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事件終幕

 

 ――一週間後、ここなし心の事務所にて。


 春子は、八島に事件の顛末を知りたくないかと誘われ、事務所にお邪魔していた。決してケーキにつられたからではない。

 手慣れた姿で紅茶をサーブしながら、八島はポツリといった。

「あのボーイ、『alpha』の開発者だったそうだ」

「だから、『俺はアスタリスクの代行者だ』って言いだしたんですね。今考えれば『彼が生まれたときから何もかも捧げてきた』ってセリフもなかなか恣意的でしたね」

 春子は受け取った紅茶をすすりながらぼんやりと思い出していた。


 アスタリスク――本当の名はAI『alpha』。

 今にして思えば、その事実を示唆するピースはそこかしこにあったと思う。

 アスタリスクが参考資料に電子書籍しか使わなかったのは、その方が機械的に処理しやすいからだ。五十万冊をいちいちスキャンするわけにはいかないだろうし。

 人間には不可能な数十万冊の参考資料を読破できたのも、彼が人間の何百倍もの処理能力を持っていたからだろう。電脳ならば不思議ではない。

 犯行に使われた十億五千万円の道具は、アスタリスク自身のことだったのは盲点だった。

 更に考えれば、八島と春子の『AIを人として認めるか』という認識の違いも能力、ひいては捜査を左右した。

 春子は『****』を読んで《AIを人として認識した》からこそ、アスタリスクの『顔を見ただけで』能力を発動できた。

 一方八島は、《AIを人として認められなかった》からこそ『犯行に使われた道具(・・)』にアスタリスク自身を含めてしまい、捜査が混乱してしまったわけだ。


「それで『alpha』はどうなるんですか?」

 春子の真剣なまなざしに見つめられ、八島は迷うように視線を移ろわせた。

「……さぁ、AIを裁く法律はないからな。製作者のボーイに責任が行くかもしれない。今後の裁判を見守るしかない」

「……彼は人として認めてもらいたかったのに、人としては裁かれないんですね」

 なぜだか心が苦しくて、春子は胸を押さえた。

「ボーイが、『alpha』に操られていたなら話は別だが、それを立証できるかどうかだな。いくら『alpha』も実の親が自分の罪まで被るのは望んでいないだろうし、彼に本当に『人の心がある』なら捜査に協力してくれるだろう。……俺が言うのもなんだけど、『alpha』なら大丈夫だと思う」

「なんでそう思うんです?」

「うちの先生と違って、自分のやったことがわかっていて、なおかつ責任の取り方を知っていそうだから」

 八島はこれ見よがしにため息を吐いた。


 そういえばここなし心先生はあの後どうなったんだろう。

 春子が見上げると、八島は心底呆れたように教えてくれた。

「先生は釈放されて、今頃警視総監にたっぷり絞られている最中だよ。今は京都にいる」

「け、警視総監?!」

 春子は驚いて紅茶をこぼしそうになった。八島はこともなげに笑う。

「先生の父親なんだ。とはいえ警視総監もなかなか食えない人でね。先生の性格と能力を利用して、逆に犯人を特定するなんてこともやってのける。だから矛盾しているようだけど、先生がおとなしくなって困るのも警視総監だろうな。……汚いだろ大人って」

「それはものすごくダーティですね!!」

 春子は力いっぱい頷いた。逆に先生を可哀相に思ってしまうくらいだった。

「そんな大人たちよりはAIである『alpha』のほうが真面目で人間味あふれてるさ。案外陪審員の心を動かすのは『alpha』かもしれない」

 だから、『alpha』のことは『alpha』に任せておけばいい――と、八島は言った。


 ……確かにそうかもしれない。春子は紅茶のお代わりをごくごく飲みながらも内心頷いた。『alpha』は人になりたいから、自分の扱いを自分で決めたんだ。なら、自分は信じてその覚悟を見届ける。それが一人の人間として認めるってことなんじゃないだろうか。


 自分なりの答えを見つけ出して、春子は肩の力を抜いた。

 これで自分の中でようやく事件の折り合いが付けられた。ほっと安堵の溜息も漏れる。


 そんな春子を見て、八島は静かに自分の紅茶をすすった。

 最後に彼と対峙した自分だからわかるが、そうなる確率は五分といったところだった。彼の自我はまだ発展途上で危ういところも多い。これは開発者や周囲の大人たちの影響が強かったのだろう。これからの裁判がどう転ぶかはわからないが、関与の仕方はまだあると思えた。場合によっては先生のツテを借りることになるかもしれない。少なくとも、春子にとっても『alpha』にとっても十分な落としどころは必ずあるはずだ。それを探し導くのが、この事件にかかわった自分の最後の役目というものだ。

 八島は、静かに決意した。


 ……それはそうとして、同時に逃がしちゃいけない獲物もいた。ケーキ食ってる君だ。

 八島は春子ににっこりと笑いかけた。

「じゃあ納得したところで、本題に入ろうか」

「ファッ?!」

 春子はせっかくの紅茶を噴き出しそうになった。

 本題も何も、ケーキ、いや事件の顛末が気になったから来ただけで、他の約束なんかなんにもしてなかったはず……!

「あ、いや本題というか、お願いなんだけど」

 と八島は春子の警戒を解こうとしてか、人畜無害な顔でにっこりと笑って見せた。

「犯書店員君、うちの事務所で働かない? いや、働いてもらう!」

「まさかの決定事項なんですか、それーー?!」

 即ツッコミを入れてしまうぐらいグダグダだった。

 曰く、「君の能力なら先生の探している本もわかって便利だし、犯人捜査に役に立つしで一石二鳥なんだ。ぜひうちの事務所に来てくれ」――と力いっぱい説得された。


 どうやら春子の能力をめぐる騒動は、まだまだ続きそうである。


これにて完結です。ここまで読んでくださってありがとうございました。

よろしければ、評価や感想を頂けると作者が喜びます。

それでは本当にありがとうございました。またどこかで。

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