影への転移 5
スフスフの神殿の間近に流れる川がある。
その水量が目に見えて減ってきている。
中ほどで渦を巻いて水が吸い込まれていく。
ほぼ水量が半ばを切った頃漸く渦が小さくなり吸い込まれる水量も少なくなった。
ざばっと水音と共にグランの腕が川岸を掴む。
勢いを付け小脇に抱えているリューズと共に川岸に転がるようにして上がる。
げほげほと咳き込み水を吐く。
「く、、空気、、、」
大きく息を吸い込む。
「かはーーっ、息が続かないかと思った」
息がまだ荒いが漸く安堵の声が出る。
「リューズ!おい、大丈夫か??」
引き上げたリューズに声をかける。
彼女は気絶していた為水は飲んでないと思うが、、、
まだ意識は無いようだ。
「おい?」
肩を揺さぶる。
「う、、ん?
ん~、もう食べられない~」
そのあまりに場違いな言葉に、一気にグランから力が抜ける。
「はぁ??」
どうやら気絶しながら夢でも見ているようだ。
「こいつ、、、死にそうにないな、、、」
ははは、とかわいた笑いが込み上げる。
気が抜けてその場に仰向けにひっくり返りグランは参った参ったを連発した。
案外、この娘、大物かもしれない。
天を仰ぐグランに雨が降りしきる。
ぽつぽつと容赦なく顔にあたる雨を手で遮りながら。
-けど、あいつも全然死にそうな奴じゃなかったよな、、
ミューズを思い出す。
図々しくて明るくて死というイメージからかけ離れた少女だった。
あの時自分が血の渇望に捕らわれてミューズから逃げていなければ
こんな事になりはしなかっただろうと歯噛みする。
己の弱さが情けなかった、自然にかざしていたいた手に力が入り固く握りしめる。
「ん、、、冷っ?」
横で寝ていたリューズも雨に打たれる刺激で目が覚めたようだった。
「よぉ、怪我ないか?」
グランが声をかける。
一瞬、今自分が置かれている状態が理解できないような表情をリューズはしたが
すぐ起き上がり全てを思い出す。
座り込んだまま大きな瞳から涙が溢れ両手で顔を蔽い声を殺して泣く。
そんな彼女に雨が優しく振りかかる。
慰めの声をグランはかけようと手を伸ばしてみたが。
彼女の肩に触れる前にそっと引き戻す、掛ける言葉が見つからなかった。
「うそよね?
シェラ様やミューズが死んだだなんて、、」
ぽつりとリューズが言う。
グランははっとして思わず
「ああ」と答える。
今の彼女に「いや、死んだ」などととても言えなかった。
そうだったらどんなに良いかと思いながら。
「嘘つき、、」
リューズから辛辣な言葉が出る。
「シェラ様が居たら黒の一族の侵入を許すはずないわ、、
そして幽閉されている黒の里とのゲートを開くにはニエが必要、、、
あそこにあいつらが居た
それが全ての真実、、、明白な答えよ、、、」
顔を蔽いながらリューズはそう語る。
「でも、、、ありがとう、、、」
ぐいっと眼をこすり涙をぬぐいグランに微かに笑いかける。
優しい嘘だと解っているから、、、
拭った筈の涙はそれでも止まらなかった。
「剣、、貸してくれる?」
唐突な御願いだったがグランは頷き自分の剣をリューズに渡す。
「ダメね、、、私怖がりで泣いてばかりで
さっきだって貴方に助けてもらってばかりで、、」
借りたグランの剣をゆっくり引き抜く。
「何もできない役立たずで
私なんか、、、こんな私なんか、、、」
抜身の剣を首に近づける。
「こんな私なんかもう要らないっ!」
ぐっと剣を引く。
「おいっ!」
グランは慌てて止めようとする。
後追い自殺なんて冗談じゃないっ!
が、その手が止まる。
血が流れると思ったがバサバサと音をたてて落ちたのはリューズの髪だった。
首の辺りからすっぱりと長髪を惜しみなく切り落とす。
「弱虫の私なんかもう要らない
此処に捨てていくわ」
彼女なりのけじめだった。
「強くなるのもう二度と泣かない!」
すっくと立ち上がり前を向く、涙は止まっていた。
「そして為すべき事を為すわ」
覚悟を決めた声だった。
「為すべき事?」
グランが問う。
「シェラ様がされたであろう事」
リューズの答えに迷いはない。
「あの黒の奴等を倒しに行くのか?!」
思わずグランは叫んだ、嬉しそうに。
「はぁ?あんた馬鹿?!
シェラ様が負けた相手よ?
私たちが勝てるはず無いじゃない!!
それになんでそんなに嬉しそうに言うのよ??」
リューズの返事にあからさまに残念そうな顔をするグラン。
「え、、、だって、さっきのあいつ等ならそんなに大した事なかったし
え?俺そんなに嬉しそうだった??」
「大した事無いって、、、あなた
あれ黒の剣士よ?」
そう言いながらリューズは思い出す。
そう、彼が黒の剣士と互角以上の戦いをしていた事を。
自分が足手まといだったのは間違い無い、だとしたら、、。
「逃げたのは、、私が居たから?」
「え?
ああ、それもあるけど、、、
あれ?なんでだろ??
そうなんだよなあいつ等なら何とかなったんだよな俺」
首を傾げグランは本気で悩んでいる。
「けど、なんかやばそうな感じがしたんだよなぁ、、、」
口をへの字にし何かを思い出そうとしているようだった。
この子いったい何者なの?とリューズは思った。
剣士なのは間違いない
でも、、、白の剣士ではない、だって白の里の住人は全員知っている。
今現在幻羽世界にいる白の一族は多くは無い。
会った事は無くても名前と姿絵くらいは全員覚えている。
幻羽人ではない、混血なのも間違いない。
白とは違う古の一族などだろうとは思うが
グランを見つめリューズは考えを巡らせていた。
「狩人としての本能が危険を察したんだろう
正しい判断だ、シェラを倒した相手にお前が叶う筈がない
命拾いしたなグラン」
突然凛とした声がする。
降りしきる雨の中、転移の魔法だろうか。
森から突然白いマントを深々とかぶった青年が現れた。
「トウラン!!」
青年を見た途端、グランはそう呼び嬉しそうな様子で駆け出す。
「誰? シェラ様の事、、」
リューズはそんなグランの様子を眼で追う。
グランの知り合いなのは間違いないようだった。
トウランスの傍まで行き、まるで子犬が主人を見つけ尾を振るかのような様子のグラン。
嬉しさを隠す様子は一向に無いようだ。
グランからすれば、恩人であり育ての親でもあり師であり友でもある存在だ。
この世界の唯一無二と言っていい相手なのだ。
「あれ、けど落ち合うのはもう少し後じゃなかったけっけ?
俺が祭りを見たいって言ったら
トウラン人ごみは嫌いだとか言ってたじゃん」
トウランスが予定外の行動をするのは珍しい。
「ああ、だが急用が出来てな
のんびりしてる訳にはいかなくなった」
そんな様子のグランを苦笑しながらトウランスは見ている。
「古い友人に頼まれてスフスフの都にリューズという娘を助けに行くことになった
手荒な事になりそうだったから先にお前を探したんだが
まさかもう黒の一族と一戦やらかしていたとはなぁ」
苦笑しながらも半分呆れたような口調になっている。
「リューズ?
リューズって、、」
グランはリューズの方を見る。
「あの、、私が、、
古い友人ってまさかシェラ様のことですか?」
おずおずと話に割って入るリューズ、トウランスはリューズに視線を映した。
リューズからはマントが影になりその表情はよく解らない。
「そうだが、、では君がリューズなのか?」
「はい、あの、それで、、シェラ様とは何時?」
シェラが黒の一族と戦う前なのだろうか?
リューズの手が組み合わさり胸の前でぎゅっと握りしめられる。
「ついさっきだな、見送ったばかりだ」
ついさっき?見送った??リューズの眼が大きく開かれる。
「あの、、あのっ!
シェア様ご無事なんですか?!」
それはシェラが生きているという事に他ならない。
「あまり無事とは言い難いがちゃんと生きているよ
ヌーク殿が緑の聖域へ連れて帰ったから
じき元気になるだろう」
マントで顔の大半は隠れているが優しい声だった。
リューズから大粒の涙が零れ落ち心からの安堵の表情が現れ
へたへたとその場に座り込む。
「よかった、シェラ様、、、生きてらした、、、」
胸で握りしめられた指が口元まで上がる。
良かった、本当に、、黒の一族の言った事なんて嘘なのかもしれない。
もしかしたらミューズだって、、、
「あれ?リューズはもう泣かないんじゃなかったっけ?」
そう言うグランの眼も赤い。
「馬鹿ね、こういうのは良いのよ嬉しいんだから」
うれし涙は別物である。




