幕間 疲弊
チェンマイ。柏木班の拠点。
車庫。
エイブラハムが車の下に潜り込んでいた。
「また穴が開いている......」
Hiluxの底面に、弾痕があった。三つ。
昨日の作戦で撃たれた。
「これで今週四回目だ」
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隣のHiluxも穴だらけだった。
ドアに二発。フェンダーに一発。リアウィンドウは割れている。
「防弾ガラスじゃなかったのか」
「拳銃弾は止まる。ライフル弾は止まらない」
ダニエルが言った。
「つまり、ライフルで撃たれたら終わりか」
「そうだ」
「......」
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ダニエルはヘリの整備をしていた。
UH-1のローターブレードを点検している。
「こっちも穴が開いている」
「どこだ」
「テールブーム。AKの弾だな」
「飛べるのか」
「飛べる。だが、放置すると危ない」
「直せるのか」
「直す。他に選択肢がない」
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イーゴリがコーヒーを持ってきた。
三人分。
「休憩だ」
「休憩している暇がない」
「それでも休め。死ぬぞ」
エイブラハムが車の下から這い出てきた。
油まみれだった。
コーヒーを受け取った。
「ありがとう」
「どういたしまして」
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三人は車庫の隅に座った。
疲れ切った顔をしていた。
「今月、何回出動した」
エイブラハムが聞いた。
「数えていない」
ダニエルが答えた。
「俺は数えた。十四回」
「十四回?」
「そうだ。二日に一回以上のペースだ」
「休みは」
「ない」
「......」
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イーゴリが言った。
「俺は十二回飛んだ」
「二回少ないな」
「車両だけの作戦が二回あった」
「ああ、そうか」
「それでも十二回だ。ウクライナの前線より多い」
「前線より多いのか」
「多い。前線では、三日に一回くらいだった」
「ここは二日に一回」
「そうだ」
「狂っているな」
「狂っている」
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ダニエルがコーヒーを飲んだ。
「整備も追いつかない」
「分かる」
「ヘリは毎回被弾する。毎回だ。一回も無傷で帰ってきたことがない」
「車も同じだ」
「穴を塞いでも、次の作戦でまた穴が開く」
「永遠に終わらない」
「永遠にだ」
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エイブラハムが天井を見上げた。
「イラクの方がマシだった」
「イラク?」
「そうだ。俺はイラクでトラックを運転していた。物資輸送だ」
「撃たれなかったのか」
「撃たれた。だが、週に一回くらいだった」
「週に一回」
「そうだ。ここは二日に一回だ」
「三倍以上か」
「三倍以上だ」
「......」
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イーゴリが目を閉じた。
「眠い」
「寝るな」
「寝ない。だが、眠い」
「いつ寝た」
「昨日の夜。三時間」
「三時間?」
「作戦が終わったのが午前二時だった。それから報告書を書いて、機体の点検をして、寝たのが午前四時だ」
「起きたのは」
「七時だ」
「三時間じゃないか」
「だから三時間と言った」
「俺も同じだ」
エイブラハムが言った。
「俺は二時間だ」
ダニエルが言った。
「二時間?」
「ヘリの修理が終わらなかった。徹夜だ」
「......」
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沈黙が落ちた。
三人とも、目の下に深い隈があった。
「このままじゃ、本当に死ぬな」
エイブラハムが呟いた。
「作戦中にじゃない。整備中に」
「疲労で手が滑って、工具で自分を刺すとか」
「あり得る」
「あり得る」
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その時、アレクセイが車庫に入ってきた。
三人を見た。
「......お前たち、顔色が悪いぞ」
「悪いだろうな」
「いつ寝た」
「三時間」
「三時間」
「二時間」
アレクセイの顔が険しくなった。
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「立て」
「何だ」
「診察する」
「診察?」
「そうだ。今すぐ」
「作業が」
「後でいい。立て」
三人は渋々立ち上がった。
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医務室。
アレクセイが三人を診察した。
血圧。脈拍。瞳孔反射。簡単な問診。
「......駄目だ」
「何が」
「三人とも、重度の睡眠不足だ。このまま続けたら、倒れる」
「倒れている暇がない」
「倒れたら、もっと暇がなくなる」
「......」
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アレクセイは腕を組んだ。
「柏木に進言する。出動ペースを落とすべきだ」
「落とせるのか」
「落とす。俺が言えば、柏木も聞く」
「本当か」
「医者の言うことは聞く。それが柏木だ」
「......」
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アレクセイは柏木の部屋に向かった。
三人は医務室に残された。
「どうなると思う」
「分からない」
「作戦が減るといいな」
「減るといいな」
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三十分後。
アレクセイが戻ってきた。
「話はついた」
「どうなった」
「出動ペースを週三回に制限する」
「週三回?」
「今までの半分だ」
「本当か」
「本当だ」
三人は顔を見合わせた。
「......助かった」
「助かった」
「本当に助かった」
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「ただし、条件がある」
「条件?」
「今日から三日間、休養を取れ。作戦には出ない」
「三日間?」
「そうだ。寝ろ。食べろ。回復しろ」
「整備は」
「後でいい。機体と車両は、最低限動く状態だ。三日くらいは持つ」
「だが」
「だがも何もない。これは医者としての命令だ」
アレクセイの目は真剣だった。
「お前たちが倒れたら、部隊が動けなくなる。パイロットがいなければヘリは飛ばない。運転手がいなければ車は走らない。整備士がいなければ機械は壊れる」
「......」
「お前たちは、この部隊に必要だ。だから、休め」
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三人は黙った。
やがて、エイブラハムが口を開いた。
「......分かった」
「分かった」
「分かった」
「よし。今すぐ寝ろ」
「今すぐ?」
「今すぐだ。部屋に戻れ」
三人は立ち上がった。
足取りが重かった。
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宿舎に向かう途中、イーゴリが言った。
「三日間も寝られるのか」
「寝られるだろう」
「何年ぶりだろう」
「覚えていない」
「俺も覚えていない」
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ダニエルが言った。
「アレクセイに感謝だな」
「感謝だ」
「あいつがいなかったら、俺たちは倒れるまで働いていた」
「倒れていた」
「確実に」
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エイブラハムが空を見上げた。
「いい天気だな」
「そうだな」
「こんな天気の日に、寝るのはもったいない気がする」
「寝ろ」
「寝る」
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三人は宿舎に入った。
それぞれの部屋に向かった。
「おやすみ」
「おやすみ」
「おやすみ」
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十分後。
三人とも、深い眠りに落ちていた。
十五時間後に目を覚ますまで、誰も起きなかった。
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三日後。
車庫。
エイブラハムが車の下に潜り込んでいた。
「よし、穴は全部塞いだ」
顔色が良くなっていた。
目の下の隈も、薄くなっていた。
「こっちも完了だ」
ダニエルがヘリから降りてきた。
「ローターブレードも交換した。新品同様だ」
イーゴリがコーヒーを持ってきた。
「また被弾するんだろうな」
「するだろうな」
「だが、今度は週三回だ」
「週三回」
「半分だ」
「半分でも多いけどな」
「多いな」
「多い」
三人は笑った。
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アレクセイが車庫に来た。
「顔色が良くなったな」
「おかげさまで」
「十五時間寝たそうだな」
「寝た」
「よく寝た」
「記録だ」
「今後は、週に一度は八時間寝ろ。最低でも」
「努力する」
「努力じゃない。義務だ」
「......分かった」
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アレクセイは車庫を出ていった。
三人は顔を見合わせた。
「いい医者だな」
「いい医者だ」
「ロシア人は信用できないと思っていたが」
「俺も」
「俺もロシア人だぞ」
イーゴリが言った。
「お前は別だ」
「別なのか」
「別だ。仲間だから」
「......そうか」
イーゴリは少し笑った。
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コーヒーを飲み干した。
「さて、仕事だ」
「仕事だ」
「週三回になっても、整備は必要だからな」
「必要だ」
「行くか」
「行こう」
三人は仕事に戻った。
少しだけ、足取りが軽くなっていた。




