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The Man Who Would Not Die: 死んでたまるか  作者: Operator3118
第1章 支援機関の外へ
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第5話 協力者

翌朝、スッティンが言った。


 「今日、会ってほしい人がいます」


 「誰だ」


 「プラチャー・ウォンスックという人間です。ウドンターニー県警の警部補。私の古い友人です」


 柏木はコーヒーを飲みながら聞いた。タイのコーヒーは甘かった。砂糖を入れすぎている。だが飲める。


 「警察が支援者か」


 「一部です。全部ではない。大部分の警察は動きません。だがプラチャーは動ける範囲で動いてくれています」


 「なぜ動けない」


 スッティンは少し間を置いた。


 「犯罪組織は、地元の有力者と繋がっています。政治家。事業家。そういう人間が上にいる。警察が動こうとすると、上から圧力がかかる。プラチャーはそれを知っている」


 「だからスッティン、お前がやる」


 「私は警察じゃない。しがらみがない。だから動ける」


 柏木は頷いた。


 「もう一人います」


 「誰だ」


 「チャイロン・スリワットという人間。陸軍の少佐。第三軍管区の所属です。ウドンターニーに駐屯しています」


 「軍も支援者か」


 「プラチャーとチャイロンは学生時代からの知り合いです。二人とも、妹のことを知っています。救出された時、動いてくれたのはこの二人でした」


 柏木はコーヒーを置いた。


 「その二人が、俺の在留と銃の問題を処理してくれるということか」


 「はい」


 「非合法だと理解した上で」


 「理解した上でです」


 「二人に何かメリットはあるか」


 スッティンは少し考えた。


 「メリット、という言葉が正確かどうか分かりません。ただ、彼らは自分たちができないことを、私がやっていることを知っています。自分たちの代わりに誰かがやっている。それが彼らにとって何を意味するか」


 「良心の問題だ」


 「タイ語でいうとブンクンです。恩義。義理。少し違う言葉ですが、近い」


 柏木は立ち上がった。


 「会いに行こう」


---


 待ち合わせはウドンターニー市内の食堂だった。


 昼前の時間。客が少ない。奥のテーブルに二人の男が座っていた。


 一人は四十代前半。短く刈り上げた髪。私服だったが、背筋の伸び方が制服を着ている時のままだった。目が鋭い。警察の目だ、と柏木は思った。


 もう一人は四十代後半。がっしりした体格。日焼けした首。軍人だと一目で分かる体の使い方をしていた。


 二人が柏木を見た。


 柏木も二人を見た。


 ショルダーホルスターが剥き出しだった。ベストの下ではなく、外側にかけていた。ベレッタM92FSがそこにある。隠す気がなかった。


 二人の視線がホルスターで一瞬止まった。


 それから、警察の男、プラチャーが柏木に言った。タイ語だった。スッティンが訳した。


 「日本から来た人間がそれを持っているのを見るのは初めてだ」


 「問題があるか」


 スッティンが訳した。プラチャーが答えた。


 「問題にするために来たんじゃない」


 柏木は椅子を引いて座った。


---


 食事をしながら話した。スッティンが通訳した。


 チャイロン少佐が最初に話した。


 「あなたの在留について。三十日のビザ免除で入国している。それが切れる前に、ノンイミグラントBビザに切り替える。私のコネクションで処理する。ビジネス目的のビザだ。書類上はスッティンのNGOのコンサルタントという位置付けになる」


 「問題は出ないか」


 「出ないようにする。それが私にできることだ」


 「銃については」


 プラチャーが引き取った。


 「所持許可は出せない。正式な手続きでは外国人への発行は事実上不可能だ。だが」


 プラチャーは少し間を置いた。


 「私が知らないことにする。スッティンのNGOで何が起きているか、私は業務上把握する義務があるが、全てを把握しているわけではない。把握していないことを把握していないのは、職務怠慢ではない」


 柏木はプラチャーを見た。


 これが精一杯の支援だった。法の外に手を伸ばすのではなく、法の中で目を閉じる。警察官にできる最大限がそれだった。


 「理解した」


 「一つだけ条件がある」


 「言ってくれ」


 「使う時は必要最小限にしてくれ。死体が増えると、私でも処理できなくなる」


 柏木は頷いた。


 「分かった」


---


 食事が終わった後、チャイロンが柏木を外に連れ出した。


 食堂の横の路地だった。二人きりになった。スッティンとプラチャーは中にいた。


 チャイロンはタイ語で話した。それから、少し考えて、ぎこちない英語に切り替えた。


 「あなたは軍にいた」


 「はい」


 「自衛隊の将校だったと聞きました。なぜ辞めた」


 「訓練事故で左目を失った。片目の将校は必要とされなかった」


 チャイロンは柏木の顔を見た。サングラスをかけているが、右目だけが動くことは、よく見れば分かる。


 「それでここに来た」


 「日本でやっていたことの延長線上にある」


 「スッティンから聞きました。登録支援機関で三年間、ベトナム人を助けていたと」


 「仕事だった」


 「仕事だけではなかったとも聞きました」


 柏木は答えなかった。


 チャイロンはポケットから煙草を出した。火をつけた。柏木にも勧めた。柏木は自分のを出した。二人で路地に立って煙草を吸った。


 「私はスッティンの活動を支持している。だが直接手を出せない」


 「知っている」


 「しがらみがある。上がある。組織がある。私が動けば組織が動く。組織が動けば、上が止める。上を動かすためには証拠が必要だ。証拠を集めるには時間がかかる。その間に、被害者は増える」


 「だからスッティンが動く」


 「あなたのような人間が来てくれると、スッティンは少し安全になる」


 柏木は煙草を吸った。


 「一つ聞いていいか」


 「どうぞ」


 「先月死んだスタッフのことだ。あの件はどうなった」


 チャイロンは煙草の灰を落とした。


 「捜査中だ」


 「進んでいるか」


 「……正直に言います。難しい」


 「組織と有力者が繋がっているからか」


 「はい」


 柏木は頷いた。


 「その有力者の名前は」


 チャイロンは少し沈黙した。


 それから言った。一つの名前だった。


 「サーン・トーンカム。地元の実業家だ。タイ東北部で複数の事業を持っている。表の顔はまともだ。だが裏で組織を動かしている。確信はあるが、証拠がない」


 「なるほど」


 「知ってどうする気ですか」


 「知っておく。それだけだ。今すぐどうこうする話ではない」


 チャイロンは柏木を見た。


 「日本人らしくない考え方だ」


 「どういう意味だ」


 「日本人は慎重だと思っていた」


 「慎重と、やらない、は違う」


 チャイロンは少し笑った。タイ人がよく見せる、目の周りから笑う笑い方だった。


 「スッティンが言っていた通りの人間だ」


 「何と言っていた」


 「正義の人間だと。ただし、怒りを内側に持っている人間だ、と」


 柏木は煙草の火を踏み消した。


 「怒りかどうかは分からない」


 「では何ですか」


 柏木はチャイロンを見た。


 「落ち着かない、という感覚だ。正しくないことが目の前にある時、それを見ていられない。座っていられない」


 チャイロンはその言葉を少し考えた。


 「タイ語で言うと、マイサバーイチャイに近い。心が安らかでない、という意味だ」


 「そうかもしれない」


 「いい言葉だ」


 「落ち着かないことのどこがいい」


 「あなたのような人間が動く理由になるからですよ」


 チャイロンは路地から食堂に戻っていった。


 柏木は一人、路地に残った。


 ウドンターニーの昼の熱気が、路地の石畳から足元に上がってきた。


 コートも、ジャケットもない。


 ベストとシャツとネクタイ。ショルダーホルスターに、ベレッタがある。


 心が安らかでない。


 柏木はその言葉を頭の中で繰り返した。


 悪くない表現だと思った。


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