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第二十五話『魔法少女の軌跡(前編)』

 六月の第四土曜日。梅雨の名を語るに相応しい天気模様だった日々も、今日は青空が広がり初夏の到来を感じさせるほどに暖かい。

 この機会を逃すものかと生徒達は買い出しや遊びに出掛け、学園の寮内は珍しいくらいに静まり返っていた。

 それほど室内での鬱憤が溜まっていたということだろう。


 エニフェルとビアンカも例に漏れず、門の前で待っていたレイを加えて原宿の表参道にくりだしていた。

 青色の屋根と白のタイルが爽やかな印象を与える外観のカフェの中、案内された席に座った三人は早速メニューを開く。


「さて、何にする?」

「私は果物系がいいなぁ」


 そしてエニフェルは洋梨のタルト、ビアンカはミルクレープ、レイはブルーベリームースをそれぞれ頼み、話題はビアンカが見た夢の話へと移った。


 レイがエニフェル達の仲間となった夜の出来事は、まさしく夢の通りであるらしい。

 ビアンカの話を聞き終えて、エニフェルとレイは「懐かしいな」と頬を緩める。


「そういえば、レイさんは六番目の仲間だったんですね」


 そんな二人に、ビアンカは首を傾げてそう言った。

 エニフェルが「ん?」と同じように首を傾ける。


「あれ、言ってなかったか?」

「は、はい。魔法少女の名前や魔石は教わりましたが……」


 エニフェルとビアンカを除いた九人の魔法少女の名前は、出会った当初に告げられていた。

 けれど語られるのも専ら、エニフェルから見た白銀の魔法少女についてで、彼女たちの詳しい内情は話されていない気がする。

 そう思い返していれば、何かを察したレイが「うわ。無意識なんだ」と呟いた。


「何がだ?」

「いや、だってさ」


 呆れた顔をして、レイはフォークの切先をつぷりとブルーベリーに刺し入れる。


エニフェル(じぶん)以外の誰かとの記憶で、思い出されたくなかったってことでしょ?」

「え?」


 ビアンカは一瞬目を瞬かせて、ついで慌てて否定した。


「ち、違いますよ! 私が何も憶えていないので、段階を踏んでくれているだけで」


 ですよね、とエニフェルの方を振り向く。

 同意を得られると思っての行動だったが、ビアンカはまたも固まることとなった。

 顔を真っ赤にして目を見開き、口を戦慄かせたエニフェルの右手がびくりと跳ねる。フォークが皿にぶつかって甲高い音が短く鳴った。


「え、エニフェル先輩……?」


 呼びかければ、エニフェルは頬を染めたまま逃げるように目を逸らした。

 そして小さな声で呟く。


「……そう、かもしれん」


「やっぱりね」とレイが得意そうに笑う。


「え……」

「いや、意図して避けていたわけではないんだ。ただ、お前が私以外をきっかけとしてしまうことを想像すると」


 眉を顰めてエニフェルは俯く。そして胸元にあてた手をぎゅっと握りしめた。


「すごい、嫌だった。だからレイの言う通り、無意識に私だけが知るビアンカを教えていたのかもしれない……」

「先輩……」

「悪かった。お前に思い出して欲しいと言いながら、私は……」


 羞恥と自己嫌悪。罪悪感に濡れる赤い目がビアンカを見上げる。

 頼りない視線はビアンカが初めて見るもので、思わず心臓が大きな音を立てた。


「そんな。……その、こう言ったら、間違いかもしれないんですが」


 顔が熱くなったことを自覚する。

 舌に乗るクリームの甘さを凌駕するほどの蜜が溢れて、それが自分の唾液なのだと理解するのに数秒を要した。こくん、と飲み込めば歓喜に震えて喉が鳴る。

 ぽぽぽと薔薇色に染めた頬をそのままに、ビアンカはエニフェルに身を寄せた。


「嬉しいです。だって、それだけ私が大切だったってことでしょう?」


 そう言えば、エニフェルは僅かに目を見開いて「あぁ」と頷いた。

 

「レイも、悪かったな。お前たちを省くような真似をしてしまって」

「ま、エニフェルの独占欲もそれで喜んじゃうビアンカも今更だからねぇ。いいよ。許してあげる」


 尊大に口ではそう言いながら、彼女の目には滲み出る懐古の色があった。

 まるで今にも落ちそうな線香花火か、遠い空に輝く星でも見るような。

 

「じゃあ、まずは仲間になった順番から始めようか」


 レイが提案する。

 彼女の漆黒に吸い込まれそうになったビアンカは、その声にハッと我に帰った。

 

「わ、わかりました。えっと、レイさんが来た時は、既にエニフェル先輩と私、リズさんとマリアさん、シオンさんがいたんですよね?」

「そうだよ。魔法少女が人工的に作られるって言うのは、教えてもらったよね」

「はい。魔石を人に投与して適応した女の子だけが、魔法少女になれるんですよね」


 ビアンカはレイに、これまでエニフェルに聞かされていたことを答えた。

 歴史の闇の中で行われた、非人道的な行い。

 経緯や思惑は違えど、小さな少女達にはどれだけの恐怖だっただろう。


「あぁ。そして私とビアンカ、リズとマリアは、同じ実験施設にいたんだ」

「四人とも?」


 エニフェルが首肯する。


「魔法使いや魔術師の力に魅せられたイギリスの学者達は、美しい石に秘密があることを知った。何十人もの子供を集め、砕いた石を管に通して流し込む。正常に、順調に試験をクリアしていったのは、私達四人だけだった」


 自ずと一緒にいるようになるさ、とエニフェルが笑う。

 だが開かれた目は剣呑の光を鋭く帯びていて、ビアンカは息を呑んだ。


「だがダイヤモンドとルビーの投与が行われる少し前、リズとマリアは別の施設に連れて行かれてしまった」


 声は苦渋に満ちていた。

 もう終わった、それこそエニフェルにとっては三百年以上前の出来事の筈なのに。怒りと屈辱は未だ彼女の中で燃えている。


「まるで狙ったかのようなタイミングだったよ。その時私達は、一緒にここから出ようと脱出のための作戦を練っていた頃だったんだ」

「そんな……」

「けど、実験体として酷使された身体じゃあ不測の事態に対処できなかった。リズとマリアは、それぞれ別の場所に行ってしまった」


「そのあと」とエニフェルは続ける。


「ルビーとダイヤモンドの投与が始まった。本来ならダイヤモンドは私に、ルビーはビアンカに挿れられるはずだった」

「……え? でも」

「そう。私にはルビー、ビアンカにはダイヤモンドが投与されたよ。なんでも、私の知らない間にビアンカが直談判したらしい。自分の方が“世界で一番美しい石(ダイヤモンド)”に相応しいとね」

「えっ」


 思わぬ言葉に驚く。それは。ビアンカは最初、エニフェルを卑下していたのだろうか。

 そんな、まさか。


 恐慌するビアンカに、エニフェルは「あぁ、違うんだ」と頭を振った。


「学者達も馬鹿じゃあない。度重なる実験の果てで、石に秘められた魔力濃度を測るくらいは出来た。あいつらはそれを“スピリチュアルパワー”と言っていたが」


 エニフェルはそこまで言って、紅茶を一口飲んだ。

 爽やかなアップルティーがあの頃の後悔ややりきれなさを流していく。


「ダイヤモンドはあまりにも人体に対して魔力濃度が高かった。研究資料を盗み見たビアンカは、それを知ってしまったんだ」

「ビアンカらしいといえば、らしいよね」


 肩を竦めたレイが苦笑いを浮かべる。


「じゃあ……実験は」

「成功した。私の体内で、ルビーを土台にして今まで挿れられてきたガーネットやレッドスピネル、ルベライトが結合。その結果、なお赤き(ローズ・ア・ローゼス)紅玉(・オ・ルビー)は完成したんだ」


 エニフェルの炎の源。何よりも鮮やかに輝く真紅の宝石。


「……ビアンカは、実験自体は成功した。ビアンカの体内で出来た気高き(クイーン)女王陛下(クラウン)の王冠(・ダイヤモンド)は、私のように複合された魔石ではなく、数多のダイヤモンドを投与したことによって形成された、単一の魔石。そしてビアンカの懸念通り、副作用は起きた」


 エニフェルの握りしめた手に力が入る。

 眩く美しい魔石は、清廉を重んじるかのようにビアンカの自我を粉々にした。


「まさに白痴さ。誰の声にも反応しなくなった。声だって出しやしない」


 その言葉を、ビアンカは信じられなかった。

 なら、自分が見てきた彼女はなんだったのだろう。

 あの、まっすぐに立つ白銀の魔法少女は。


「でも、私は元に戻ったんですよね?」


 語気が強くなる。だってそうだ。その副作用を超えた先にあの姿があるのだと、ビアンカは既に知っている。


「あぁ。私は直ぐに、ビアンカを連れて施設を出ようとした。我ながら無策で無鉄砲な強行突破だったよ。そんなだったから、少しイレギュラーな事態があってな。意識を飛ばした私を、正気を取り戻したビアンカが助けてくれたんだ」


 エニフェルの表情に笑みが戻る。ビアンカはほっと息を吐いた。


「無事に施設を出た後、私達は森の中で気を失った。無理もない。二人とも満身創痍だったからな」

「そこを、クリスジュエリア夫妻に助けられたんだよね」


 エニフェルは首肯した。


「子どもに恵まれなかった彼女達は、私達を本当の娘のように可愛がってくれたよ。だが流行病で夫妻は亡くなり、伯爵家であったクリスジュエリアの当主は私に引き継がれた」


 中世ヨーロッパの貴族制度でいえば、伯爵は王の側近だ。


「最も、簡単に認められたわけではなかったがな。二人が亡くなる前に記された遺言書には、私に家督を譲ると書いてあって、最終的にはそれが決め手になった」


 そして。


「私とビアンカは、まずマリアを救出した。“尊き聖女”の名声は離れた我が領地にも聞き届いていたからな」

「尊き聖女?」

「マリアの異名だ。あいつは施設を移された後、フランスの高名な神父に大金で買われてな。まぁ、対外的には路頭に迷っていた哀れな娘を保護してやったと言っていたが、実際はマリアを痛めつけ、従順に躾けていただけに過ぎない」


 フン、とエニフェルはかつて仲間を虐げた男に鼻を鳴らした。


「マリアが歌えば、その声はどんな聖句よりも多幸感を抱き、全能感を植え付ける。信徒の寄付金で懐を癒す教会の男にとって、その益は余りあるだろう。私達が到着した時には、もう元の原型がない異質なカルトになっていたぞ」


 マリアの魔石は、サファイアを土台にアクアマリンとラピスラズリ、ユークレースが結合した旋律を紡ぐ(エスコート・)蒼き指揮棒(プルシャンサファイア)

 その力は、生きるもの全てに作用する精神操作。

 だが、それさえなくても可愛らしく、誰もが愛さずにはいられない美貌と愛嬌の持ち主だった。

 再開した時、花のように笑う彼女は、能面のように冷たく暗い顔をしていたけれど。


「生き人形になっていたマリアを保護した後、私達はリズを探した」

「あ、ちなみにマリアを助ける時に街一つ燃やし尽くしてるからね」

「え」

「仕方ないだろ。あの街全体がカルトだったんだ。害虫駆除は徹底的に行わねば」

「はいはい。それで、リズを見つけた時にシオンとも出会ったんだよね」


 「あぁ」とエニフェルは目を細める。


「リズもマリアと同じく大金で買われていたんだが、買い手はプロイセンの軍部だった。人体兵器を作成するために奴らが立ち上げた極秘の部署。そこにリズは収容され、実験や人を殺すための訓練を受けた」

「軍、て……」

「あの頃は今よりもっと国同士の戦いが多かったからな。その中でも最強と名高い国は、そりゃあ指先一つで落雷を落とす子供なんて喉から手が出るほど欲しいだろうよ」


 シトリンを土台に、スフェーンとレモンクォーツ、ゴールデンベリルを結合した太陽の黄金石(サニー・シトリン)

 それがリズの魔石である。


「あいつは私達魔法少女の中でもトップクラスの戦闘技能と瞬発力を持つ。その実力は、収容されて直ぐに手に入ったと言っていた」


 才能があったのだ。エニフェルに人を統べるカリスマが。マリアに誰にも愛される魅力があるように。

 戦闘技術において、リズに敵う者はそうそういない。

 その限りあるうちの一人がビアンカだった。


「……リズが何故軍を抜け出さなかったのか。それは、シオンの存在ゆえだった」


 反して、戦いの才能はなく、けれど戦場において絶対的に必要な力を持った少女。

 アメシストを土台に、クンツァイトとヴァイオレットモルガナイトが結合した魔石。

 無垢なる(エンジェル・)救済の(パール・)紫水晶(アメシスト)を有するシオンは、奇跡と呼ぶに相応しい癒しの力を持っていた。


「苛烈なあの場所で、互いが心の拠り所になるのは道理だ。そして長年の栄養失調で歩くことすらおぼつかないシオンを連れて逃げられるほど、軍の警備は甘くない」


 まだ第六の次元も、魔法すら知らなかったのだ。

 エニフェル達はそれぞれが手探りで、各地の伝承や逸話を形作って魔法としたが、閉塞的な軍事施設の中で、リズとシオンはその機会を得られなかった。

 逃げ出してからも、シオンは「あの時自分自身を回復させる魔法を知っていたら……!」と憤ることがあったとエニフェルは思い出す。


「まぁ、シオンはリズが思っていたほど弱くはなかったがな。むしろシオンは助けに来た私達に気がついて、根回しや情報を教えてくれた。だからなんとかリズとシオン、二人を連れ出すことができたんだ」

「な、成る程」


 ビアンカの脳内につっけんどな態度のシオンがよぎる。

 確かに、どちらかといえば強かな印象だ。

 頷くビアンカの横で、エニフェルはカップを傾けて喉を潤した。


「さて、この次がレイなんだが、シオンとレイの間には結構期間が空くんだ。というのも、私達は自分達以外の魔法少女の居場所を知らなかったからな」

「た、確かに。あ、そういえば夢の中で、“魔法使いにもらったリスト”って言ってましたよね」

「あぁ。私達五人になってから、実はイギリスの社交界でどんちゃん騒ぎを起こしまくっていたんだが、そこは今日は割愛しよう」


 茶目っ気に片目を瞑って言うエニフェルに、ビアンカは「とても気になるので、今度教えてくださいね!?」と頬を膨らませた。

 当然だ、とエニフェルはからから笑う。


「さて、話を戻そう。大事なのはそれを聞きつけたおせっかいな魔法使いが、高慢ちきにも“人の世界を守らないか?”と問いかけてきたことなのだから」



夕映えのゲヘナに立っている、第二十五話を読んでくださりありがとうございます!

面白いな、続きが楽しみだな、と少しでも思ってくれたら幸いです。

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