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茜音いろ  作者: 今安ロキ
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第6話 一寸先は 2

自宅を訪れていた舞莉、後から駆け付けた五味から、勇翔は紅葉村の来歴と"鵺"の由来を聞く。


勇翔は茜音と再会し、定められた運命から救うべく、遠ざけられた故郷―紅葉村―へ舞い戻る決意のもと、舞莉と五味に協力を申し出る。

第6話 一寸先は 2


 現在の紅葉村に人が定着した時期は定かではない。

 少なくとも陰陽五行説が浸透した平安中期頃と伝えられ、"伽具山の噴火と山体崩壊、それに伴う河川閉塞と決壊による下流部の洪水被害を鎮めるため"と、焔室神社に残る創立の記録とほぼ一致している。

 当時、陰陽道は天変地異の予測に用いられており、信濃国―現在の長野県に相当する地域―が中流として罪人の流刑地とされていたことから、京より事実上の追放処分を受けた陰陽師の内、火の術に長けた者が伽具山の沈静化を、水の術に長けた者が水害の未然防止を図るべく、この地に派遣されたことが、現在の紅葉村における"焔室"と"火室"、"水鏡"の由来である。

 やがて陰陽道は時代を経るごとに衰退していくこととなるが、世間と交わることなく隔絶された状態で世代を重ねた紅葉村の先人たちは、独自思想を醸成させることとなった。

「だけど、それなら"奇祭"とか言われる、地域特有の文化として残るのがせいぜいでしょう。俺が見た......いや、思い出した"鵺"のような存在なんて――」

「そこだよ」

 紅葉村の成立から始まった説明がひと段落したところで勇翔は意見するが、五味はやや食い気味に、その指摘を遮る。

「この村に派遣されたのは"京を事実上で追放された"陰陽師だと言ったね」

「......はい」

「後に"焔室"となる一族は、陰陽師として高い実力を持つ一方、主流派からは異端児として疎まれるような存在だったようだ。些細な不祥事程度で、京を追放される程にね。"水鏡"の一族は、五行思想に基づいて"火"を制御し得る存在――事実上のお目付け役として同行させられたような側面もあったようだ」

 いつの世でも"出る杭は打たれる"ということだろうか。

 高位の陰陽師を災害沈静化のための派遣名目で追放したあたり、"焔室"の先人たちはよっぽどの奇才だったのだろう。

 同行させられた"水鏡"としてはたまったものではないが、舞莉の性格を見る限り、血筋としてはただ巻き込まれたという訳でもないのかもしれない。

「今、だいぶ失礼なことを考えなかったか?」

「気のせいでしょう」

 舞莉の鋭い洞察力にはいつも驚かされるが、勇翔は表情を崩すことなく受け流すことに成功した。

「"焔室"の一族は事実上の追放を受けた当初こそ、自らを除いた主流派への恨みを持っていたようだが、やがて京の政争に巻き込まれることなく陰陽術の研鑽を積める環境を気に入って、中央の衰退と反比例するようにメキメキと力を付けていった。......お目付け役として選ばれた、相剋の関係を持つ"水鏡"が抑え込めない程にまでにね」

 相剋。

 陰陽五行思想における相手を撃ち滅ぼす力の関係を示し、"水"は"火"に対し"水剋火"として消し止める存在とされる。

 しかし、消し止めるべき力が弱い時、あるいは、本来は止められるべき力が強すぎる場合の関係は"相侮"とされ、紅葉村における"焔室"と"水鏡"の勢力図は正しく"相侮"として成立していったのだろう。

 小さな村にも関わらず、焔室神社と水鏡神社をそれぞれ中心とした地勢に古くから大きな差があったことも、その証拠の一つと言って過言では無い。

「"水鏡"の一族は、京で大きな問題を発生させた訳ではない。にも関わらず、流刑地の一つとして数えられた土地に"問題児"と共に送り込まれ、その後は冷遇の日々を送った訳だ。......彼らの不満が爆発するのも、致し方がなかったのかもしれない」

 五味の言葉を受け、舞莉は小さな溜め息をつく。

「どうしました?」

「いや、何度聞いてもね。確かに、その当時の"人間"では致し方のない感情の起伏だったのかもしれない。ただ、その瞬間の怒りに任せた判断の結果として、未来永劫続く"呪い"との戦いの歴史をもたらすことになるだなんて、私の先祖は末代までかけても償いきれない程の罪を犯した自覚はあったのかね」

 舞莉はシニカルな笑みを見せると、続く言葉を流しだすべく、コップの麦茶を一気に飲み干す。

「"水鏡"の先祖は、近隣の豪族と結んで"焔室"を滅ぼそうとしたんだ。讒言を受け入れた豪族は、水鏡地区の裏にある山道から焔室一族を根絶やしにしようと紅葉村に攻め込み、激しい戦いが行われた。河川は麓に至るまで紅く染められ、地獄さながらだったと、記録にも残っている。そして、圧倒的な戦力差にも関わらず、水鏡の企みは失敗した」

「......どうして?」

 陽咲の疑問に応えたのは、舞莉ではなく勇翔だった。

「"鵺"か」

「そうだ」

 舞莉から説明を引継ぎ、五味が続ける。

「当時の"焔室"女当主は山岳信仰と干支から、火山である伽具山の"火"の力を司る土地神の力を"鵺"として具現化し、対抗させた。目には目を歯には歯を、暴力には暴力を......とでも言うのか、残された記録には凄惨な内容が記載されていたよ。無事に下山できた豪族配下の兵は数える程だったようで、以降の紅葉村は近隣から禁忌の存在と認識された」

「そして当然ながら、禁忌と認識されるだけの力を行使した代償を、焔室は――いや、紅葉村は支払わなければならなくなった。"鵺"を具現化した女当主が乱戦の中で深手を負って"鵺"を制御できず、御神木へ封印するのが精一杯だったようだ。更にはその封印が不完全に終わったこともあり、火勢の強い月日には"鵺"の力の一部が具現化し、外界へ出てしまう。その事象に永劫して対応し続ける必要に迫られたんだ。村にとって反逆者であった私たち"水鏡"が戦後もそのまま生かされたのは、五行において"火"に有効な戦力を失うリスクを回避するためだろうね。所謂、リスクマネジメントというやつだ。かくして、現代に至る主家"焔室"、その補助組織としての"火室"と"水鏡"という紅葉村ならではの文化が醸成された、という訳だね」

 舞莉はコップに手を伸ばすが、先程飲み干してしまったせいで麦茶はもうそこにはない。

 陽咲が気を利かせて新しい麦茶を注ぐと、乾いた喉をすぐさま潤した。

「茜音から聞いた内容とは少し違いますけど、この状況を引き起こした歴史は分かりました。紅葉村にいた頃の俺も、まだ聞いていなかったことです」

「まだ君たちは小さかったからね。そして、彼女が君たちを遠ざけた理由は聞いた通りだろう。知っての通りで素直な子、来年が"丙午"なのも尚更だ」

「"火"の勢いが凄まじくて、封印を破ってしまうと」

「"八百屋お七"も驚きだろう。もっとも、そちらの彼女は迷信だけど、残念ながらこちらは現実だ」

 丙午年生まれの女性は気性が激しく、夫の寿命を縮める。

 天和の大火で焼け出された丙午年生まれの八百屋の娘が、避難先で出会い恋仲となった男性と再び会いたいばかりに放火事件を起こし、結果として火刑に処された、という逸話を元にしているとされるが、現代では迷信として否定されている。

 最も、過去には出生数が前年より25%も落ち込むなど、迷信ながら科学が発展した現代においても広く信じられ続けた代表的な都市伝説の一つだろう。

「封印が最も弱まる、つまり"鵺"の力が最も強くなるのは、陽の火の月――つまり、丙申の7月だ。そして、7月には丙午の日がある」

 舞莉が指さしたのは、スマートフォンで表示した翌年のカレンダーの1点。

「2026年7月31日」

「そゆこと、茜音はこの日に焦点を定めて力を蓄えている。無論、私たち陰陽局も同じ」

 舞莉は不意に立ち上がり、勇翔へ手を差し出す。

「君たち兄妹には、一緒に来て欲しい。今となっては貴重な、紅葉村に由来する"血"を受け継ぐ存在だ」

 舞莉の言葉に壱成が掴み掛かりかねない勢いで立ち上がるが、その動きを勇翔が制する。

「行かなかったら?」

「この手を取らない選択をするならば、君たち兄妹には再び"朧"の術を施す。あと、君についてだけ言えば、もう一発殴る」

 先輩の口から飛び出した思いもよらないパワハラ発言に、勇翔は思わず苦笑する。

「それは勘弁して欲しいですね」

「待て、勇翔!」

 壱成は応えようする右腕を掴み、制止する。

「ごめん、父さん。何ができるかは分からないけど、茜音のためになるなら、できることをしたい。俺の信じる道を進ませて欲しい」

「私も、このまま茜音ちゃんとお別れは嫌だ!」

「勇翔......陽咲まで」

 兄妹の想いに壱成は深く嘆息し、諦めたように小さく項垂れる。

「――分かった」

 壱成は短く応えると、承諾の意を込めて勇翔の右腕を解放する。

「決まりだね」

 勇翔は舞莉の手を取り、そこへ陽咲も両手を重ねる。

「これから大変だよ」

「でも、大きく変えるのなら、苦労も致し方ないですね」

「――それもそうだ」

 一寸先は闇。

 だが、これから進む暗夜航路の先に何が待ち受けていようとも、自身の信じる道を進みたい。

 勇翔は茜音と共に歩み続ける未来を信じ、足を前へと踏み出した。

Pixiv様にも投稿させて頂いております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=20881624

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