第6話 一寸先は 1
勇翔は瞼を開いて見慣れた天井を認めると同時に、茜音に封じられていた記憶を取り戻したことを認識する。
自室からリビングに移動すると、帰宅した父―壱成―と舞莉、そして見知らぬ男性が口論となっていた...
第6話 一寸先は 1
人間は睡眠中に情報や感情を整理し、不要なものの削除と記憶としての定着を図るものである。
いつだったかは忘れたが、授業中に居眠りする学生に向けて教師が語った睡眠の意義を、勇翔は不意に思い出した。
それと同時に、自身の思考がある程度まで働く程度には意識が戻ったことを自覚する。
「(身体が重い...)」
何かに揺り動かされるわけでもなく、スマートフォンのアラームが鳴る直前に目を覚ます毎朝のよう、ゆっくりと身体を起こす。
先程までダイニングにいたハズだが、目を覚ましたのは自身のベッドの上。
自室は2階だが、誰かが運んでくれたのだろうか。
「まさか、先輩?」
少なくとも、意識が飛ぶ直前にこの家にいたのは、自分たち兄妹と舞莉だけ。
陽咲の部屋を試しに覗いてみると、妹は寝息を立てて爆睡していた。
「まぁ、あの人なら何でもありか」
舞莉はそもそも掴みどころのない人物だったが、紅葉村の秘密を知っているともなれば、世間一般から見れば非常識かつ奇天烈な存在であることは間違いない。
そんな人物ならば、自分と陽咲をひょういと担いで2階に連れて行くことなど造作もないことなのだろう。
「......ちょっ!」
不可解な状況を無理矢理な理論で納得させつつ階段を降り、扉を開けてダイニングに足を踏み入れると、眼前には父親―壱成―が厳しい表情で舞莉の胸ぐらを掴み、それを見知らぬ男性―壱成と同世代だろうか―が止めに入っている様子が視界に飛び込んでくる。
壱成は勇翔の姿を認めると舞莉を掴む手を離し、男性へと矛先を移した。
「五味、これはどういうつもりだ!紅葉村以外で我々と"村"が接触することは禁止されているハズだぞ!」
「承知している。だからこそ、責任者である私がここに来ているのだろう」
激しい剣幕の壱成に対し、"五味"と呼びかけられた男性は表情を崩さない。
それは、先程まで詰められていた舞莉も同様だった。
「――勇翔、身体に問題はないか?頭痛とか」
「あ、あぁ...大丈夫」
壱成は振り返ることなく、冷静さを装い息子の身を案じる。
呼びかける様子を見ていた五味は、その様子に口元を僅かに緩めた。
「......?」
「いや、すまない。大きく、立派になったなと」
五味の視線が自身から勇翔に移ったことを確認すると、壱成は勇翔の前に立つ。
「勇翔、相手をしなくていい」
「...私もこうやって、子どもの成長をこの目で見守りたかっただけさ」
悔しさ交じりに言葉を続ける五味の姿に、よく見知った―もっとも、先程まで記憶として認識できない状態になっていたが―人物が重なる。
「――茜音?」
勇翔が思わず口にした名前に五味は僅かに表情を変え、舞莉は安堵する様子を見せる。
「彼女のことを、思い出してくれたようだね」
五味の言葉に勇翔は頷いて一歩前に出ようとするが、壱成の腕がその進路を遮る。
「勇翔......」
「父さん、ありがとう」
勇翔が制する腕に手を添えると、壱成は諦めたのか嘆息し、腕を降ろす。
「あれ、人が増えている」
陽咲が眠気眼を擦りながらタイミングよく現れると、五味が佇まいを改める。
その脇に立つ舞莉も同様だった。
「さて、役者は揃ったようだ。2人と話をしたい、時間をいただけないだろうか」
五味と舞莉が恭しく頭を下げる。
礼節に則る真剣な姿に、二神一家は申し出を受け入れた。
ダイニングテーブルを挟んで、5人は向かい合うように座る。
少なくとも互いに旧知の間柄であるにも関わらず、その場に和やかさはまるで感じられない。
外の暑さを鑑みて、勇翔が気を利かせて麦茶を差し出すが、重い雰囲気で誰も手を付けることができず、ただ空気中の水分を結露させてテーブルを濡らす存在になっていた。
「2人は、私のことが分かるかい...?」
五味からの問いかけに、勇翔と陽咲は首を傾げる。
勇翔は記憶の奥底で引っかかるところがあったが、確信を得られないでいた。
「いや、いい。気にしないでくれ」
五味は懐から名刺を取り出し、2人へと手渡す。
「私は宮内庁陰陽局、特殊災害対応課課長の五味健人だ。君たちのお父さんとは、かつて同僚だった間柄だ」
「父さん、宮内庁ってことは、公務員だったんだ」
「というか、特殊災害って...?」
陽咲が名刺に書かれた文字に、首を傾げる。
「平たく言えば人知を超えた事象――怪異とも言われるような災害の未然防止、あるいは火消しが主な仕事だ。世に出すことのできない、裏の仕事を担当する公的機関だと思ってもらっていい。もちろん、裏と言っても警察や公安が動くようなことは担当しないよ」
五味はまるでジョークだと言いたげに笑いかけるが、本人の意図に反して場が和むことは無く、兄妹の表情は苦笑に留まった。
「高度に文明が発達した今日でも、解明できない事象はいくつも存在する。君たちが見た"鵺"も、その一つだ」
「......やっぱり、あの化け物は本当の存在だったんですね」
「そうだ。文明の近代化に伴い報告される怪異の数は減ったが、紅葉村の"鵺"は今なお残る数少ない協力な存在だ。我々は"村の関係者"である君たちに、鵺の討伐への協力を要請しにきた、という訳だ。以後、よろしく頼むよ。勇翔くん、陽咲さん」
僅かに口角を上げて笑みを作り、五味は改めてその場の緊張緩和を試みる。
「"よろしく"する必要はない」
しかし、元同僚―壱成―の態度がそれを許さず、場は再び険悪な空気に沈む。
「それで、この始末をどうつけるつもりだ。"水鏡"が子どもたちと接触していることは把握していたが、あくまで監視の範囲で、接し方もあくまで部活動の先輩後輩としてで、"村"との関りを感じさせるものではなかった。だが、今回の一件は明らかに度を過ぎている」
「......水鏡?」
壱成の発した言葉に、勇翔が首を傾げる。
この場にいる人の苗字は「二神」「五味」「水田」の3通りで、思い返す限りでも「水鏡」姓との交友関係は紅葉村でしかない。
「君が意識を失う直前だったが、私は言ったはずだよ。"よく行きついた"って」
舞莉は部活動で時間を共にしていた時のように、イタズラな笑みを見せる。
「なら、やっぱり...」
「あぁ、君の想像の通りだろう。私の本名は"水鏡舞莉"、紅葉村で君たちがかつて時間を共有した"水鏡海美"の妹さ」
舞莉の本当の名前を聞いた直後、勇翔を再び頭痛が襲う。
茜音の名前を聞いた時のように意識を失う程ではなかったが、脳の奥底にしまい込まれた記憶が強制的に引き出され、自身の持つ情報に若干の混乱が生じた。
「何度も苦しめるようなことをしてすまない、"朧"は記憶や認識を不明瞭にする術だ。曖昧にした相手との関係性が深ければ深い程、解除した時の反動が大きい。君と"水鏡"としての私の接点は幼少期だけだから、それほど影響がなかったのだろう。現に、陽咲は物心つくかどうかの頃だったから、殆ど何もないようだしね。個人的には、少々悲しい所もあるがな」
「学校って、偽名でも通えるんですね」
「プライベートな事情には案外、踏み込み辛いものってことさ。人それぞれ、踏み込んでほしくないようなこと、墓場まで持ち込みたい情報を抱えているものだ」
精一杯の反撃にも、舞莉は飄々と返答する。
高校を卒業して1年に満たない人の発言には思えない。もしかすると、この人生は2度目なのかもしれない。
少なくとも、生まれ持った名前と通称が異なる程度で、その人の本質が変わる訳ではないのだろう。姓名判断を生業とする人には怒られてしまうかもしれないが。
「踏みこんで欲しくはなかったはず。それでも、焔室茜音は自ら秘密を明かし、そして君の中から自分の存在ごと抹消した。壱成さん、あなたは我々の行動を度が過ぎると仰るが、私はあくまでも"水鏡"の立場として定められた運命に従い、彼女に関する情報を認識できる状態に戻したにすぎません」
「......貴様!」
舞莉の言葉に壱成が身を乗り出すが、勇翔はそれを制する。
「父さん、今は先輩たちの話を聞きたい。父さんが言うように"度が過ぎる"のかもしれないけど、そうでもしないといけない程に状況が悪いからこそ、先輩たちが行動しているんだと思う。それに、父さんはこの人――五味さんと一緒に働いていたってことは、今何が起こりつつあるのかを把握しているんだよね」
「――だが!」
「先輩、その"度が過ぎる"状況の中心は、焔室茜音なんでしょ?」
顔をしかめる父を脇目に、勇翔は舞莉に問い掛ける。
舞莉は無言で頷き、静かに肯定した。
「なら、俺は聞かずにはいられない。茜音が俺を遠ざけた理由は彼女の口から聞いて、それを俺は"覚えている"。村の慣習で母さんを"鵺"によって失い、村を離れた俺たちを、更なる不幸に晒さない為だと、あいつは言っていた。だけど、俺は知りたいんです。あいつが......茜音がそう告げなければならなかった、真の原因を。村が抱える、過去の歴史を」
「......分かった」
勇翔の強い希望の前に、壱成は瞼を閉じて大人しく引き下がる。
「ありがとう」
五味は感謝を込めて頭を深く下げると、ゆっくり口を開いた。
Pixiv様にも投稿させて頂いております。
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