幕間 合コン
バンコク。王宮警察本部。
大佐の執務室。
柏木が呼び出されていた。
「合コンをやれ」
「......は?」
---
柏木は聞き間違いかと思った。
「合コンだ。知っているだろう」
「知っています。ですが、なぜ」
「お前たちは、この地に根を張る必要がある」
「根を張る」
「そうだ。タイ国籍を取った。だが、それだけでは足りない。現地の人間と繋がりを持つべきだ」
「繋がり」
「伴侶だ」
「伴侶......」
柏木は頭が追いつかなかった。
---
大佐は立ち上がった。
「政治的にも正しい。外国人部隊が、タイ人の女性と結婚する。これは、部隊がタイに根を下ろした証拠になる」
「政治的に......」
「信用にも繋がる。家族がいる人間は、逃げない。裏切らない」
「それは......そうかもしれませんが」
「それに、お前たちは働きすぎだ。息抜きが必要だろう」
「息抜き......」
「合コンは良い息抜きになる」
「......」
---
柏木は混乱していた。
ミニガンを買う時と同じ目の輝きで、大佐は合コンを語っている。
「相手は用意する」
「用意する?」
「王宮警察の女性職員だ。独身者が三十人ほどいる。その中から、希望者を募る」
「希望者......」
「場所も用意する。バンコクの高級レストランだ。経費で落とせる」
「経費で」
「そうだ。部隊の福利厚生だ」
「福利厚生......」
---
柏木は深呼吸した。
「大佐。一つ聞いてもいいですか」
「何だ」
「なぜ、そこまで」
大佐は少し黙った。
「......お前たちは、いい部隊だ」
「はい」
「だが、戦うだけでは人は幸せになれない。俺は、お前たちに幸せになってほしい」
「......」
「それに、独身の男が十一人もいると、色々と問題が起きる。早めに片付けた方がいい」
「問題?」
「女を巡る争いだ。軍隊ではよくある」
「......」
柏木は何も言えなかった。
---
チェンマイに戻った。
全員を集めた。
「大佐から命令が来た」
「何ですか」
「合コンをやれ、だそうだ」
沈黙。
「......合コン?」
ニコライが聞いた。
「そうだ」
「相手は」
「王宮警察の女性職員」
「......」
---
男たちの反応は様々だった。
ジョンソンは嬉しそうだった。
「俺の出番だな」
「お前は既に自信満々だな」
「当然だ」
マルティネスも乗り気だった。
「ラテンの魅力を見せてやる」
「お前、離婚したんじゃ」
「だから次を探す」
川島は困惑していた。
「僕は......その......」
ファリダーの方をちらりと見た。
プラウィットも同様だった。
ラッタナーの方を見ないようにしていた。
ニコライは肩をすくめた。
「悪くない。だが、俺はロシア人の女がいい」
「贅沢を言うな」
ヨナタンは無表情だった。
「興味がない」
「参加は強制だ」
「......」
---
問題は、女性陣の反応だった。
サラの目が冷たくなった。
「合コン?」
「そうだ」
「王宮警察の女性職員と?」
「そうだ」
「......なるほど」
サラは何も言わなかった。だが、空気が凍った。
---
ファリダーは明らかに動揺していた。
「あの、川島さんも参加するんですか」
「全員参加だ。大佐の命令だから」
「そうですか......」
「どうした」
「いえ、何でもありません」
何でもなくない顔をしていた。
---
ナターシャは眉をひそめた。
「アレクセイも?」
「全員だ」
「......そうですか」
ナターシャは何かを考えている顔だった。
---
ラッタナーは俯いていた。
「プラウィットさんも......」
「全員だ」
「......」
---
マリーは無表情だった。
だが、スコープを磨く手が少しだけ速くなっていた。
---
その夜。
女子宿舎の共有スペース。
緊急会議が開かれた。
「阻止するわよ」
サラが言った。
「阻止?」
「合コンを」
「できるんですか」
「やる」
---
ナターシャが言った。
「私も賛成。アレクセイを他の女に取られたくない」
「取られるって、まだ付き合ってないでしょう」
「だからこそよ。これから攻めるのに、邪魔が入るのは困る」
ファリダーが頷いた。
「私も......川島さんとは、まだ何もないけど......」
「何もないからこそ、阻止する必要があるの」
サラが言った。
ラッタナーも頷いた。
「プラウィットさんと、もう少し仲良くなりたかったのに......」
---
マリーは黙っていた。
「マリーは?」
「私は関係ない」
「本当に?」
「本当だ」
「柏木が他の女と仲良くなっても?」
「......」
マリーは答えなかった。
「参加する」
「阻止に?」
「そうだ」
「理由は」
「......面白そうだから」
「面白そう」
「そうだ。作戦を立てて、実行する。訓練みたいなものだ」
「......まあ、いいわ。戦力は多い方がいい」
---
作戦会議が始まった。
「まず、合コン自体を中止に追い込む方法を考える」
サラがホワイトボードに書き始めた。
「方法一。大佐を説得する」
「無理でしょう」
ファリダーが言った。
「大佐は、ミニガンを買う時と同じ目をしていたって、柏木さんが言っていました」
「......確かに。あの人は、一度決めたら曲げない」
「却下ですね」
「却下」
---
「方法二。相手の女性職員に辞退させる」
「どうやって」
「脅す」
「脅す?」
「『柏木班の男と付き合うと、毎日銃撃戦に巻き込まれる』と言えば、引くかもしれない」
「......それは嘘じゃないですね」
「嘘じゃない。事実だ」
「でも、それでも来る女はいるかもしれません」
「......危険な男が好きな女」
「いますね」
「いる」
「却下......とは言えないか。一応、候補に残す」
---
「方法三。男たちを説得する」
ナターシャが言った。
「説得?」
「『合コンに行かなくていい』と言えば、行かない男もいるでしょう」
「誰が」
「川島。プラウィット。アレクセイ。イーゴリ。ダニエル」
「乗り気じゃない組か」
「そう。この五人を説得すれば、参加者が減る」
「参加者が減れば、合コンの意味がなくなる」
「そういうこと」
「......いけるかもしれない」
---
「方法四。当日、緊急事態を起こす」
マリーが言った。
「緊急事態?」
「作戦が入ったことにする」
「嘘の作戦?」
「そうだ」
「バレたら、まずいでしょう」
「バレなければいい」
「......リスクが高い。最終手段にしましょう」
---
「方法五。合コンに参加して、内部から破壊する」
サラが言った。
「内部から破壊?」
「私たちも参加する。そして、男たちを独占する」
「独占......」
「相手の女性職員には、話しかけさせない。私たちが、ずっと横にいる」
「それは......効果的かもしれません」
「でしょう」
「でも、私たちが狙っている男以外は」
「他のメンバーは犠牲にする」
「冷酷ですね」
「戦争よ」
---
作戦が決まった。
フェーズ一。乗り気じゃない男を説得し、参加者を減らす。
フェーズ二。相手の女性職員に、部隊の危険性を伝える。
フェーズ三。合コンに参加し、狙っている男を独占する。
最終手段。緊急事態を偽装して、合コンを中止させる。
「作戦開始」
サラが言った。
---
翌日。
フェーズ一。
ファリダーが川島に話しかけた。
「川島さん、合コン、行くんですか」
「あ、まあ、大佐の命令ですから」
「そうですか......」
「ファリダーさんは、嫌ですか」
「嫌......というか......」
「というか?」
「......私と、コーヒー行く約束、まだですよね」
川島の顔が赤くなった。
「あ、はい。まだです」
「合コンの前に、行きませんか」
「え」
「行きましょう」
「......はい」
---
ラッタナーがプラウィットに話しかけた。
「プラウィットさん、今日の経理、手伝ってもらえますか」
「今日ですか。いいですよ」
「ありがとうございます。あと、合コンの日も、ちょっと......」
「何ですか」
「経理の締め日なんです。一緒に残業してもらえませんか」
「合コンの日に残業......」
「駄目ですか」
ラッタナーの目が潤んでいた。
「......分かりました」
「本当ですか」
「はい」
---
ナターシャが医務室に行った。
「アレクセイさん」
「何だ」
「合コン、行くんですか」
「行かないと、まずいだろう。大佐の命令だ」
「でも、医務室を空けていいんですか」
「......どういう意味だ」
「合コンの日に、怪我人が出たら困りますよね」
「出るのか」
「出るかもしれません。作戦がなくても、訓練で怪我する人はいます」
「......」
アレクセイは考えた。
「確かに、医務室を空けるのは問題だな」
「でしょう?」
「だが、大佐の命令だ」
「大佐に相談してみてはどうですか。『医務室を空けられない』と」
「......それは、言い訳に聞こえないか」
「聞こえません。事実ですから」
「......考えておく」
「お願いします」
---
フェーズ二。
サラがバンコクに行った。
王宮警察の女性職員に、直接話をするため。
「あなたたちが参加する合コン、相手は柏木班よ」
「存じています」
「彼らは、二日に一回、銃撃戦をしている」
「......」
「毎回、被弾している。車もヘリも穴だらけ」
「......」
「付き合ったら、毎日が命懸けよ。覚悟はある?」
女性職員の顔が青くなった。
「......少し、考えさせてください」
「どうぞ」
---
三日後。
参加希望者が三十人から十二人に減った。
「効果あったわね」
サラが言った。
「でも、まだ十二人います」
「十二人でも、十一人の男に対しては多い」
「むしろ、ちょうどいい人数になってしまったのでは」
「......」
---
フェーズ三の準備。
女性陣は、合コンに着ていく服を選んでいた。
「勝負服よ」
サラが言った。
「勝負服......」
ファリダーは恥ずかしそうだった。
「私、こういうの苦手なんですけど」
「苦手でも、やるの。川島を取られたくないでしょう」
「......はい」
---
合コン前日。
柏木がサラに話しかけた。
「お前たちも参加するのか」
「ええ」
「なぜだ」
「息抜きよ。大佐が言ったでしょう」
「......」
柏木は何かを感じていた。
だが、何なのか分からなかった。
「まあ、いい。楽しんでこい」
「あなたも楽しみなさい」
「俺はいい」
「なぜ」
「モテないから」
「......」
サラは何か言おうとして、やめた。
---
合コン当日。
バンコク。高級レストラン。
男たち十一人と、女性職員十二人が集まった。
だが、柏木班の女性陣五人も参加していた。
合計、男十一人、女十七人。
「なぜ、こんなに女が多いんだ」
ジョンソンが呟いた。
「知らない」
柏木が答えた。
---
合コンが始まった。
女性職員たちは、最初は積極的だった。
だが、柏木班の女性陣が、狙った男の横に張り付いていた。
ファリダーは川島の隣から動かなかった。
ラッタナーはプラウィットの隣から動かなかった。
ナターシャはアレクセイの隣から動かなかった。
サラは柏木の隣にいた。
マリーは......柏木の反対側にいた。
「挟まれているな」
ニコライが言った。
「何がだ」
「お前がだ」
柏木は左右を見た。サラとマリーがいた。
「......なぜだ」
「知らない。俺に聞くな」
---
女性職員たちは、困惑していた。
話しかけようとしても、柏木班の女性陣が割り込んでくる。
「あの、柏木さんは」
「柏木は忙しいの。私が相手するわ」
サラが遮った。
「川島さんは」
「川島さんは、私と話があるんです」
ファリダーが遮った。
「アレクセイさんは」
「医療の相談があるの」
ナターシャが遮った。
---
結果。
女性職員たちは、ニコライ、ジョンソン、マルティネス、ヨナタン、エイブラハム、イーゴリ、ダニエル、カルロスと話すしかなかった。
「俺たちは余り物か」
ニコライが言った。
「そうみたいだな」
ジョンソンが答えた。
「まあいい。俺はモテるから」
「お前はいつも自信満々だな」
「当然だ」
---
合コンは、予想外の展開になった。
柏木班の女性陣は、狙った男を独占することに成功した。
女性職員たちは、残りの男たちと話した。
だが、意外にも盛り上がっていた。
ニコライは、ウクライナの話をしていた。女性職員の一人が、真剣に聞いていた。
ジョンソンは、紳士的に振る舞っていた。女性職員の一人が、笑顔で話していた。
マルティネスは、ラテン系の魅力を発揮していた。女性職員の一人が、頬を赤らめていた。
「......意外と、うまくいっているな」
柏木が呟いた。
「そうね」
サラが答えた。
「お前の作戦は、失敗だったんじゃないか」
「作戦?」
「俺を独占しようとしていただろう」
サラは少し驚いた。
「気づいていたの」
「気づいていた」
「なぜ何も言わなかったの」
「言う必要がなかったから」
「......」
「それに、悪い気はしなかった」
サラは柏木を見た。
柏木は、何でもない顔をしていた。
「......鈍感なのか、鋭いのか、分からないわね」
「何が」
「何でもない」
---
合コンは、深夜まで続いた。
結果。
カップル成立。三組。
ニコライと女性職員。
ジョンソンと女性職員。
マルティネスと女性職員。
そして、非公式に。
川島とファリダー。
プラウィットとラッタナー。
アレクセイとナターシャ。
「大佐の狙い通りになったな」
柏木が言った。
「そうね」
サラが答えた。
「お前は、どうなんだ」
「私?」
「相手は見つかったか」
サラは少し笑った。
「見つかったわよ。ずっと前から」
「誰だ」
「秘密」
「......」
柏木は首を傾げた。
サラは、それ以上何も言わなかった。
---
翌日。
大佐から連絡が来た。
「成功したようだな」
「はい」
「カップルが成立したと聞いた」
「三組。いや、六組かもしれません」
「六組?」
「班内でも、いくつか」
「そうか。良いことだ」
「はい」
「次は、結婚式だな」
「......早すぎます」
「早くない。勢いが大事だ」
「......」
大佐は、また目を輝かせていた。
柏木は、嫌な予感がした。




