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茜音いろ  作者: 今安ロキ
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第5話 第二の故郷にて 2

前触れもなく訪れてきた高校の先輩である水田舞莉。

その姿は、幼少の生まれ故郷―紅葉村―で過ごす頃、実の姉のように接してくれた水鏡海美に瓜二つだった。


記憶から除かれた真実に近付く瞬間。

前を見据えた勇翔の前に、ぼんやりと"彼女"の姿が現れた。

第5話 第二の故郷にて 2


 ダイニングに案内された舞莉は差し出された麦茶に口をつけ、残暑で火照った身体の熱を和らげる。

 若干垢抜けた姿は高校卒業から半年ほどの時間経過を感じさせたが、人間の気質はそうそう変わる物ではない。

 いくつか近況を話す様子を見る限り、目の前にいる人物は高校の先輩である"水田舞莉"その人で間違いないだろう。

「それにしても、君はいつまで緊張しているんだい?お互い知らない中でもないと言うのに、流石の私でも少し悲しいぞ」

「いやぁ――」

 まるで作られた台詞を話しながら全てを見通しているかのような視線を受け、勇翔は作れる限りの苦笑を返す。

 ただ部活動の先輩と再会して話すならば、ここまで警戒することもない。

 むしろ、舞莉の不興を買ったとなれば、どう見ても不自然な態度を取り続ける自分たち兄妹に非があるだろう。

「すみません」

 勇翔は素直に頭を下げて謝ると、先程まで写真データを確認するために使っていたノートパソコンを食卓に置く。

「最近、うちら兄妹で全く同じ内容の不思議な夢を見るようになりまして」

「あら、兄妹仲がよろしいようで、いいことじゃないか」

「それほどでも。それで、その内容というのが――」

 茶化すような言葉を適当にあしらい、舞莉へ夢の内容を伝える。

 荒唐無稽な内容だが、先程までと異なり舞莉は一言一句を逃さず聞く姿勢を示した。

「それで、夢で見たのなら目で見た経験のある内容かと思って、過去の写真を見返していたんですが――」

「いいね」

 舞莉は満足そうな表情を見せると、勇翔の言葉を敢えて遮るように相槌を打つ。

「覚えているだろ、私は野球部以外に3つの部活に入っていた」

「よく覚えていますよ。写真部と新聞部、吹奏楽部では部長でしたか」

「そう、どれも情報を操る部活動だ。音楽は聴覚を司る情報として空気を震わせて人の思いを伝え、届け、聞き取るもの。写真は映像情報として流れ行く風景を時間軸から切り取り、対象物がその瞬間に見せる外観と内面を永遠に残すもの。新聞は各方面から集めたデータを分析した上で文字情報としたものだ。それらを組み合わせれば、限られた情報からでも真実を見通せてしまうことだってある」

 得意げに語る舞莉は麦茶を飲み干し、ノートパソコンに表示された画像に移る女性の姿を愛おしそうに撫でる。

「君は答えを探す中で、最良の手段を取っていると思うよ。君は情報を扱う仕事が向いているのかもしれない、記者とか、研究者とか。音――この場合、声の情報は記憶が曖昧になるほど認識できなくなるかもしれない。一方で写真や文字のような画像ならば、記憶が薄れても"実物"を確認することで眠っていた記憶を呼び起こし、改めて認識し直すことができる」

「その通りだと思います。だからこそ、先輩と話す中で考えが曖昧な物から確信に近付く手応えを感じられているんだと思います」

「ほぉ......」

 舞莉の感心をよそに、勇翔はノートパソコンの画面をみやる。

「先輩の容姿が、紅葉村に住んでいた頃によく面倒を見てもらっていた、"海美"姉さんと瓜二つだ。他人の空似とは思えません。先輩とはかなり長い時間を一緒に過ごしてきたのに、自分でもどうして気が付かなかったか信じられないくらいです」

 勇翔はマウスを操作し、別の画像を表示させる。

「そして、この画像。海美姉さんと俺の他にも、髪の白い女の子が写っている。この子が俺と陽咲の夢に出てきた女の子で間違いない。だとすれば、仮に先輩と海美姉さんに関係性があるとすれば、先輩ならこの白い髪の女の子が誰だか、分かるかもしれない」

「――そうだね、よく行きついたと思うよ。やはり、私の"出番"が来たと踏んでお邪魔したのは間違いなかったようだね」

 舞莉は納得したような表情のまま立ち上がり、勇翔の横に立つ。

「一つ、いいかな?」

「何です――」

 何の前触れもなく、舞莉の右手が勇翔の左頬をはたき、破裂音と共に火傷のような熱を感じさせた。

「ちょっ!」

 慌てて立ち上がろうとする陽咲を制し、舞莉は状況を把握できず呆然とする勇翔の左頬に手を当てる。

「すまない、これは八つ当たりだ。私だって感情的になりたい時だってある」

 舞莉が右手に意識を集中させると同時に、勇翔は頬にひんやりとした感覚を覚える。

「仕方がないことだ、これはあの娘が選んだ未来なのだから。そして、彼女がとる選択を、私は"以前から知っていた"のだから」

「――知っていた?」

 勇翔が恐る恐る、自身へ暴力を振るった先輩の表情を見遣る。

「だが、それでも言わせてくれ」

 僅かに震わせた声が耳に入ると同時に、勇翔は顔を舞莉の手で両側から挟み込まれ、彼女と正面から顔を突き合わせる。

 眼前には潤んだ瞳から涙が零れないよう僅かに顔をしかめた表情が現れ、勇翔は普段の彼女からは想像のできない姿に、ただ目を丸くすることしかできなかった。

「どうして、"焔室茜音"のことを忘れてしまったんだ!」

 明らかに震える声が耳に入った途端―視界の端で陽咲が崩れ落ちる様子を認めた直後―、激しい頭痛とともに勇翔の視界がブラックアウトする。

 心の内、どこからか湧き上がる情報に、脳の処理能力が追い付かなかったのだろう。

 意識が完全にシャットダウンされる直前、勇翔の脳裏に白い髪の少女が鮮明な姿で浮かび上がった。



 どれくらいの時間が経過したのだろうか。

 感覚的には"ようやく"回復した意識の中で、勇翔はぼんやりと思案する。

 身体にかかる重く沈む感覚と背中を優しく押す浮遊感が連続し、身体を動かそうにもなかなか自由が効かないでいた。

 やっとの想いで瞼をこじ開けると、自身が黒く暗い空間にただ浮いている状態であることを認識する。

 この深淵はどこまでも続いているように見えるが、冷たさや寒さはなく、むしろ暖かすら感じられた。

「光?」

 周囲を見渡していると、まるで夜闇に浮かぶ一等星―シリウス―のような輝きに、視線が自然と向く。

 視線の先で瞬く輝きが徐々に大きくなるが、その現象が身体を引き寄せられるからなのか、将又光点が近付いてきているからなのかは分からない。

「何だ?」

 漆黒から純白へと徐々に染め上げた空間が、モザイク状に点滅し始める。

 小さな区画はさながらテレビモニターのようで、画面一つ一つに異なる映像が再生されている。

「――これだけじゃない」

 自身を包む空間、再生される映像の全てを確認する。

 紅葉村で過ごした幼い日々、故郷を離れ新天地で過ごし始めた小学生、部活動に打ち込んだ中学生、仲間たちと駆け抜けた高校生。

 異なる時代の情景が駆け巡り、二神勇翔という人間が構成される様を追体験しているようだった。

「どこだっ!」

 しかし、勇翔は既に気が付いていた。

 自身を形作るために必要不可欠な記憶のピースが、映し出される映像のどこにも存在していない。

 それがいつ、どこで、誰との思い出なのかは分からない。

それでもただ一つ、何よりも忘れてはいけない記憶であることだけは、二神勇翔として認識できていた。

 この空間で目覚める直前、つまり意識がシャットダウンする直前を思い出そうとする。

 脳裏に浮かぶ水田舞莉の口は、自分に誰の名を告げたのか。

「――っつ!」

 自身は夢の中にいる。

 そう認識する空間で頭が割れるような痛みに耐えながら、冷静沈着な先輩が感情を乱した姿を見せてまで伝えようとした名前を、勇翔は口ずさむ。

「―あ――ね」

 舞莉の口の動きを真似ながら、少しずつ声に出し、答えに近付けていく。

「――!」

 この世に生を受けてからの経験と、物心付いて以降の記憶が合致した瞬間だった。

 記憶を映すモニターの一つが突如として紅く燃え上がる。

 答えに近付く勇翔を遠ざけるように、勇翔の中から全ての痕跡を消し去ろうとでもするかのように。

「どうして、そこまでするんだ!」

 勇翔はここで初めて、この空間を自由に移動できることに気が付く。

 身体は自然に炎の中へと飛び込むと、頭痛と炎の熱など忘れて振り払い、モニターの端を掴む。

 それぞれのモニターは記憶を収納する箱であり、表に出ている映像はキーワードにすぎない。

「焔室茜音!!」

 勢いよく扉をこじ開けると同時に炎は瞬時に消え去り、勇翔の脳裏に一人の少女とすごした日々が溢れるくらいに湧き出でてくる。

 同世代の殆どいない紅葉村では一緒にいない時間の方が少なく、故郷を離れた以降も毎年のように思い出を重ね続けた。

「こんな大切な記憶を、どうして俺は忘れてしまったんだ」

 記憶の箱の中には、見慣れたはずの幼馴染が背を向けて立っていた。

 勇翔は直近の記憶を必死に辿る。

 毎年のように故郷を訪れ、母の墓標を拝み、共に形見となる楽器を奏で、満天の星空の下で長年の想いを伝えた。

 そして、村の秘密―鵺の存在―を知り、今に至る。

「――茜音」

 呼びかけられた少女は驚いたように振り返る。

 思い出したのは、茜音によって封じられた記憶だけではない。

 幼少ながら"紅葉村の一員"として身に着けていたであろう記憶も、驚くほど鮮明に思い出すことができた。

「紅葉村の外で生きる俺の生活を守るために、俺を遠ざけようとしてくれたんだよな。ありがとう」

 勇翔の言葉に、白髪の少女は瞳に涙を浮かべる。

 何かを口ずさんでいるようにも見えるが、その声は聞き取れなかった。

「でも、1人で背負わないでくれ、俺もお前の横に立たせてくれよ」

 勇翔は右手を前に差し出し、その手を取るように少女に促す。

 しかし、少女は小さな笑みを浮かべると同時に首を横に振り、手を取ることなく箱の奥に広がる暗闇へと走り去っていった。


 * * *


 山間部の冬は早い。

 各地で紅葉が後ろ倒しになる様子が報じられるが、常に紅く萌える木々が群生する紅葉村は野山の色付きの変化による季節の巡りは分かりづらいく、自然の移ろいよりもむしろ、友人の言動の変化こそ分かりやすい指標なのかもしれない。

「そっか、茜音は家業を継ぐんだもんね」

 茜音の通う高校でも大学進学や就職を控える学生たちが、程度の差こそあれど準備する様子が見受けられ、顕著な例だと先だって18歳を迎えた同級生が自動車免許を取得する光景も見られるようになっていた。

「冷えてきたな」

 茜音は深まる秋を肌で感じつつ、意識を集中させて心身の修練に励む。

「(振り返る必要はない)」

 学業こそ"普通の人間"として修めたい想いが勝ったが、大切にしてきた親しい幼馴染との関係を断ち切り、残された時間の殆どを鍛錬に費やす日々。

 日々の思い出は色あせ、段々とモノクロームに近付いてしまったが、日々の密度はカレンダーが捲られる毎に高まり、まるで時間の進みが加速したかのように感じさせる。

 徐々に短くなる睡眠時間は茜音の体力を削り、寄る辺の無い心は視野が狭め、来たる災厄への焦燥を生む。

 時折夢見る大事な人の姿は、自身の心が無意識下で放つSOSなのかもしれない。

「(茜音!)」

「え、勇翔?」

 自身の名前を呼ぶ懐かしい声に思わず振り返るが、視線の先には当然の如く、誰もいない。

 思わず綻んだ頬に虚しさを思え、寄り添って欲しい人物がいない現実に涙腺が緩みそうになる。

「どうかしましたか?」

 茜音の修練を脇から見守る巫女役が、不自然な動きを見せる主を心配して声を掛ける。

「――何でもありません、続けます」

 茜音は雑念を振り払うと、再び姿勢を正す。

「......強くならなくちゃ」

 例え進む先に道が無かったとしても、今の自分には前進するしか選択肢はない。

 凍てつく暗夜行路の行く末を見通すことなど、誰にもできないのだから。

 茜音は小さく息を吐き出すと、再び自分の内へと籠っていった。

Pixiv様にも投稿させて頂いております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=20848643

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