蠕動 黒の一族の復活 5
異空間に幽閉された黒の一族はみじめな苦しい生活を送って、、、
は、いなかった。
広大な黒の領土そのまま転移させられた為それまでと変わらぬ自由を謳歌している。
だが、唯一無二の最大の楽しみは半減している。
残虐な遊びは獲物が少ないため制限を余儀なくされていた。
大戦前のように1個の都を消し炭にしたり、皆殺しするような大量虐殺は
もう出来はしなかった。
その代り1個の獲物を執拗に甚振り手の込んだ弄び方をするようになっている。
異空間の月は赤い。
「今宵はまた一段と赤いな
血に染まった月、、、か」
エクセルは城の中庭、小さな噴水の横に座り月を見ていた。
「血月祭とはよく言ったものだな」
波打つ紫の長髪、漆黒の長衣、漆黒のマント手首には黄金の装飾。
切れ長の黄金の瞳、ぼんやりとした表情だが顔立ちは非常に整っている。
黒の居城は中庭と言えど緑は無く岩肌がむき出されたような殺風景なありさまだ。
彼らは癒しを必要としない、美を愛す事もしない。
その中で彼は唯一変わった存在だった。
無造作に水面に手をやる、先ほどから手を行ったり来たりさせ
水面に何かをしている様である。
暫くして完了したのか満足げな笑みを漏らし水面を眺めている。
中庭には永久灯があり光源には事欠かない。
彼は飽きもせず水面を見ていた。
と、岩肌に生えていた雑草の花弁がひらりと水面に落ちる。
水面に波紋が広がる。
エクセルが湖面に描いた青年の画像が揺らぐ。
「美しい人よ申し訳ない
このような地に健気に咲く花のした事ゆえ許されよ」
語りかけながら湖面の画像に触れんばかりに顔を寄せる。
そう、彼は黒の一族には珍しく美しい物が好きだった。
儚い物を慈しみ愛でた。
その為黒の一族では変わり者の名を恣にしている。
「エクセル」
不意に彼を呼ぶ声が聞こえ
「王子」
黒の王子ロリアンが中庭に現れた。
蒼銀色の長髪、黄金の瞳、彼もまた端正な顔立ちなのだが
冷酷さが張り付いている。
着ている物は白が基調だがマントも短いチェニックにも
縁に幅広い金地の模様がある。
額には黄金のサークレット、腕にも黄金のガントレットを付けている。
「血月祭にも出ずこんな処で何をやっている?」
エクセルはパシャッと手を差し入れ水面に描いた姿絵を消し
「そりゃ、もっと楽しい事だ、ロリアン」
笑って軽口を叩く。
その答えに半分呆れ顔でロリアンが言う。
「ふん、くだらん。
どうせお前の事だ
例の理想の顔とかを書き出して喜んでおったのだろう?」
「ほっとけ」
王子相手にこの口調、ロリアンも気を害する様子もない。
つまりそういう仲なのだろう。
「まぁ、よいわ、幻羽世界に戻れるぞ、エクセル」
エクセルの表情が微妙に動く、が、さほど関心がある用では無かった。
「黒の王が幻羽世界に飼っておった種共がしきりにアクセスしてきて
おったのは知っているな?
使い物にならぬくらい微弱だった物がここ最近力強く届くように
なってきている
白の羽虫共の力が萎えてきたせいか」
残忍な笑みをロリアンは浮かべ続ける。
「遙か昔、親父殿が闇神をたて
白の羽虫共と戦った大戦は
闇神が光神・幻羽に敗れ黒の一族は大敗を余儀なくされた
と、聞いている」
そして、敗れた黒の一族は黒の一族が納める総ての領土ごと
幻羽世界であって幻羽世界でない影の様な異空間に幽閉された。
また、黒の王はこの異空間ではない他の場所に封じられたとされている。
ロリアン達黒の一族の幽閉された異空間に黒の王は居ない。
「要所、要所に配置された封印を守る要石のおかげで
こちらからは全く手出しが出来なかったが
間もなく種共が要石のひとつを破壊するだろう
白の羽虫め永きの平和に溺れよったな
要石がひとつでも破壊されれば今一度この異空間は幻羽世界に繋がる」
くくくと笑いながらロリアンはマントを翻しエクセルに告げた。
「異空間で今宵が最後の血月祭になるかもしれぬ
趣向がある故必ず出席ろよ」
「それは、命令かロリアン」
エクセルが真顔で問う。
「命令だ」
くすりと笑いながら王子は噴水の瓦礫の上に咲いていた雑草に雷を落とす。
派手な音と光を発し落ちた雷は先ほど花弁を水面に散らせた花を黒こげにした。
「今夜の獲物がこうなる前にな」
そう告げロリアンは城内に戻る。
残されたエクセルは深々とため息をついた。
「やれやれ可哀想に、地味だがそれなりに美しいのにな、、」
焼け炭になった雑草に眼をやる。
「血月祭か、あれもどうもなぁ
たまに哀れを誘うモノもいるからなぁ、、。」
少々困り顔になる。
「全く黒の連中というのは、美を理解せんのでいかんな
しかし、「命令」となれば致し方無いか、、、
くそっ、さぼる気でいたのに、ロリアンの馬鹿野郎」
王子相手に罵詈雑言を吐く。
眼を閉じても聞こえる悲鳴がエクセルは好きではなかった。
血月祭とは昔は闘技場で黒の一族同士が己の技を競い合うため戦いあったのが
始まりである。
だが、今は一方的に黒の一族が奴隷をいかに面白く、いかに残忍に殺すかが
楽しみとされる祭りになっている。
黒の城壁に繋がる回廊を歩きエクセルはゆっくり闘技場の入り口に来た。
それを見つけたエクセルの部下の一人、アロンが声をかける。
「エクセル様、よかった、面白いのはこれからです
さぁ、こちらへ、ロリアン様がお待ちです」
アロンは黒髪を後ろに束ねた青年である、彼も端正な顔立ちと言っていいだろう。
エクセルは、わざとゆっくり来たのにまだ終わって無かったかと舌打ちをする。
闘技場では血塗れになりながら幼い少女を抱きしめ庇う。
耳のとがった幻羽人の少年が居た。
既に羽は裂け、付け根だけになっている。
泣きながら抱き合う二人の面立ちはよく似ていた。
見物の黒の一族の大歓声が聞こえる中今宵の執行人が両手に魔力を集め
これ見よがしに掲げながら闘技場の真ん中に不敵に佇んでいる。
幼い二人の周りには大人の幻羽人の死体が転がっていた。
闘技場の貴賓席に上る階段の途中に設えてある窓からその様子をエクセルは
渋い顔で見た。
「、、、兄妹か?」
「ええ、先ほどまで親が庇ってましたよ」
先に階段を上るアロンが振り返る。
「もう走り周り疲れた頃ですので、そろそろ裂くと思います」
エクセルは今宵の執行人を見る。
-フォルーゼのサド野郎か、可哀想に
あいつはガキを甚振るのが好きだからな
一撃で殺してやりゃいいのに、、、
フォルーゼと呼ばれたその男はかつてエクセルの師であった男である。
彼の左目は潰されている、それはエクセルが付けた傷だった。
つまり浅からず因縁のある男だった。
窓の上部に赤い月が見えた。
「アロン、お前なぜ月があんなに赤いのか知っているか?」
不意にエクセルに問われアロンは、いえと答える。
「黒の里が幻羽世界から異空間へ幽閉されたころは月はまだ赤くなかったそうだ
血月祭、その名の通り月夜に下の村の者を選び出し
皆の前で弄り裂き殺す血の祭り
これが行われるたび少しずつ月は血に染められたように赤くなっていった
つまりあの月は血月祭で殺された者たちの血の色だ
、、、まぁ、下でガキをいびってるフォルーゼの奴の受け売りだがな」
「へぇ、、
血の色ですか、そう思うとなかなか良い色ですね
どうせ、下の村の連中はこの為に飼われているんですし」
アロンは少年達を見る。
「まぁな」
エクセルも不承不承ながら認める。
闘技場ではフォルーゼが兄の手から妹を空中に取り上げたところだった。
そのまま少女を空に浮かせる、兄は必死に妹に届けと飛び上がり
少女は手足をばたつかせ兄の手を掴もうとする。
盛り上がる歓声、一際大きくなる。
「あっ、フォルーゼ様が裂いてしまう!」
慌てるアロンに内心エクセルは
いや、まだまだこれからが十分長いと思うぞ、と肩をすくめる。
「急ぎましょう!エクセル様!」
お前が見たいだけなんだろ、と小さくため息をつき
アロンに急かされるまま階段を上がる。
黒の一族の血への渇望を満たすためだけに生かされている他種族。
唯惨たらしく皆の前で殺される為だけに生かされている力なき弱き者。
そんな者達が住む幻羽世界。
まだ血で染まる前の月が在る世界。
ロリアンは戻れると言った。
「来たか、エクセル」
王座に座り観戦していたロリアンが振り返る。
エクセルは貴賓席のバルコニーの後ろの壁にもたれかかり腕を組む。
「王子の命令とあれば仕方あるまい」
その時歓声と共に少年の腕がむしり飛ばされる。
「胸糞が悪くなるが、、、な」
場違いな悪態に慌てた声、非難する声が上がる。
「エクセル様?」
「エクセル殿?!」
前者はアロンから後者は王子の傍にいた他の黒の諸侯から。
「言いよるわ」ロリアンはニヤリと口元を歪ませる。
「すまんな、根が正直なものでな
どこが面白いのか理解に苦しむ」
馬鹿にしたように言い放つエクセルに諸侯の怒号が飛ぶ。
「エクセル殿!王子の前で口が過ぎましょうぞっ!」
「まったくだ」
と、ロリアン。
「実にくだらん」
ぼそりと続ける。
その声に諸侯達がたじろぐ。
「ロ、、、ロリアン様?」
ばさっとマントを翻し立ち上がり
「手強い相手を打ち倒すのが戦いの醍醐味
生死を賭けた強者の血ならいざ知らず
屑の血などなんの趣もないわ」
そう言い捨てるとロリアンは
つかつかとバルコニーの手すりまで歩き、張りのある声で公言し始める。
「間もなく幻羽世界に通路が開かれようとしている
それに先駆けこれより、コロシアムでバトルトーナメントを行う
喜ぶがよい
優勝者は幻羽世界に繋がった折、真っ先に攻め込む権利をやるぞ!」
その声に呼応し、歓声が上がり我も我もと参加の意思表示の声が上がる。
闘技場は歓喜の渦に飲みこまれる。
そしてロリアンが振り返り笑いながらエクセルを見る。
「どうだ、エクセル
お前も参加してみんか?」
自分を呼んだのはそういう訳か、とエクセルは理解した。
「そうだな、出てみるか」
どうやら、思ったより早く幻羽世界の月が見れそうだ、、、。