婚約発表と就任式
大きな広間に転移した後、俺はあたりを見回した。
床は見事に磨かれた大理石で作られており、天井や柱は金縁に極彩色の見事な装飾がされていた。
一段高いところに金の玉座があり、その背後には荘厳なステンドグラスが飾られている。
そして、そこから入ってくる光によって床というキャンバスに美しい文様を描き出した。
(まるで、大聖堂みたいな作りだな)
だが、大聖堂に比べてやたら広く、そして魔物達が集結していることで、ここが魔王の城だということを嫌でもわからせてくれるのだ。
ルキフェルとヒルデが玉座に向かうと、フォラスが威厳のある声で告げる。
「ルキフェル様とヒルデ様のおなりだ! 傅くがよい。」
俺はアリシアに促されてその場で傅いた。
ルキフェルは満足げに頷いて、その場にいるもの全てに威厳を込めた声で伝える。
「皆の者……よく集まってくれた。幹部のものにはもう伝えたのだが、今日は諸君らに重要な知らせがある。」
そして、水晶玉を取り出すと、例の荘厳な音と共に俺の黒歴史が流れ始めた。
魔物達は色々な意味でドン引きした顔で俺とアリシアを見て騒めいている。
「おい……あれを見たか……体の半分が消し飛んでいるぞ。」
「なんであそこまでされて求婚しているんだ、あいつは……」
「やはり≪男殺し≫の二つ名は本当だったのか……」
なんかいろいろと誤解されているような気がして、俺はアリシアを恐る恐る見ると、彼女はプルプルと震えながら羞恥に耐えていた。
(そうですよね……俺もかなり苦しいよ、この空気は)
ルキフェルが荘厳な声で宣言する。
「ケイはオーベストの村でのスライムの件について、鮮やかに解決して見せた。そして、わが娘アリシアの名誉を守った。我はケイの功績を認め、魔王軍の管理者として任命し、アリシアの婚約者として彼女専属の騎士とする。不服のあるものは申し出るがよい……」
周囲の者が静まり返る中、一人のイケメンが俺の前に進み出た。
ワイルドな雰囲気の長身の男で、金髪に太い眉、そして野性味を帯びたエメラルドの目と褐色の肌をしている。
明らかに武人とわかる見事な体躯で、堂々たる佇まいだ。
男は、くせ毛のショートカットの髪の毛をくしゃくしゃと掻きながら、笑みを浮かべて俺に告げる。
「あのアリシア様にここまで惚れた理由を教えてくれないか?」
俺は笑みを浮かべて答えた。
「最初は一目惚れですね……そして内面を知ってより好きになりました。」
男は破顔して俺の肩を思いっきり叩いた。
その瞬間、轟音と共にものすごい衝撃が体に走った。
俺の体は地面に埋まり、意識がいつも通りに闇の彼方へ飛んで行ったのだった。
* * *
目を覚ますと、自分の部屋のベッドに寝かされていた。
先ほどのワイルドなイケメンが、申し訳なさそうな顔で俺に頭を下げた。
「すまねえな……まさか、≪耐性無し≫な上に≪痛覚無効≫が無いとは思っていなかったんだ。あの後大変だったんだぜ? ……アリシア様にもう少しで殺されるところだった。」
俺はハッとなって周囲を見渡すと、アリシアは俺に縋り付いて眠っていた。
安心した顔で彼女の頭を撫でると、ワイルドなイケメンは哄笑した。
「こんな状況でもアリシア様の心配をするとはな……お前が本当に、この方のことが好きだということがよく分かった。」
俺は彼に頭を下げて挨拶をする。
「ルキフェル様にご紹介を預かったケイと申します。失礼ですが、あなたのお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「おお……すまねえ、俺の名を伝えていなかったな。≪金狼王≫のフェンリルだ。魔王様より亜人の武官を統べるように申し付けられたものだ。」
(なるほど……幹部ということか。しかし、あの一撃は強烈だったな……一気に意識が持っていかれたよ)
「フェンリルは亜人と言われましたが、何と言いますか……野性味のある美男という感じがしますね。」
「ほう……そう見えるか? ならこの姿を見たらどうかな……」
フェンリルが魔力を込めると、彼の姿が鎧をまとった金の狼に変身した。
(あ……あれは……≪魔王闘士≫様ではないか!?)
そう、俺の面白みもない人生の数少ない楽しみとして、≪魔王闘士 狼≫というヒーローのOVAがあったのだが、彼の変身した姿は主人公の≪金狼≫そのものの姿だったのだった。
俺は大興奮して叫んだ!
「うおぉぉぉぉぉ!? 本物の≪狼≫様だ! まさか……まさか、この世界でお会いすることが出来るなんて……」
フェンリルが動揺した顔で俺に問いかける。
「お前……俺の姿を見てなぜ喜んでいるんだ? 他の転生者達は、腰を抜かして失禁する者すらいたのに……」
俺は感動のあまり、涙を流して首を振る。
「そんなことあるわけないじゃないですか! 俺にとって≪狼≫は英雄ったんですよ。理不尽な世界に光をもたらして、法律では裁けない悪人どもを調伏していく姿は最高だったんです。まさか転生して実際に≪金狼≫のご尊顔を拝むことができたなんて、もう感動のあまり死にそうですよ。」
フェンリルがドン引きして困った顔をする中、アリシアが目を覚まして納得した顔をした。
「フェンリル……貴方のその姿は、ケイが≪レンタルビデオ≫という店で選んでいた英雄譚の主人公によく似ているのですよ。」
彼は気を良くして笑顔になった。
「ほう……お前の世界でも俺の名は轟いていたのか。なんだか不思議な気もするが、これも縁なのだろう。」
俺は感動に手を震わせながら彼の手に触れた。
「ああ……こんなにも気高く、輝きを持った毛並み。そして、エメラルドに輝く強い意志を持った目……なんて美しいんだろうか!」
アリシアが困った顔をして俺に告げる。
「ケイ……この方は英雄譚の金狼とは違うのですよ?」
俺はアリシアの声に正気に戻ったが、静かに首を振った。
「そうかもしれない……でも、俺は嬉しいんだ。異世界にきて、こんな風に自分が憧れていたヒーローの様な姿をした姿をした人に会えたということが。」
そして、フェンリルに頭を下げる。
「すみません、つい興奮してしまって……」
フェンリルは笑みを浮かべて俺の肩を優しく叩いた。
「いいってことよ。褒められるっていうのは悪いもんじゃねえからな。ところで、あの糞爺に聞いたんだが、お前は雑用が得意らしいな。一つ頼まれてはくれないだろうか?」
「糞爺……フォラスのことですか?」
「ほう……それで分かるってことは、やぱりお前もあいつの被害にあっているということか。あの野郎は魔王軍の堕天使と悪魔を統べる者の癖に、ふざけた真似ばかりをしやがるんだ。」
(フォラスってそんなに偉い悪魔だったのか!?)
フェンリルは俺の顔を見て大きく笑った。
「お前のその顔を見ると……あれだろ? 『この糞爺があぁぁぁぁ!?』とでも言ったんだろうな。まあ、とりあえず俺についてきてくれ。」
彼は人の姿に戻ると、颯爽と扉を開けてあの廊下に出ていく。
(え……あの廊下は罠だらけじゃ……)
躊躇する俺を不思議そうな顔で見ながら、フェンリルは『早く来い』と顎をしゃくるのだった。