目”だ、気を抜くなよ!所定の配置に戻るんだ」

 五味の指示を受け、それぞれが元の配置に戻る。

 土俵には上がれたが、問題は上がり続けられるか、立ち続けられるかどうかだ。

「流石に、まんま同じとはいかないね」

 再度、態勢を整えた上での”2ターン目”こそ凡そ同じ展開になったが、”3ターン目”には分身体の攻撃パターンが変化し、”4ターン目”には攻撃目標を囮役から涼音へ切り替え、”5ターン目”には止めを刺すべく現れた勇翔に対して”6ターン目”の分身体を投入し、陰陽局側の攻撃リズムを崩しにかかる。

「なかなか頭脳派だね」

 当初は余裕のあった涼音だったが、少しずつ軽口を言えるだけの余裕が薄れていく。

 陰陽局の面々はそもそも満身創痍の状態であり、”7ターン目”には囮役の陽咲に目もくれずサポート役の面々に襲い掛かり、勇翔らにより辛うじて防がれたものの、既に当初の作戦はまるで通じなくなっていた。

「柔軟かつ臨機応変な対応だっけか?」

 勇翔らにとって唯一の救いだったのは、”陰の鵺”が分身体を繰り出すのは一定の警戒範囲内に攻撃対象が侵入した時のみ、ということに気が付けたことだろう。

 何とか”9ターン目”を撃退したタイミングで3人は距離を取り、呼吸を整える。

「手応えが全くない。動きもまるで鈍らないし、回数増えるごとに強力になってくる」

 陽咲が肩を大きく上下させて、荒く呼吸し酸素を補給する。

 展開はどうあれ常に囮役を務めた彼女だったが、徐々に消耗する体力に対して”陰の鵺”の分身体は何一つ変わることなく、むしろ反比例により強化されているようにすら感じられた。

「小五月蠅い俺たちに痺れを切らして、茜音から離れてくれればいいんだが」

「厳しいだろうね。我々のようにやせ細った力しか持っていない”エサ”と比べたら、茜音はフォアグラの如き高級食材だろうさ」

 飄々とした口調の涼音も、言葉尻ほどの余裕は見られない。

 回復術式を担当する職員も顔面蒼白の状態であり、行動の限界点は迫りつつあった。

「だけど、諦めるわけにはいかない」

 だが、勇翔の瞳に宿る力は失われていない。

「もがき続ければ、きっとチャンスは巡って来るさ」

 勇翔はおもむろに立ち上がり、”陰の鵺”へと向かおうとする。

「ちょ、ちょっと待って――」

「陽咲は”1ターン休み”だ、私と勇翔で何とかするよ」

 涼音が身体を大きく伸ばし、勇翔の背中を追う。

 彼をけしかけた身であり、幼馴染としては最後まで一緒にもがきたい。

 そこか諦観の色も見られた彼女の瞳はいつしか、勇翔と同様の色に染まっていた。



 自我を認めた瞬間、自身がどの状態に置かれているのか、茜音は現在の状況を認識できなかった。

 光もなく音もない空間で、ふわふわと浮いたような感覚に見舞われる。

 ぼんやりとした意識が徐々に鮮明となり、目覚める直前の記憶を思い返す。

 勇翔らと連携して”鵺”を討伐した矢先、自身から新たに現れた”鵺”により陰陽局の面々は次々と無力化され、消耗していた自身もまるで”捕食”されたかのようだった。

「死んだのかな」

 敢えて口に出した独白だったが、これが空間を伝って耳に入ったのか、はたまた骨伝導によるものかは理解できなかった。

 暫く何ら状況の変わらないまま過ごした後、不意に自身に接近する気配を感じとる。

「――やだなぁ、ここに戻ってきちゃったのか」

 自嘲気味な言葉を吐き捨てると、茜音はその手に段平を掴む。

 すると、景色は見慣れた夜の紅葉村へと変化し、周囲を”鵺”と折り重なるくらい無数の分身体に囲まれていた。

「そうか、私を”食べたい”んだね」

 茜音は瞬時に、自身の置かれた状況を理解した。

 自身はまだ取り込まれただけで、”鵺”の一部にはなっていない。

 自身を囲む分身体は、茜音を同化しようとする”鵺”の意志や力といったところだろう。

「こういう状況は慣れっこなんだよね」

 茜音は長らく、夢の中でも”鵺”と対峙し続けていた。

 自身の心が折れない限り、”鵺”に同化されることはない。

「抗い、もがき続ければ、何かが起こるかもしれない」

 敢えて口に出すことで、茜音は自らを奮い立たせる。

 チャンスはある。

 きっと、勇翔たちと再会できる。

 茜音が状況への徹底抗戦を決意した瞬間、”鵺”と分身体は荒々しい咆哮を上げ、彼女へと襲い掛かった。



 戦争を題材としたSF漫画や小説ではたびたび、寡兵で強大な敵を打ち倒す展開が繰り広げられる。

 主人公サイドのヒロイズムを徹底的に美化するためには有効な手段だろうが、物語がより写実的な作品であればあるほど、シナリオを成立させるだけの描写が増えるか、または主人公が定石を覆すことを自嘲したりもする。

「いまので何周だ?」

 つまるところ、戦いとは精神論で語るべきものではない。

彼我の戦力差がものを言い、如何にして決戦前に自陣を優勢にするかが肝となる。

「そんなん、自分で数えてよ!」

「19周目だね」

 勇翔の問いに、陽咲は大きく肩で息を切らしながら、涼音は端的ながら焦りの入り混じった声色で返答する。

 寡兵が強大な敵と相対せば、どれだけの豪勇や名将であったとしても、無限の回復力で襲い掛かる相手に立ち向かい続けるだけの体力と精神力を保持し続けなければならない。

 そして、相手が人間ならば慢心を誘い、隙をついた一気呵成の反撃で形勢逆転を狙うこともできるかもしれない。

 だが、如何せん相手は獣…ですらなく怪異。

 勇翔らは全身の痛みや流血に臆することなく”陰の鵺”に挑み続けたが、いよいよ限界が近付きつつあった。

 数百年に渡る村の歴史をたった一晩に濃縮して対処するには、3人だけでは力不足。

 外圧だけではどうにもならず、内側からも、かつ圧倒的な力を叩きつけなければ、勝利することは難しいだろう。

「まだか――」

 勇翔は無意識のうちに独白する。

「まだか、茜音!」

 息を整えないまま自ら姿を現し、”陰の鵺”の攻撃範囲に踊り出る。

 時間を約束したわけでもない、しかもこれから救い出そうとしている相手を頼ろうと言うのだから、情けない限りだ。

 それでも、奇跡を信じて諦めずに呼びかけ続ければ、現況を打破できるかもしれない。

 例え妄想、フィクションと言われようとも、自分の思い描いたシナリオを成立させるならば、他の方策はない。

 勇翔らに残された手立ては、成功への道筋に根拠を伴わない愚策であった。

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