幕間 色恋
夜。
チェンマイ。柏木班の拠点。
女子宿舎の共有スペース。
五人の女が集まっていた。
サラ、ファリダー、ナターシャ、ラッタナー、マリー。
酒が出ていた。ワイン。サラが持ち込んだ。
「たまには女だけで飲みたかったのよ」
サラが言った。
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最初は仕事の話だった。
作戦のこと。経費のこと。通信のこと。
だが、ワインが進むにつれて、話題が変わった。
「ねえ」
ナターシャが切り出した。
「何」
「この部隊の男たち、どう思う?」
全員が黙った。
「......どう、とは」
ファリダーが聞いた。
「そういう意味よ」
「そういう意味」
「分かるでしょう」
ファリダーの顔が少し赤くなった。ワインのせいか、それとも。
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サラがワインを飲んだ。
「まあ、気になる人がいてもおかしくないわよね。毎日一緒にいるんだから」
「サラさんは、誰か気になる人いるんですか」
ラッタナーが聞いた。
サラは少し黙った。
「......いないわ」
「嘘」
マリーが言った。
「嘘じゃない」
「嘘だ。目を見れば分かる」
「狙撃手の観察眼は厄介ね」
「で、誰だ」
「......」
サラは答えなかった。
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ナターシャが話を変えた。
「私は、アレクセイが気になる」
全員がナターシャを見た。
「アレクセイさん?」
「そう。同じロシア人だし、優しいし、医者だし」
「医者がいいの?」
「手が綺麗なのよ。外科医の手」
「手......」
「見たことないの? 傷を縫う時の手つき。繊細で、正確で、優しい」
「見たことあります。私の腕を縫ってもらった時」
ファリダーが言った。
「どうだった?」
「......確かに、綺麗な手でした」
「でしょう」
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ラッタナーが小さく笑った。
「私は、プラウィットさんが気になります」
「通訳の?」
「はい。同じタイ人だし、年齢も近いし、話しやすいです」
「いつの間に仲良くなったの?」
「経理の仕事を手伝ってくれたんです。領収書の翻訳とか」
「それで?」
「それだけです。でも、一緒にいると落ち着きます」
「いいわね。自然な感じで」
サラが言った。
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全員がファリダーを見た。
「ファリダーは?」
「わ、私は......」
「いるんでしょう。顔に書いてある」
「書いてませんよ」
「書いてる」
ファリダーは俯いた。
「......川島さん」
「川島? 日本人の通信士?」
「はい」
「なぜ」
「真面目で、優しくて、柏木さんを尊敬していて......」
「柏木を尊敬している人が好きなの?」
「そういうわけじゃ......でも、柏木さんを尊敬できる人は、信頼できると思うんです」
「なるほど」
サラは少し笑った。
「分かる気がする」
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マリーは黙っていた。
全員がマリーを見た。
「マリーは?」
「いない」
「本当に?」
「本当だ」
「誰も気にならない?」
「ならない」
マリーはワインを飲んだ。
「私は、そういうものに興味がない」
「昔から?」
「昔から」
「外人部隊にいた時も?」
「いた時も。男ばかりだったが、誰も気にならなかった」
「......」
サラは何か言おうとして、やめた。
マリーの目が、少しだけ遠くを見ていた。
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「でも」
マリーが続けた。
「一人だけ、見ていて飽きない人間がいる」
「誰」
「柏木だ」
全員が黙った。
「恋愛感情じゃない。そういうものじゃない」
「じゃあ何」
「分からない。ただ、あの男の背中を見ていると、目が離せなくなる」
「......」
「狙撃手は、観察者だ。私は、いつもスコープ越しに人を見てきた。柏木は、見ていて一番面白い」
「面白い」
「動きが。判断が。生き方が」
マリーはワインを飲み干した。
「それだけだ」
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サラは黙っていた。
マリーの言葉が、どこか自分と重なる気がした。
「......私も」
サラが口を開いた。
「私も、柏木を見ている」
全員がサラを見た。
「恋愛感情......かどうかは分からない。でも、十二年前から、ずっと気になっていた」
「十二年前?」
「沖縄で会った時よ。あの時から、忘れられなかった」
「それは......恋愛感情じゃないの?」
ファリダーが聞いた。
サラは少し笑った。
「かもしれない。でも、あの人は気づかないでしょうね」
「なぜ」
「あの人は、そういうことに興味がないから。戦うこと、守ること、正しいことをすること。それだけで、頭がいっぱいなのよ」
「......」
「だから、何も言わない。言っても意味がないから」
サラはワインを注いだ。
「まあ、こうして近くにいられるだけで、十分よ」
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同じ頃。
男子宿舎の共有スペース。
男たちが集まっていた。
ニコライ、ジョンソン、マルティネス、ヨナタン、川島、カルロス、エイブラハム、イーゴリ、ダニエル、プラウィット。
そして、柏木。
酒が出ていた。ビール。ニコライが持ち込んだウォッカもあった。
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「なあ」
ニコライが言った。
「この中で、一番モテるのは誰だと思う」
全員が黙った。
「......何だ、急に」
ジョンソンが聞いた。
「気になった」
「気になったって」
「女が五人いる。男が十一人いる。誰が一番モテるか、気にならないか」
「気にならないと言えば嘘になるが」
「だろう。だから聞いている」
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マルティネスが言った。
「俺だな」
「お前?」
「そうだ。ラテン系はモテる。世界共通だ」
「根拠がない」
「根拠はある。ラテン系の男は情熱的だ。女は情熱に弱い」
「お前、離婚したんじゃなかったか」
「......それは関係ない」
「関係あるだろう」
「ないと言っている」
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ジョンソンが言った。
「俺だと思う」
「お前?」
「そうだ。紳士的な黒人は希少価値がある」
「紳士的か?」
「紳士的だ」
「GAU-19を撃ちながら笑っていた男が紳士的か」
「戦場とプライベートは別だ」
「別なのか」
「別だ」
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ヨナタンは黙っていた。
「ヨナタンはどう思う」
「興味がない」
「興味がないのか」
「ない」
「本当に?」
「本当だ。モサドにいた時から、そういうことには興味がなかった」
「寂しい人生だな」
「寂しくない」
「......」
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川島が言った。
「僕は......誰かにモテたいとは思いますけど」
「思うのか」
「思います。でも、こんな危険な仕事をしている男と付き合いたい女性がいるかどうか」
「いるだろう」
「いますか」
「いる。危険な男に惹かれる女はいる」
ニコライが言った。
「本当ですか」
「本当だ。俺の経験では」
「ニコライさん、モテたんですか」
「モテた。ロシアでは」
「今は」
「今は......分からない」
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カルロスが言った。
「俺は、モテる以前の問題だ」
「何が」
「言葉が通じない。タイ語が分からない」
「英語で話せばいい」
「英語が通じない女も多い」
「スペイン語は」
「タイでスペイン語を話す女はいない」
「......そうだな」
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エイブラハムが言った。
「俺は、モテたくない」
「なぜ」
「面倒だから」
「面倒?」
「そうだ。女と付き合うと、色々面倒だろう。デートとか、プレゼントとか」
「それが楽しいんだろう」
「俺は車をいじっている方が楽しい」
「......」
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イーゴリが言った。
「俺は、パイロットだからモテると思っていた」
「思っていた?」
「そうだ。ロシアでは、パイロットはモテた」
「タイでは」
「タイでは......分からない。女と話す機会がない」
「作れ」
「どうやって」
「知らない」
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ダニエルが言った。
「俺は整備士だ。油まみれの男がモテるわけがない」
「そんなことはない」
「あるだろう。女は清潔な男が好きだ」
「清潔じゃなくても、いい男はいる」
「俺はいい男か」
「......普通だな」
「普通か」
「普通だ」
「......」
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プラウィットが言った。
「僕は、タイ人だからタイ人の女性にはモテるかもしれません」
「ラッタナーとか?」
川島が聞いた。
プラウィットの顔が赤くなった。
「い、いや、そういうわけでは」
「顔が赤いぞ」
「赤くないです」
「赤い」
「......」
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全員が柏木を見た。
柏木は黙ってビールを飲んでいた。
「柏木さんは、どう思いますか」
川島が聞いた。
柏木はビールを置いた。
「......俺か」
「はい」
「俺は、モテない」
「そうですか?」
「そうだ。三十八歳、片目、煙草臭い、愛想がない。モテる要素がない」
「でも、リーダーですよ」
「リーダーはモテない。責任が重いから」
「そうですか」
「そうだ」
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柏木はビールを飲んだ。
そして、意外にも話し始めた。
「だが、お前たちには可能性がある」
「可能性?」
「そうだ。この部隊には女が五人いる。全員、優秀だ。そして、お前たちの中にも、いい男がいる」
「誰ですか」
「全員だ」
「全員?」
「そうだ。お前たちは、命を懸けて戦っている。正しいことのために。そういう男は、かっこいい」
「......」
「俺が女なら、惚れる」
全員が黙った。
「......柏木さん、酔ってますか」
「酔っていない」
「酔ってるでしょう」
「酔っていない。本気で言っている」
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柏木は続けた。
「恋愛は、禁止しない」
「禁止しないんですか」
「しない。人として正しいことだから」
「でも、チームワークに影響が」
「影響があっても構わない。人は、愛する人がいると強くなる。守るべきものがあると、戦える」
「......」
「俺は、お前たちに幸せになってほしい。戦うだけの人生は、寂しい」
柏木はビールを飲み干した。
「だから、好きな女がいるなら、アプローチしろ。遠慮するな」
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ニコライが言った。
「珍しいな。お前がこんなに喋るのは」
「珍しいか」
「珍しい」
「......酔っているのかもしれない」
「酔っているんじゃないか」
「かもしれない」
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ジョンソンが言った。
「柏木、お前はどうなんだ」
「俺?」
「好きな女はいないのか」
柏木は少し黙った。
「......いない」
「本当か」
「本当だ」
「サラはどうなんだ」
「サラ?」
「お前たち、十二年前から知り合いだろう。何もないのか」
「何もない」
「本当に?」
「本当だ。サラは仲間だ。それ以上でも以下でもない」
「......」
ジョンソンは何か言おうとして、やめた。
柏木の目が、本気だったからだ。
本気で、気づいていないのだ。
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マルティネスが言った。
「鈍感だな」
「何が」
「何でもない」
「......」
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その夜。
男たちは、誰が一番モテるかで口論を続けた。
結論は出なかった。
だが、全員が少しだけ、勇気をもらった気がした。
柏木の言葉が、心に残っていた。
「好きな女がいるなら、アプローチしろ。遠慮するな」
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翌朝。
川島がファリダーに話しかけた。
「あの、今度、一緒にコーヒーでも」
ファリダーの顔が赤くなった。
「......はい」
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プラウィットがラッタナーに話しかけた。
「今日の経理、手伝いましょうか」
「あ、ありがとうございます」
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ナターシャが医務室に行った。
「アレクセイさん、これ、領収書なんですけど」
「領収書なら事務室に」
「いえ、ちょっと相談が」
「相談?」
「はい。ちょっとだけ」
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サラは、柏木の背中を見ていた。
何も言わなかった。
いつも通りだった。
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マリーは、狙撃銃の手入れをしていた。
スコープを覗いた。
訓練場に柏木がいた。
一人で、ベレッタを撃っていた。
マリーは、しばらくスコープ越しに見ていた。
「......面白い男だ」
呟いた。
誰にも聞こえなかった。




